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第七十三話 ラグナラク

 スクリーンに映し出された豊かな色彩に煌めく星食いの怪物を背に、バルクラフトが説明を続ける。

 カジン達から提供された情報しか判断材料が無いのは少なからず不安要素だったが、何も知らずに戦いを挑むのとどちらがマシかとなると、虚偽を疑いつつ提供された情報を利用する方がまだマシと地球側は判断した。


「ラグナラクを閉じ込めている重力アンカーのエネルギーが尽きるまでの間に、討伐部隊の編制と作戦の立案を並行して進めている。そしてワイルドハントには討伐作戦への参加が打診されている」


 ソルグランドとザンアキュートはそうだろうな、と納得した顔に、ソルブレイズはかすかに緊張を帯び、アワバリィプールはさっそく自分の身の丈を超えた作戦が提示されて、顔色を青くする。

 バルクラフトは寿命が縮んでいそうなアワバリィプールに、やっぱりこの子をワイルドハントに迎え入れるべきではなかったかしら? と思ってしまうほど不憫な様子だった。


「……皆、思うところはあるでしょうけれど可能な限り、戦力を投入して勝利を突き詰めて行くのは間違いない。

 実際に戦うのは貴女達だけではなく、ワールドランカーやマジカルドール、それにフェアリヘイムもキグルミやヌイグルミをはじめとした戦力をナザンで運用できないか、試行錯誤している」


 バルクラフトの言う通り、ワイルドハントだけでラグナラクと戦え、などという無理難題を突き付けられているわけではない。

 ワールドランカークラスでもなければ、真っ向から戦いを挑むことさえできないような相手だから、マジカルドールにしても超遠距離からの支援に終始するだろうし、アワバリィプールも似たようなものだろう。

 その一方で、ソルグランドは先陣を切って真っ先に突撃する魂胆だ。孫娘と同年代の子供らよりも、まず自分が危険に身を晒さなければと固く決意しているのは、相変わらずなのである。


「カジンからの情報提供に誤りが無いのなら、ラグナラクの拘束が解除されるまでおよそ、残り百八時間。作戦開始時刻は七十二時間後を予定している。

 それまでの間に貴女達には最低限の連携ができるよう、情報共有と実際の戦場での動きについて確認を重ねて欲しい」


 バルクラフトの言葉に、顎に手を添えたソルグランドがうんうんと何度も頷く。ワイルドハントの人員増強から時間を置かずに、とんでもない強敵との戦いが決定したのは間が悪いと言う他ない。


「ザンアキュートもソルブレイズもアワバリィプールも、俺個人とは共闘していてもこの四人での綿密な連携となると、初めてですわな。この間の決戦だってほとんどバラバラに戦っていたようなものだから、参考にはなりませんし」


 実際の戦闘での懸念は広範囲に及ぶ攻撃魔法を複数保有するソルグランドとソルブレイズが、味方を巻き込まないよう注意しなければならず、それに気を取られて動きが鈍くなる可能性があることの二点が大きい。

 攻撃力という点においてソルグランドはもちろん、天の羽衣を獲得したソルブレイズも最上位のアタッカーだ。その彼女らが本領を発揮できないのでは、ラグナラク討伐が危うくなる。

 ソルグランドの隣に座れて上機嫌だったザンアキュートが、至って真面目な顔でバルクラフトに問いを投げかける。ソルグランドならどんな強敵でも大丈夫と信じてはいるが、だからといって無策で挑むのを良しとするほど愚かな少女ではない。


「バルクラフト司令、敵の情報をもっといただけないのですか? ラグナラクがナザンを襲撃した時とは異なる姿や能力になる可能性が高いとはいえ、何も知らずに戦うよりはいい筈です。それともまだその情報の精査が済んでいないのでしょうか」


 プラーナ非利用の兵器とはいえ、地球の数段先を行く技術で造られた兵器を相手に大暴れした怪物が相手なのだ。わずかにでも勝率を上げる為に情報を求めるのは、自然な成り行きであろう。


「そうだな……貴女達に先入観を持たせてしまう恐れもあると指摘されていたのだけれど、あくまでもこれはかつてのラグナラクであって、実際に我々の戦うラグナラクとは異なる可能性が高い。これを念頭に置いておくように。リンク、用意は?」


 バルクラフトが呼びかけると通信機越しにミーティングをモニタリングしていたらしいリリベルの声が、室内に響き渡った。今も激務の最中だろうに疲れを感じさせない声色だった。


(疲れた顔を見せて、ソルブレイズ達に余計な心配をさせない為かしら)


 バルクラフトはリリベルからの通信がサウンドオンリーである理由を、心中で言い当てていた。


『いつでも準備は出来ていますわ。フェアリヘイムのチェックと合わせて、記録映像にフェイクはなしと判断いたしました。推測込みで少しは解説も出来ますわよ。記録の再生を始めてもよろしくて?』


「お願い」


 室内の照明が一段暗くなり、スクリーンの画像が切り替わる。まだカジン達が肉の体を持ち、最後のあがきとラグナラクを相手に死力を振り絞った過去の戦いの記録映像だ。

 今は鉱物の山か卵のような姿になったラグナラクは、過去の映像では鎌のように鋭い六本の足と百足のような尻尾を生やした平べったい下半身の上に、甲虫を思わせる上半身を生やしていた。

 左右にスリット状の眼を二対持つ頭部は、まるで西洋騎士の兜のようだ。左右の肩からはいくつもの節と鋭い一本角を持った三本二対の腕が生え、背中からは何本もの水晶状の柱が見えた。


 全高はざっと百五十メートルほどだろうか。ラグナラクを目掛けて宇宙空間からマスドライバーを利用して発射された大質量弾が雨あられと降り注いでいる。

 全弾が命中すれば、オーストラリア大陸を吹き飛ばすと計算された破壊力だ。

 銀色の昆虫を思わせる姿のラグナラクの身体が煌めき、頭上に向けて極彩色の衝撃波が放たれると、頭上二十キロメートルにまで接近していた超々音速の大質量弾が瞬時に粉砕された。

 それだけに収まらず、衝撃波は宇宙空間に浮かぶ軍事衛星にまで到達して、軍事衛星五基をこの世から消し飛ばす。


 更にラグナラクへと地平線の彼方から弧を描いて無数の光学兵器が突き刺さるが、七彩に煌めく装甲をわずかに赤くしただけで、傷一つつけられない。

 ラグナラクの四つの眼がレーザーの発射源の方角へと向けられると、背中の水晶柱が内から眩く発光して、数百に及ぶ光線の束がお返しとばかりに発射されて、地平線の向こうで大きな爆発が立て続けに生じる。


 それからもラグナラクはあらゆる攻撃を気にも留めず、その場に留まって星のプラーナを貪る作業を続行していた。

 そればかりか下半身と上半身のつなぎ目のあたりから胸部に掛けて、左右にばっくりと開くとそこには無数の星と黒と紫の色彩が輝く宇宙が広がっていた。開腹と同時にプラーナの吸収量が劇的に増加し、更に大気や周囲の大地までもが吸い込まれてゆく。

 その様子を見ていたソルグランドはその光景の意味を理解して、腹の底から湧き出る不快感に美麗な眉根を寄せる。


「食べるのはプラーナだけではないってわけか。星の命を吸うばかりではなく、星の身体を食って有用な資源に加工する工場も兼ねているようだな。戦闘能力と採掘機能を備えた移動工場、それがラグナラクの正体かね」


 おそらくカジン達がラグナラクを封印できていなかったら、今頃は惑星ナザンそのものもラグナラクに食べつくされて、魔物側に有用な資源として加工されていたのだろう。


「魔物に負けたとしても、地球という星の骸くらいは残ると思っていたが、とんでもない。星の骸すら残らないとはな。文字通り文明が存在したことも、星が存在したことも、宇宙から消されちまうとは、魔物を作った連中は徹底的だな」


 ソルグランドは魔物の造物主に対して、悪罵の嵐を口にしそうになるのを堪えなければならなかった。孫娘達の耳を魔物の所為で発した汚い言葉で汚したくない、この一心である。

 その代わりソルブレイズやザンアキュートばかりか、通信機の向こうのリリベルまで底冷えするような、静かな怒りがソルグランドの言葉に籠っていた。

 真上大我個人の怒り、ソルグランドの礎となった八百万の神々の分霊の怒りが、そうさせたのだ。


『なんだか背筋が凍える気分なのですが……。とりあえずラグナラクについて分かっている範囲で、説明をしておきましょう。表皮は最低でも摂氏一千五百万度以上の高熱に耐え、核弾頭の嵐による高熱と爆発、放射能も凌いでいますわね。

 マッハ五十相当のレールガンの直撃を浴びても罅一つ入らない硬度、地平線の彼方の標的を知覚する感覚器、重力並びに空間そのものに干渉する能力を備えています。

 活動範囲は宇宙から海中まで場所を選ばない汎用性です。飛行能力も確認されています。慣性の法則を無視した機動でマッハ三十以上の速度で飛行していたようですわね。

 戦闘そのものが目的の個体ではありませんが、惑星を吸収し、加工する為に備えられた能力を戦闘に応用した結果がコレですよ』


 そして過去の映像はソルグランドの怒りとは無関係に進み、ラグナラクの蹂躙は続いたがナザンへの影響を無視して行われた重力弾頭の集中投下により発生した超重力場が、かろうじてラグナラクの動きを封じるのに成功する。

 そこから更にラグナラクを閉じ込める重力場を維持する為に、巨大な重力アンカーと呼ばれる機械がクレーターの周囲に配置されて、ようやく拘束が完成したわけだ。

 それはカジン達の文明の最後の燃焼であり、これ以降、彼らは変化した星の環境に対応できず、かといって宇宙に新天地を求める余力もなく、肉体を捨てて量子サーバーに情報生命体として逃げ込む道を選ばされたのだ。


 そしてその拘束が間もなく終わりを迎える前に、ラグナラクを倒せなければ地球人類はナザンから逃げ出す以外に道はなくなる。

 極端な話、カジンからの協力と惑星ナザンの利用を諦めれば、ラグナラクと戦う必要はないのだが魔物の拠点に関する情報を得る為、敵側の最高戦力を測る為、ナザンを利用する為……諸々のメリット、デメリットを考慮した結果、討伐が決まっている。

 それはソルグランドも重々承知しているのだが、ある意味、呷りを食らったと言えるアワバリィプールは、自分が戦わなければならない敵の実情に泡を吹いて失神しかけていた。

 せめてもの慰めにと、バルクラフトが気休めの言葉を掛ける。


「アワバリィプール、本番ではコレより弱くなっている可能性の方が高い。それにワールドランキング第一位に、ワールドランカーも多数参戦する。勝ち目があるから討伐に挑むのだ。君達を犠牲にするつもりもない。気持ちは痛いほどわかるが、あまり思い詰めるな」


「……無理ですよぉ。今までも怪獣大戦争みたいな感じの戦いはありましたけど、今度のはスケールが違いすぎい!!」


 むしろここで悲鳴を上げるアワバリィプールの方が、普通の反応なのだろう。一度は死んだ身だ、と覚悟の固まっているソルグランドはまだしも、歴戦とはいえ十代半ばのザンアキュートとソルブレイズの瞳に、闘志の炎が燃えている方がおかしい。

 アワバリィプールの泣き顔に思うところがあったのか、ザンアキュートが口を開く。決して責めているわけではなく、あくまで意見の一つを口にしている口調だった。


「だからといって他の誰かに戦いを押し付けて、自分だけ安全なところで戦いが終わるのを祈るのも、それはそれで辛いと思うわ。例え勝ったとしても、あの時、背を向けたという罪悪感や後ろめたさを、ひょっとしたら一生引きずるのではなくて?」


「いや、それは……うん、そうなんだけどぉ、命には代えられないというか、怖いものは怖いし……」


 ザンアキュートの言葉に、アワバリィプール自分でも何が何だか分からない様子で、指と腕を複雑怪奇に動かして、内心の乱れた感情を表現する。彼女自身の中でも考えがまとまり切っていないのだろう。

 そんなアワバリィプールに、ソルブレイズもまた言葉を掛けた。


「私も怖くないわけじゃないし、すごく強いだろうから戦わずに済まないかなと思わないわけじゃないけど、一人じゃないなら何とかなるって思えるから戦えるよ。それにアワバリィプールさんも、戦わないとは一度も言ってないよね」


 戦いたくないとは山ほど思っているだろうけど、と締め括るソルブレイズに、アワバリィプールは手の動きを止めて、その代わりに口を開いては閉じる動作を繰り返す。


「ああ、うう、まあ、そうなんですけどぉ……。はあああ、ますますあたしが役に立つか分からなくなったなあ~~~~~~」


 ここで逃げ出す選択肢を選ばないあたり、アワバリィプールは意外と大物だなとソルグランドはすっかり感心していた。

 この後、更に過去のラグナラクの戦闘能力と復活後に予想される能力についての報告が行われ、復活を目されるラグナラクの強大さにアワバリィプールはますます落ち込むのであった。



「というわけでよ、どうにもお前さん達をまとめて相手にするより手強そうなんだが、ラグナラクについてなんだが、俺達の知らない情報を持ってないか?」


 とソルグランドが気軽な調子で問いかけたのは、禍岩戸で拘束中のフォビドゥン達である。他にもソルブレイズ、アワバリィプールザンアキュートが同席しており、特級相当=人類絶滅級の怪物達が餌付けされている姿に、何とも言えない表情を浮かべている。

 ソルグランドに大粒の葡萄を口に押し込まれたフォビドゥンは、口内に溢れる果汁を存分に味わってから答えた。


「誰が答えるものか。ラグナラクは惑星徴発の最終段階で用いられる特殊個体。星系の掌握もままならない文明レベルのお前達に勝てる見込みはない」


 ふん、と鼻を鳴らすフォビドゥンに対し、ソルグランドはほおん、と気の抜けた声で返して、次の狙いをスタッバーに定める。戦闘中は無口あるいは無音で通したこの暗殺者モドキは、捕縛されてからは意外と口が軽い。

 一方で思わぬ光景を見せられているザンアキュートは、答えるものかと言いながらフォビドゥンが口を滑らせた内容を心中で吟味していた。


(具体的な能力は話していないけど、惑星徴発……宇宙のあちこちでナザンに行ったような真似をしているということ?

 フェアリヘイムへの攻撃を続けながらナザンを侵攻し、それが終わったから地球に狙いを定めた。……ならばナザンの前に同じような真似をしていたと考えるのが妥当かしら)


 ソルグランドはスタッバーが自発的に開いた口に向けて、きびだんごを放り込み、湯呑みに入れた抹茶も飲ませてやってから質問を行う。


「全身でプラーナを吸収するタイプだろ、あいつ。となると生半可なプラーナの砲撃や斬撃はそのまま吸収されるって、こっちの技術陣は分析しているんだけどよ。

 そうなるとプラーナで発生させた現象とか、物質化させた刀剣や銃弾で攻撃するのが妥当なんじゃないかと考えているんだ。

 太陽の中心部の温度にも耐えるような表皮相手となると、こっちも手数が限られてちょっと困ってんだよなあ。お前さんのあの黒いナイフなら通じそうなんだが、どうだ?」


「……刃は通る、が、それだけ。我々やお前と比して彼女の体積を考慮すれば、有効性はまるでない」


「何メートルの厚みがあるか知らんが、数十センチの切込みを入れてもかすり傷にもなりゃしねえか。というか性別があるのか、アレ」


「お前達の概念に当てはめれば新たな存在を自らの内部で生成し、生み出す存在は女なのだろう? 我々は魔法少女をサンプルに生み出された新型だからこういうデザインだが、機能的には彼女にも備わっている」


「うーん、一理あるような無いような。だが場合によったら、その場で子機なりなんなりを生産してくる可能性もあるか。まあ、元から魔物の増援も考慮していたけども」


 役に立つんだか立たないんだか分からない情報もあったが、少なくともスタッバーの使うナイフと同等の切れ味があれば、ラグナラクの表皮を斬り裂けるのは確認できた。

 となると闘津禍剣では少々苦しい。製造コストが低く、数打ちの刀剣感覚でポコポコ作れるのだが、ラグナラクとの戦闘では天覇魔鬼力をメインウェポンにして立ちまわる必要があるようだ。

 こうなると他神話群から手に入れたコピー神器と、ソルグランドとの相性の悪さが悔やまれる。十全に性能を引き出せたなら、ラグナラク相手に頼りになったのだが……


 それからディザスターとシェイプレスにも同じように、ヨモツヘグイを与えてこっそりと魔法少女化を促進させつつ、尋問? を続けて情報収集を行った。

 その光景を見させられたソルブレイズとアワバリィプールは、魔物少女への尋問と聞いて予想していたのとは違う光景に、口を揃えて──


「ええ?」


 ──と凶悪な魔物少女達の落ちぶれたような、あるいは半ば陥落したような毒気の無いその姿に、奇妙な声を出す事しかできなかった。

あんまり弱くなる、弱くなると予防線を張るのは、きっとよくないのです。

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