第八十七話 大我の反省
日本とは異なる異郷の神々の本格的な参戦を告げられて、ソルグランドは大きく安堵した。ラグナラクとの戦いを経て、魔物側に魔物少女を超える、まさしく超級と評するべき戦力があるのを思い知らされた。
強化フォームを手に入れた魔法少女とマジカルドールでも、まだ戦力が足りていないところに、神々の参戦となればそりゃあ安堵もする。同時に古の神代に回帰させるつもりもない、と明言されたのも大きな安堵の理由だった。
日本神話群がわざわざヒノカミヒメを作り出し、本格稼働させるまでの間、真上大我を変わり身に使ったのは、人間が神の手から離れた時代を良しとしたからだ。
それを魔物からの脅威を退けられたとしても、神代に巻き戻るのを他の神話群が良しとしては、これまでの自分の戦いが半ば無意味になってしまう。
人類が滅びて魔物共に地球を資源として使いつくされるよりは、そりゃあ、神の時代に回帰する方がマシだ。とてもとてもマシだ。
再び信仰の名のもとに人類同士が神の指示を受けて争う時代になったりするかもしれないが、滅び尽くしてしまうよりもずっといいのは大我も認めるけれども。
トウセンショウと名乗った以上、道教所属なのか仏教所属なのか、正確なところを聞きたくもあり、聞くのが怖くもあるマジカルガールが真神身神社を去った後、ソルグランドは腰に両手を当てて溜息を零した。
ずっと溜め込んでいた溜息だから、それはもう鉛のように重たい。古の時代だったら、この溜息からなにか新しい妖怪や神が生まれるかもしれない。
「トウセンショウ様は初めてのお客様でございましたね。おもてなしの用意が出来ておりませんでした。次からはきちんと用意しておかねば」
その一方でヒノカミヒメは初めてのお客様に対して、ろくなおもてなしが出来なかったことを残念がっていた。彼女なりに初めてのおもてなしという行為に向けて、計画を立てていたのだろうか。
異郷の高名な神仏の突然の訪問を受けても、大して緊張しなかったらしい。これが元から女神として生まれたモノと、人間として生きてきたモノの感性の違いなのかもしれない。
「おもてなしについては、また新しい機会が巡って来るさ。最初のおもてなしを上手くやりたかったっていう気持ちは分かるが、あんまり気にしない方が良いよ」
それでもさりげなくヒノカミヒメを気遣うのは、やはり孫娘に近い年頃の見た目なのとヒノカミヒメ自身の幼さに祖父魂が刺激されて、甘やかしてしまうらしい。
「はい。畑ばかりでなく果樹園も広げましょうか。ソルグランド様が植えられた桃は、たわわに実っておりますから、桃を使った飲み物や食べ物を用意いたしましょうか」
さっそくおもてなし用の品を考え始めるヒノカミヒメの様子に、ソルグランドは心配の様子はないと思考を切り替えて、口数の少なかった夜羽音に声を掛ける。
「神々専用のマジカルドールですか、ヒノカミヒメや俺とは違った方向で世界中の神様方が魔物相手に拳を振り上げる準備が整ったのですね?」
「ええ。ヒノカミヒメはまだしも大我さんには刺激が強すぎるのではないか、と案じておりましたがその通りになってしまったようで、申し訳なく思います」
「朗報なのは間違いありませんから。これは不敬な発言かもしれませんが、実際のところ、どれほど戦力として期待してよいものなのですか? ラグナラクとの戦いの場に残留していた神気から判断すると、魔物少女と同等以上とつい期待したくなってしまいます」
「入念に調整を加えた専用のマジカルドールですから、最低でも大我さんの期待通りの力を発揮できる見込みですよ。女神か、あるいは男神でも女装や性転換の逸話があると相性がよいと分かりました。
それほどでもない相性を地力の高さで補う方もいらっしゃいましたが、必ず大我さんや魔法少女の皆さんの助けとなることは間違いありません。
我の強さと所属の関係もありますから、連携の面で拙い所があるのは否めませんが、だからこそ妖精女王陛下直轄の独立部隊扱いです」
「頼もしいのには間違いありませんわな。次に思いつく問題はナザン奪還から始まった攻勢をどう次に繋げるか、ですね。カジン達からは次の攻撃目標の情報は提供されているんでしょうかね」
残念ながら惑星ナザンには魔物側の拠点はなかった。魔物を産みだす為の肉の大樹のような生産施設は確認されているが、ソルグランドの知っている限り、また足踏みをしてしまいそうな状況なのである。
「それについてはご安心を。カジンさん達からの情報提供と合わせて、皆さんが精査していますよ。こちらも技術と知識を総動員して、転移技術の確保に勤しんでおりますから。
予定通りに行けばラグナラク戦に勝るとも劣らない規模の戦いとなるでしょう。これまではこちらに有利な戦場で戦えましたが、こちらが攻める側となればあちらに有利な状況となる点は留意するべきです」
攻める側には勢いとイニシアティブを握りやすいという利点はあるが、アウェーに攻め込む不利は看過できない。ソルグランドとしての懸念は敵側の情報をどこまで事前に入手できるか、この点にあった。
「フォビドゥン達からはあまり情報は得られなかったでしょう? そもそも知らされていなかったのだから、情報の入手しようがありませんからね」
それはこれまで魔物少女を相手に行ってきた尋問と餌付けの結果、ずいぶん前からはっきりとしていたことだ。魔物の創造主からして、特別に作り上げた魔物少女達でさえ正解次第では使い捨ての駒に過ぎず、必要最低限の情報しか与えていない。
そのお陰で魔物側の本拠地や創造主の正体はもちろん、重要拠点や魔物の詳しい生態などは不明のままだ。
「魔物少女達からの情報入手は、人の子らも半ば以上諦めていますからね。彼女らにはまた別の役割を担ってもらうべきです。
しかし、トウセンショウ殿をお連れした私の言う事でないかもしれませんが、今の貴方は心身を休めるべき時。
ここまでお話した以上、忘れろというのは無理でしょうが、どうぞ心を落ち着けてお休みください。ヒノカミヒメと一緒に、次のおもてなしについて話をするなどして、ね?」
「まあ、夜羽音様、名案でございます。例えソルグランド様ほどの御方であれ、戦いから離れた場では考えを切り替えられるべきですわ。
心身を充溢させ、万全に整ったソルグランド様でなければ、魔物共との戦いに勝利することは至難を極めましょう。逸る気持ちは痛いほど分かりますが、どうぞ心安からに時をお過ごしください。それがなによりの近道となりましょう」
ソルグランドは真摯に自分を気遣うヒノカミヒメの言葉に両手を上げて、降参だと分かりやすいポーズを取った。ヒノカミヒメが気遣ってくれているのは確かだが、同時に、自分とおもてなしについて考えたいという欲求もあるのを、見逃さなかった。
(少し甘やかしすぎたか? 燦に堂々とおじいちゃんだと告げられないのを、ヒノカミヒメを甘やかすことで解消しようとしているのなら、我ながらろくでもない奴だとあきれるばかりだが……)
とりあえず桃を使った特産品について、よく調べておこうと思うあたり、やっぱりソルグランドはヒノカミヒメに対して、大いに甘い。




