第八十一話 自立あるいは巣立ち
予想していた方も多かったのでは?
ソルグランド達を振り切ってワープゲートへ向かったラグナラクを、風土埜海食万、天魔禍反刺戈からなる防衛機構は正常に迎え撃ち、そして力が及ばずにいた。
惑星ナザンに広げられていた風と水と大地が刃となり、槍となり、銃弾となり、切り離されたラグナラクの頭部へと血に飢えたピラニアのように群がる。
後頭部が花びらのよう広がった流線型のラグナラクの頭部は、戦闘モードへの移行に伴って、資源の搾取を完全に放棄して襲い来る攻撃の数々に対し、首の断面から無数のブレード状の触手を伸ばした。
一本一本が超音速で振るわれた触手によって、全方位から迫りくる風も遠方から押し寄せてくる津波も、下方から撃ちだされた岩塊も全てが細切れになり、何の成果もあげられない。
それは、ワープゲート防衛の為に残っていたマジカルドールや魔法少女達も同じことだった。
ザンエイから送られてきた情報に沿って、対ラグナラク用に調整したプラーナ兵器が、一発残らず使い切ることこそ義務だと言わんばかりに発射されている。
迫撃砲からミサイルランチャー、自走砲、レールガン、プラーナ利用の光学兵器に至るまで、惜しむところは欠片もない。
妖精達のヌイグルミやキグルミの姿もあり、空の一角を色とりどりの光と実弾兵器が埋め尽くし、都市一つ跡形もなく消し飛ばす火力のブロックが形成される。
ラグナラクはそれにも構わずワープゲートへの最短ルートを選んだ。
迎撃部隊の構築した火力のブロックにも避ける素振りさえ見せず突撃し、そのほとんどを触手で切り払いながら突き進む。
切羽包まった状況は地球側のワイルドハント司令部にも、リアルタイムで伝わっていた。
「目標の進行速度わずかに鈍化を確認。損傷は、ありません!」
悲鳴のように叫ぶオペレーターに、バルクラフトは静まった声で問い返す。
「ソルグランドの状況は?」
「スイートミラクルと共にラグナラクの首から下を相手に戦闘中です。こちらのエネルギー反応はさきほどまでのおよそ五十パーセントです」
「こちらに来ている頭部に残りの五十パーセントのエネルギーを回しているか。防衛部隊に遅滞戦闘の徹底を通達して。胴体さえ片づければ、ソルグランドは鏡を使ったワープで即座にこちらへ来られる」
更に別のオペレーターから非情ともとれる、しかし、必要な情報がバルクラフトへと。
「司令、ワープゲートの爆破準備はいつでも出来ています」
「ええ、最悪、ソルグランドが間に合わず防衛部隊の力が及ばなかったら、事前の取り決め通りワープゲートを破壊します」
それはソルグランドを始めとした魔法少女や妖精、マジカルドール達をナザンに置いてけぼりにしてゆく決断である。
ワープゲートについては研究が進められているが、時間が足りず新たな惑星間を結ぶゲートの開通は現状、不可能だ。
もし希望があるとするなら、ラグナラクを倒した後、カジンとソルグランドが協力して、あちらから地球に繋がるワープゲートを開くのが、最も可能性が高い。
最大の問題はワープゲートを破壊した状態で、マジカルドールや魔法少女が倒され場合、意識を地球側へ転送することが出来ないことだ。
万が一に備えて、基地に身代わりの義体が用意されているが、不具合の発生する可能性を否定しきれず、一抹の不安が残っている。
「コクウさんは?」
「現在もナザンの基地の一室に待機しているようです。戦闘開始前からなにか行っている様子ですが……」
「この状況で無駄な真似はしないでしょう。なにか事態を打開してくれると期待したいけれど」
*
ワイルドハント司令部での喧騒は地球やフェアリヘイム各地でも同じことだ。
そして現場の人々こそが、もっとも危機感に包まれていた。自分達の行動次第でワープゲートの防衛も破壊も、地球への被害も決まるのだから当然だろう。
準備に準備を重ねて用意された兵器の数々が通用せず、ラグナラクのワープゲートへとの到達を許した時、ラグナラクから放たれた重力衝撃波の嵐に飲まれ、防衛部隊は見る間に壊滅していった。
ラグナラクは倒れ伏したマジカルドール達の搾取を他所に、ワープゲートへと向けて速度を落としながら近づいて行った。
地球側にとって過酷なことに、魔物は元々ナザンにもフェアリヘイムにも地球にもワープする手段を得ている。この場でワープゲートを破壊したとしても、ラグナラクの地球出現の時間が遅れるだけでしかない。
わずかな時間稼ぎにしかならないワープゲート爆破の為に、バルクラフトが委ねられたレバーのスイッチに指を掛けた時、ラグナラクによって破壊された禍岩戸の中からもぞりと動く影が四つ。
拘束から解放されたフォビドゥン、ディザスター、シェイプレス、スタッバーの四名だ。
ラグナラクが接近するほど体の内側から、仇を討て、奴を滅ぼせという声が大きくなり、四姉妹の顔に浮かんでいるのは、味方に救われた感謝や安堵ではなく葛藤と不安だった。
これまで禍岩戸によって遮断されていた強力なプラーナを内包した味方の反応に、ラグナラクはいったん、移動と攻撃を止めて交信を試みた。
ラグナラク自身は再起動時に創造主へ惑星ナザンの資源搾取再開を伝達し、最新の状況を伝え聞いていたが、魔物少女に関しては作戦中に行方不明となっていたからだ。
創造主の開発した貴重な新種とあって、回収可能ならば行うべきだとラグナラクは判断したらしい。
『魔物少女試作第一号汎用型、第二号近接特化型、第三号潜伏型、第四号可変型、状況を報告せよ。各機の内部に詳細不明な反応が多数発生している。機能不全の発生が危惧される』
音声ではないラグナラクの魔物特有の通信にフォビドゥンが応じた。その体が震えているのは、上位者を前にして恐怖で震えているわけではなかった。
ソルグランドによって秘かに作り替えられた肉体が、大本となったナザンの生命の怨念が彼女らに復讐の歌を聞かせているのだ。
「ラグナラク、我々の行動記録をこれから送信します。受信後、内容の確認を」
魔物少女に限らず、魔物と魔物の間でなら、いちいち、言語で語る手間など必要ない。フォビドゥンを筆頭に四姉妹のメモリーデーターが同時にラグナラクへと提供される。
ナザンに引き込んだソルグランドを魔物の大群と共に撃破せんと試みて、地球からやってきた魔法少女とマジカルドール達によって妨害され、返り討ちにされるまでの戦闘記録。
そして鹵獲されてから禍岩戸に拘束されて、神饌を与えられながら生ぬるい尋問を受けて話した一語一句にいたるまでの記録。
魔物側にとって、ラグナラクや魔物少女のように高度な自己判断能力を有した個体が鹵獲されたのは、今回が初の事例である。
鹵獲された魔物少女達から流出した情報や、解析された内容をラグナラクを介して伝えられた創造主はどのように判断するのか。
様子のおかしいラグナラクと魔物少女達の姿を、ワイルドハントや生き残りのマジカルドール達は息を呑んで見守っており、怪しい挙動を見せたら即座に攻撃を行うかワープゲートを自爆できるように備えている。
『メモリーの受信、解析、精査を終了。クリエイターからの判断を通達する。模倣生体兵器魔物少女は第一号から四号まで、全機が想定の戦果を上げられなかった結果を鑑み、この場での廃棄を決定。廃棄方法はラグナラクによる破壊とする。以上』
ワープゲートを前にして魔物少女の処分などと、時間の無駄にしたのも魔物側からすればワープゲートに拘らなくても、地球へ進行可能だからだろう。
ラグナラクを通じて伝えられた創造主の判断は、フォビドゥン達からすれば分かり切っていたことだ。ここまで失態を演じた自分達は、失敗作の烙印を押されて廃棄されるのは妥当な末路に違いない。
それを彼女達の理性は受け入れている。だが、それを感情が否定していた。嫌だと、まだ死にたくないと。
魔法少女やソルグランドの戦闘能力を解明する為に、彼女達に付与された感情という不確定要素が、創造主の想定していなかった変化を魔物少女達に齎してしまった。
ソルグランドにさえ敗北しなかったら、感情があっても彼女達は創造主の忠実な手駒であり続けたろう。だがいくつもの要因が重なった結果、魔物少女達は想定されていない変化を迎えていた。
「我々に再度の機会を賜ることは叶わないのでしょうか。今からでもソルグランドを倒し……」
『創造主の決定に異を唱える時点で、お前達の機能には致命的な異常が生じている証左である。帰属意識がまだ存在しているのならば、一切の反論なく、抵抗なく廃棄処分を受け入れよ』
再度、ラグナラクを通じて伝えられる創造主からの命令に、シェイプレスは淡々と目を閉じて受け入れる姿勢を見せる。肉体を自由自在に変化させられるシェイプレスこそが、もっとも内面的な変化に乏しいのは、皮肉だった。
一方で大きく変化を見せたのはディザスターだった。創造主からの処分命令を耳にした瞬間、大きく肩を震わせて顔を俯かせていた。ソルグランドにも勝る力を秘めた拳は固く握られて、そのまま自分で自分の手を握り潰してしまいそうだ。
「……や……いや……」
「どうした?」
ラグナラクが触手の切っ先全てを魔物少女達へ向ける中、ディザスターの口からかすかに零れ出てきた言葉に、フォビドゥンが振り返った瞬間、ディザスターは頭上のラグナラクを仰いで心からの叫びを発する。
「いやだ、あたしは、まだ終わりたくない。あたしは! あたしは、生きているんだ! 生きているんだよ、創造主様! まだ、まだ出来ること、やりたいこともある。ここで終わりたくない!!」
「よせ!」
ナザンの死者達の叫びもあるだろう。だがそれ以上にディザスターが欲したのは生だ。生きることだ。ソルグランドへの反抗心や復讐心もある。与えられた神饌に味を占めて食欲を刺激されたのもある。
それら全てがもうほどけないくらいに絡み合った結果、ディザスターはここで死んではソルグランドにリベンジする機会すら得られないと、創造主への反抗を選んでいた。
「ああああああ!!」
この後、ディザスターは死ぬほど自分の行いを悔いるかもしれない。だが、現実に彼女はラグナラクへと殴り掛かり、迫りくる触手に両手を振るって次々と弾き返し始める。
フォビドゥンはまさか、と思い、やはり、とも思っていた。なぜって、自分だって死にたくないと思っているからだ。ソルグランドに三度目の敗北を喫し、囚われる前だったなら潔く創造主からの命令に従っただろう。
「困ったな。私も死にたくなくなってしまった」
創造主への忠誠心はある。だが、死にたくないという欲求がそれを上回ってしまった。
(ああ、今からでも処分を撤回して再利用すると言ってくれないだろうか? 言ってはくれないか。創造主様が御意志を翻すことなどあるわけもない)
フォビドゥンはあまりにも重い溜息を零してから、吹っ切れた笑みを浮かべてスタッバーとシェイプレスを振り返った。
「どうやら私もまだ生きていたいらしい。あの上から目線のラグナラクに出来る限り抗うが、お前達はどうする?」
「なにを馬鹿なことヲ。創造主様に逆らうナンテ」
シェイプレスは姉機二体の選択を信じがたい愚考だと言わんばかりに、告げ、しかし、続くすぐ上の姉の言葉に絶句した。
「私もまだ死ぬつもりはない。妹を死なせるのもごめんだからな」
シェイプレスの予想を裏切り、スタッバーもまたフォビドゥンとディザスターに続いて、創造主への反攻を口にするではないか。そしてそれは妹=シェイプレスを死なせたくないからだとは。
「え、いや、ええ? お姉ちゃン!?」
姉は驚天動地の驚き具合を見せる妹に答えず、既にフォビドゥンと共にラグナラクへと向けて大地を蹴っていたのだった。




