カップに潜める恋心
少しずつ長くなってきた陽の中、まだ雪の残る帰り道。いつもの場所に寄り道する。
そこは喫茶スペースを備えた図書館。今風に言えばブックカフェだ。個人経営で規模が小さいが、静かで人は少ない。隠れ家のようで気に入っている。放課後はここで読書するのが日課だ。
「あ……。い、いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは、ここでバイトしているクラスメイト。人と話すのは苦手だが、好きな本に囲まれていれば勇気が出るからと、ここを選んだという。
「あの、今日サービスデー……なので。こちら、どうぞ……」
「ありがとう」
カウンター席に着くやいなや、彼女がカップを置く。顔が真っ赤だった。相変わらずだ。彼女は、そのまま厨房の奥へ身を隠した。
この図書館は利用料がかかる。金欠の学生に、飲み物一杯が無料のサービスデーは助かる。いつも利用していたら、彼女の方も覚えてくれた。
温かいカップからは甘い香りが漂う。テーブルにディスプレイされているポストカードによると、今月はココアかミルクティーが無料らしい。
持ってきた本を開き、真っ白なカップを口に運んだ。
「ん……?」
とろりとした焦げ茶色からココアかと思っていたが、少し違う。舌触りはなめらかで、深い甘さを感じる。
店で出されるものはやはり違うのだろうか。いや、質の良さがわかるような繊細な舌はしていない。
もしやと思い、今日の日付を確認してみた。スマホのカレンダーが示すのは二月の十四日。
「もしかして、チョコレート……?」
二月に入ると、世間は一気にバレンタイン一色に染まる。それに、自分には縁遠いイベントだと思っていた。
おかげで、今日が当日だということに気付かなかったようだ。なるほど、今朝の教室がいつもよりはしゃいだ雰囲気だった訳だ。
頬に熱が集まっていくのがわかる。こんな状態では、顔を上げられそうにない。
本を開いていても文は頭に入らず、次のページをめくる手もすっかり止まってしまったのだった。