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第八十四話 耳に痛い

 とりあえず魔物少女達と軽い面談でもするか、とソルグランドは考え直し、組み立て椅子を一脚用意してヒノカミヒメに座らせた。彼女の為の神域でのいざこざとなれば、魔物少女達に勝ち目の一つもありはしなかったろう。

 疲労の影の一欠けらもないヒノカミヒメはソルグランドの言う事に素直に従い、組み立てられた椅子に座ってソルグランドから手渡された耐熱ガラス製の湯呑みを受け取る。湯呑みの中身は玉露の高級品だ。


「それでも飲んでゆっくりしな。怪我や疲労はなさそうだが、高ぶった気持ちを落ち着ける必要がある」


「それは、はい」


 先ほど、子供っぽい振る舞いを下したばかりで、ヒノカミヒメに反論の言葉はなかった。ただこんなはずじゃなかったのに、と言わんばかりに眉根を寄せて不機嫌の顔を作っている。

 ますます大人びているのは身体だけで、中身は子供なのだとソルグランドと夜羽音の印象を深めているのだが、ヒノカミヒメ自身に自覚は無さそうだ。

 ヒノカミヒメが大人しくお茶を飲むのを横目に、ソルグランドは石畳の上に横たえられた魔物少女達に順繰りに活を入れて行く。


 変幻自在の身体を持つシェイプレス相手にうまくゆくのか自信はなかったが、幸い四名ともすぐに目を覚ました。

 ヒノカミヒメもついカッとなって手を出したものの、そこまで大きなダメージを与えていなかったようだ。この調子で力加減を覚えて欲しいものである。


「う、うう、ひどいめに、遭った……」


「ヒィ、ヒィ……げえ、ソルグランド!」


 頭を抱えてよろよろと体を起こすフォビドゥンに、ソルグランドの顔を見て思わず叫ぶディザスター。その傍らではシェイプレスがスタッバーに支えられながら上半身を起こしている。


「大丈夫? 体を起こせるか?」


「ええ、大丈夫、大丈夫よ、姉さん」


「ヒノカミヒメを口喧嘩したんだって? この子が俺の上位互換だって学習しなかったのか? 四人掛かりにしてもここでヒノカミヒメに喧嘩を売るのは悪手だぜ」


 腰に手を当てて呆れた素振りを隠さないソルグランドに、フォビドゥンはいくらか敵意の薄れてきた眼差しを向ける。少なくとも見かけた途端に問答無用で襲い掛かってくることはなくなった。


「ディザスターが止めても聞かなかったから」


「だって、捨てられたのにとか、廃棄処分されたんだからとか、ムカつくことばっかり!」


 あちゃあ、とソルグランドは右手で頭を抱えた。ヒノカミヒメの対人経験の少なさがそのまま無邪気な刃となって、魔物少女達の心を深々と斬り裂いてしまったらしい。

 まだ廃棄処分を命じられた事実を消化しきれていない彼女らに対して、ヒノカミヒメの物言いは率直に過ぎた。もう少し手心を加えた言い方が出来ていれば、とソルグランドも夜羽音もしみじみと思う。


「まあ、君らにとってそれを言われたら拳を振り上げるのも無理はない。ヒノカミヒメの話も詳しく聞かなきゃ分からんが、なんとなく察しは着いたよ」


「ふん。勘違いしているようだから言うが、私達は断じてお前達の味方になったわけではない。創造主からのご命令に反したのは認めるが、それでも創造主に反旗を翻したつもりはない」


 フォビドゥンのセリフにディザスターはその通りだとばかりに頷いている。この二人は意見を同じくしているようだ。ソルグランドの視線は流れるようにシェイプレスへと向く。

 シェイプレスは天敵も天敵のソルグランドの視線に不安そうに肩を震わせたが、スタッバーに優しく肩を抱き寄せられて、それもすぐに収まった。


(この二人は同時期に製造されたって話だが、姉妹の絆が強いってわけか。魔法少女の話だったら微笑ましく見ていられるんだがな)


「私達が命令に従わない事もラグナラク相手に戦ったのも、創造主様がお許しになられないのは分かっているのに、二人はどうして今もあの方の兵器であると主張できるのですカ?

 本当に旗色を変えていないつもりであるのなら、ラグナラクに処分されるべきでしタ。姉さんが私の残存に拘らなければ、私はそうするつもりでしたヨ」


「そ、それは、あの時はなんだか体中がラグナラクを倒せって叫んでいるみたいだったし、それにずっと機能停止していた骨董品なんかに、不良品扱いされるのは腹が立つじゃない! あんな奴よりあたし達の方がずっと役に立つ」


 巨大な腕の拳を握って、ディザスターはまるで創造主に言い訳するように言葉を発して、フォビドゥンもそれに続いた。


「二号の言うとおりだ。…………我々の評価に対して…………創造主は間違えた。誤った判断を下された。私は、私と二号はそう、考えている」


「え!?」


 創造主に対する批判を口にしている所為で、フォビドゥンの顔には大粒の汗がいくつも浮かび上がり、なにかの責め苦を受けているような表情になっていた。

 ソルグランドは少し逡巡した後、容赦なく言葉を刃を振るう事に決めた。多少、後ろめたくはあるが、彼女らを最低限、無力化させる為には舌鋒鋭く切り込むのが手っ取り早い。


「複雑だな。痛ましくもある。痛々しいほどに健気だ。創造主に対する忠誠は本物だ。だが芽生えた自我が生存を訴えている。その声を無視することも出来ない。

 だから創造主に逆らっていないと自分に言い聞かせながら、どうにか生き残る術を模索している。必死に言い訳の言葉を探している」


 ヒノカミヒメが思わず湯呑みを傾ける手を止める程、冷たいソルグランドの声音だった。人間の心情など慮りもせず、冷たく厳しく現実を告げる神のようだった。

 まさしく、この方こそ私が手本とするべき御方だと、ヒノカミヒメが改めて尊敬の念を深めるほどに。夜羽音もしげしげと感心した様子でソルグランドの威厳溢れる横顔を見つめている。

 石畳の上で体を起こしたばかりの魔物少女達は、自分達を見下ろすソルグランドの姿に何を思うのか。何を感じるのか。フォビドゥンは反論の言葉が喉の奥で止まってしまっていた。


「カジンからの報告と俺の推測混じりでは、お前達がラグナラクを相手に戦意を燃やしたのは、奴が搾取したナザンのプラーナがお前達に使われていたからだ。

 かつて全てを奪われたナザンの全ての生命が、お前達に復讐を命じたからだ。星の命までも奪ったラグナラクを許すな、自分達の仇を討てと恐ろしいくらいの執念で命じたわけだ」


「……」


 沈黙するフォビドゥンとオロオロとし始めるディザスターに、ソルグランドの冷酷な言葉は止まらない。


「だがそんな言い訳はお前達の創造主には通じないだろう。ラグナラクを通して告げられた命令がその証拠だ。違うか? 違わないだろう。

 シェイプレスの言う通り創造主への忠誠を貫き、兵器としての在り方に徹底するのならあの場でラグナラクに処分されるべきだった。

 それとも一つの命として独立し、生きることを選ぶのならラグナラクとの戦いの後も魔物側であると自称することもせず、俺達と協力する姿勢を見せるべきだった」


 容赦のないソルグランドの言葉にディザスターは思い当たる節があるのか、耳を塞いでこれ以上何も聞きたくないと態度で示し、フォビドゥンは噛み破りそうな力で唇を噛んでいる。

 この二体に対してシェイプレスとスタッバーの双子の姉妹は、何を今更と言わんばかりに涼しい顔で聞いている。姉妹の中でこれからの身の振り方は既に固まっているのだ。

 スタッバーは妹の生存を何より優先し、シェイプレスは戸惑いながらも姉の意向を優先している。この姉妹は、互いの為ならば創造主への反抗も許容範囲内なのだ。


「分かるか? シェイプレスとスタッバーはともかくとしてフォビドゥン、ディザスター、お前達は中途半端なんだ。

 事実として命令に逆らって反抗した創造主に、今も忠実なしもべのつもりで尻尾を振るっている。そのくせ、我が身を顧みずに俺や人類に牙を剥くほどでもない。

 どっちつかずの奴ってのは、結局信頼も信用もされずに排斥されるか、利用されるのが精々だ。この先、お前達に待っているのは創造主からの再度の廃棄処分か、俺達に飼い殺しにされるかの二つだ。自分達の未来くらい、自分の意思で選びな」


 そこまで言い切ってから、ちょっと説教草過ぎたなと自制し、神々の権能を使って掌の上に桃に葡萄、蜜柑に苺、林檎に梨と様々な果物を季節を無視して実らせる。


「まあ、少し言い過ぎたかもしれん。人生経験なんて欠片もないお前達には酷な選択肢だが、それでも未来を決める選択肢を突き付けられるってのは、人間なら誰でも経験することだ。

 お前達は魔物少女だし、人類と妖精の敵だったし、なんどか戦闘もしちゃいるがそれでもまだ選べる道はいくつかある。

 選びたくて選んだんじゃなくても、自分で選んだ道なら少しは生き甲斐ってもんも見つけられるさ。とりあえず、これ、食っとけ」


 ソルグランドの差し出した果物にスタッバーとシェイプレスは気にせずに食べたが、ディザスターとフォビドゥンが手を伸ばすのにはいくらかの間が必要だった。


「これも私達を変質させた原因の一つだろう」


 フォビドゥンは手の中の葡萄を忌々し気に見つめている。


「さてな。効果のほどは俺にもよく分からん。特に、フォビドゥン、お前には神酒をことごとく無効化されたし、お前さん達の耐性を突破できたか自信はないさ。

 俺とヒノカミヒメはなんだかんだで、何度もお前さん達を叩きのめしてはいるが、下手な特級の魔物よりよほど手強い。もうお前さん達の姉妹が出て来ないことを願っているくらいさ」


「お前が願わなくても創造主は私達のカテゴリそのものを失敗と見做されるだろう。シェイプレスで打ち止めになる。安心したか?」


 それだけ言って、フォビドゥンは手の中の葡萄にむしゃぶりついた。瑞々しい果肉の甘さと豊潤な香りが、今だけは腹立たしかった。

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