表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/106

第八十三話 無自覚暴君

 惑星ナザンに眠っていた超特大の災いラグナラクの完全撃破は、万雷の喝采と拍手を以て人々に劇的な勝利として迎えられた。

 召集された超一級の魔法少女達、実戦投入されたマジカルドールやヌイグルミ、キグルミ、カジン達の切り札である超巨大要塞ザンエイは甚大な被害を受け、ラグナラク討伐の立役者であるスイートミラクルとソルグランドも、消耗が激しくすぐには戦線復帰できないと問題は山積みだが、それでも勝利は勝利だ。


 地球側では慰労会と祝勝会を兼ねたパーティーが開かれて、直接戦闘に参加した魔法少女達を筆頭に、マジカルドールの中に意識を映していた軍人達が招待されていた。

 ワイルドハントの面々もパーティーに参加していて、その中には肩にコクウこと夜羽音を乗せたソルグランドの姿もある。光輪のないオフモードだ。


 ソルグランドこと大我がテレビの向こうでしか見たことの無いような広い会場のあちこちで、本来の姿に戻った少女達が着飾って食事や談笑を楽しんでいる。

 時折、逞しい軍人達から声を掛けられて、びっくりする姿も散見された。ようやく子供達だけに戦闘を任せずに済んだことで、マジカルドールとして戦った者達の多くは晴れやかな表情を浮かべている。


「祝勝会ってよりは労う雰囲気のパーティーですな」


 ソルグランドはグラスのウーロン茶を少しずつ飲みながら、会場の印象を口にした。被害を金銭に変換した場合、どんなに裕福な国家でも財務担当者が顔色を青くするというが、ここにいる参加者達は明るい顔色だ。


「現場で戦っていた皆さんは純粋に勝利を喜ぶ権利がありますから。ソルグランドさんも、もっと喜びを露にしても誰も文句を言いませんよ。特に貴方は二体のラグナラクを倒したようなもの。最も多くの戦果をあげたのは間違いありません」


「それでも俺一人ではどうしようもありませんでしたよ。解析が終了する前に、イチかバチかで苦殺那祇剣を使っても相討ちに持ち込めれば、奇跡みたいなもんでしたよ。それより」


 ソルグランドは会場の隅に移動してから、夜羽音に声を潜めて内緒話を始めた。


「コクウさんもラグナラク達を誘導するのに、かなりの霊力を消耗されたのでは? 戦闘中にラグナラクの照準がわずかにズレたり、進行方向に微妙な狂いが出ていたのは、コクウさんのお陰です」


「導きの神たる八咫烏の末席としては、それくらいのことはいたしませんと。それとてあの程度のことしかできなかったと、忸怩たる思いです。勝てたからこそ良しと出来た話ですよ」


「ラグナラクの二体目、三体目、あるいはより強力な新型が出てくる可能性を考えると、今回の戦闘の反省点は多いですしね。俺も回復を急ぎます。苦殺那祇剣を使った以上、多少は解析されて対策を立てられる可能性が高い」


 本当に厄介な話だ。ソルグランドの出現から短時間で魔物少女を開発し、実戦投入してきた相手だ。今回のラグナラク戦のデータを活かし、新たな脅威を作り出してくるのは誰でも容易に想像がつく。

 幸いなのはこちらにもまだ強力な手札が残されていることだ。ソルグランド個人としては苦殺那祇剣の連続使用に向けた改良を始め、改造神器の習熟と開発を考えている。


「日本以外の方々も積極的に参加してくださるようで、それは大きな助けですね。ただ交渉の方は大丈夫ですか? 相当に揉めたのでは?」


「妖精女王が尽力してくださいました。神々用に調整したマジカルドールの開発も順調に進んでいますし、ソルグランドさんの回復と前後して実戦投入できるようになるでしょう。

 私が気がかりなのは魔物少女達ですが、惑星ナザンの物理・霊的資源を用いて作られたからこそ、彼女達はラグナラクを相手に拒絶反応と高い戦意を見せましたが、かの者を倒した今はどうなのか」


「全員、ワールドランカーのトップクラスですからねえ。スタッバーあたりはかなり割り切っている様子ですが、フォビドゥンは自分達の有用性を創造主に証明する為と考えていますね。ディザスターとシェイプレスはまだ戸惑っていますな」


 今回のラグナラク戦で人類側に立って戦った魔物少女達だが、それも相手がラグナラクだったからと言う意味合いが強い。

 創造主を相手に本格的に戦う覚悟を固めた個体は誰も居ないだろう。

 最も可能性があるのはスタッバーだが、彼女の場合は双子の妹であるシェイプレスの身を第一に案じていて、彼女の安全と未来の為に旗色を選んでいる。

 魔物少女達の中でも特異な個体と言っていいだろう。


 存在価値の証明を求めるフォビドゥン、感情に振り回されるままに戦うディザスター、廃棄命令を受け入れながら姉の造反に戸惑うシェイプレス。

 ソルグランド達との戦いの中で魔物少女達にも明確な変化が生じていて、それぞれが個性を獲得している。これは創造主側にとって想定外の事態であったろう。

 だからといって素直に味方扱いは出来ず、あちらも人類と妖精側に従順に従えないのが悩ましい所だった。


「今はまた拘束してはいますが、前よりは待遇を良くしたせいなのか大人しくしています。が、説得できるもんですかねえ」


「ヒノカミヒメが心を折りきれなかったと、臍を噛んで悔しがっていましたが、あまり余計な真似をしないように釘を刺しておきましょう」


 ソルグランドは魔物側のアクションもそうだが、ヒノカミヒメと魔物少女達の今後もまた気がかりで、悩みは尽きないものだ。

 パーティー会場の片隅でこそこそと話をしている二人に、ぞろぞろと近づいてくる集団があった。ソルブレイズこと真上燦をはじめザンアキュート、アワバリィプール、さらにスイートミラクルやブレイブローズなど、ラグナラク戦で共闘した面々だ。


「ソルグランドさん、それにコクウさんもやっと見つけましたよ」


「ソルグランド様、ラグナラク討伐の立役者がこんな片隅におられては、せっかくのパーティーが盛り上がりませんわ」


 全員、一時の勝利に過ぎない事を理解しているだろうが、それでも巨大な敵を倒した喜びと無事に生還した安堵を共有しようと、全員が笑みを浮かべている。

 可愛い孫娘達の明るい顔に水を差す真似はできないな、とソルグランドは夜羽音と視線を交わして、努めて明るい笑みを浮かべ、お互いの感情を共有するべく彼女達の方へと向かって歩き出した。



 戦勝記念のパーティーが終われば、始まるのは壊滅的な被害を受けたナザン基地の復興作業と次の戦いに向けて動き出す。

 戦闘で受けた被害は地球にまで及ばなかった結果、かろうじて範囲内に収まったとは言えるが、その補填は容易なことではない。

 対して魔物側は休眠状態のラグナラクが撃破されただけであるから、被害らしい被害はないとも言える。このまま戦力の回復に努めるだけでは、魔物側から新たな攻撃を仕掛けられてこちらの体勢が整わない内に更なる消耗を強いられる危険性があった。


 ソルグランドは苦殺那祇剣の使用に際し、絞りつくしたプラーナの回復を速める為に地球へと帰還して、真神身神社に籠っていた。

 ヒノカミヒメの為に用意された最も新しい神域をソルグランドが間借りし、彼に集められる信仰を糧にして広がり続ける神域は今や山あり谷あり川あり湖あり、と実に広大な空間へと変貌している。


 ここしばらくはワイルドハント司令部かナザン基地に常駐していた為、真神身神社に足を運ぶのは久しぶりだったが、その変貌ぶりには仮の主であるソルグランド自身が驚くほどだった。

 境内こそ大きな変化はなかったが、境内から覗く雄大な光景は仕舞っておいたキャンプ用品がなんとも不釣り合いな代物に見える。


「こらあ、社もその内、この規模に見合ったのに立て替えないといけないのでは? この素朴な感じも嫌いじゃありませんが」


 境内に出たソルグランドは初めて見た時から変化のない社を振り返り、しみじみと呟く。


「まあ、宮司も巫女もおらず神使の類も居ないわけですし、管理の為に常駐出来る誰かが居ないか」


「放っておいても支障はありませんよ。主であるヒノカミヒメに異常が生じるか、あるいは信仰が廃れない限り、この神域は正常に保たれます。ここに限らず神域とはそういうものです」


 これはソルグランドの左肩に止まった、本来の姿に戻った夜羽音である。神様として大先輩であり、真性の神である夜羽音の言葉にソルグランドは頷くきり。

 鳥や虫の鳴き声はなく、獣の気配もない。生命の気配がないのは相変わらずらしい。清浄すぎる世界に現世の生き物は適応できないのだ。


「しばらくはまたここでキャンプ生活です。魔物側の戦力回復までに間に合わさにゃなりませんし、たくさん食べてたくさん眠るのが一番ですかねえ」


 とりあえずテントをはじめキャンプ用のギアを取り出そうと、出て来たばかりの社を振り返ろうとした時、石段を登ってくる小さな足音が聞こえてきた。

 足音は小さいが気配は複数ある。ソルグランドと夜羽音は足音の主が誰か分かっていたので、欠片も警戒心を見せない。ほどなくして姿を見せたのは、両肩に気絶した魔物少女達を乗せたヒノカミヒメであった。


「ソルグランド様、それに夜羽音様も。この神域でお会いするのはなんだか久しぶりのように感じられますね」


 彼女の中で好感度一、二の二名に向けて、ヒノカミヒメはパアっと明るい笑みを浮かべる。

 よく見れば両肩に担いだ魔物少女達は身体のそこかしこが煤けるなり、傷つくなりしていて、どうやら物騒な時間を過ごしてきたらしい。


「ああ、久しぶり。にしてもフォビドゥン達はどした? ナザンで拘束中のはずだから、ふーん、精神だけをこっちに引っ張ってきたのか。器用な真似をするもんだ」


「ふふ、黄泉比良坂でこの者らを叩きのめした時に、縁を結んでおきましたので」


「にしてもなんだ、今度こそ心をへし折ろうとしたのかい?」


 ソルグランドはからかうように握り拳を作り、それを振り下ろす仕草をした。ヒノカミヒメは魔物少女達を担いだまま、ぶんぶんと首を横に振る。


「いいえ! 確かにこの者らを芯から屈服させられなかったのは悔しく思っておりましたが、あの星を食べる魔物との戦いで立ち向かったこの者らに対し、私も評価を改めたのです」


 よいしょ、とヒノカミヒメは優しく魔物少女達を石畳の上に降ろす。以前だったら無造作に放り投げていただろうか。ヒノカミヒメの中で魔物少女達の評価が変わったのは、嘘ではないらしい。


「ですので、この者らにお礼とこれからの助力についてお話しようと、精神だけを神域へと呼び寄せたのです。そこまではよかったのですが、思いのほか話にならなかったというか、むしろ白熱しすぎてしまったというか」


 ヒノカミヒメの視線があちこちにさ迷い始めたのを見て、ソルグランドと夜羽音は互いの顔を見合わせ、口論が激しくなってそのまま殴り合いを始める光景を鮮明にイメージできた。

 純粋な女神であるヒノカミヒメの戦闘能力はソルグランドをも上回るが、その精神性においては見た目よりもはるかに幼い。思う通りに行かずに、すぐに手が出てしまうあたりなはまだまだ子供だ。


「ほんとうに、本当に、最初は穏便に話し合いで済ませるつもりだったのです! だって、フォビドゥン達はラグナラクを相手に戦ったのですから、これからは人の子らや妖精さん達の側に立って戦うのだと思って!」


 必死に言い訳を始めるヒノカミヒメに、ソルグランドと夜羽音は仕方のない子だと口よりも雄弁に語る眼差しを向けるのだった。巻き込まれた魔物少女こそ一番の被害者だったろう。可哀そうな話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ