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第八十八話 失敗のサプライズ

 ラグナラクとの激戦の傷跡が深く刻まれた惑星ナザン。

 破壊された拠点の復旧は迅速に進んでいた。ゲートを通じて重機も機材も人員も惜しみなく運び込まれ、魔物に対して大きな勝利を果たした成果を再び誇示するべく、急がされていた。

 現地には妖精達ばかりでなくマジカルドール、更に魔法少女までも動員されているが、そこに更に地球製ではない無人で動く重機やロボットがそこかしこに見られる。


 ラグナラク戦で被弾したザンエイはというと、一旦、宇宙に上がり専用ドックで修理中だ。

 月の裏側から専用ドックそのものが航行してきて、全長二十七キロメートル長の巨大母艦を包み込み、比較すればあまりに小さな機械達がせっせと修理に勤しんでいる。

 巨大な水槽の中で眠る亀のようだ。


 カジン達にとって遺恨、悔恨、怨念、憎悪を向ける存在だったラグナラクの撃破という事実は大きく、彼らはまだ生きている地球人類と妖精達の生存の為に自分達に残されたリソースの全てを費やす覚悟を決めていた。

 魔物との勝利の果てに、人類と妖精の助力を得て惑星ナザンの復興を遂げたいという願望が無いわけではなかったが、それを責めるのは酷だろう。


 次の魔物への攻勢に転じる計画にも引き続きカジン達の全面的な協力は約束されていて、それにはこのザンエイの他、カジン達の保有する残存兵器も惜しみなく供与する予定だ。

 魔物少女の離反とラグナラクの撃破は魔物の創造主にとっても、想定外のイレギュラーだったのは間違いない。今回の戦闘の結果はあちらの行動にどんな変化を齎すのか、カジン達はそちらの計算にも余念がなかった。


 そして復旧の進むナザン基地では、神通力の回復の進んだソルグランドがとある提案と共に来訪していた。

 ヒノカミヒメと過ごした時間はおもてなしの内容を決めるよりも、桃を使った特産品づくりに傾いてしまったが、リラックスした時間を過ごせたのは確かだった。


 まずは地球の人工島ロイロ島に移動し、そこからワープゲートを使ってカジン基地に来訪という手順だ。

 惑星ナザンは気流が復活し、惑星そのものが生命を取り戻しつつある為、気持ちの良い快晴である。復旧の進むナザン基地の一角に改めてワイルドハント用のスペースが設けられていた。魔法少女の中でも彼女らは別格であった。


 通常戦闘なら問題なく可能な状態にまで回復したソルグランドが戻ってくる、と知らせを受けたソルブレイズ、ザンアキュート、アワバリィプールはシミュレータールームでの待機をバルクラフトから伝えられていた。

 ロビーかメンバーの誰かの個室なり、リラクゼーションルームで待てばいい筈なのに、わざわざシミュレータールームを指定された時点で、ザンアキュート以外の二人は訝しんだもの。


 筋金入りのソルグランド信者であるザンアキュートは信奉する女神との再会こそ第一で、場所には大して拘泥していなかった。

 天の羽衣でパワーアップした彼女も参加したラグナラク戦では、各国の世界ランカーも居る中、最も大きな戦功を上げて大活躍したソルグランドへの信頼と敬慕の想いは一段と重くなっている。


 不意に惑星ナザンの空気が揺らいだ。ワープゲートの起動に伴う空間の揺らぎだけではない。この星に生命の息吹を取り戻した女神の代行者が来たのだ。

 惑星ナザンに満ちる大気も、流れることを思い出した海流も、生命の循環を再び回し始めた大地も、全てはソルグランドと彼に託された神々の権能による。

 視点を変えれば惑星ナザンはソルグランドとヒノカミヒメにとって、第二の神域と言える場所かもしれない。


「や、一週間ぶりだな。皆、変わりはないか?」


 シミュレータールームに入ってきたソルグランドの第一声がこれだった。スライドした自動ドアの向こうから山犬の耳と尻尾を生やした神懸った美女が、気さくな調子で片手を上げてにこやかな笑みを浮かべている。

 美少女ぞろいの魔法少女の中でも飛びぬけた美貌の主だが、次元の違う戦闘能力や圧倒的な格の差も、この笑顔の前では親しみやすさが一番前に出てくる。


「お久しぶりです、ソルグランドさん。一週間だからそんなに長くはないんですけど、なんだかすごく久しぶりって気持ちになりますね」


 パタパタとソルグランドに近付いて、嬉しそうに笑いながら話しかけるのはソルブレイズである。

 中身が実の祖父と孫娘というのもあるかもしれないが、名前に同じ太陽を意味する“ソル”を持ち、共闘経験が多いこともあって、魔法少女の中でも特に仲の良い相手だ。


「俺は引き籠って大人しくしているだけだったけど、君達は魔物の襲撃に備えてこっちに詰めっぱなしだったんだろう? 任せっぱなしにして苦労を掛けてすまない」


「いやあ、でも魔物のまの字も無かったので、学校の宿題に集中できましたよ~」


 あっはっは、と笑うのはアワバリィプールだ。魔法少女になった以上、学業やその後の生活では色々と優遇措置が取られているのだが、アワバリィプールは宿題の免除などはしてもらえていないらしい。あるいはご両親の教育方針か。


「いいじゃないか。学校だっていつでも自由に通えるご時世じゃない。魔法少女をやっていると日常からついつい離れがちになってしまう。いつかは日常に帰るんだし、学校っていう日常の象徴と繋がりを持っとくのは、心を守る為にも大切だと思うぞ」


「なんか、思いがけず大切な話をされてしまった?」


 アワバリィプールとしては軽い世間話程度のつもりだったのだが、ソルグランドからの言葉は心からアワバリィプールをはじめ魔法少女達の未来を想うものだった。

 返ってきた言葉の重さに戸惑うほどで、ソルブレイズも自分達の今と将来を心配してくれているのは分かるが、ここでそんな言葉を聞くとは思ってもいなかったのが、正直なところである。


 ソルブレイズとアワバリィプールがお互いの顔を見て、困った顔を浮かべていると改めて惚れ直した、いや、崇拝し直した顔のザンアキュートが足音もなくすすす、とソルグランドに近付いてたおやかな両手を取ってしっかりと包み込む。

 相変わらず距離の近い子だな、とソルグランドはそれほど動揺していない。

 それどころか自分の手を包み込むザンアキュートの手が華奢なことに、命懸けの戦いをさせるような年頃ではない、とつくづく自分達大人の至らなさを改めて痛感している。


「流石はソルグランド様。私達ばかりでなく魔法少女全ての未来を想う慈愛の心の広さに、私は改めて心震えました。どうかこれからも我らをお導きください」


「導くなんて大げさな。俺はそこまで大したもんじゃないし、君らも俺に導かれる必要があるほど、弱くはないさ。俺に出来るのはちょっと手伝いをするくらいだよ」


「ふふふ、謙虚が過ぎますが、ソルグランド様はそういう御方であるとこのザンアキュートは理解しておりますとも。

 それでソルグランド様、ご静養を終えられたのは慶事に他なりませんが、私達をシミュレーションルームに集められたのはどのような意図がおありなのですか」


 相変わらず手を握ったままのザンアキュートが、鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離からしてきた質問に、ソルグランドは背後を振り返りながら答えた。


「ああ、これまで俺が仮想魔物少女ってことで、色々と工夫を凝らしながらやってきたが、これからは本物にやってもらおうと思ってね」


「本物?」


「うん。新しい魔物少女が出てくる可能性は低いが、自我の無い量産型ならあり得るし、特級相手の訓練は身になるだろ。ほら、入っておいで」


 柔らかなソルグランドの声に誘われて、シミュレーションルームに怯え一つなく堂々とした態度の四人の魔物少女達が入ってきた。

 ソルグランドを除く三人が──アワバリィプールさえ──瞬時に戦闘態勢を整えたのは、流石に歴戦の魔法少女だった。それに対して、スタッバーが即座に妹を背に庇い、シェイプレスは無関心、ディザスターは腰を落として戦闘態勢を取り、フォビドゥンは堂々と胸を張っている。


「ソルグランドに頼まれたから来てやったのに、随分な反応だな?」


「いや、悪い。事前の根回しが足りていなかった。俺の配慮不足だ。一応、三人とも、大丈夫だ。ひとまずは敵対行動を取らないよう約定を交わしている。もし暴れたなら、責任をもって俺が消し炭に変えるから」


 フォビドゥン達を前にして迷いなく消し炭にする、と断言するソルグランドにディザスターが顔を引きつらせながら怒る、と器用な真似をし、フォビドゥンは露骨に顔を歪めた。

 腹立たしいことに、ソルグランドは正面から魔物少女四体を相手に勝利しうる戦闘力を持っているのは、紛れもない事実なのだから。

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