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第百六話 新しい器

 夜羽音と再開し、ソルグランドとして活動していた時期の記憶を取り戻した大我は、問題なく出歩けるまで体調の復活を待ってから、こっそり市内にある小さな神社で夜羽音と落ち合った。

 数か月の昏睡状態ですっかり筋肉の落ちた身体も、リハビリの影響とおそらくは八百万の神々のご加護のお陰もあって、常人よりも回復が速かった。


 年が明けて凍えるような風が吹く中、手入れだけは欠かされていない小さな神社の境内で、コートとマフラー姿の大我と普通のカラスに擬態した夜羽音が向き合っている。

 乾いた落ち葉が風に転がされて、小さな石がカラカラと小さな音を立てている。小鳥のさえずりはなく、生物は神と人の会話を耳にするのは畏れ多いと、この場から去っていたのかもしれない。

 万物に宿る八百万の神々だけが、この一柱と一人の会話に、なんの気負いもなく耳に傾けられるだろう。


「冬の風はお体に障りませんか、大我さん」


「ご心配なく、きちんと着込んできていますから、風邪を引いて病院にとんぼ返りなんてことにはなりません」


 大我の口から言葉が零れる度に、冷たい空気に白く染められてゆく。姿を見ずに言葉を聞いたら、退院したばかりの友人を案じる会話だと誰もが思うだろう。夜羽音から大我に向けられる感情とは、つまり、そういうものだ。


「日本はすっかり冬ですがナザンは違うのでしょうね。可能な限り環境を再生できるように手を尽くしましたが、少しはあの星に緑が戻っているとよいのですが」


「ええ、その点は大丈夫ですよ。カジン達の記録にある通り、そっくりそのまま再生するのは難しいのですが、星にもう一度息吹を取り戻す事には成功しています。ヒノカミヒメも防衛機構を含めて、星の再生機構を引き継いでおりますから、地球のように豊かな緑と水を取り戻すのは、遠い話ではありませんよ」


「そうですか。カジン達にとっては自分達の生きていた頃とは別の光景になってしまいますが、星が死んだままで居るよりはマシだと、そう思ってもらえたら良いですね。いや、傲慢な考えかもしれませんが……」


「こればかりは彼らの心の内ですからね。戦いが終わった後、集合化させた意識を元の通りに分割して、例えば機械や有機物で人工的に作り出した器に意識を戻せば、疑似的なナザン星人の復活となりますし、そうなればやはり故郷の星を取り戻したくなるでしょうから」


「地球人も妖精も魔物を撃退したからと笠に着て、惑星ナザンの領有を口にするべきではないですな。余計な諍いの火種になるのが目に見えている」


「ええ。目の前で山盛りになっている餌に食いつかないことを、私としては祈っておりますよ」


 となるとこれは日本に限らず、地球各国の理性と倫理と良識に頼むこととなるが、魔物が存在しなければ人間国家間の戦争と紛争が、数え切れないほど発生していたというのが、神々の見解である。

 ソルグランドとして活動する中、大我も同じような見解を抱いている。

 魔物の脅威という重石がなくなった時、人類がどんな行動をとるのか?

 魔法少女達の戦いが無駄だったと、価値の無いものだったと、そう判断されるようなことにならないよう、大我は自分にできることを尽くすつもりだった。


「とはいえそれも魔物という脅威を退けてからの話。まずはその為にもソルグランドの復活に向けて、話を進めるとしましょう。大我さん、こちらへ」


 夜羽音に促されて、大我は社の正面に立った。おもむろに戸が開いて社の中に納められていたご神体──鏡に夜羽音と大我の姿が映る。その瞬間、大我はふっと気が遠のくような感覚に襲われた。

 この浮遊感と脱力感の入り混じる感覚を、大我は知っていた。距離を超えて空間を跳ぶ、あの不可思議な感覚だ。


「ここは真神身神社の境内か?」


 瞼を開いた時、大我の視界に広がったのは懐かしい真神身神社の境内だった。白い霧は彼方へと遠のき、数多くの信仰心を得たことでヒノカミヒメの為の神域はその距離を広げて、山は深く、平野は遠くまで続いている。

 惑星ナザンにかかりきりになって、真神身神社で過ごす時間は少なくなっていたが、ソルグランドとしての活動に比例して、発展してゆく神域には大我としても思い入れがある。


「ヒノカミヒメの為に用意した神域でしたが、同時に『ソルグランド』と大我さんにとっても縁の深い場所です。ソルグランドの再誕にこれ以上相応しい場所はありません」


 見れば夜羽音の姿は三本の足を持つ本来の姿に戻っていた。惑星ナザンでコクウとして活動している時は、ずっと姿を偽ってばかりいたから、大我の前では本当の姿を見せられて清々した気分かもしれない。


「そう言われると納得しかありませんわな。それでソルグランドとしての復活は、具体的にどうすれば? なにか大掛かりな儀式が必要か、あるいは俺がなにかしら資格を見せる為の試練を受ける必要があるとか?」


「資格というのなら、これまでソルグランドとして戦い続けてきた結果そのものが、なによりの資格の証明に他ありません。現代の地球で、あなたほど神から力を授けられるのに、相応しい人間はおりません」


 あまりに夜羽音が自信満々に断言するものだから、大我は照れ臭くさえあった。なにしろ夜羽音と来たら、我がことのように誇らしげなのだから!

 面映ゆい気持ちに突き動かされて、大我は夜羽音にソルグランド復活の手順について、続きを促すことにした。


「あはは、これまでの実績が認められたのは光栄な話です。免許証はもう交付されているというわけですね。そうなると後は俺の意識が新しいソルグランドの中に入るだけになるんですかね。今度こそ普通の魔法少女らしく、魔法少女をするのかと解釈していますが、合っていますか?」


 日本の神々からのお墨付きによって大我が新たなソルグランドとなるのに、問題がないのは確定した。こうなると後は用意された新しい器の能力を、大我がどこまで引き出せるかが鍵となる。ある意味では大我の責任が前よりも増したと言える。


「方法としてはその通りです。そして器は既に完成しており、我々の領域にて厳重に管理しています。万が一にも魔物共に見つかるわけには参りませんし、大我さん以外の何者かに中に入り込まれては、失態どころではすみませぬ故。器は間もなく届きます」


 しゃん、と空の果てまで届くような鈴の音が聞こえた。

 しゃん、しゃん、しゃん、と音が重なりゆっくりと近づいてくる。

 音がひとつ鳴る度に元より清浄な神域の気配がよりわずかな穢れも許さないように、より清らかなものへと変わって行く。

 大我は徐々に近づいてくる複数の気配を感じ取った。人とは根本からして異なる存在。大我よりもヒノカミヒメや夜羽音に近い存在だ。


 やがて顔を隠す無地の面布を付けた巫女装束の女性六名が、神社の階段をゆっくりと上ってきた。先頭と最後尾の二名が神楽鈴──あるいは七五三鈴──を交互に鳴らして、神域の正常化と自分達の訪れを告げている。

 残る四名は石棺を担いでいた。この石棺に新しいソルグランドとしての器が眠っているのだと、大我は直感する。


(多分、こちらの方々も日本の神に属している。なんとなくだが夜羽音さんよりも人間に近い感覚がするのは、元は人間だったから? 生前は神に仕える巫女だったのが、そのまま神の眷属に召し上げられたパターンかな)


 大我が頭の中で推測を巡らせている間に、巫女達は境内に上がって夜羽音と大我の前まで来ると、音もなく石棺を降ろした。

 そして神楽鈴を鳴らしていた二名が控えている間に、石棺を運んでいた四名がゆっくりと石棺の蓋を開いて、横に置く。傷一つ付けてはならない宝物を扱うように、繊細で優しい一連の所作であった。


 石棺の中は紫色の光沢が美しい布が敷き詰められ、その中で真っ白い装束を纏ったソルグランドが眠るように目を閉じていた。ヒノカミヒメと髪色以外は寸分たがわぬ外見で、大我がソルグランドとして活動していた際とも変わらない見た目である。

 容姿という点では、特に変化は見受けられない。となると変わったのは戦闘時の衣装や体内の機構? 臓腑? なのだろう。こればかりは入ってからのお楽しみと言うべきか。


「皆さん、ご苦労様でした。大我さん、こちらが新しいソルグランドの器です。今は魂の入っていない状態ですから、衣装は簡易的なものです。魂が入れば自然と相応しい戦装束を纏うでしょう」


 石棺のソルグランドは当然、息もしておらず、神懸った名人の作り出した人形のようでもある。ただし、この場合は神懸ったではなく、本当に日本神話に名だたる神々が力を合わせて生み出した、神による人の為の女神の模造品だ。

 世界各国の神話において、神から特別な道具や力を授かる人間は数多いが、現代においてここまで手厚い待遇を受けるのは、世界広しといえど真上大我だけであろう。


「鏡に映った姿を見たことはありますが、ヒノカミヒメとはまた違った雰囲気ですね。あの子とは髪の毛の色くらいしか変わりはありませんが、この姿で自分が動き回っていたかと思うと、少しばかり不思議な気分です」


「今は本来の身体に戻っておられますし、違和感などの類がひときわ強くなっているかもしれません。ヒノカミヒメ同様にこの国で神と呼ばれ、崇められてきた八百万の神々の権能、知識、技術、経験、それらの精髄を凝らして作り出したのが、この器です。そしてあなたの為の唯一無二の武器でもあります」


 夜羽音が石棺の縁に降り立って、きっと彼の一族も製造に関わった新たなソルグランドの器をくりくりとした目で見つめながら、語り始める。

 ヒノカミヒメに続き、二体目の肉体を作り出すのに、どれほどの苦労があったのか、大我は尋ねたい気持ちもあったが、今はそれよりも再びソルグランドとして復活する為の方法を、聞く方が重要だと自戒して別の言葉を口にする。


「ではこの新たな肉体はヒノカミヒメとどういった差異が生じているのですか? 俺自身、ソルグランドとしてヒノカミヒメに用意された肉体の性能を、どこまで引き出せたか自信はありませんが、それなりに務められたという自負はあります」


 ヒノカミヒメを除けばあの肉体について精通しているのは、その通り大我自身だろう。


「以前、大我さんにお伝えしたことがあったかどうか。ソルグランドは女の身体に男の魂、神の肉体に人間の魂と相反する要素を備え、我々の想定しない力を発揮しました。今のヒノカミヒメは女の身体に女の魂、神の肉体に神の魂という正常な組み合わせ」


 六名の巫女達は初めて姿を見せた時から、ずっと沈黙を維持している。彼女らにとって自ら運んできたこの人間の為の女神の肉体は、そしてヒノカミヒメはどう映っているのか、ふと大我は尋ねてみたい衝動を覚えた。


「それゆえにヒノカミヒメは与えらえた力を十全に引き出せます。例えて言うのなら、十備わった力を十引き出すのがヒノカミヒメ。大我さん、つまりソルグランドの場合、ボイドリア戦で四から五。それに加えて瞬間的に想定外の力があるといった具合です」


「ふうむ、ひいき目に見て四プラスαですか。しかし、自分ではそれなりに戦えていたつもりですが、夜羽音さんからの評価を耳にするとようやく半分引き出せていただけとは、いやはやお恥ずかしい限りです」


「我々にとってはそのプラスαの部分が驚嘆に値しました。ヒノカミヒメに戦い方を教える役を期待した大我さんは、数々の神器や戦法において我々の想定を超えた前例を作ってくださいました。恥じ入ることなど欠片もありませんよ」


「ははは、そうやっていつもや夜羽音さんに慰めていただいている気がしますね。ふむ、ではこの新しい体でなら、俺は全ての力を引き出せますか」


 もちろんそれには大我自身の並みならぬ努力と覚悟が要るのは、改めて口にするまでもない。大我とソルグランドをよく見ていた夜羽音が監修しているから、運用それ自体もソルグランドに倣う形でよいのは、大我にとって利点に間違いない。


「ええ。間違いなく。多少の調整さえ済ませてしまえば、基本性能に関して言えば全てを引き出せます。『プラスα』の部分については、大我さんの機転次第です。魔法少女ソルグランドの強みは、その『プラスα』の部分にあると考えております。言ってしまえばこれまで通りに戦われるのが、ソルグランドの強さを最大限に引き出す手段ではないかと」


「それはよかった。これまでと違う戦い方を模索するとなると、これは難題だと秘かに悩んでいたものですから。それで俺はどうすればこの子になれるのですか?」


 事情を知らない人間が言葉だけを聞いたら、えらい誤解を生むような発言だなあと思いつつ、大我が尋ねれば夜羽音は淀みなく答える。


「先ほども申し上げた通り、特別な儀式は必要ありません。大我さんの意識とこの肉体を紐づけるだけで事は済みますからね。形式的なものではありますが、大我さん、この肉体に触れてください。なにかの童話に倣って口づけてくださっても構いませんよ」


「笑えない冗談ですよ。孫娘でもおかしくない女の子の身体に口づけって。眠れるお姫様を王子様が目覚めさせるならともかく、俺がしても犯罪臭の漂う絵面になるだけですよ」


 やれやれと夜羽音の悪戯心に溜息を零し、大我は少し考えてから右手を伸ばして、眠れる、いや生きてさえいない新たなソルグランドの頬に触れる。

 ぬくもりはなかった。染みも汚れも一つとして存在しない肌は、その下で流れる血液の熱や流れさえ、大我に伝えはしなかった。触れる事さえ畏れ多い美しさは、皮肉なことに命が宿っていないからこその美しさなのかもしれない。


「しんどい戦いをさせることになるが、これからよろしくな、ソルグランド」


 それでも大我は新しい相棒に向けて、親しみを込めて微笑むのだった。

まだまだ溜め回です。

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