表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/106

第七十六話 ゴングは高らかに

 オペレーション・DOTの決行時刻に達した瞬間、巨大戦艦ザンエイから指揮を執るガレンドル・マルザーダ司令は厳かに、微量の緊張を隠しながら演説を始めた。

 ソルグランドをベースとしたマジカルドールの見た目に対し、声ばかりは壮年の彼のものであるからギャップが凄まじいが、それが気になるような状況ではなかった。


「まず本作戦に参加してくれた全ての魔法少女とマジカルドール、妖精、そしてこの星の本来の住人達に感謝を述べたい。長い人類と妖精の歴史を振り返っても、地球ともフェアリヘイムとも異なる星で、これだけの規模の戦いは他に例がない。

 一つの星と文明に死を齎したかつてない力を持つ魔物が、我々の敵だ。私を含めて誰もが緊張していることだろう。恐怖もあるに違いない。だが、それは恥じるようなことではない。勇気とは恐れを知らない事ではなく、恐れを乗り越える心の力を言うのだ。

 さあ、勇気ある人々よ。かつてない強敵を相手に我々もかつてない勇気と団結と力をもって、立ち向かおう。そして誰もが生きて勝利を迎えよう。惑星ナザンに輝かしき勝利の歴史を刻むのだ。

 オペレーション・ドーン・オブ・トワイライトの発動を、ここに宣言する! 地球人類とフェアリヘイムの妖精、惑星ナザンのカジンに勝利の栄冠を戴くぞ!!」


 マルザーダ司令の合図をきっかけにザンエイのブリッジクルーは迅速に、自分達の職務を全うし始める。それはカジンも同じだった。

 ザンエイの操艦のフォローを行いながら、事前の打ち合わせに沿って、重力アンカーを停止させるタイミングとザンエイの各種武装の起動と照準補正その他のサポートも行う。

 マルザーダ司令に続き、同じく渋い声音のエーゲン・ガルダマン艦長が手早く指示を出した。ラグナラクに対し、初手はザンエイの各種武装と事前に取り決めていた。


「使用武装はレベル1、有人惑星大気圏内で固定。全ミサイル発射管開け。レールキャノン、ビームキャノン、全砲門撃ち方始め!」


 ザンエイの巨大な船体から一斉に百を超えるミサイルが青白い光を吐きながら、超音速でラグナラクへと鋭角の軌跡を描きながら飛翔する。

 楔形のミサイルを始めレールキャノンやビームキャノンは、どれもかつてナザンで運用されていた既存兵器を発展させたもので、プラーナを利用していない。

 である以上、地球よりはるかに進んだ技術による兵器とはいえ、ラグナラクには有効打足り得ないが、それが人類側の思惑だった。


『照準補正良好、着弾予測時間誤差修正、マルザーダ司令、ガルダマン艦長、重力アンカーを停止する』


「ああ、よろしく頼む、カジン殿」


 マルザーダ司令からの返答を受けて、ザンエイのブリッジできっと万感の思いを抱えてモニターを見つめるカジンが、まだエネルギーを残している重力アンカーの機能を停止させる。

 空間を歪めていた超重力が嘘のように消え去り、久しぶりの自由を取り戻すラグナラクへとザンエイからの破壊の嵐が殺到した。

 ザンエイの百を超えるミサイル発射管からは絶えずミサイルが発射され続け、船体各所に収納されていた砲台がせり出してレールキャノンからは専用砲弾が、ビームキャノンからは陽電子ビームが連射されている。


 まだ待機している魔法少女達は自分達の頭上を通過してゆく無数の兵器に、咄嗟に身を屈める子まで居た。魔物との戦闘において現代兵器の出番はまずないため、魔法以外の攻撃手段が乱舞している状況というのは、実はかなり珍しい。

 クレーターの底でようやく超重力の檻が失われたのを察知したラグナラクは、間断なく降り注ぐ攻撃を意に介さず、徐々にその形態を変化させてゆく。


 レールキャノンやビームキャノンは過去の交戦時と比較して威力は向上しているが、表皮で十分に受けられるもので、ミサイルの方も着弾前に多少の固有振動数を割り出し、分子結合を崩壊させる超振動弾頭や核弾頭、重力弾頭も威力は増しても過去に受けた物ばかり。

 ラグナラクはナザンの残存戦力を脅威には足り得ないと判定し、周囲のプラーナが変わらず枯渇しているのを確認して、惑星資源の収穫再開を優先する。


 世界の終わりを連想させる破壊の光の只中で、繭とも卵ともつかぬ金属の塊が見る間に姿を変えて行く。

 かつては複数種の昆虫を混ぜ合わせたような姿だったが、新たにラグナラクが選んだのは、蛇のように細長い胴体に竜の如く角を生やした流線型の頭部と、背中から大きな突起状の翼を生やしたものだった。


 全長二百メートル近い蛇体の表皮は銀色に煌めき、降り注ぐミサイルの齎す破壊も直撃するレールキャノンやビームキャノンにも、微塵も揺らがない。

 収穫作業の邪魔をする惑星ナザンの最後の足掻きを踏み潰すべく、ラグナラクは感覚器官を動員して遠方に佇む自分よりもはるかに巨大な戦艦の正確な位置を捕捉。


 ザンエイからの攻撃の全てを無視して、ゆっくりと浮上して高度を上げるラグナラクの様子をザンエイ側は絶え間なく観測し続けている。

 とっくに都市一つ灰に出来る火力を浴びせられても、無傷どころか揺らがぬラグナラクの姿にブリッジクルーは言うに及ばず、ガルダマン艦長も内心では唸っていた。


『観測結果よりラグナラクの防御耐性は以前と同等程度と推測される。またプラーナの吸収機能を停止している。現在、ラグナラクはプラーナを利用した攻撃を受ける想定をしていない状態にある』


 ラグナラクにはまだナザンとの戦いが続いていると誤解してもらった方が、魔法少女達の奇襲は成功しやすい。プラーナを用いた攻撃も通りやすくなるだろう。

 そしてまた過去の戦いと同じくナザン系兵器の効果の比較をもって、休眠状態から復活したラグナラクの状態を確認する意味合いもある。


「魔法少女と妖精達のステルスは上手く機能している、か。ラグナラクへの欺瞞攻撃は成功。現時点をもってフェイズ1からフェイズ2へ移行。カウント30からカウント開始。カウント10で全ステルスを解除」


 マルザーダ司令の新たな指示にブリッジクルーたちは迅速に反応し、前線で爆風に髪や衣装を煽られている魔法少女達もいよいよこの時が、と息を呑んでそれぞれの武器を握る手に力が入る。

 ラグナラクの蛇体両側面に六対十二の輝きが灯り、そこから血のように赤いビームが放たれる。空中で不必要なまでにそれ自体が生きた蛇のようにうねり、くねりながらビームは光の速さで飛んだ。


 ザンエイを狙って放たれたビームはザンエイの展開する各種エネルギーを複合したシールドに直撃し、異なるエネルギーの反発によって生まれたエネルギーの火花が荒野をさらに破壊する。

 シールドの展開と光学兵器を同時使用し、ラグナラクとの壮絶な撃ち合いを継続するザンエイを一度だけ振り返り、ソルグランドはこれまで抑え込んでいたプラーナを開放し、全身に滾らせる。


 ソルグランドばかりでなく魔法少女から妖精達のヌイグルミ、キグルミも設置しておいたジャミング装置のステルス機能をオフにして、プラーナを利用した攻撃に対する警戒をしていないラグナラクへ痛打を浴びせるべく行動を開始。

 キグルミ達が数十メートルから中には百メートルを超える巨大な武器を構え、数十キロメートルの彼方から照準を定め、またジェノルインを筆頭とした長距離攻撃をメインとする魔法少女達、ビクトリーフラッグのような支援型魔法少女達も魔法を行使し始める。


 ステルス解除と同時に周囲に大量に出現した高出力のプラーナ反応に、ラグナラクにもしそんな機能があったなら、困惑か動揺したろうか。いずれにせよ対応は迅速だった。

 脅威度の低いザンエイへの攻撃頻度が低下し、表皮の構成をプラーナ吸収を目的としたものへと変化させる。既に惑星ナザンのプラーナは枯渇していたが、膨大なプラーナが向こうからやってきたと、ラグナラクはほくそ笑んだかもしれない。


 純粋なプラーナの攻撃では吸収されるか、全て吸収されないまでも減衰してしまう可能性を考慮し、ラグナラクへの攻撃は物質化したプラーナかあるいは魔法で発生させた現象に限定される。

 ジェノルインの強大な魔法も破壊の指向性を持たせたプラーナである以上、万全のラグナラク相手に使っては吸収される可能性が高い。まずは表皮を劣化させるか、機能をコントロールしている器官の破壊が、第一の目的だ。


 ザンエイの攻撃に紛れて、ラグナラクの頭上からロックガーディアンの作り出した雷を纏う無数の岩石が落下してくる。

 全てが十トン以上の質量とマッハの速度で迫る雷雨ならぬ雷岩(らいがん)はかつてラグナラクに放たれたマスドライバーによる質量攻撃には劣るが、プラーナを含有するという点において、はるかにラグナラクへ有効だった。


 ラグナラクの翼の先端からかすかにスパークが生じ、それは見る間に枝分かれして数を増やすと降り注ぐ隕石へと蜘蛛の巣状に広がって、余さず絡めとった。

 細長い触手か蜘蛛の糸のようにも見えるスパークに絡めとられた隕石は、数秒の間を置いて輪郭を崩し、そのまま粉砕される。

 ロックガーディアンの攻撃があっさりと防がれたが、プラーナとして吸収されずに迎撃されたという結果こそが重要だった。隕石がプラーナに分解されて、吸収されなった光景を観測できたのだから。


 ラグナラクと距離を詰める魔法少女を援護する為に、キグルミやジェノルイン達からの支援攻撃が始まる。ザンエイはソルグランドを始めとした接近戦を挑む魔法少女達が所定の距離に達するまで攻撃を続行だ。

 ロックガーディアンの隕石レベルならば、プラーナとして吸収されないのが分かった。できれば命中させて、どの程度のダメージが入るのかも確認したかったが、この状況で贅沢も言ってはいられない。

 次はどこまでのプラーナを用いた魔法ならば吸収されてしまうのか、その検証が求められる。


「探り探りの戦いか。手間暇のかかることだが、余力を残さない戦いをするにも、力の出しどころを間違えるわけには行かねえわな」


 他の魔法少女に速度を合わせて飛行していたソルグランドは、既に闘津禍剣を呼び出していた。最も切れ味鋭い天覇魔鬼力でなければ、斬撃は通らないと判断していたが、コストパフォーマンスの良い闘津禍剣でとある使い方を試すつもりだった。

 ザンエイからの砲撃にキグルミとマジカルドールのプラーナを圧縮した砲弾や弓矢、投げ槍、投石が混じり始め、ラグナラクのザンエイに対する攻撃頻度が明らかに低下し、意識? を魔法少女達へと移行し始めたのがはっきりと分かる。


(物質化させた銃弾と砲弾ならば着弾した瞬間はまだ形を維持できる。だが、命中後、砕けた後にプラーナとして吸収されているな。

 フェアリヘイム側の武器はサイズもあるが、プラーナ技術の差もあって、命中後も形を残しているから吸収されるまでに時間が掛かっているか)


 卓越した身体能力と各種権能で、ラグナラクに命中した攻撃の効果を詳細に把握したソルグランドは、ザンエイ側も当然観測しているが、情報は多い方が良いと事前の取り決め通り、把握した情報の全てをザンエイと参戦者全員に伝える。

 事前に無数に想定したパターンでもっとも類似した例に合わせ、攻撃内容を可能な限り早く使用する兵器を切り替えて行く。そのわずかな切り替えの間に攻撃の勢いが緩んだ隙に、ラグナラクの頭部がソルグランドへと向けられる。


 この場で最も芳醇で濃厚なプラーナの塊である魔法祖父を、ラグナラクは最上の獲物と認めたのだ。そしてソルグランドもまたラグナラクの意識が自分に注がれたのを感じ、ぞわぞわとプラーナが形作る全細胞が闘志に燃えるのを感じる。

 異なる星、異なる神々、異なる人々のかたき討ちだと、真上大我が、ソルグランドが、ソルグランドを形作る八百万の神々の分霊が静かに、激しく、熱く、冷たく、矛盾しながら燃えている。


「初めまして、星喰いさん! まずはご挨拶申し上げますよっと!!」


 事前の打ち合わせと比較すると誤差コンマ百分の一秒以下でソルグランドがラグナラクとの距離を一足一刀まで詰め、足場として固めたプラーナを蹴り、雷神の権能をもって雷光と化してラグナラクの頭部へ!

 この瞬間、ラグナラクの頭部とそこへの進路への攻撃が避けられて、一瞬の安全地帯が形成される。そこを駆け抜けた刹那、ソルグランドは両手で握り直した闘津禍剣を全力で振るい、最速で叩きつけていた。斬るというよりも叩きつける振り方だ。


 プラーナ耐性へ構成を変更中の銀色の表皮と激突した闘津禍剣は、ミクロン単位でわずかに斬り込み、形作っていたプラーナの全てをラグナラクの内部へと向けて炸裂させる。

 これまでの攻撃でラグナラクのプラーナ吸収能力を把握し、微調整を繰り返して形成した闘津禍剣を命中と同時に強制的に自壊させる──判断を間違えればソルグランドも巻き込まれる危険かつ贅沢な一撃だ。


 ざっと直径一メートルほどの穴がラグナラクの表皮に穿たれる。闘津禍剣のプラーナを完全に炸裂させて、残滓すら残さない精密な制御はソルグランドならではだ。

 ラグナラクの背後七百メートルの位置で足を止めたソルグランドの手には、既に二本目の闘津禍剣が鍛造されている。委ねられた神々の権能により、材料を無から作り出し、それを体内で鍛え終えた上で握る──ソルグランドに許された神業そのものである。


「勿体ないが、お前さん相手なら許容範囲って奴さ。順応される前に押し切らせてもらうぞ!!」


 威勢よく啖呵を切るソルグランドへと向けて、ラグナラクの背中の突起状の翼から、黒紫色の重力衝撃波が容赦なく襲い掛かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ