第八十二話 クサナギの剣
ディザスターにしろフォビドゥンにしろ、ラグナラクひいては創造主への反抗と敵対は本意ではない。もし廃棄処分が撤回されて、ラグナラクと共に地球の搾取あるいは魔法少女の殲滅を命じられれば、大きく安堵しながら従うだろう。
だが魔物の創造主が命令を撤回するわけもないのを、フォビドゥン達は被造物であるが故によく理解している。生きる事への渇望を抱く彼女達は、望まぬままラグナラクとの戦いに突入していった。
「あああああ!!!」
ディザスターは泣き叫ぶように肥大化した両腕を振るい、ラグナラクの銀色の触手を弾き飛ばして、少しでも距離を詰めようとしている。あるいはこれ以上、ラグナラクを通じてお前達は必要ないと言われるのを、恐れているからかもしれない。
情緒が乱れ、生きる為にがむしゃらになっているディザスターに対して、フォビドゥンは比較的理性を保ったまま、ラグナラクとの戦いに臨んでいた。
「私達で倒せるわけもない以上、口惜しいがアイツが戻って来るまでの時間稼ぎに徹するしかないか」
創造主の命令に反抗した時点で、自分達はどうしようもない失敗作であるとフォビドゥンは冷静に分析していた。かといってアイツ──ソルグランドや魔法少女達の味方面をするつもりも毛頭ない。
ただ、このまま生み出された意味も価値もないと烙印を押されて、終わりたくないのだ。
ラグナラクからの粛清を生き延びたとしても、自分達に行く宛も居場所もありはしないが、それに思い悩むにしても、この場を生き延びなければ話にもならない。
フォビドゥンはラグナラクの発射した超重力の砲弾の数々を、全身に開いた口から発射した圧縮エネルギー弾で迎え撃って、空中に無数の重力異常が発生する。
「ラグナラクよ、創造主に我らの処分が誤りだったと伝える生贄になれ」
入り乱れる重力嵐の中をディザスターが強引に突破し、ラグナラクの頭部を目掛けて剛腕が唸りを上げる。ラグナラクは格子状に重ねたブレード状の触手で剛腕を受け止め、行き場を失った衝撃が天地を揺るがした。
ディザスターの拳にわずかに切れ込みが走り、小さな痛みに顔を歪める魔物少女の横っ面をハンマー状に形を変えた触手がぶっ叩き、ディザスターを勢い凄まじく地面に叩きつける。
『反逆行為を確認。第一号から第四号の即刻処分を優先』
ラグナラクの首の断面から延びていた触手が吸い寄せられるように引っ込み、一瞬で新たな体が構築された。頭部も小さくなって、おおよそ身長二メートル弱の人型へと変わる。
手足の先や肩、腰の付け根は鋭角な刃のような線を描いているが、くびれた腰や起伏のある胸部、しなやかな手足とまるで少女のような柔らかさを覗かせている。明らかに魔法少女と魔物少女を意識した戦闘形態である。
その細くなった首に背後からするりと黒曜石を思わせる刃が宛がわれた。ディザスターの動きに紛れて、いつの間にかラグナラクの背後へと忍び寄ったスタッバーであった。
「お前を始末すれば我々への評価も改められるか?」
無理だろうな、と心中で考えているのが分かるスタッバーの切なさを秘めた一言だった。そのまま滑らかに黒曜石の刃が動き。ラグナラクの首にパックリと傷が刻まれて、銀色の断面があらわとなる。
スタッバーはそのままラグナラクの首を掴み、引きちぎろうとしたが、ラグナラクの左腕が関節の向きを無視して動き、スタッバーの左頬に突き刺さって、はるか彼方へと殴り飛ばす。
超音速で吹き飛ぶスタッバーだったが、ディザスターと同等以上の一撃を受けても、ダメージは小さなものだった。
「お姉ちゃん、大丈夫!? 機体内部に損傷ハ?」
スタッバーを心底から気遣う言葉は彼女の背中から、頭部を生やしたシェイプレスだった。変幻自在の身体を活かして、姉の全身に覆いかぶさってパワードスーツ代わりを務めていたのである。
ラグナラクの攻撃によるダメージをシェイプレスが引き受けて、更に形の無い体質を活かしてダメージのほとんどを無効化していた。
「大丈夫、貴女が庇ってくれたから。それよりもやはり強い。基本スペックはあらゆる点で私達の数段上を行く。単純な戦闘能力ではソルグランドよりも上」
「私達とは用途が違うのだから、当然でス。用途が違う以上、優劣を競ってもあまり意味はありませン」
「創造主はそうはお考えになるまい。我々が命令に従順に従わず、更にこうして反抗している以上、妹達は二度と製造されまい。ラグナラクの同型機が量産されることはあってもだ」
「もう手遅れですヨ。主のご命令に抵抗した時点で、皆がおかしくなっていタ。すべてはソルグランドの所為に違いありませン」
「そうだとしても、やはり手遅れだ。勝たなければ私もお前も稼働し続けられない」
スタッバーはようやく体の制御が戻り、空中でくるりと体を回転させて姿勢を整えることに成功する。
視線の先では先んじて復活したディザスターがフォビドゥンの援護を受けてラグナラクと戦っているが、根本的なスペック差と魔物少女達のデータを創造主から与えられたラグナラクを相手に劣勢に追い込まれていた。
「足止めに徹してもさしたる時間も稼げないか。腹立たしいな」
そうしてスタッバーはシェイプレスが止める暇もなく、大地に降り立って影に溶け込むとラグナラクへと向かって、全力で接近するのだった。
かつてはソルグランドを大いに苦戦させた魔物少女達四名だが、戦闘に集中しきれない点もあったこともあり、見る間に叩きのめされてダメージを重ねていく。
遠方で首無しラグナラクを始末しているソルグランドとスイートミラクルが、果たして間に合うかどうか。
戦闘時間が長くなればなるほど、魔物少女同様にラグナラクもまた戦い方を学習して、急激に戦闘技術を向上させているのも圧倒している一因だった。
触手や糸などを使わず四肢を用いた戦闘に全力を傾注するラグナラクの右手の一振りで、ディザスターは左袈裟に斬り伏せられ、カバーに入ったスタッバーはシェイプレスごと腹部を皮一枚になるまで斬られた。
フォビドゥンは両膝と両肘の先を大きな顎に変え、ラグナラクの四肢をなんとか噛み止めて拘束し、尻尾の先端をラグナラクの頭部に突き付けて物質化するほど圧縮したプラーナの刃を突き込み──
「くそ」
──ラグナラクの頭部に開いた口に噛み止められ、バキン! と音を立てて刃をかみ砕かれて、そのまま咀嚼される始末。ラグナラクの口の中に生えた歯が白く、美しい並びであるのが気に食わなかった。
そうしてフォビドゥンの四肢を引き剥がしたラグナラクの左足がフォビドゥンの右腰に叩きつけられ、背骨近くまで斬り裂きながら吹き飛ばしていった。
資源として再利用する予定もない魔物少女達を機能停止させるべく、ラグナラクは大地に倒れ伏し、血液代わりのプラーナをぶちまけているフォビドゥン達を見下ろす。
疑問を抱くことも、命令に反抗することも許されない創造主へ反逆した失敗作達へ与える慈悲はまるで存在していなかった。
ラグナラクが創造主からの命令を忠実に実行し、フォビドゥン達を消滅させるその刹那、ワープゲートの向こう側から稲妻と共に飛来したマジカルドールの振るった鉄鎚が、ラグナラクの腹部を痛打し、轟雷と共に吹き飛ばす!
一瞬で数キロメートルも吹き飛んだところで、ラグナラクが体勢を立て直す前に、真上から神速で伸びてきた神鉄の棒がその喉笛を突いてそのまま地面へと叩き込んだ。
直径百メートルを超える巨大なクレーターが出来上がり、棒が伸びてきた時と同じ速さで戻ってゆくのと入れ違いに、また新たな影が降ってきてラグナラクの胸部へと青銅の槍を突き込み、天空を揺るがす大音量と共に地盤が冗談のようにめくれ上がる。
天変地異を思わせる三連続攻撃を受けても、ラグナラクに機能異常は生じていないようで、反撃の左腕の一振りを受け止めた槍の主が吹き飛ばされて隆起した地盤の一角に降り立つ。
他にも帯電している鉄槌を持つマジカルドールが、真っ赤な伸縮自在な棒を手にしたマジカルドールがそれぞれ別の地盤の上に降り立つ。
標準的なマジカルドールの素体にある程度のカスタマイズを加えてあるようで、鉄鎚持ちは鉄の手袋に腰には特徴的な帯を巻いている。
棒を持つマジカルドールは額に黄金の輪を嵌めて、手足は猿の毛皮に包まれて尻尾も生えていると来た。
そして青銅の槍を持つマジカルドールはこれまた青銅の鎧に身を包んだ美丈夫だ。
全員が仮面で顔の上半分を隠しているが、溢れ出る力の質は世界ランカーを思わせるものがあった。
不意を突いたとはいえラグナラクに反撃を許さず三連撃を叩き込んだ手腕とその威力は、マジカルドールの限界を超えたパフォーマンスである。
「コピーとはいえミョルニルで傷一つ入らんか。ヨルムンガンドを思い出す」
鉄槌を持つマジカルドールが賞賛を込めて呟けば、軽やかに棒を操る猿めいたマジカルドールが応じた。
「まったくまったく。北欧の旦那の言う通りだ。よその星の妖怪とはいえ、あり過ぎるくらいに歯ごたえのある相手さ」
「天地の気から生まれた貴公にとっては、天敵ではないのか? 下手をすれば美味そうだ思われていてもおかしくないぞ?」
「ははは、そいつは勘弁だ。八卦炉の前に押し込められた時も肝を冷やしたが、食われるのはもっとおっかなそうだ。ははははは!」
どことなく楽しそうにしている猿っぽいマジカルドールに、槍持ちのマジカルドールがからかうように忠告したが、忠告された方はちっとも怖がっていない様子で笑っている。
ラグナラクは新たに姿を見せたマジカルドールが、先ほど葬ったどの個体よりも別格であるのを認識し、観察している様子だ。
「しかし、やはりこの身体では全力すら振るえん。ミズガルズの危機とあって、この人型を拝借したがまたどやされそうだ」
そう零す鉄鎚持ちのマジカルドールの左腕が、ぼとりと付け根から落ちてプラーナの粒子へと崩壊し始める。中身の持つ質の違う力にマジカルドールのボディが耐え切れなかったのだ。
猿めいたマジカルドールも青銅の槍を持つマジカルドールも、既に全身からプラーナの粒子を立ち昇らせて、肉体の限界が訪れているのは明白であった。
「なあに観世音菩薩や天帝も交渉を進めてくだすっているし、俺達でも全力を振るえる義体も作ってくれている。次の機会はないに越したことはないんだろうが、ふくく、つい期待しちまうね」
楽しそうに笑うマジカルドールの猿の尻尾が付け根から落ちて、下半身が徐々に消え始めている。
崩壊に苦痛は伴わないようで、三人──三柱とも半世紀以上も自分達の庭を荒らし続けてきた害虫を駆除できる状況が整いつつあることに、喜んでいるようだった。
戦争の象徴たる青銅の槍と鎧を持つ神の入ったマジカルドールは左半顔を失いながら、槍の穂先を破壊されたワープ―ゲート近辺の基地へと向ける。
「東洋の最も新しき女神の代理人が来るまでの時間は稼いだ。今回はそれでよかろう。害虫共の手先が旗色を変えたのは意外だったが……」
ラグナラクは新たに邪魔をしてきたマジカルドールが、もはや手を下すまでもなく自壊するのを把握し、攻撃を加える無駄な真似は控えていた。
それよりも破壊された基地の中に安置されていた鏡を通じて、瞬時に転移してきたソルグランドの滾らせる好戦的なプラーナを感知し、そちらの迎撃を優先していた。
ラグナラクは切り離した片割れと戦闘の情報を共有していたが、現在の戦闘形態がもっとも効率よく戦えると判断。二メートル弱のより女性に近付いた形態のまま、戦闘不能に追い込んだ魔物少女達を置き去りにしていった。
首無しラグナラクを撃破後、力を使い果たしたスイートミラクルを置いて、鏡を媒介に転移してきたソルグランドは壊滅した基地の様子と、倒れ伏すマジカルドールやヌイグルミ達の姿に頭に血が上るのをはっきりと感じていた。
天覇魔鬼力は首無しラグナラクを斬り伏せるのと引き換えに大きく刃毀れし、刀身に罅が走ったため、今は手にない。
禍岩戸が崩壊し、魔物少女達が解放されている事、そして明らかにプラーナの質が異なる魔法少女達の気配に同時に気付き、ただでさえ鋭くなっていた眼差しが更にきつくなる。
「やってくれたな、ラグナラク」
ラグナラクと再度、戦端を開くまでのわずかな時間、ソルグランドの脳裏に夜羽音からの声が届く。
『魔物少女達がラグナラクと戦闘を始めたのは、バルクラフト司令からの通信の通りです。あの三柱のマジカルドールについてはお察しの通り。緊急事態とあって、提供していた神用マジカルドールで無理やり出陣なさったようです。
義体が内部からの力に耐え切れず崩壊していますが、ソルグランドさんが到着するまでの時間稼ぎには成功しました。後は貴方がラグナラクに勝つだけです』
「それなら何の問題もありませんよ。負けは許されなくて、負けるつもりもないんだ。いい加減、やっこさんの顔も見飽きましたからね。惑星ナザンとカジン達のかたき討ちも終わりにしましょう」
ソルグランドの右手に膨大なプラーナが集約し、徐々に剣の形となり始める。天に叢雲が渦を巻き、ナザンの大地が溢れるプラーナを浴びて鳴動し、海は波を立てて荒れ始めていた。
元から天交抜矛の権能とソルグランドのプラーナにより活性化していた地域とはいえ、ソルグランドの手にある剣は天地海の三界に甚大な影響を及ぼしていた。
「来た」
短い一言の後、彼方に小さな点のように見えていたラグナラクは、すぐさま彼我の距離をゼロメートルへと近づけた。
これまでの戦闘でラグナラクの耐性と吸収能力、学習速度の上限は見当がついている。今の状態のラグナラクが相手ならば、この切り札で倒しきれると確信する。
「雲気を纏い空を覆う 草地焦がす火を祓う 八俣より天地に解き放つ」
ラグナラクもソルグランドを下手な小細工で倒せる相手ではないと、これまでの戦闘で学習し、頭部と心臓の二点、これの破壊を優先して両手足にエネルギーを集中させる。
消え去る寸前の三柱の神々が、そして忌々しいソルグランドの強烈なプラーナを感じた魔物少女達が見守る中、両者が遂に激突する。
ラグナラクの両手足が人体とは異なる関節の動きを見せ、ソルグランドの頭蓋と心臓を狙って振りかぶられ、ソルグランドもまた顕現した神剣を両手で握り、上段に振り上げてから全力で振り下ろす。
「苦殺那祇剣」
その名も高き日本神話の三種の神器を模したものの内、破殺禍仁勾玉、破断の鏡に続く最後の神器が、今、ソルグランドの振るった白く光り輝く剣のような物体だった。
握り拳十個分の長さの刃を持つソレはソルグランド最大の攻撃力と殲滅力を併せ持った、最強の一撃だ。
ただ一度、使用するだけで再使用するまでに数十日のインターバルが必要となるが、オリジナルの草薙剣の知名度と信仰、様々な解釈も組み込まれている為、その神威は天井知らずと言っていい。
斬撃に沿って苦殺那祇剣からは波濤のように膨大な白銀の光が溢れだし、それは純粋な破壊エネルギーであると同時に、あらゆる災厄を祓い、持ち主を守護してきた草薙剣の逸話を敵に強制する神通力を秘めていた。
溢れる光に触れれば敵ならば敗北し、災いならば祓い退けられ、使い手であるソルグランドに勝利と安寧を齎す。それが苦殺那祇剣なのだ。
『!! ソルグラン、ドの情報を、更新。デー……タを……』
吸収も分解も出来ない神通力に由来する破壊エネルギーと、物理法則を無視する概念の強制に、急速に崩壊するラグナラクは最後まで自らの創造主の為にと、完全に消滅するその瞬間まで、苦殺那祇剣の齎す影響を送信し続けた。
ソルグランドはラグナラクの完全消滅を確認し、光の波濤を収めた時には範囲を絞り切れず、扇状に二キロメートル先まで薙ぎ払ってしまった挙句、ボロボロと崩れて行く苦殺那祇剣に、汗と共に溜息を零す。
その頬を流れ落ちた髪がくすぐっていった。
「威力ばかり考えて、他のところをおざなりにしすぎたが、今回はその威力が功を奏したな」
苦殺那祇剣が完全に崩壊した時、それを握っていたソルグランドの掌は火傷を負ってひどく傷ついていた。本来、持ち主に勝利と安寧を与える概念を持つ苦殺那祇剣が、持ち主に反動で傷を与えるなどあってはならない事だ。
攻撃範囲の精緻なコントロール、反動の抑制、再使用までの間隔の短縮化など、まだまだ改善点は多い。
「とりあえず目の前の大きな戦いがようやく終わったのを、喜ぶとするか。はあ、疲れた」
それだけ呟いて、ソルグランドはぱたんと仰向けに倒れ込んだ。戦闘の終結を確認次第、ワープゲートの向こうから救援の部隊が派遣されるだろう。倒されたマジカルドールや魔法少女達は、その部隊に任せれば大丈夫なはずだ。
ソルグランドはラグナラクの存在を伝えられてから、ずっと張り詰めたままだった緊張の糸を、ようやく緩めることが出来たのだった。
さらばラグナラク!




