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第百二話 太陽の代理

 ボイドリアを撃退した後、残存していた魔物達は迅速に掃討された。指揮系統が壊滅し、動きが千々に乱れた隙をネイバー所属の神々は見逃さず、ガルダマンらもこれに続いてナラカ・コーラルの存在した宙域を完全に制圧することに成功する。

 マジカルドールや魔法少女への被害は事前の予想をはるかに下回るものとなったが、最も大きな理由はソルグランドと交代する形で出現したヒノカミヒメが、蹂躙ないしは掃除という他ない圧倒的な力で残る魔物達を消し去った結果だ。


 人類史上初の太陽系外への超長距離遠征戦は、望外の結果を得ることに成功したわけだが、ソルグランドの喪失は戦力だけを見ればヒノカミヒメで補って余りあるが、精神面で考えれば大きすぎる喪失だった。

 掃討戦の終結後、ザンエイに帰艦した魔法少女達にとって最大の話題は、当然ながらソルグランドの安否であった。


 ヒノカミヒメは夜羽音に導かれる形でザンエイと帰投し、ソルグランド──真上大我を失った悲しみに打ちひしがれながら、人類と妖精達への状況の場に立っていた。

 最新の女神の情緒の幼さを知る夜羽音としては、自分からの説明だけで済ませたかったのが本音だが、それだけでネイバーを除く人々が納得するわけもない。

 悲しみの大きさで精神の一部が麻痺している今の方が、まだヒノカミヒメもまともに言葉を話せるだろうと判断し、夜羽音は彼自身もまた悲しみに暮れているのに、責任を果たそうと努めた。


 調査と整備の為、戦闘宙域に留まるザンエイの中で、ソルブレイズやザンアキュート、アワバリィプールを含む一部の魔法少女と魔物少女達がヒノカミヒメからの報告を受けていた。

 ブリッジを離れられないマルザーダやガルダマンは通信画面越しに参加し、カジンのうすぼんやりとした姿もある中、階段状のブリーフィングルームの中心にヒノカミヒメと夜羽音が立つ。


 痛々しいほどの空気が室内に満ちていたが、その発生源は表情をピクリとも動かさないザンアキュートだった。

 ソルブレイズもアワバリィプールもソルグランドが居なくなったと知った時には、そのまま気を失いそうな衝撃を受けたが、ザンアキュートが二人に増して悲壮であったから、かろうじて正気を維持できた。


 ザンアキュートのソルグランドに対する信仰の篤さを目の当たりにしてきた二人からすれば、あの場で魔法少女の肉体を破壊して、その後、本来の肉体でも死を選んでおかしくない危うさがある。

 そんなザンアキュートが相手だから、自分達が悲しみに打ちひしがれるのは後だと、そういう危機感が働いたのだ。


 今後の対魔物との戦略に関わる話題だけに、誰もが固唾を飲んでヒノカミヒメの言葉を待つ中、ヒノカミヒメの左肩に留まる夜羽音が、大気に目に見えない鉛でも含んでいるような重たい雰囲気の中、嘴を開く。

 ヤオヨロズという全貌の知れない組織から、ソルグランドと共に人類に接触してきた烏の妖精ほど、ソルグランドに精通している者は居ない。コクウと名を偽る八咫烏の一柱は沈痛な声音で語り始める。


「まず皆様が真っ先にお聞きになりたいソルグランドの安否についてですが、残念ながらソルグランドは魔物少女ボイドリアとの戦闘において、肉体と精神の繋がりを断たれ退去しました」


 ざわっと本当に音を立てたように、夜羽音の言葉は大きな衝撃をもたらす。やはりソルグランドは戦死したのだと、誰もが否定したかった事実を突きつけられたのだ。


「魔物側の勢力、エゼキド監査軍なる者達は、撃破時に仮初の肉体から意識を本来の肉体へ戻す魔法少女の安全措置を妨害する技術の開発に成功し、これを対ソルグランドに特化させて使用したのです」


「そしてソルグランド様が退去された後、私がこうして表に出ることとなったのです。ボイドリアは撃破こそしましたが、破壊できたのは肉体のみ。意識データは創造主アンテンラなる者の下へと戻っております。時を置けば復活して、私の前に立ちはだかりましょう」


 ソルグランドと同じ顔、同じ瞳、同じ声なのに、ヒノカミヒメの纏う雰囲気は神聖にして荘厳なるもの。人としてのぬくもりや親しみのあったソルグランドの声音とは明確に違う。

 目にするだけでも、あるいは声を耳にするだけでも、自分が穢してしまっているのではないか? あるいは途方もない罪を働いているのではないかと、そう自問してしまうほどに清らかすぎた。人間が直接、相対するべき存在ではないのだ。


「あなたは、どういう方なのですか? ソルグランド様とはどのようなご関係なのでしょう」


 訥々と棒読みのような言葉を口にしたのは、ここに至ってもまるで心の動いている様子の無いザンアキュートだ。

 ヒノカミヒメがソルグランドの仇というわけではない。ソルグランドの喪失に、ヒノカミヒメになにかの責任があるわけでないのも分かっている。

 だが崇拝する魔法少女と同じ姿をしているだけに、なぜそこに居るのがソルグランド様ではないのか、と思わずにはいられない。

 そしてそれはヒノカミヒメにしても同じなのだと、ザンアキュートに分かるわけもない。


「改めてお伝えしましょう。私はヒノカミヒメ。ヤオヨロズが本来、想定していたこの肉体の持ち主であり、ソルグランド様に教え導いていただいていた者です。

 コクウ様がおっしゃったように、私の完成を待ってからソルグランド様と円満に交代するはずでした。それが……」


 ぎりと歯を噛み締めて、ヒノカミヒメが一瞬、鬼女もかくやの表情を浮かべるのを、コクウの言葉が押し留める。これから共に戦う者達の前で、怒りに歪む女神の顔を見せても良いことはない。


「ボイドリアとの戦いにおいて、ソルグランドさんの意識に重大な傷を与えられてしまいました。その為、強制的にヒノカミヒメの意識が浮上し、現在の状況に至っているのです。そしてソルグランドさんの復活は不可能と思っていただいて構いません。いえ、期待なさらないでください」


 ソルブレイズ達の抱く淡い期待を砕く、夜羽音の厳しい言葉にソルブレイズの目から新たな涙が流れて、人工重力に捕らえられてブリーフィングルームの床に落ちて弾けた。

 夜羽音の言葉に彼に肩を貸しているヒノカミヒメもずうんと重たい空気を背負い、秘かに心を傷つけたが、夜羽音はそれを無視した。この場は人間と妖精達に対する説明の場であるからだ。


「私としてもこのようなことを申し上げるのは、はなはだ不本意ではありますが、ソルグランドさんの復活の目はありません。これからはヒノカミヒメがソルグランドさんの代わりを務めます」


 ヒノカミヒメがソルグランドの代わりを務める、この言葉はザンアキュートの逆鱗に触れるどころか、乱暴に引き剥がして踏み砕くようなものだったが、ザンアキュートが鯉口を切る指を止めたのは、ヒノカミヒメ自身が夜羽音の言葉を否定したからだった。


「コクウ様、畏れながら私ではソルグランド様の代わりを務めることは出来ません。精神的支柱という意味合いにおいて、あの方の代わりを務められる魔法少女など地球のどこにもおりません。私にできるのはソルグランド様に恥ずかしくないように戦力としてだけでも、代わりを務めることです」


「……そうですね。ソルグランドさんはそれだけ多くの活躍をしてきましたし、心を砕いて多くの方々の為に戦ってきましたから、代わりを務めるとは口にするのは簡単でも実行するのは至難の業。あなたが代わりを務められるとしたら、戦力としてですね」


「ヒノカミヒメさんのお力はあのボイドリアとの戦いで、ある程度は察しがついておりますが、それほどにお強いのですか? ソルグランド様は事実上、世界最強の魔法少女でした同じ肉体であるというのなら、それほど大きな力の差が出るとは考えにくいものです。

 ボイドリアのソルグランド様対策が無効と化し、また半身が焼け焦げていたことを考えれば、失礼ながら完全に実力で勝ったとは言い難い面もあったかと」


 ヒノカミヒメを相手に遠慮もなにもないザンアキュートの発言だったが、ソルグランドが居なくなったと繰り返し告げられて、自暴自棄になっているのと、ヒノカミヒメの戦闘能力は今すぐに把握していないとならない重要事項なのだ。


「ザンアキュートさんの懸念は分かります。ボイドリアはソルグランドが相討ちを狙って、使用した切り札を受けて半ば死に体になっていましたからね。万全ならもう少しヒノカミヒメを手こずらせたでしょう。ですがそれでも勝つのはヒノカミヒメです」


 夜羽音は少し間を置いてから、言葉を続けた。ソルグランドが居なくなったばかりだというのに、もう代わりについて話をしている現状に、まだ心の整理が追い付いていない部分があるのだろう。例え真性の神であろうと、友の喪失は辛く悲しいものであるから。


「ザンアキュートさんの言われる通りソルグランドさんもこの子も肉体は同じです。しかし、ソルグランドさんはヒノカミヒメの肉体が持つ本来の力を半分も引き出せてはいませんでした。

 これはあの方に責任があるわけではありません。当初、ヒノカミヒメ自身も自分の肉体を完全に操作できなかったのです。その為にお手本となる存在として、ソルグランドさんが誕生する運びとなりました」


 ソルグランドがヤオヨロズにとってすなわち日本神話群にとって、どのような存在であったかを語る夜羽音に、誰もが一語一句聞き逃すまいと神経を集中する。


「ソルグランドさんをお招きするにあたり、ヒノカミヒメの肉体が強すぎる力に振り回されて、自ら壊れてしまうことにならないよう予め出力には制限を設けておりました。

 制限下でソルグランドさんは魔物との戦いの中、創意工夫を凝らして様々な技を編み出し、また制限ギリギリ近くまで肉体の性能を引き出す成果を上げられたのです。まさに我々の想定を超える御仁でした」


 当初は無人都市の神社で廃墟を漁りながら、人目を避けて暮らしていたソルグランドが今や地球とフェアリヘイムで知らぬ者の居ない英雄となったのだ。一年に満たない付き合いながら、濃い時間を共に過ごした夜羽音にとっては感慨深いものがある。


「叶うならばヒノカミヒメに肉体の主導権を渡した後、新たな肉体にて共に戦ってほしいと心から望むほど、あの方は素晴らしい成果を上げてくださった。

 いや、話がそれてしまいましたね。ヒノカミヒメはこれまでのソルグランドさんの戦い方を学習しているばかりでなく、肉体の持つ性能を完全に引き出して戦う事が出来る子です。単純な戦闘能力で言えばソルグランドさんの倍以上はあると保証いたします」


 ソルグランドの戦闘能力は絶大だ。

 最低でもワールドランカー三人分以上と人類側では推測されており、戦う度に戦闘能力の評価が上方修正されるほどの成長性を見せる彼女の倍以上という夜羽音の評価は、一時、ソルグランドの喪失感を忘れさせるインパクトがあった。

 夜羽音に言葉による援護射撃をしたのは、意外にもフォビドゥンとディザスターであった。普段、こういう場で魔物少女達が発言することは滅多にないが、彼女達ほどヒノカミヒメの実力を知る者もいない。


「ヒノカミヒメの戦闘能力は我々が保証しよう。ナザンで敗北した後、囚われた我々はソルグランドの精神世界に潜む彼女に躾と称して、戦いを強制された。数えきれないほど叩きのめされたが、それだけに強さを理解している」


「ふん、こいつのホームグランドで私達にとっては不利な場所だったが、私達四人掛かりでもろくに傷すらつけられなかった。ソルグランドが相手でも、傷ぐらいは与えられるのにな。

 こいつの戦い方はソルグランドと比べて直情的で、正面から叩き潰してくる戦い方だが、出力がソルグランドとは比較にならない。例えボイドリアをこいつ用に調整するとしても、相当な時間がかかるはずだ。あの時の戦闘でも全力を出し切れていなかったし」


「一応聞くが、あの世界と同じ程度には力を振るえるのか? そうでなければこれからの戦いは厳しくなるぞ。ソルグランドと比べてお前は器用じゃない。圧倒的な力と豊富な手数による正面制圧がお前の得手だぞ」


「見くびられては困ります。予定外の交代ではありましたが、ソルグランド様のお陰で私が戦闘の矢面に立っても問題がない状態にまで、仕上がっています。こちら側でもあちらと同じようにあなた達を叩きのめすことはできますよ?」


 数秒の間、フォビドゥンはヒノカミヒメの黒い瞳をまっすぐに見つめ、渦巻く悲しみの奥底に猛々しい怒りと戦意が煮えたぎっているのを認めた。


「それだけ闘志が燃えているのなら、くだらない嘘は言うまい。ソルグランドとは戦い方は随分と違うが強さは間違いないぞ、人間達」


「けっ、ソルグランドにリベンジする機会は無くなり、ボイドリアを叩き潰して私達の価値を再認識させる機会も奪われた。今度こそ私達の性能を証明しなけりゃいけないのに……」


 ぶつくさと文句を垂れるディザスターだが、口にしている言葉ほど心中で割り切れているわけではない。フォビドゥンやスタッバー、夜羽音だけでなくヒノカミヒメもそれは分かっていた。

 フォビドゥンがソルグランドの喪失を惜しむように、ディザスターもまだ自分でも理解しきれない感情があり、表に出る態度と心中がちぐはぐなのだ。

 ワールドランカーでも単独では勝つのが難しいとされる魔物少女達の証言に、この場に居た人々はヒノカミヒメの実力が確かなものだと、納得し始めた。

 しかし、それも続くヒノカミヒメからの報告によって容易く上書きされることとなる。


「これからは精一杯ソルグランド様の代わりとして、私が戦いの最前線に赴きましょう。人類と妖精に勝利をもたらして魔物との戦いを終わらせる。その為にこの私、ヒノカミヒメは開発されたのですから。その為にもアンテンラ率いるエゼキド監査軍の本拠地を完膚なきまでにこの世から消滅させることを、私は提案いたします」


 ようやく敵勢力の名前と首魁の存在が明らかになって一日と経たないうちに、敵の本拠地を叩くと言い出したのだ、このヒノカミヒメは。そのインパクトたるやどれほど大きなものであることか。


「ボイドリアの肉体を破壊した際に残っていた記録の全てを吸い出しました。またアレの意識が飛んだ先についても、追跡を完了しています。かの地へはザンエイを使っても通常の方法で航行するのは世代交代を必要となります。故に空間跳躍による完全な奇襲をもって、エゼキドの息の根を止めるのです」


 そう断言するヒノカミヒメは自分の存在意義を果たす為ならば、自分がどうなろうと構わないという危うさを滲ませていた。ソルグランドが相討ちを覚悟でボイドリアに苦殺那祇剣を放ったように。

 ヒノカミヒメは必要ならば、自身の犠牲を厭わずにエゼキド監査軍とアンテンラを抹殺するだろう。彼女の心を生存に結び付ける為の大きな要が、ソルグランドが失われた以上、それも仕方のないことだったかもしれない。

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