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第二十四話 初めましてとさようなら

 ソルブレイズ達への援軍となるJMGランキング四位ユミハリヅキ、ランキング五位アシュラゴゼン、ランキング九位ヌラリピョンらが出撃に向けて、大急ぎで魔物を討伐し集合を急いでいる頃。

 ソルグランドが夜羽音によってソルブレイズが危機に陥っていると知らされて、日本各地に出現する魔物への対処を、一時的にせよ、後回しにする決断を強いられるより少し前。


 海洋生物型の魔物を順調に討滅していたソルブレイズ達は、最後のあがきとばかりに姿を見せた、五百メートル越えの巨大な魔物と対峙していた。

 額から巨大な一本角を生やし、口から烏賊の触腕を吐き出したマッコウクジラ型の魔物である。背中からは不揃いのヒレを翼のように何枚も生やして、空中を最高マッハ四の速度で泳ぐように飛ぶ出鱈目生物ぶりを発揮している。


 巨体が超高速で泳ぎまわりながら戦うのに、その他の魔物達は邪魔にしかならず、離れた場所に居るジェノルインに殺到し、マッコウクジラ型に対してはソルブレイズ、ザンアキュート、ワンダーアイズが攻撃を集中させて短期決戦に臨んでいる。

 多数を相手取るのに日本魔法少女の中で最適の人材であるジェノルインが居たのは幸いだったが、それでも千単位の魔物を相手にしたソルブレイズ達のプラーナ消費量は馬鹿にならないレベルに達している。

 そこに来て、このいかにもタフそうなマッコウクジラ型の出現だ。長引かせれば先にこちらのスタミナが切れると、三名とも同じ結論に至ったのは当然の流れと言えた。


「悪鬼ことごとく灰になれ、羅刹ことごとく塵になれ! 天墜焼(てんついしょう)


 ソルブレイズのプラーナが迸り、マッコウクジラ型の軌道に合わせ、向こうから突撃するように一辺一キロメートルに調整した高温の壁が作り出される。

 両面両儀童子にはさしたる効果を発揮しなかった一手だが、このマッコウクジラ型にはどうか?


「■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 マッコウクジラ型が触腕を喉奥から生やす口を大きく開き、大きすぎるほどの叫び声をあげる。膨大なプラーナを内包する叫び声は『天墜焼』に直撃して、その表面に大きな波紋を起こすと、鏡のように割れてしまう。その光景にソルブレイズの愁眉がきゅっと寄った。

 崩壊してもなお『天墜焼』の発する熱量に真っ黒い皮膚を五十センチほど炭化させながら、マッコウクジラ型──後に醜鯨王(しゅうげいおう)と命名された一級魔物は、触腕をソルブレイズへ伸ばす。


 空母も潜水艦も簡単に絡めとり、そのままへし折り、海の底まで引きずり込むパワーに捕らわれれば、さしものソルブレイズも純粋なパワーで対抗するのは難しい。

 ならばソルブレイズに絡みつくその前に、気色の悪い触腕など斬り落としてしまえばいいと、ザンアキュートの大太刀が清冽な太刀筋を虚空に刻み、距離を無視する斬撃が放たれる!


「しゃあ!!」


 十を超える触腕をザンアキュートの一振りがことごとく斬り捨て、白い肉の断面から青い液体を噴き出しながら海中へと落下してゆく。痛覚があるのか、醜鯨王はぎょろりと大太刀を振り下ろした姿勢のザンアキュートを睨む。

 巨体を大きく逸らした醜鯨王の角が強い光を発し、百メートルを超える角から夥しい雷が四方八方へと放射された。ザンアキュートのみならず距離を詰めようとしていたソルブレイズもまとめて迎撃する為の一手だ。

 周囲を白々と染め上げる雷をワンダーアイズの瞳が映している。


「派手にやりやがって。『雷を放つ鯨なんて俺の目には映らねえなあ!』」


 そこにワンダーアイズが醜鯨王本体への攻撃は諦め、雷だけを見ないことで消去するフォローを入れ続ける。ワンダーアイズによって雷撃を消去されているのに気付いた醜鯨王は、雷撃を放射し続けてワンダーアイズの行動を封じる手に移った。

 醜鯨王の角が輝き続け、雷が生まれた次の瞬間にはワンダーアイズによって、見えない=存在しないモノとして、雷が消去されるという攻防が繰り返される。


 角を輝かせたまま醜鯨王は巨体にプラーナを漲らせて、正面から殴り掛かってきたソルブレイズを潰そうと動いたが、醜鯨王から見てあまりに小さなソルブレイズは、するりとその死角へと入り込み、紅蓮を纏う拳を左目の下のあたりに叩き込んだ。

 醜鯨王の展開するプラーナの守りを炎が相殺し、巨体を叩いたソルブレイズの拳に返ってきたのは、素の姿で地面を叩いた時のような、まるで手応えのない感触。

 圧倒的な大質量を構成する高密度のプラーナに、ソルブレイズの拳はまるで通じていないのだった。


「だったらあ!!」


 拳を押し付けたままソルブレイズはプラーナを燃焼し、新たな炎と熱を纏う。

 打撃が通らなくても憎悪や怒りを糧とするソルブレイズの炎は別だ。醜鯨王が再びプラーナの守りを展開させるのと、ソルブレイズの体が炎を纏うのは同時だった。

 両者のプラーナが激突して、激しくせめぎ合い、周囲に花火のようなプラーナと無数の火の粉が舞い散る。ソルブレイズの一撃を受け止める為に、足を止めたのは醜鯨王の明らかなミスだった。

 プラーナを集中させなければ、そのまま巨体を焼き焦がされ、頭部の左側の大部分を失うとはいえ、それを上回るダメージを受ける羽目に陥ればミスという他あるまい。


 そして膠着状態に陥った醜鯨王の角に、二百メートルの距離を置いていたザンアキュートが『千里斬』による斬撃を連続して叩き込む。

 斬撃をただ一つに定め、威力を底上げした連続斬撃を加え続け、見る間に角に切れ目が入ってゆき、ソルブレイズとワンダーアイズを抑えるのに精いっぱいの醜鯨王に対抗手段はなかった。


「……斬った」


 ついに醜鯨王の角を斬り落とした瞬間、その手応えと達成感にザンアキュートの唇からは短いが確かな言葉が零れ落ちていた。そして放電していた角が機能を失えば、ワンダーアイズがフリーとなる。


「『でけえ体を貫く銛が見えるぜ。ドカンと三本、派手にぶっ刺さってやがる』」


 ワンダーアイズの幻視と同時に、醜鯨王の右腹部に長さ百メートルはある巨大な捕鯨用の銛が三本、深々と突き刺さった。

 分厚い肉と脂肪を貫き、その巨体の中心部近くまで突き刺さる鈍い音が辺り一帯に響き渡る。

 ザンアキュートに発電器官である角を斬り落とされ、ソルブレイズへの対処にプラーナの大半を費やす醜鯨王からは、ワンダーアイズの幻視を防ぐだけの余裕が失われていた。


「はん。ダイオウイカを食べている最中の鯨みたいなヘンテコなデザインしやがって。そのまま消し炭になっちまいな」


 臓腑を貫き、脊髄にも届くだろう巨大な銛を三本も受けて、巨体に見合う耐久力を持つ醜鯨王も苦痛を訴えるように咆哮を上げる。

 そしてその直後にソルブレイズの炎熱により左顔面を中心として一気に燃やされて、醜鯨王は我を忘れたように巨体を捩って暴れ始める。


「やあああああ!!」


 負けじとソルブレイズが気合の声を出し、更なる炎と熱を生み出して醜鯨王の肉を再生するよりも早く消し炭に変え、崩壊させてゆく。

 ザンアキュートも追撃に加わり、斬撃を一か所に集中させて、刃の長さまでという斬撃範囲の狭さを補う形で、息を尽かさぬ連続斬撃を叩き込む。

 無数に重ねられる斬撃によって、醜鯨王の血肉が飛び散る中、銛が更に深々と、ソルブレイズの炎は更に激しく燃える。


 そして有象無象の魔物の掃討を終えたジェノルインが、未だ衰えを知らないプラーナを湯水のように使って、極大の一撃を放っていた。

 左右からの攻撃で見る間に瀕死に追い込まれる醜鯨王に対し、縦二百メートルに達する光の斬撃が断頭台の刃の如く容赦なく放たれる。

 三日月を思わせる弧を描く光の斬撃は、亜光速でもって空間を飛翔し、避ける術も防ぐ術もない哀れな醜鯨王を見事に真っ二つに割る。


 頭の先から尻尾の末端に至るまで、見事という他ない切れ味をもって、醜鯨王は左右に斬り分けられた。

 その体の中心部にまで達していた、ワンダーアイズの幻想の銛もまとめて両断されているのだから、その切れ味は推して知るべしだろう。


 ザンアキュートとソルブレイズの二人は斬撃と拳越しの手応えから醜鯨王の死を明確に感じ取り、死した醜鯨王の輪郭がぼやけて、無数のプラーナの粒子へと散ってゆく光景を見ていた。

 等級に当てはめれば一級に相当する醜鯨王は、それぞれが単独で戦っていたなら相当な苦戦を強いられるか、あるいは撤退する他ない強敵だった。四人で戦えたからこそ、ほとんどダメージもなしに勝てたのを、四人とも理解している。


 そうしてようやく台風と共に襲来してきた魔物をすべて討伐したと、安堵しようとしたソルブレイズとザンアキュートは、美しい散り際のプラーナの粒子の中に見えた影に目を見張った。

 純粋な生命力であるプラーナには本質的に聖邪や善悪はない。その消えゆくプラーナの輝きの中に、百六十センチに満たない少女のシルエットをはっきりと視認したからである。

 状況を考えれば醜鯨王の体内に潜んでいたか、あるいはソルブレイズ達に一切気付かせずに、姿を見せたか。

 

 これまで多種多様な魔物と遭遇してきた彼女らだが、サイズとシルエットが人間と酷似した魔物と遭遇した経験はほぼ皆無。

 そう、『ほぼ』だ。顔が二つに腕が四本と異形ではあったが、両面両儀童子という人型と実際に戦った経験のあるソルブレイズの方が、驚愕からの復帰と対応は速かった。

 両面両儀童子との戦闘以来、より人間に近い姿をした魔物の出現を心のどこかで予想していたソルブレイズは、少女のシルエットへ様子見とはいえ攻撃を加える判断を下せたのである。


「せいっ!」


 量が多すぎて霧のように煌めくプラーナの中を突っ切り、シルエットへと向けて遠慮なしに振るわれた炎熱の拳は、ぬっとプラーナを割って突き出された華奢な左腕によってあっけなく受け止められる。

 肉付きは細いが、その代わりに肘から先が黒く染まり、指先が鋭く尖った五指を持つ手に受け止められた瞬間、ソルブレイズの拳から炎が嘘のように消え去ってしまった。ろうそくの火を吹き消すように、あっけないくらいに簡単と。

 日本が誇るトップランカー達と有象無象の魔物との戦いを観察し続けてきた魔物少女が、ついに世界にその存在を現した瞬間であった。


(なに? 炎を消された? どうやって?)


 脳裏に無数の『なぜ』が浮かび上がるが、ソルブレイズの体は戦いを放棄したわけではなかった。受け止められた右拳はそのままに、渾身の左回し蹴りを魔物少女の右側頭部へ!

 上位の魔法少女ともなれば音速越えの戦闘は当たり前である。その中にあって格闘戦を得手とするソルブレイズの戦闘速度はトップクラスだ。

 影さえ追いつけないのではないか、そう錯覚してしまう一撃を魔物少女の右手は優しいとさえ言える手つきで受け止め、次の瞬間には闇色の掌から噴き出した炎の奔流にソルブレイズが吹き飛ばされていた。

 嵐の中の木の葉のように舞うソルブレイズだが、幸い彼女自身が炎熱を操る魔法少女とあって、摂氏五十万度超の火炎にも火傷一つ負っていない。


(この、炎、私のだ! 左手で吸収して、右手で放出した!?)


 自らのプラーナを変換して生み出した炎だ。ソルブレイズが火傷一つ負わないのも道理であり、魔物少女の異能らしきものの一端が垣間見えた攻防の一幕である。

 凄まじい勢いで吹き飛んで行くソルブレイズへ向けて、魔物少女が黒く塗りつぶされた足を一歩、虚空へと踏み出す。その重心移動のタイミングを狙い澄まし、ザンアキュートの大太刀が閃いた。


「っ!」


 言葉にならない短い気合と共に振るわれた大太刀は、同等以上の硬質な物体に受けられた手応えを使い手にもたらす。

 ザンアキュートの視界の先には、魔物少女がこちらに一瞥もくれずに、尾骨のあたりから伸びる尻尾の先端をこちらに向けている姿があった。

 距離を無視して、視認した対象に直接斬撃を与えるザンアキュートの『千里斬』を、斬撃に合わせて視界に入り込んだ尻尾が受け止めたのだ、とザンアキュートは信じがたい思いを口いっぱいに味わいながら、なんとか飲み下した。


 ソルブレイズへの追撃を防がなければ──ザンアキュートが二の太刀を繰り出そうと刃を返したその時、よく見れば刃のような背ビレを生やした魔物少女の尻尾が、ザンアキュートを目掛けて振るわれる。

 それはまるで、尻尾を刀剣に見立てて振るったような動作で、脳から背筋を貫く悪寒に襲われたザンアキュートはとっさに大太刀を振らずに、眼前に立てた。その本能的な動作が、彼女の命を救う。


 鼓膜をつんざくような音が大太刀から響き渡り、ザンアキュートの全身に大きな負荷がかかる。魔物少女の尻尾の一振りから放たれた斬撃が、ザンアキュートに襲い掛かり、大太刀によって救われたのだ。

 尻尾の刃状の背ビレがうっすらと青く発光していて、魔物少女は尻尾を振るのと同時に光の斬撃を飛ばしたのである。


「この──」


 ザンアキュートがなんと言葉を続けようとしたのかは分からない。それよりも魔物少女の尻尾が秒間数十に達する連続斬撃を繰り出し、それを受けるか避けるか。自身が生き残る為に、選択し続けなければならない状況に追い込まれてしまったから。

 ワンダーアイズもまた強力な魔物はともかく、ここまで人間に酷似した魔物の出現は予想外だったが、ソルブレイズが殴り掛かった時点で思考を戦闘に切り替えていた。


(ソルブレイズは吹っ飛ぶのに任せて問題ねえ。ダメージは入ってないし、いったん距離を置いてあの魔物の視界から外れられる。捕縛する余裕は、たぶん、ねえなァ、こりゃ!)


 魔物少女が二歩目、三歩目と足を動かして進む中、ワンダーアイズは両目にプラーナを集中して、全力で魔物少女を殺しにかかった。

 醜鯨王でさえ一級相当の魔物だったのだ。その中(?)から姿を見せたとなれば、それ以上の脅威と考えておいて損はない、そう判断したからであり、まったくもってその判断は正しい。


「似たようなモンを見たばかりで、幻視しやすいぜ。『てめえに群がる鮫の群れが見えるぞ』」


 魔物少女に群がる、ではなく既に食いついている巨大な鮫が何匹も前触れもなく出現し、魔物少女の首と腹と腕と、動き続けている尻尾以外のあらゆる場所に食らいつく。

 ワンダーアイズの固有魔法によって出現した鮫達は、もちろん、現実の鮫よりもはるかに強力で、その咬合力をもってすれば戦車の装甲をあっさりと噛み千切る。

 しかし魔物少女は出現した時から変わらず能面のような無表情のまま、その全身から霧状のプラーナを放出し、そのまま周囲五十メートル程を真っ黒いプラーナの中に飲み込んでしまう。


「くそ、イカかタコの真似事かよ!」


 攻撃ですらない行動だったが、ワンダーアイズはこれが視界を遮る為の煙幕であると即座に理解した。ザンアキュートと同じように視覚を固有魔法の要とするワンダーアイズにとって、敵の姿が見えないという事態は他の魔法少女以上に厄介な状況となる。


(っの野郎、こっちの能力にメタ張ってるのか?)


 ワンダーアイズは油断なく煙幕を注視しながら、思考を絶えず巡らせ続ける。これまでにない統率された魔物の動き、史上初めて出現した少女型の魔物、そして知性を感じさせる魔物少女の戦い方……

 怒涛の勢いで詰め込まれる情報量の多さは、戦闘中でも思考の水面に浮かび上がるほどで、戦闘への集中力を否応なく削いでくる。


「っそが!」


 煙幕を斬り裂いて飛んでくる光の斬撃に、ワンダーアイズは詠唱を省略して固有魔法を発動させ、半透明の光の膜を作り出すことで、かろうじて斬撃を防ぐ。だが尻尾の斬撃がワンダーアイズを襲ったというのなら、それは──


「ザンアキュート!」


 ──尻尾からの集中攻撃を受けていたザンアキュートが倒されたか、あるいは放置されるほどのダメージを受けたことを意味する。

 ワンダーアイズの視界に、左肩から右わき腹を一文字に斬り裂かれ、鮮血の代わりに青いプラーナの粒子を噴き出しながら、落下するザンアキュートの姿が映る。魔法少女の姿が解除されていない以上、まだ戦闘は続行可能ではあるのだろうが……


 動揺などすぐさま蹴り飛ばして、ワンダーアイズは視界を凝らして周囲を見回す。魔物少女の姿が髪の一束、尻尾の先端でも映ったら広範囲に広がる電を降らすか、極寒の冷気で全てを凍らせる、と判断してのことである。

 そうして油断など一切ないワンダーアイズの背中を、鋭い五本の爪が深々と斬り裂く。

 魔法少女の衣装をあっさりと斬り裂いた爪が齎す苦痛と、背中の傷からプラーナが噴き出す事による喪失感を味わうワンダーアイズが背後を振り返れば、魔物少女の右腕だけが虚空に浮かんでいるではないか。


「透明化、かよっ」


 苦痛に塗れるワンダーアイズの言葉を引き金にしてか、全身の透明化を解除した魔物少女が姿を現す。視界に映る事で魔法による攻撃を受けるのなら、そもそも視界に映らなければよい。魔物少女の講じた策は至ってシンプルなものだった。

 最後の抵抗とばかりに瞳にプラーナを集中させるワンダーアイズに対し、魔物少女は変わらぬ冷徹な無表情のまま左手を一閃。ワンダーアイズの瞳を残酷にも斬り裂いてしまった。


 刃のように鋭い爪で目を斬り裂かれたワンダーアイズは、固有魔法を行使する術すら奪われて、ザンアキュートの後を追うようにして力なく海とへと落ちてゆく。

 そして、だからこそ、ソルブレイズ、ザンアキュート、ワンダーアイズの三名が魔物少女から離れたことで、ジェノルインは遠慮なしに魔物少女を抹殺できる。

 周囲に展開していた無数の魔法陣を消し去り、魔物少女に向けた杖の先端にのみ、一つの小さな螺旋状の魔法陣が描かれる。それはさながら砲身のようだった。

 三人の仲間が倒される光景から視線を逸らさずに見続けていたジェノルインは、余計な言葉を一切発さずに、抹殺宣言の代わりに魔法名を淡々と口にする。


「『天上天下貫殺(この世の果てまでも)』」


 螺旋に巻いた帯状魔法陣により、杖の先端から放たれたプラーナの砲弾は刹那よりも速く光速に達し、対象が複数のバリアや堅牢な装甲を保有する場合に備え、砲弾は何十何百というプラーナの層を重ねたもの。

 たとえ天の果て、地の彼方に敵が居ようとも必ず貫き殺す──必殺の意と名を与えられた魔法である。


 魔法名の通りに、光速の砲弾は魔物少女の胴を貫く。しかし、貫通した筈の魔物少女の胴体に、着用している服にも傷跡一つ、小さな穴一つ開いてはいなかった。

 おそらくソルグランドであっても防御に集中しなければ、腹に穴を穿たれる一撃を受けて、魔物少女の体は見る見るうちに風に攫われるようにして無数の光の粒へと変わって消え去る。


「ステルス、違う、これは!!」


 視界から魔物少女が消え去った光景に、ジェノルインはワンダーアイズに一撃を加えた透明化を疑い、直後、自分の真正面で再びプラーナの粒子が集まって、肉体を再構築した魔物少女によって考えを訂正させられた。

 圧倒的な広範囲、超射程、大火力を持つジェノルインに対して、魔物少女が学習し、導き出した解答は超威力の攻撃を受ける瞬間、自らを粒子にまで分解して攻撃を受け流し、然る後に再構築して攻撃を加えるというもの。


 手を伸ばせば触れる距離に現れた魔物少女に対し、ジェノルインは果敢にも自らを巻き込んだ上での攻撃に移り、プラーナを練る一秒にも満たない時間を突かれ、その胸に魔物少女の左手刀を突きこまれていた。

 魔物少女がまっすぐに伸ばした指は、膨大なジェノルインのプラーナに支えられた不可視のバリアを易々と貫き、その先端をジェノルインのプラーナで濡らした。ジェノルインの体に流れるプラーナの色は黄金であった。


 仰向けに倒れ行くジェノルインに、魔物少女はそれ以上の追撃を行わなかった。本来なら心臓部を抉り、背中まで貫くはずだった貫き手が指先で止まったのも、理由は同じ。

 未だ空を塗り潰す灰色の雲海が彼方から二つに割れ、荒れ狂っていた海はそれまでの自分を恥じ入るように凪はじめていた。

 すべては彼方より来たりし八百万の神々の代理者、最も新しき女神の肉体に人の魂を宿す例外、葦原の中つ国の天地万物が頭を伏すべきモノ……魔法祖父ソルグランドの降臨が理由である。


 鏡を利用した転移により、戦闘区域に最も近い場所へ出現してから、最大速度で駆け付けたソルグランドは魔物少女によって傷つけられた魔法少女達の姿に、最悪の事態こそ避けられたが、自分が間に合わなかったことを痛いほどに感じていた。

 前例の無い魔法少女型の魔物の出現。日本トップランカー達を一蹴する戦闘能力。明らかに異常な魔物側の行動の原因だろう存在を前にしても、ソルグランドの表情には表向き、変化はない。

 怒り狂う人間の精神を、戦を司る神々の権能が宥めすかし、結果としてソルグランドの神の造りたもうた美貌は、氷さえも更に凍り付くような異常な冷たさを備えたまま、無感情に魔物少女へと向けられる。


「よう、初めまして。そして、さようなら、だ」


 神罰の執行を意味する言葉を耳にして、初めて魔物少女が閉ざしていた口を開く。凶悪な肉食獣を思わせる牙の生え揃った口内と長い舌を晒しながら、魔物少女はこう答えた。


「ハジメマシテ、サヨウナラ」


半分くらいがほどよい文字数でしたが、切りの良い所に出来ず、いつもより長めとなりました。

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