第八十話 仇敵
ラグナラクは獲物の一体がより高品質になったのを感知したが、彼ないし彼女は既にこの場にいる獲物を敵として再認識した後だった。多少の勿体なさを感じたかもしれないが、殲滅以外に取るべき行動はなかった。
「いっくよ~、ソルグランドちゃん!」
「おうよ!」
「プリティー・メテオ!」
精神年齢が外見年齢に引っ張られているらしいスイートミラクルが星の輝く杖を振り、輝きの一つ一つが大きな星に変わってラグナラクへと亜光速で飛んで行った。
惑星ナザンを魔法少女の生み出した流星群が流れる。ラグナラクが銀色の全身を針のように尖らせて、その先端から光線を連射して迫りくる流星群を撃ち落し始める。
のみならずラグナラク自身もソルグランドとスイートミラクルへと向けて、重力場推進による超高速移動で距離を詰めてくる。
スイートミラクルが毎分数千発の流星群を撃ち続ける間に、ソルグランドもまた天覇魔鬼力を握りしめて、ラグナラクへと吶喊していた。
プリティー・メテオは全てラグナラクだけを狙って飛び、ソルグランドに命中しそうになれば直前で軌道を曲げて、吸い寄せられるようにラグナラクへと迫る。
ラグナラクは常にプリティー・メテオを撃ち落しながら、神速の斬撃と拳と蹴り、頭突きまで組み込んだソルグランドの野分のごとき連撃に晒されることとなる。
ラグナラクの変身に伴う爆発に巻き込まれた周囲の魔法少女達の退避は順調に進んでおり、彼女達を巻き添えにする心配をしないで戦えるのは不幸中の幸いだ。
ザンエイもまた数十キロメートル単位の巨体から黒煙を噴き、地上に落着して擱座している。精密な援護射撃はしばらく望めまい。
「上等ッ!」
天地を斬り裂く上段からの斬り下ろしと神速の斬り上げが、ラグナラクの両膝の刺突を弾き返し、振り上げられた両腕にプリティー・メテオが殺到して、その動きを牽制する。
ラグナラクの額らしい部分が花を思わせる形に変形し、その中心部から黒い光弾が発射された。それは光に触れた全てを異次元へと放逐するもので、物理的な防御は意味をなさない。
瞬時にそれを理解したソルグランドは首を傾けて、長髪のいくらかを犠牲にして回避に成功する。ただし回避を強制されて姿勢を崩し、斬撃が途絶える。
「これならどう、プロミネンス・シューター!」
ラグナラクの頭上に移動していたスイートミラクルが杖を振るって、その先端から、ではなくラグナラクの足元から灼熱の奔流が吹き上がる。
スイートミラクルの思い描いた“ものすごく熱い炎”という概念そのもので、ラグナラクのプラーナ吸収能力をしても吸収できない攻撃だ。
直径十メートルの奔流は高度一万メートルまで伸びて、ラグナラクを飲み込んだが、内側から放たれた数百の斬撃によって微塵に斬り裂かれ、プロミネンス・シューターが無効化される。
瞬き一つ分にも満たない時間の間に後方へ跳躍したソルグランドは、空中にいる間に弓矢を握っていた。更にその周囲にもいくつもの弓矢が浮かび上がり、ソルグランドが持つ弓矢と照準を連動させている。
「魔よ、禍いよ、虚無となれ。これは天意である! 天之魔禍虚弓、天覇破矢!」
本来は天雉彦ないしは天若日子が高御産巣日神より授けられた天之麻迦古弓と天羽々矢をアイディア元とする、模倣神器である。
これに連動する弓矢は賠償品として提供された他神話のものと、対魔物戦において協力の一環として自主的に提供された神器のコピーが混じっている。
北欧神話の自ら弦を離れて飛び、自動で戻ってくるという三本の矢グシスナウタル。
インドの大英雄ラーマの持つ、翼を持ち先端は太陽の炎と光で出来ているという太陽神の弓矢サルンガ。
サーミ人の信仰する雷神ホラガルレスの持つ虹の弓アイジェク・ドージ。
フィンランド神話の天空神あるいは絶対神とも呼ばれるウッコの虹弓ウッコンカーリ。
一部だがこれらは本来の所持者から正式なルートで提供された、純正品のコピーである。
日本神話に属するヒノカミヒメとソルグランドでも扱えるように調整を施されているが、金剛轟鉄鎚や禍羅弩黒虹剣とは違って、根本的な魔改造までは施されていない。
だがその威力は折り紙付きだ。ラグナラクがまだ日本風に言えば神通力、神々に類する力に対する学習が終わっていないのを看破し、有効だとして機能すると判断した上での選択であった。
放たれた矢は雷となり、あるいは太陽の炎となり、またあるいは虹となってラグナラクの全身を余すところなく射る。矢じりがわずかに体表に食い込むが、貫くまでには至らない。それでも明確にダメージが入った瞬間であった。
中身まで幼くなったとはいえ、スイートミラクルは歴戦の経験を忘れたわけではない。ダメージを受けてわずかに動きを鈍らせたラグナラクに、プラーナを激しく燃焼させて彼女の思い描く最強の魔法少女として攻撃を繰り出す。
「魔法、お砂糖、スパイス、夢、希望、根性! 魔法少女は絶対に負けない!! プラネット・クロス!!」
ラグナラクの頭上に水星、火星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星を模した直径一メートルほどのプラーナの塊が作り出され、十文字を形作る。
惑星という途方もなく巨大な存在を魔法で作り出し、敵にぶつければものすごく効く! という理屈もヘッタクレもない思い込みによる魔法だ。だが、変身したスイートミラクルの思い描く魔法とは“そういうもの”なのだ。
命中の瞬間、ソルグランドは初めてラグナラクの息を呑むような気配を感じた。地球の神話に語られる名高き神の矢に射られたラグナラクは、落下してくる惑星の十字架を避けられずその直撃を受ける。
落下する惑星の直撃を受けたという事実だけを押し付けられたラグナラクは、わずかな装甲の傷から内部までも大きなダメージを通される。ここだ、とソルグランドは腹を括った。
天覇魔鬼力はその手にはなく、新しく強大な、そしてこれまでよりもいっそう神々しい力が生まれ始める。
プラネット・クロスの直撃を受けた後のラグナラクは生まれ変わったばかりの表皮に大きな傷を刻み、そのシルエットを大きく歪めていた。相当なダメージが入ったのは間違いない。
「跡形もなく消し飛ばして……」
雷速の斬撃を叩き込もうとソルグランドがわずかに前傾姿勢を取った時、ラグナラクは折れた首であらぬ方向を見た。なにを、とソルグランドは考え、その視線の先にあるものに気付いて、血の気を引かせた。
ラグナラクが意識した方向にあるのは、地球へと繋がるワープゲートだ。入念に隠蔽と警備を重ねたワープゲートだが、地球から流れ込むプラーナを感知したか、あるいはワープゲートの先の地球そのものを感知したのか。
「野郎!!!」
万が一にもラグナラクが地球へ到達すれば、どれほどの被害が発生することか。ソルグランドや魔法少女達も地球上では惑星ナザンほど力任せには戦えなくなる。
ラグナラクに搾取され、蹂躙される地球と家族の姿がソルグランドの脳裏をよぎり、憤怒に顔を染めて斬りかかるより早く、ラグナラクの頭部が切り離されてワープゲートの方角へと飛び始める。
「ええ!?」
これはスイートミラクルも予想外だったようで、大きな驚きの声をあげる中、首から上を失ったラグナラクの胴体が二人の足止めを行うべく、襲い掛かって来た。どちらが本体か、あるいはどちらも本体だと言えるかもしれないのが、厄介なところだ。
首無しラグナラクの右腕が一瞬で巨大化し、無数の棘を生やした棍棒へと変わる。太さ三メートル、長さ二十メートル程か。
「地球を貪る方が効率的ってかっ」
ソルグランドの手の中で形を持ちつあった力の結晶が消え去り、代わりにオリジナルの如意金箍棒(あるいは如意棒)の十倍の重さ、約八十トンを誇るコピー“滅魔神珍鉄・如意金箍棒”、通称“魔神如意棒”で大棍棒の一撃を受け止める。
受け止めたソルグランドを中心に大地が大きく陥没して、即席のクレーターが出来上がり、周囲を大きな地震が襲った。大陸を割りかねないパワーは、頭部を失ってなおラグナラクの脅威がまったく衰えていない証拠だった。
「ダメージを喰らった身体だけでも、俺達を足止めできるって? 舐めるなあ!!」
腹の底からの怒声を発し、魔神如意棒が大棍棒を跳ね上げて腰だめに構えたところから、渾身の突き込みが胴体の表皮の巡れた箇所を狙って放たれる。
ぐずりと硬めの泥を突いたような手応えに構わず、ソルグランドは左手で胴体を掴み止め、定められたキーワードを発する。
「伸びろ、如意棒!!」
ソルグランドの剛力により体を押し留められたラグナラクの体内で、魔神如意棒が際限なく伸びて行く。いつまで経っても背中側から突き抜けないことに、どうやら体内に亜空間でも仕込んでいるらしい。惑星から採取した資源を貯蔵しておくための空間であろう。
「スイートミラクル!!」
「オッケー!! 夜空にキラキラお星さま! だけどもだけどもご注意! 中にはとっても怖いお星さまも! 死告星おおぐまアルコル!」
スイートミラクルがプラーナを振り絞って作り出したのは、胸の中央で星の輝くデフォルメされたおおぐまだった。
可愛らしい見た目で精いっぱいの威嚇をしながら、魔神如意棒とソルグランドに拘束されるラグナラクへと襲い掛かり、大きな口が頭を失った首へと噛みつき、丸っこい手の先から飛び出た太い爪が傷だらけの巨体を斬り裂く。
おおぐまアルコルに圧し掛かられるラグナラクから魔神如意棒を引き抜き、左手も離して天覇魔鬼力を手に!
「斬ってみせらぁ!!」
ソルグランドは肩幅に足を開いて大きく胸を張り、両手で握った天覇魔鬼力を大きく真上に振り被る。
相手からの攻撃に対し、回避も防御もまるで想定していない攻撃一辺倒の構えから、光の如き斬撃が、いや、光よりも速い斬撃がラグナラクの首無し胴体へ!
命を捨てたとも見える構えから放たれた斬撃は、まさしく神域。そして神域の中でなお最上位に位置するだろう奇跡だった。
斬撃の勢いで大地や空までも斬る、などという“無駄な真似”はせず、斬るべきものだけを斬る極致の斬撃に、ラグナラクは再生することもできずに、ずるりとその胴体を上下にずらした。
だがソルグランドに休む暇はない。まだ首が残っている。そして宇宙空間での行動も視野に入れられていたラグナラクの移動速度は凄まじく、既にワープゲートに到達しようとしていた。
ワープゲート周辺には万が一、地球への侵入を防ぐ為、可能な限りの戦力が残されていたが、例え首だけになってもラグナラクは惑星そのものを搾取対象とする魔物側の決戦兵器。
放たれる対空火器や魔法のことごとくを受け付けず、マジカルドールや魔法少女達を見る間に蹂躙していた。
そしてラグナラクの接近と蹂躙を、禍岩戸に閉じ込められたままの魔物少女達も気づいていた。相変わらず四肢を拘束されて、ろくに身動きもできない状態だったが、彼女達は最上位の同胞の存在を、ここまで接近してようやく気付けたらしい。
光一つ差さない闇をスタッバーの声が、ささやかに震わせる。スタッバー自身は大した感慨も抱いていない様子だ。
「星を終わらせる者が来たか。腹の中にはこの星の資源とプラーナがたっぷり詰まっているのだろう」
「それを使ってもっと強い妹達が作られるでしょウ。地球人との戦いは、極めて価値の高いデータですかラ」
魔物少女が作られたのは魔法少女とソルグランドの存在あればこそ。シェイプレスの発言は魔物側からすれば真っ当だったのだが、フォビドゥンは異論があるらしい。
「私達、人間の言うところの魔物少女は必要とされるだろうか? 我々四体は、結局のところ望まれた成果を出せなかった。その上でラグナラクが成果を上げたなら、魔物少女は失敗作だと烙印を押されているのではないか?」
「それは、しかし、でモ」
フォビドゥンの言葉に他の誰も異論を唱えられなかった。紛れもない事実だからだ。ほとんどはソルグランドによって阻まれてきたとはいえ、魔物の創造主側からすれば相手が魔法少女だろうが、ソルグランドだろうが関係あるまい。
ラグナラクは容赦なく魔物少女達も資源の一つとして、彼女達を搾取するだろう。
その悲観的な運命を理解し、魔物少女達は半ば自暴自棄になりながら受け入れていたのだが、これまで沈黙していたディザスターがまるで毛色の異なる言葉を口にした。
「なんか、ラグナラクに気付いたら、気持ち悪い、体中がザワザワする。おかしい、こんなのおかしい! 私、ラグナラクを“敵”だと認識している!?」
顔色を青白く変え、冷たい汗を全身から流すディザスターは自分の唐突な変化を理解できず、禍岩戸越しにラグナラクへと弁明と敵意の入り混じる視線を向けていた。
それはディザスターのみならず、フォビドゥン、シェイプレス、スタッバーも同じだったのだ。体の奥底、細胞の内側、あるいは肉体ではない精神や魂と思われるナニカが、ラグナラクを許すな、応報を、報復をと叫んでいる。
彼女達は知らなかった。
ソルグランドから日常的に与えられていた神饌により、肉体の属性が着実に変化していたこと、そして彼女達の創造にあたって使用されたのが、この惑星ナザンのプラーナと資源だったことを。
純粋な魔物少女のままだったなら、彼女達はラグナラクに敵意を抱かなかったろう。
だが魔物を敵とする地球の神々の神饌を食べ、かつて魔物に滅ぼされた人々のプラーナが励起され、魔物少女達は時を追うごとにラグナラクを仇敵だとしか思えなくなっていたのだ。
反旗を翻すとき、かも?




