第八十九話 半分成功 半分失敗
いつ戦闘が始まってもおかしくない緊迫した空気が、シミュレータールームを満たしている。バルクラフトを始め司令部には魔物少女を連れて行くのを伝えていたが、ソルブレイズ達の耳には届いていなかったのが、この空気を醸し出してしまった。
あちゃあ、とソルグランドは内心で溜息を零し、感情の凪いだ瞳のザンアキュートと腰を落として拳を握っているソルブレイズ達に手を突き出して、一触即発の空気を制止する。
久しぶりに孫娘と会えるからと、浮かれ過ぎたか。
「待て待て、待った。フォビドゥン達を招き入れたのは俺だ。バルクラフト司令や上層部には許可を取ってある。この子らと交渉してシミュレーターの相手として、働く代わりに待遇の改善を提示して合意したんだよ」
「しかし、魔物です。それも特級ですよ?」
ソルグランドへの崇拝の念が強いザンアキュートも、骨の髄から魔法少女である以上、ソルグランドの判断といえども魔物を相手にそうそう気を許すわけもない。
大太刀の柄を握り、天の羽衣の起動も瞬時に行われるだろう。戦闘態勢を整え終えているのは、魔物少女側も同じだ。
「創造主から廃棄処分を言い渡されているけどな。その点を鑑みて色々と交渉して、直接戦闘に参加するのには抵抗があるが、シミュレーターの相手くらいならするってところで落ち着いたんだよ。
もちろん魔法少女を始め人類と妖精に敵対行為を取ろうとしたら、それを抑制する処置と処罰を下す契約を交わしてある。呪術と誓約を組み合わせた契約だから、効力は抜群だ。俺が保証する」
魔物少女達の額には相変わらず孫悟空を戒めた緊箍児のコピー品が金色に輝き、また追加で両手首に細い金色の紐が巻かれている。こちらは北欧神話において狼の怪物フェンリルを拘束した魔法の紐グレイプニルのコピー品だ。
フォビドゥン達を禍岩戸から解放するにあたり、彼女らと事前に取り交わした契約に加えて二重の拘束を付与して万が一の事態を避ける手筈を整えている。
この場に限らずフォビドゥン達がソルグランドに不意打ちを仕掛けたとして、彼からの痛烈な反撃が加えられるよりも速く、額の緊箍児が頭蓋を、手足のグレイプニルが輪切りにする勢いで締め上げて無力化するのだ。
「お前達が我々を警戒するのは理解しよう。だがソルグランドの言葉を信じ切れずに、警戒を表に出す様は滑稽だな。お前達のソルグランドへの信頼とやらはその程度の薄っぺらいものらしい」
「フォビドゥンの言うとーりだ。お前達よりも格段に強いソルグランドの判断に、口を挟むなんてバッカじゃないの? あたし達はソルグランドに頼まれたから、お前達の相手をしてやるのに~?」
フォビドゥンに便乗してソルブレイズ達を煽るディザスターは、久しぶりに自分より格上ではない相手を前にして調子に乗っているらしい。
ディザスターの余計な言葉に、流石のアワバリィプールも怒りを見せていて、スタッバーは面倒な方向に関係をこじらせるだけだ、と舌打ちをする。
「フォビドゥン、ディザスター、お前達も余計な事を言うな。お前達が今も厳重に監視の必要のある危険な存在であるのには変わりないんだ。あんまりグダグダ言うなら、模擬戦に付き合った後のデザート追加の話は無しにするからな!」
「ええ!? ひ、卑怯だぞ、ソルグランド! あたし達がお前らの特訓なぞに付き合ってやるのは、その見返りがあるからだろう。その約束を破るなんて、お前には誇りはないのか!」
「デザート一つにそこまでこだわるお前こそプライドはないのか、ディザスター。どっちにしろ創造主から廃棄されて、その上、俺達からも完全に敵視されるのはお前達にとっても損な話だ。妥協できるところは妥協しておきな。俺もいつまでもお前達を庇わないぞ」
庇えない、ではなく、庇わない。この違いは大きい。ドンドンと険悪化する状況に、さしものソルグランドも眦を鋭くし、険しい瞳で見つめてくるのに、ディザスターは分かりやすく怯える。
ヒノカミヒメとソルグランドを相手に散々に敗れた結果、ディザスターは心底にまで苦手意識と敗北感を植え付けられており、ソルグランドが本気で忠告するともうそれだけで内臓から縮み上がってしまう有様だった。
「まあ、あれだ。言葉でどれだけ言っても簡単には信用できないだろうから、これからのフォビドゥン達の行動を見て判断してくれ。お前達も余計な諍いを起こして、自分達で居心地を悪くする必要はないだろう? いつでも俺とあの子が見ているからな」
あの子──ヒノカミヒメも監視していると告げて、鋭い釘を二本も刺してから、改めてソルグランドは部屋の中にいる全員に告げた。
「俺の不手際のせいで余計な面倒を掛けさせてすまない。ザンアキュート、ソルブレイズ、アワバリィプール、君らにここで待機してもらっている時点で察しはついていると思うが、フォビドゥン達の模擬戦デビューの相手を頼もうと思ったからなんだよ」
根回しを疎かにした自分に心底腹を立てながら、ソルグランドは申し訳なさそうにザンアキュート達に合掌しながら頭を下げた。
*
カジンからの技術提供を受けて開発された新型シミュレーターは、カプセル状のポッドに使用者が入り込み、人間から魔法少女へ変身するのと同じように、意識を仮想空間へと反映させて模擬戦闘を行う形式である。
実際にプラーナを消耗することはなく、また魔法少女の大規模戦闘に必要となる広大な土地や安全措置を取る手間もかからない為、非常に優れた逸品と評判だ。
魔法少女と同じようにプラーナで肉体を構成している魔物少女とソルグランドも使用可能で、数十を数えるポッドの中にはザンアキュートとソルブレイズ、フォビドゥンとディザスターが入って眠るように目を瞑っていた。
ソルグランドのお願いに応え、魔物少女達の模擬戦デビューの相手役をソルブレイズとザンアキュートが引き受けたわけだ。
最初にザンアキュート達の待機していたモニタールームで、ソルグランドは残るアワバリィプール、スタッバー、シェイプレスと共に仮想空間で行われている四者の激闘を見守っている。
初めての戦闘ではフォビドゥンに及ばなかったザンアキュートとソルブレイズも、その後も戦闘経験を積み重ね、天の羽衣フォームの獲得によって、基礎スペックではそれほど差が無い状態になっている。
魔法少女側も魔物少女側もお互いに戦意が天井を突き抜けんばかりに高まっており、命の懸かった実戦さながらの気迫がモニター越しにも伝わってくる。
「ぐひひひひ、シミュレーションなら手足も頭も引き千切っていいんだよね? だったら遠慮なしだ!!」
(後でソルグランドさんに怒られそうなこと言ってる……)
ギラギラと目を輝かせて襲ってくるディザスターの剛腕をいなし、ソルブレイズは人型の太陽と化した体とは裏腹に、あくまで冷静にディザスターを観察していた。
目の前の魔物少女を放置して一般市民に被害が出るような状況ではない事、魔物少女達が一人も殺害していない事、ソルブレイズ自身に格別、魔物少女を恨むような理由がないことが、冷静でいられた理由である。
一方、言葉をほとんど交わすこともなく、戦闘に全神経を割いて戦っているのがフォビドゥンとザンアキュートだった。天の羽衣を展開し、合計七振りの刀剣を卓越した技量で操り、全方位から速度と時間差を混ぜ合わせて絶え間ない連撃を浴びせている。
これに対して同格以上の強敵と戦闘経験知を積み重ねたフォビドゥンもまた、全身に口を生やし、肉体をプラーナ化させ、また尻尾と硬質化させた両手で冷静に対処し続けている。
創造主への忠誠心を残しつつ、自らの生存欲求を抱くようになったフォビドゥンは、生きる為には仕方のない事なのだと自分に言い聞かせながら、ザンアキュートとの模擬戦に集中している。
模擬戦という建前ではあったが、フォビドゥンにしろザンアキュートにしろ、目の前の存在を倒すべき敵だと意識の片隅で認識しており、自然と眼差しにも攻撃にも殺気が籠っていたのだから。
口やかましいディザスター、表も内も落ち着いているソルブレイズ、表面上は冷静であっても殺気を隠し切れないフォビドゥンとザンアキュート。
これから世界ランカーと強化フォーム持ち、一部のマジカルドールに限定して魔物少女との模擬戦を解禁する予定だったが、この様子ではもう少し冷却期間を置いた方がよいかもしれない、とソルグランドは苦笑いを浮かべる。




