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第七十九話 甘い奇跡

 打ち出の小槌で巨大化した禍羅弩黒虹剣による内部切断、更に金剛轟鉄鎚の雷撃の追撃で体内を蹂躙され、ラグナラクは製造されてから初めてとなる重大な損傷を負った。

 表皮が内側からボコボコと膨れ上がり、大小の亀裂がそこかしこに走って、内側から紫色の光が零れ出ている。どう見ても死に体だ。攻勢を増す好機──しかし、ソルグランドを構成する戦神要素が全力で“否”を叫ぶ。


「全員、下がれ!!」


 テレパシーと声の両方で叫ぶソルグランドの警告に誰が、どこまで反応できたものか。攻撃に続こうとしていた者達が行動を防御に切り替えられたのは、有無を言わさぬソルグランドの迫力と、ラグナラクの異様なエネルギーの高まりを感知したからこそであろう。

 限界まで膨れ上がった風船、タイマーがゼロになる寸前の時限爆弾、今にも崩れ落ちそうな崖、終わりを迎える太陽──およそろくでもないイメージがソルグランドの脳裏をよぎり、思考をすっとばして禍羅弩黒虹剣の黒い虹と金剛轟鉄鎚の雷撃による相殺に打って出た。


 力を使い果たしたソルブレイズ、アワバリィプール、ザンアキュートは幸い他の魔法少女達が救助してくれている。どうにか彼女らが巻き込まれないようにしなければ、とソルグランドは気合を振り絞る。

 そこへ割って入ったのは、渾身の力とプラーナをトライデントに込めたブレイブローズだ。ポセイドンの『三つ又の槍(トリアイナ)』をモチーフとした槍は、その能力を限界以上に発動して、穂先から石突に至るまで水として物質化したプラーナを纏っていた。


「ここがおらぁの踏ん張りどころだんべ!」


 本来、強化フォームは神話や伝承をエッセンスとして取り込んでいても、本物の神々の権能や分霊の助力を得ているわけではない。

 それでも人類有数の逸材であるブレイブローズの全身全霊は、手にするトライデントに仮初でも海神ポセイドンの権能を再現して見せた。

 内側から膨れ上がり、全方位への破滅的な爆発の予兆を見せるラグナラクへとトライデントの矛先が突き刺さる。


「神よ、国王陛下を、人々を守り給え! 我は七つの海の覇者(セブンシーズ・オブ)海よ薔薇と彩れ(・ザ・レッドローズ)!」


 強化フォーム“パラディン”の性能を限界まで引き出したブレイブローズの最大奥義により、三叉の穂先からプラーナから変換された海水が一斉に解き放たれる。

 ブレイブローズの名前に相応しく、赤薔薇の花弁が混ざる海水の質量は、なんと地球に存在する海水に匹敵していた。体積そのものはさすがにそこまでではないが、圧縮されていて見た目の体積よりも桁違いの重さを備えていたのだ。


 世界に名高き海神ポセイドンの権威、大英帝国の七つの海の覇者の勇名の下、この瞬間、ブレイブローズは大海の女王であった。

 ラグナラクの裏の首筋に突き立てられたトライデントから放出された海水は、ラグナラクの爆発よりわずかに早く降り注いだ。

 そしてラグナラクが惑星全てを包み込む勢いの輝きと共に爆発し、赤薔薇の七海と激突した。両者の力が激突する端から水蒸気爆発にも似た現象が発生し、両者のプラーナが反発し、相殺し合う。


 ソルグランドが行おうとしていた魔改造神器による相殺を、ブレイブローズが先んじて行ったのだ。

 自分だけではないことに勇気づけられたソルグランドが右手の金剛轟鉄鎚、左手の禍羅弩黒虹剣にありったけのプラーナを注ぎ込み、更に破断の鏡、破殺禍仁勾玉を展開してブレイブローズに続く。


「おらああああ!!!!」


 拮抗状態は数秒間続き、そして赤薔薇の七つの海はその全てを消し飛ばされた。もしこれがブレイブローズのプラーナを含んだ海水でなかったら、地球の海水であったなら拮抗状態を生む間もなく全て蒸発していただろう。

 ソルグランドが二つの魔改造神器から放った黄金の雷撃と黒い虹の斬撃もまた、ラグナラクの自爆によって放出された光と熱と食らい合い、その勢いのいくらかを削ぐのに成功していた。


 この数秒間で周囲のクレーターは更に深く広くなったが、惑星ナザンが大きく欠けなかったのはソルグランドとブレイブローズの尽力の賜物である。

 人類と妖精側に不利に働いたのは、ラグナラクの爆発に小型種が連動し、小型種と交戦していたマジカルドールや魔法少女達が爆発に巻き込まれて戦闘不能になっていたこと。

 さらにザンエイに群がっていた小型種も同じように連鎖爆発を引き起こして、直掩についていた部隊のほとんどを壊滅させたうえ、ザンエイの船体にもダメージを与えていたことだろう。


 戦闘開始前はあれほどいた頼もしい仲間達は、一連の攻防で既に過半数が戦闘能力を喪失していた。その中にソルブレイズとザンアキュートが含まれているのは、極めて大きな痛手であった。

 立ち込める白煙が周囲を白く飲み込む中、ブレイブローズはトライデントを握ったまま、クレーターの斜面で仰向けになっていた。


 かろうじて呼吸はしているが、意識はないようだ。女神アテナの盾や兜にも大きな罅が走り、主人を守り抜く為に死力を振り絞ったのが分かる。

 そして、その周囲には光を失った破殺禍仁勾玉と破断の鏡が力なく転がっていた。あの爆発が解放される瞬間、ソルグランドは勇敢なる薔薇を守る為、二つの神器を遣わしていたのだ。

 主人の命令に忠実に従い、異国の魔法少女を守り抜いた代償に、二つの神器はプラーナの枯渇かダメージによって、一時的な機能停止状態に陥っているようだ。

 そしてソルグランドは、


「ぶはっ! 意識が飛んでたか?」


 金剛轟鉄鎚と禍羅弩黒虹剣による相殺を行ったソルグランドは大の字になって地面の上に転がっていたが、意識を取り戻してすぐに勢いよく上半身を起こす。

 山犬耳と尻尾の先端や髪の毛先が黒く焦げ落ち、指先も爪が割れて血に赤く染まっている。それ以外に大きなダメージはないようだが、千早も巫女装束もあちこちが焼け焦げて痛みが目立つ。


 それでも意識が戻るのと同時にプラーナが活性化して、すぐに傷だけでなく衣服のダメージも回復が始まるあたり、日本神話製魔法祖父の面目躍如だ。

 勢いよく立ち上がり、破殺禍仁勾玉と破断の鏡からの反応がないことに気付いて、目元を険しくするが、ブレイブローズの生存を確認できたことで最悪の事態に至っていないのを把握し、小さく息を吐く。


「体を構成しているプラーナを爆発させたか? 抱え込んでいた資源をかなり消耗したと思いてえ。それだけ俺達が厄介だったか、ラグナラク」


 ソルグランドの瞳は白い煙の向こうに確かに存在するラグナラクのシルエットを捉えていた。巨体を構成していたプラーナのほとんどを失い、一見すればその戦闘能力の大部分を失ったように見えるラグナラク。

 だがソルグランドに一片の油断も侮りもない。油断できるほど弱いプレッシャーではなかった。確かにプラーナの総量は減ったかもしれない。だが、今のラグナラクは完全な戦闘モードだ。


「デカい奴が追い詰められて小さくなって、もっと強くなるか、厄介になるってのは世界の真理かなにかなのか?」


 煙を割いて、新たな姿になったラグナラクが姿を見せて、頭上からソルグランドを見下ろしている。目鼻のない流線型の頭部はそのままに、滑らかな銀色の表皮の人型に近い姿へ変わっていた。

 およそ四メートル近い銀色の巨人、それも女性的な柔らかな体つきだ。おそらく初めてここまで自分を追い込んだソルグランドらを模倣し、戦闘形態を作り直したのだと思われる。

 背中にあった水晶状の突起は肩の後ろと腰の後ろから一対ずつ、四本が突き出していた。尻尾の類は見られないが、人型をしていても正体は魔物だ。人体と同じ動きをすると思いこめば、痛い目を見る可能性が高い。


「対魔法少女に特化した自分に造り直し──」


 ソルグランドの言葉が途中で途切れたのは、稲妻よりも速くラグナラクの両腕が鞭のようにしならせて、攻撃を仕掛けてきたからだ。

 腕の先端はカマキリの鎌に近い形状となっていて、ソルグランドの後退が間に合わなかったら、首と胴体を薙ぎ払っていただろう。

 ラグナラクの腕は空中で軌道を変えて、ソルグランドと見えない糸で繋がれているように正確に追尾し始める。


「天覇魔鬼力!!」


 ソルグランドはこれまで幾度となく死線を超えてきた相棒の一振りを呼び出し、こちらを前後に挟んで心臓を狙う鎌を神速の二連斬撃で弾き返す。

 弾いた音そのものが鋭い刃のようだった。じん、と天覇魔鬼力を通じて骨を無数の小さな虫に噛まれたような痛みと痺れが走る。


「ちっ、ディザスター以上の膂力か。相変わらず魔物ってのは、こっちに理不尽を押し付けてくれる」


 弾いた鎌が再びこちらを狙うよりも速く、ソルグランドの足が足場としたプラーナを踏み込み、爆発的な加速を得て鎌よりも更に速く飛んだ。

 この動きにラグナラクは両足を交互に振り上げて対処した。

 ダンシングスノーが冷気の刃を蹴りと同時に放ったように、ラグナラクは圧縮した重力の刃を放ってきた。

 触れれば原子レベルまですり潰され、さしものソルグランドも再生できまい。


「形の無いものを斬るのは、慣れたもんでなぁ!!」


 X字状に迫る重力の刃を天覇魔鬼力の縦一文字の一閃で消滅させたソルグランドの技量を、なんと表現すればよいのか。文字通りの神業かはたまた神も慄く魔性の技か。

 だがその動作で遅れた時間で、ラグナラクは腕を引き戻してソルグランドとの接近戦に備え終えていた。行動の速い面倒な敵である。


 ソルグランドはとりあえず狙いを頭部らしい器官に定めて、跳躍と同時に全力の一刀を振り下ろす。ラグナラクはソルグランドを真似て、手首から先を刃状に変形させることで迎え撃った。

 ラグナラクの防御性能がどう変化しているのか、ソルグランドにとって懸念事項だったが、残念ながらそれは検証しながらの戦いをするしかなさそうだ。


(しゃあ)っ!!」


 三つの刃が閃く、煌めく、迸り、交差する。確かめるまでもなくラグナラクの攻撃は、ソルグランドの命を絶つだろうが、ソルグランドはそうも行かない。

 ソルグランドは呼吸も瞬きも忘れて、全ての斬撃を全身全霊で繰り出し、消耗は一切考慮せずに徹底的に攻めて攻めて、攻める。


(スタミナは俺の方が先に切れる。それまでにぶっ倒すしかねえが、コアを潰せば終わりなんて都合のいい話があるか? 最悪、跡形もなく消し飛ばす手札も)


 ラグナラクの両腕の猛攻に両足が追加される。膝にランスを思わせる円錐形の突起が生まれ、膝から下には無数の棘が生える。こちらは棘付き棍棒といったところか。

 両腕、両膝、両足の六連攻撃の圧力を受けるソルグランドの頬に冷や汗が浮かび、瞬時に蒸発して消えた。破殺禍仁勾玉と破断の鏡があれば手数の不利を補えたが、ブレイブローズを救うのと引き換えにしている。


(その価値はあったんだ。愚痴も弱音も零せねえやな)


 さばき切れなかったラグナラクの右足の棘がソルグランドの左の太腿の外側の肉をわずかに削り、更に数十合を重ねた後、ラグナラクの左の刃がソルグランドの右頬に一文字の傷跡を刻む。


(命中と同時にプラーナを吸われた感触はなし。ただし、傷口から零れたプラーナを持っていかれているな)


 多少のダメージを重ねながら、ソルグランドはあくまで冷静に新たな姿となったラグナラクの情報収集を怠らない。とっておきのクサナギの剣が、万が一、不発ないしは無効化されたら笑うに笑えないではないか。

 ソルグランドの脳裏に次に使うべき神器、魔改造された魔改造神器のリストとソレに合わせた戦術が次々と浮かび上がっては検討され、却下され、提案され、却下されを繰り返す。

 まだ手詰まりではないが、徐々にそこに近付いている感覚を覚えつつあるソルグランドの脳裏に、幼い声の念話が届く。


(頭を下げて!)


 本来ならラグナラクの両膝の連続突きを弾く予定だったのを中断し、無理に頭を下げたソルグランドの背後から強大なプラーナの反応が生じる。


「トゥインクル・リング・スター!!」


 幼い子供の声がソルグランドの背後から聞こえ、ソルグランドの頭上を複数の光の輪が通過する。どれも一つの丸い星が輪の上を勢い良く回転していて、キラキラと星屑のような光が零れ落ちている。

 ソルグランドのみに注意を寄せていたラグナラクの全身に、星の輝く光の輪が命中してゆき、砕けた光の輪と星屑とがその全身を包み込んでわずかに動きを拘束する。

 ひと呼吸分の休息を許し、ソルグランドは視線をラグナラクに固定したまま援護してくれた魔法少女に礼を告げる。


「助かったよ。……スイートミラクルで良いんだよな?」


 ふわりと風に舞う花弁のように柔らかくソルグランドの背後に降り立ったのは、魔法少女でも滅多に存在しない、十歳前後というあまりに幼い姿に変わった魔法少女だった。

 頭の上に乗せられた柔らかそうな丸い帽子、大きく膨らんだスカートに指先から肘までを覆うグローブや、清楚な白いタイツ、そこかしこに花や羽をモチーフにしたアクセントやジュエルが飾られた衣装。右手には五角形のお星様をいただく小さなステッキ。

 ソルグランドが思わず疑ってしまったのも無理はない。まさかこのあどけない少女が、三十路間近のスイートミラクル本人だとは。


「もちろん! よく言われるけど、今の私も魔法少女スイートミラクルだよ。私の固有魔法でこの姿に変身したの」


 ワールドランキング第一位スイートミラクルの固有魔法『お砂糖×スパイス(これがまほ)×()夢×希望(しょうじょ)』。

 これはフェアリヘイムの技術によって魔法少女に変身した上で、更にスイートミラクルの思い描く魔法少女へと変身する、いわば二段階目の変身を可能とする固有魔法である。

 スイートミラクルは自らの魔法で、天の羽衣やネクスト、パラディンに相当する強化が可能な逸材なのだった。


「ソルグランドちゃん、遅くなっちゃったけど、ここから私も全力全開、フルアクセル、トップギアだよ! 一緒にラグナラクを倒しちゃおう!」


 にぱっと笑うスイートミラクルは幼い姿と相まって、愛らしいことこの上ない。

 その愛らしさがソルグランドの庇護欲と祖父魂を刺激して、なにがなんでも守らねばならん、と思わせたのだが、スイートミラクルに分かるはずも無かった。

ワールドランキング第一位は伊達じゃないってところを見せるターンなのです。

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独自の第二段階変身はロマン。
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