第百五話 ヒノカミヒメの誤解
真上大我は再びソルグランドとして復活する道を進み、ボイドリアはヒノカミヒメを倒す力を得る為に雌伏の時を迎え、そしてヒノカミヒメは惑星ナザンにて虎視眈々と復讐の刃を研いでいた。
というのは彼女の内心の話。
行動としては自分を倒す為により強化されるボイドリアを想定し、知識や知恵の神々譲りの神懸った頭脳で仮想戦闘を重ねながら、散発的に襲撃してくる魔物を撃退していた。
ただし、彼女一柱での孤独な戦いではない。
「撃て撃て撃て! まだまだおかわりはあるぞ!!」
野太い声を出したのは自衛隊所属のマジカルドールだった。顔の上半分を暗視ゴーグル状の仮面で覆った美少女姿だが、装備はSFチックなメタリックの輝きを放つ銃器だ。
自衛隊で採用されている火器の模造品ではなく、エネルギーパックに充填されたプラーナを銃弾状に発射する、PMG──プラーナ・マシンガンだ。
エネルギーパック一つで五十発以上発射でき、二級以下の魔物なら簡単に穴だらけに出来る。
プラーナの兵器利用はマシンガンに限らず、アサルトライフルからグレネードランチャー、ロケットランチャー、ハンドガンにガトリングガンと幅広く行われ、大気圏外から侵入してきた魔物の群れに実弾ではなく輝くプラーナの銃弾や砲弾が、雨の如く撃ちまくられている。
大気圏を突破して降下してきた魔物達は、エゼキド側が威力偵察程度に留めている為、おおよそ二級から一級に留まる程度の能力だ。それだって、百単位の数が出現しているから、地球の大都市が簡単に壊滅する戦力である。
その戦力を相手に惑星ナザンのゲート周辺に広がる基地が、被害を受けずにいられるのは、ドーム状に展開された半透明のシールド以外にも、ナラカ・コーラル攻略に投入された戦力がほとんどそのまま残っており、数でも質でも人類側が上回っているからだ。
特に『質』においてはエゼキドが是が非でも情報を得たいヒノカミヒメが、率先して最前線に突撃しているから秒単位で魔物が屠られている。
これまでソルグランドが使ってきた闘津禍剣を始めとした数々の神器や神通力を使用できるにも関わらず、ヒノカミヒメは襲い来る魔物達をあろうことか四肢のみで粉砕している。
これらの魔物がすべて自分の情報集める為の捨て駒でしかないと看破し、余計な情報を与えるつもりが無かったからだ。
これで共に戦うマジカルドールや魔法少女に危険が及べば、躊躇なく神通力を行使するつもりだが、味方の奮闘を見る限りその必要は皆無であった。
世界中の軍人達が中身を務めるマジカルドールは、皆、変わらず士気軒昂でこれまでの鬱憤を晴らす戦いぶりを見せているのは、いつも通り。
襲ってくる魔物達が百単位である為、人類側は交代制を敷いて迎撃に当たっているのだが、その中でも抜きんでた成果を挙げているのは、ソルブレイズとザンアキュートの二名であった。
かつてソルグランドに寄り添おうとして、それなりに関係を深められたと自負するソルブレイズは、だからこそソルグランドの犠牲によって得た勝利を飲み込めずにいた。
その名前を付けられない感情も、魔物との戦いを終わらせるという大義名分で押し込めているのだが、いざ魔物を前にすると自分がもっと強ければソルグランドを犠牲にしないで済んだという思いが叫びをあげる。
自らの弱さへの嘆き、ソルグランドを失った悲しみ、魔物に対する怒り、これ以外にも多々ある感情がドロドロに混ざり、ソルブレイズの──真上燦のプラーナを灼熱させる。
「一瞬で灰にしてやるんだから!」
強化形態『天の羽衣』を纏うソルブレイズの周囲には、摂氏数万度に達しよう高熱のフィールドが展開され、等級の高い魔物であっても迂闊に接近すればそれだけで消し炭にされる。
ゲート基地を目指して、超音速で特攻してくる全長一キロメートル超の百足型の魔物に向けて、燃え盛るプラーナを抑えつけるのではなく、方向性を与えて放出する。
大きく振り上げた両手を振り下ろすのと同時に、開いた五指から血の色をした炎が巨大な鳳仙花のように広がって、巨大百足型魔物に触れる端から消し炭に変えて行く。
「滅却鳳殲火!」
あまりの火力の高さに応戦している自衛隊や他国の軍人達も、思わず目を惹かれてしまっている。
どれだけプラーナの砲弾を撃ち込めば倒せるか分からないような怪物も、上澄み中の上澄みとはいえ、魔法少女ならばこうも容易く倒せるのだから、軍人達の劣等感はそう簡単に拭えそうにない。
(だめだ、戦っているのに、どうしてもムカつきとか、焦りとか、そういうのが消えない!)
いくども修羅場をくぐったベテランの魔法少女として、ソルブレイズは戦場で感情と思考を分ける術をそれなりに身に付けているが、それでもソルグランドがあまりに大きな存在過ぎて、思考の片隅にくすぶり続ける。
そんな彼女の内心を見透かして、傍に居たフォビドゥンが炎の鳳仙花の向こう側から、半透明のシールドを展開しながら突っ込んでくる、骨格だけの猛禽型魔物へ両手の指先を向ける。
爪と指先の間に牙らだけの小さな口が開き、青黒いプラーナのレーザーが細い糸のように数十本以上発射され、骨の猛禽達を微に細にと貫いて砕く。
「脳波の乱れを検知。強制的に感情を抑制する機能がないのは、プラーナの生成に影響するから?」
「それは」
フォビドゥンの疑問は実に素朴なものだった。ソルブレイズや魔法少女そのものに対する皮肉でも何でもない。プラーナの発生に感情の振れ幅が大きく関与しているのは、全勢力で周知の事実。
一方でソルブレイズが戦場に適した精神状態かと言えば、わずかな曇りがある状態だ。そのわずかな曇りを抑制する程度ならば、戦闘能力を対して劣化させることもないだろう、と言外にフォビドゥンは疑問を呈しているわけだ。
「私達の心まで縛りたくないって、大人や妖精さんが配慮してくれているからだよ、たぶん」
「それでお前達が戦場で散ってしまったら、本末転倒というものでしょうけれど、まあいいわ。ソルブレイズ、あなたは魔法少女の中でも特に性能の高い機体とパイロットだわ。
創造主からの干渉はこの通り、小規模なものとなる。その間に自分の整備を終えてね。あなたの性能がどこまで発揮されるかどうかで、友軍機の消耗も変わる。それは分かっているのだろう?」
「えっと、心配、してくれているの?」
「あなた達の言語に変化するとそうなるのか? 鹵獲された私を運用するのは人類なのだから、使い捨てにされるか使い潰されるかを私に選ぶ権利はない。だが、せめて有用に扱ってもらわなければ、兵器として生み出された意義もない。それだけだ」
こうして話している間に、フォビドゥンの指先からのレーザーは絶えた。上空に魔物達の姿はなく、代わりにゲート基地の遠方に降下していた魔物達が地平線の無効から、大量の土煙を上げて接近中なのだ。
ソルグランドの残したゲート基地を中心とした防衛機構は、ヒノカミヒメが引き継いだことで今も健在だが、防衛隊の練度向上もかねて防衛機構の外での戦闘が推奨されている。
いざとなれば防衛機構の範囲を広げて、即座に援護に入れるのとヒノカミヒメが神通力を全開にすることで、迅速な救出が可能ならばこその判断である。
「地上に降りた連中の相手は、私達に割り振られた役目ではないから、ここまでね。私は待機しておくわ。ソルブレイズ、あなたは?」
「私も待機しておく。あっちにはヒノカミヒメさん、それにディザスターも居るから、それこそボイドリアやラグナラクみたいな敵が居なければ、わざわざ私達が動く必要はないから。アンテンラを相手に戦う事に、もう躊躇いはなくなったの?」
「そうね、無くなったとは言い切れないけれど、ボイドリアの完成で私達が創造主に必要とされていないのを理解させられて、ナラカ・コーラルに突入した時にはソルグランドと分断されて、掌の上でいいように転がされた。
少なくとも私は自分の価値を他の誰でもない自分自身に証明しないと、今にもエラーを起こしてしまいそうなの。そうでなくても、失態を重ねればヒノカミヒメに説教をされるから感情プログラムに大きな負荷がかかるし」
それでも廃棄処分を言い渡されないだけ、ヒノカミヒメはアンテンラよりは寛大な所有者であると、一応、そこはフォビドゥンも認めている。
そして当のヒノカミヒメはというとディザスターを従えて、自身の身体の操縦を完璧にするべく、一切の神器を用いずに襲い来る魔物を千切っては投げ、殴っては砕き、掴んでは潰す八面六臂の活躍ぶりであった。
ディザスターもそれに倣うようにして、ソルグランド以上のフィジカルを存分に発揮して、ボイドリア戦での役立たずぶりを払しょくするべく、同族である魔物に対して一切の容赦がなかった。
「脆い、柔らかい、弱い! こんなのをいくら作ったって、無駄無駄ァ! キャハハ!!」
幼い子供が好き勝手に暴れ回っているかのようなディザスターだが、彼女の肥大化した両腕が殴り飛ばしたのが、分析の結果、核ミサイルの直撃にも耐える外殻を持つ、二足歩行の巨大な蛙型の魔物であった。
体高五メートル、体重は一トンを超える蛙の怪物も、ヒノカミヒメを除けば人類側で最高の膂力を誇るディザスターにしてみれば、人間の子供とアマガエルほどの差がある。
ソルグランドと初めて戦ってから、一度も自分が圧倒的な優位に立つ戦いを経験していなかったディザスターにとって、大量に出現する魔物相手の戦いは、殴ればそれだけで敵が吹き飛んで行く、実に楽しいものだった。
ディザスターが後に続く魔法少女やマジカルドールのことを忘れて暴れ回るものだから、ヒノカミヒメは仕方なくディザスターのフォローに回り、情報収集にしても手ぬるい攻めにエゼキドが守勢に回ったのではないかと推測している。
自分自身でもまだ半信半疑といったところだが、ボイドリアの製造とナラカ・コーラルの消失はエゼキドにとっても決して軽い負担ではなかったのだ。
(エゼキドのナザンや地球、フェアリヘイムへの攻勢からみて、彼らは無差別かつ無計画に攻撃を仕掛けている。それを考慮すれば私達以外の種族──宇宙人や異星人と交戦中と考えても間違いではない。
多方面に戦線を抱えている彼らにとって、ソルグランド様との戦いで立て続けに、戦略級兵器を失ったのは、痛手だったと見てよいでしょう。やはり、この段階で戦力を整えて敵中枢を叩く。これが魔物の脅威を大きく減らす可能性の高い選択肢ですね)
ヒノカミヒメの予想は概ね正しい。当然、守勢に回るのだから、エゼキドが本拠地を含めた重要拠点に戦力を集中させるのは承知しているし、戦線を後退させることで戦力の適切な再分配が行われるだろう。
意気揚々と乗り込んだ先で待ち構えているのは、ともすれば複数のラグナラクや量産型のボイドリアかもしれない。そうなればさしものヒノカミヒメといえども、単独でそれらすべてを倒すのは至難を極める。
ソルグランドがそうしたように敵本拠地でヒノカミヒメが自爆すれば、壊滅とは行かずとも大打撃を与えられる自信はある。ただ、エゼキドの本拠地を務めたとはいえ、宇宙各地に彼らの拠点が点在している以上、本拠地を潰しても脅威は残る。
魔物の残党が生じるのに加えて、エゼキド『監査軍』という名称から、より強大な戦力を備えた本国のような存在を、ヒノカミヒメを始め地球の神々は危惧している。
本国あるいは本命の軍勢が攻めてきた時に、ヒノカミヒメが存在しないのでは、圧倒的不利に陥るのは目に見えている。
だから、可能な限りヒノカミヒメを失わずに、エゼキド監査軍に勝利するのが、秘かに神々の側で設定された勝利条件であった。
(ソルグランド様──真上大我様が本来の玉体へとお戻りになられた以上、あの方の命ある限り、その平穏をお守りするのが私の個人的な使命。私は私自身を犠牲にして得る勝利に、安易に飛びついてはならないのだ)
そのように自分の胸の内で決意を固めるヒノカミヒメは、伸ばして揃えた五指の手刀で、生きた重力である魔物を、その二千倍の重力で形作られた体などものともせずに真っ二つ。
亜光速で襲い掛かってきた生きた弾丸である雀型の魔物達を、緋袴の残像も美しい踵落として粉砕。
優雅に旋回する体に触れる端から、魔物の放った重金属粒子ビームや空間の亀裂、生体プラズマミサイルが、神々しきものに触れた罰と言わんばかりに砕かれて霧散してゆく。
戦いというにはあまりに一方的で、一切抑えることのない暴力を振るうディザスターに対して、正反対の戦いぶりは後続の魔法少女達が思わず見惚れてしまうほどに美しい。
能面の如き無表情のままに蹂躙を続けるヒノカミヒメは、ソルグランドの内部の生存を知りながら、それを人間やフェアリヘイム達には一切伝えていなかった。
もちろん、ソルグランドの詳細はヤオヨロズの最高機密として、予め追及を禁じていたとはいえ、これまでの彼女の口ぶりではソルグランドはその中身ごと死んでしまったかのように受け止められても仕方がない。
なにしろフェアリヘイムとは別組織の手による魔法少女であるから、どこまで通常の魔法少女と同じ扱いをしていいのか、人類と妖精側が詳細を知らないのもソルグランドと負う事はもう二度とない、というヒノカミヒメの言葉がソルグランドであった人物が死んだと誤解させた原因だ。
ヒノカミヒメは自分の発言が人類と妖精に与えた誤解に気付いていなかった。たとえ気付いたとしても、もう戦場には戻らないと思っている大我の未来を考えて、誤解を解こうとはしなかっただろう。
ヒノカミヒメ自身もまた、真上大我がソルグランドとして復活することはないと、途方もない誤解をしているとは、気付かずに。




