どうも、いきなり転移させられて聖女とかほざかれて財政構造改革案を押し付けられ、挙句の果てに魔王の生贄にされた結果、溺愛されたjkです。
私、ミユキは日本という国に住む、勉強好きなjkだった。――だった。
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あれは確か、模試を受けに家を出た瞬間の出来事だったはずだ。玄関から一歩足を踏み出した途端、取り替えた直後の蛍光灯ばりに眩しい光が全身を包み込み、気が付けばベ〇ばらの背景に描かれているような空間にへたり込んでいた。
私の周りは夜会服に身を包んだ大勢の貴族たちが――なんてことはなく、軽装を身に纏った四人の人間が取り囲んでいるだけだった。
私が彼らを認識しようとした瞬間、彼らそれぞれの腐った――喜びの叫び声が部屋中にこだました。
「おお、成功したぞ!」
「すごい、あの条件にピッタリな人が召喚されるなんて!」
「やってみるものだなあ」
「これでわたしたちの仕事量も減るだろうよ」
…なんだこいつら。
ここはどこなんだとか、この人たちは誰だとかそういった疑問よりも、そんな感情が先に来た。
しかし、どう見ても日本じゃないし、何なら地球でもないんじゃないかという空間のくせをして、何故か彼らの言葉がわかる。
混乱の極みとも言うべき状況なのだが、頭は不思議と冴えていくのがわかる。
これは、どのような難題や、意味不明な問題が出ても平常心を保てという受験勉強における基本能力を習得したおかげだろうか。
悶々と思考を巡らしていたのだが、それは四人の中の一人による言動によってぶっ飛ぶこととなる。
「早速だけど、この書類を今日中に終わらせてね?」
そう言った男は、金髪碧眼のいかにも王子様然とした風体の、美少年と言って差し支えない顔面偏差値の持ち主だった。
彼はピンでまとめられた数枚の書類を手に持っており、それを私に向かって差し出してくる。
条件反射で受け取ってみれば、そこには明らかに日本語ではない文字(でも何故か読める)で、はっきりとこう書かれていた。
【財政構造改革案】
一瞬、ビリビリに引き裂いてやろうかという衝動にかられたが、受験勉強で鍛え上げられた忍耐力によって何とかそれを抑え込んだ私は、努めて穏やかに言葉を紡ぐ。
「…これは、どういうことなのでしょう?」
すると、美しい刺繡の入ったローブを羽織った男が、ニヤニヤしながら告げた。
「どうしたも何も、アンタは俺たちに召喚されたんだよ、聖女サマ。というわけで、アンタは聖女としての任務を遂行する義務がある」
「は?私がもともと暮らしていた世界からいきなり転移させられた挙句に、この世界で任務を遂行する義務があると?私からの合意もなしに?非常識にも程があると思うのですけれど」
間髪入れずに反論したが、騎士服と思しき衣装を着込んだ長身の女性に、それはいとも簡単に論破された。
「貴女の世界での常識ではそうかもしれないな。だが残念なことに、この世界ではそのような常識は通用しないのだよ。この世界では、聖女として召喚されるのは名誉なことであって、召喚されたからにはこの国のために尽力するという義務がある。今までの生活を捨てて働くことに感謝こそすれど、嘆くなど有り得ないというのが、我らの常識だ。逆らえば当然死刑だ。よって、帰還の方法も存在しない」
どこか見下したように口端を歪めて告げられたそれらの言葉に。
私は反論する気力もなく、ただ下を向いて唇を噛む。
じわり、と。生暖かい液体が、鉄の匂いと共に、一滴滲んだ。
「ワタシたちの国へようこそ、聖女さま。貴女のお名前は?」
にっこりと、嫌みなくらい可愛らしく笑ったのは、純白のロングスカートに、乙女チックな杖を握ったやけにボインの少女。
「…ミユキ」
呆然と、自身のファーストネームだけを口にする。
帰る術はなく、逆らえば死が待っているというどん底のような状況下で、私は涙を流すこともなく、手渡された資料に目を落とした。
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「や、ヤバすぎる…この生活、死にかねない…」
異世界転移してから、早一週間。
現在私は、寝る間も惜しんで目の前に積み上げられた書類の山と格闘中である。
それなのに、この山は減るどころか、窒息死を心配するレベルで増えていく一方。
それが私のせいではないことはとっくの昔に気づいている。
本来やるべきことを、誰もが私に押し付けているからだ。
財政構造改革案を押し付けた時点で変だとは思っていた。だが、あの時はいきなり異世界転移させられた挙句に逆らえば死刑だとか脅されたせいで、ロクな判断ができなかったのだ。
あれは一生の不覚だが、今はそのことを思い出して怒りに震えている場合ではない。
聖女という名の通り、私はこの世界に来てから魔法が使えるようになっていた。
治癒魔法と、浄化魔法と、結界を張る魔法の三種類だけだが。
しかしそのせいで、書類仕事だけでなく、汚れた土地の浄化に、国を覆う結界の維持及び国民の治癒といった仕事まで毎日やる羽目となったのだ。
いや、聖女というとその仕事が大半なように思えるが、実際はそうでもないらしい。
睡眠時間を削って聖女に関する文献を片っ端から読み漁ったところ、この世界での聖女の立ち位置はある程度把握することができた。
まず、治癒魔法を保有する人というのは割といるので、普通の治癒や治療はその魔法を活かした仕事に就いた者――ヒーラーが行うこととなっている。
聖女が直々に治療しなければならない場合というのは、命にかかわる大怪我や大病を患ったときのみという。
この時点でおかしい。
私は毎日治療に駆り出され、かすり傷や軽いカゼのような症状まで診ているのだが。
次に、結界や土地の浄化についてだが、結界を張る魔法や浄化魔法を持つ者というのも結構いる。
それらの魔法を持つ、土地の浄化や結界を張ることを重要な仕事の一つとしている者たち――魔導士が、通常はその仕事を行い、どうにもならない場合のみ、聖女が出動するという。
戦でも起きればまた別なのだろうが、今のような平和ボケした世界での聖女の仕事というのは、せいぜい神に祈りをささげるか、国の結界や土地の状態、負傷者の数などが明記された資料に目を通すだけだという。
そして、平均労働時間は約5時間。私は20時間なので、四倍も働かされていることになる。
しかも私がさばいている書類の大半は、本来ならば王太子や王太子妃、その他王族がさばく筈の、政務に関するものだったりする。
何故こんなことになっているか。
それは単純に、あの四人がサボっているからだ。
しかもあの四人、どうやら彼らの役職の中でも若手のまとめ役といった立ち位置にいるようで。
彼らが仕事をほっぽりだせば、当然ながら部下も仕事を放棄する。
そして、そのしわ寄せがすべて私に来ている――と。
沸々と怒りを感じながらも、私はこれらの情報をまとめて、国王陛下に提出する気でいた。
これらの情報を基に戦おうと。そう、思っていたのだ。――そう、思っていた。
あの日は、私が集めた証拠をもとに、国王陛下に直談判しようとした日だった。
書類をまとめて、気合を入れて部屋を出ようと、扉を開ければ。
私の私室の前には、驚くほど大勢の騎士たちがいた。そして、連日の睡眠不足も相まって、少しも抵抗することもできずに私は捕らえられた――
――――――――――――
そして、私は二人の屈強な騎士に見張られ、罪人の着るボロ服を着せられた上に両手を後ろ手に拘束された状態で、大勢の貴族たちの集まる場所で無理矢理膝をつかされている。
またしても何が何だかわからないという状況の中、金髪碧眼の男――王太子は、冷ややかな目をして私へと語り掛ける。
「俺たちはお前に聖女という名誉を与えた。だが、お前はそれを全うすることはなかったな」
違う、と。叫びたいのに、声が出ない。
「残念よ。ワタシたち、貴女に期待していたのに」
そんな、ボインの美少女――ヒーラーの言葉。
仕事を押し付けられる期待か!?そこまで万能な人間いるわけないだろ!?とのツッコミは、口から出ることはない。
さらに、ローブを羽織った男――魔導士は、整った顔に不機嫌という文字を貼り付けて言葉を紡ぐ。
「義務を遂行することのない聖女など、もはや不必要だ」
――だから、貴方たちの言う義務なんてものはないと。そう言いたいのに、そうだそうだ、なんて野次が飛ぶものだから。喉元まで出かけた言葉は、儚く消えてしまう。
追い打ちをかけるように、騎士服姿の女性――女騎士は、眉を吊り上げて呟いた。
「こんな役立たず、いてもいなくても変わらないと思うのだが」
――いてもいなくても、変わらない?
噓だ。
この地獄の一週間は、何だったのだというのだ。
家族や友人。夢を捨てさせられて、死に物狂いで努力したのは、何だったのだというのだ。
噓だ、噓だ、嘘噓噓噓噓―――――――――――――
壊れかけた私を無表情で見下ろす国王は、私に向けて言葉を発した。
「よって、任務を遂行しなかった罰として、死刑に処するところだが――」
温情なんていらない。
いっそのこと早く、死んでしまいたいのに。
「停戦中であった魔国より使いが来てな。友好のため、我が国の高位貴族の中から妻を娶りたいということだ。“元”聖女ならば丁度よかろう。特別にその任をやる」
ボロボロだった私の心は、その一言で完全に壊れた。
――――――――――――
ボロ服を着せられたまま、私は国境だという森の中へと連行された。
そして、馬車――というか護送車――が止まったかと思えばドンっと突き飛ばされた。
寝不足でフラフラな身体は、成す術もなくドサリと倒れた。
そのまま護送車はもうもうと土煙を立てながら逃げるように森から去っていった。
一方の私はというと、もう起き上がる気力もなく、倒れたままの姿勢で目を閉じた。
今まで蓄積され続けた疲労がどっと押し寄せ、知らず知らずのうちに眠りについた――
気が付くと、朝だった。
書類を放棄してうたた寝してしまったかと思って慌てて飛び起きれば、そこは昨日の森の中――なんてことはなく、全体的に豪奢だが、下品に見えない洗練された雰囲気の部屋だった。
自分が寝ていたベッドに至っては、ふかふかで寝心地が良かったことに加え、天蓋付きである。
こんなの、漫画や小説の中でしかお目にかかったことはない。
ついこの前まで寝ていたのは質素という言葉を具現化したような殺風景かつ石のように固いベッドだったので、感動もひとしおである。
さらには、昨日地べたで寝落ちしてしまったために薄汚れている筈の身体は汚れ一つ見つからず、ついでとばかりにボロ服ではなく純白のネグリジェに着替えさせられている。
しかしながら、何が何だかよくわからない状況というものに慣れてしまった私は、部屋中をキョロキョロ眺めることができる程度には余裕があった。
しかし、コンコンッというノック音が聞こえたことによって、そんなものは吹き飛んだ。
「入るぞ」
そんな言葉とともに入室してきた男は――絶世の美男子だった。
後ろで一つに結わえた真紅の長髪と、少し吊り上がった金色に輝く瞳を持つその男は、漆黒のマントを靡かせて私へと近づき――なんと、ベッドの横で膝をつき、私の手を取って――軽ーく口づけた。
「魔国へようこそ、聖女ミユキ殿。俺はルメン。この国の王――魔王だ」
いきなり登場した魔王だが、そこまで驚くことはなかった。きっと、驚くほどの気力もなかったのだろう。
それよりも。
――聖女。そう呼ばれるだけで、鼻の奥がツンとしてしまいそうになる。
それに耐えるべく、無言で頷いた私に、彼はなおも続ける。
「貴女の置かれていた状況は把握している。――よく、頑張ったな」
頑張った。
そう、言ってもらえただけで。
この地獄の一週間が、報われた気がして。
気が付けば、涙が、一滴、零、れて。
どんどんどんどん、流、れてしまって。
「う、うわあぁぁぁぁぁっっ………」
私はいつの間にか、顔を両手で覆って慟哭していた。
ルメンは、そんな私を哀れに思ってか、割れ物を触るようにそっと私の背中を撫でる。
その手つきがあまりに優しくて。
初対面の人にも関わらず、私はしばらくの間、泣き続けた。
「す、すみませんでした…」
あれからしばらく経って我に返った私は、土下座する勢いで彼に謝罪している。
「気にするな」
その一言で私の謝罪を一蹴した彼は、それよりも、と話を切り出す。
「残念なことに、聖女召喚というのは一方通行であり、貴女をもといた世界に帰すことはできない」
「…そう、ですか」
胸がギュッと締まるよな感覚に襲われる。
そんな中、彼はだが、と次の言葉を紡いだ。
「色々と調べた結果、魔国の魔石をそちらの世界のインターネットとやらに接続することには成功した」
「はい!?」
にわかには信じがたい話だが、彼の目は真剣そのものだった。
「これを見てくれ」
その言葉と共に差し出されたのは、どう見てもただの石ころ――にYah〇o!の検索画面が表示されたものだった。
恐る恐るタップすると、ちゃんとキーボードが出てきた。
適当な単語を入力して検索をかければ、検索結果がいたって普通に表示された。
「…凄い」
驚いたどころの話ではない。
少し前まで何もかもあきらめていた、のに。
目を丸くして眺めていると、ルメンはいたずらっ子のように笑い、私の耳元に手を当てて囁いた。
「可愛い妻のためだ。なんだってするさ」
は、今なんとおっしゃいました?
えーと、私たちは初対面――貴方は昨日見たかもしれませんが、昨日が初対面ですよね?それで可愛い妻?可愛い妻?いえ、確かに妻として送り込まれましたが――?
そんな考えがグルグルと頭を巡る。
そんな私を見てクスッと笑った彼のお方は、流れるような動作で額にキスを落として部屋を出て行った。
そして、どうすればいいのか本気で分からなくなった私は――二度寝した。
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二度寝した後、何人かのメイドさんによって着せ替えられた私は、何故かルメンと一緒に昼食を取っている。
どう会話すればいいのかサッパリ分からなかったのだが、何故か向こうからニコニコしながら話題を振ってきてくれる。
ついでに、細すぎるからもっと食べろとか言われる。しかも、後ろに控えてるメイドさんが首がちぎれるかと思うくらい大きく頷いてる。というか首、本当にちぎれてるのですが――と思えば、平然とくっつけましたよ。流石魔族。
しかし、向こうから話しかけてくれるのはありがたいのだが、どうしてここまで待遇が良いのかが全く分からない。
てか、ここまで良いと裏がありそうで怖い。
そんなことを考えてくる私に、ルメンが声をかけてきた。
「ミユキ殿、いきなり転移させられた挙句、過剰労働を強いられた貴女にこんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが…好きに暮らしてもらって構わないし、自由は保障する。だから…俺とけっこ」
「結婚することによって貴方にメリットはあるのですか?」
不敬だとわかってはいるが、ルメンの話を遮り、問う。
この一週間で疑心暗鬼になってしまった私としては、ハッキリしたメリットがあった方がやりやすい。
そう思って、口にした言葉だった。その筈、だった。
「俺が貴女に一目惚れしたから――では、理由として不十分だろうか?」
あっさりと。
そんなことを、言われた。
…ちょっと待ってほしい。
私は、いわゆるガリ勉と呼ばれる部類に属していた。
中学生くらいからそんな感じだったので、至って普通に喪女である。
そんな甘い言葉を吐く人、少女漫画か小説の中でしか見たことがない。
というか、現実にいたとしても、まさか自分にそんな台詞放つ者が現れるなんて想像したこともなかった。
気が付けば、頬にじわじわと熱が集まっている。
きっと、私の顔は耳まで真っ赤だ。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
大丈夫じゃないです…
「あそこまでこき使われたんだ。しばらくは休養するといい」
「い、いえ。もう大分回復していますので…」
いえ、めっちゃ寝かせてもらったんである程度は回復しています。
今私が情緒不安定なのは、貴方が近い距離から砂糖を吐くような甘い言葉で攻撃してくるからです。
そんな私の動揺に反比例して、ルメンはどんどん私に近づいてくる。テーブルの向こう側にいた筈なのだが、何故か私の座っている椅子の後ろに立って、私の顔を覗き込んでいるのですが。
「いきなりあんなことをいっても困らせるだけだったな。悪かった」
「い、いえ、あの、その」
いえ、確かに困ってますけど!
そんな寂しそうに笑わないでください…美人にそんなことをされると罪悪感が数割増しに…
という思いが、口から出ることはなかった。
急に体が浮いたかと思えば、逞しい腕に支えられていた――もとい、横抱きにされていた。
言わずもがな、私を軽々と抱えているのは、魔王陛下ことルメンである。
細い体躯のどこにそんな力があるのか、ルメンは私を抱えたまま、私の部屋に向かってスタスタと歩き出した。
「え、あ、あの、魔王陛下?」
「ルメンだ。そう呼べ」
え、いきなり名前呼び?
まあ、命令だからしょうがない。
「る、ルメンさま?横抱きにする必要はあるのでしょう、か…?」
「ある」
即答かーい!?
何の必要性ですか!?
内心ため息をつきながらも、私の口元には何故か、久しぶりに笑みが浮かんだ。
そして、そんな彼女に向けられる魔王陛下の眼差しは、とんでもなく甘かったそう――
―――――――――――――
孤独だった私が、ルメンを愛するようになるのは早かった。
ええ、確かにチョロインですとも。なんとでも言え。
私は今、幸せなのだからそれでいいのだ。
「ミユキ」
私を膝に乗せつつ、蕩けるような声で名前を呼ぶのは、我が夫ルメンただ一人。
そんな彼に、私は返事をする代わりに後ろへ振り向き、唇にキスを落とした――
数百年もの間妃を娶ることのなかった魔王陛下が元聖女の妃を娶り、溺愛したという話は、後世まで伝えられている。
まあ、そんなことがあった後、元聖女がいないと国が回らないことに気づいた四人が魔王城に乗り込んできたり、そんな彼らにルメンが静かにブチギレたり国を占領したりしたのだが――それはまた、別のお話。
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