シュトレンが飲み込めない
窓に張り付いた真冬を、手で拭う。拭われた部分から景色を覗く。つまらない。変わり映えのない。真っ白な景色だ。空も、道も、何もかもが、気の抜けた白色に染まっている。いつもより混んだ夕方のバスの、その中だけは、白くはない。白いものがあるとすれば、それは。
『新型コロナウイルス感染防止のため、バス車内での飲食、大声での会話等は、お控え頂きますようお願い申し上げます。』
十二月二十四日。何の前日だったかは、忘れた。少なくとも、心が浮ついて、きらきらするような日ではないだろう。ただ冷気にやられて、雪が積もって、所々凍って、真っ白になる。そんな真冬の、一日に過ぎない。そんな二十四日は、このバスの中にも溢れている。憂鬱、とはまた違う。もう少し、味の薄い何かだ。
『バスが完全に停止するまで、席を立たないで下さい。』
窓ガラスはまた曇ってしまって、この向こうは見えないけれど。あの子の乗る、バス停だ。胸の中の、真っ白な世界に、場違いな桜が咲く。散る。バスのドアが開く。ぞろぞろと、いつもより大勢並んで、車内に入って来る。後ろの方から続々と、座席が埋まっていき。
「お隣……大丈夫ですか……?」
初めて聞いた想い人の声が、鼓膜を飛び跳ねる。飛び跳ねて、耳の外へ出てしまって、また戻って来る。戻って来たそれは、熱を帯びていた。さっきよりも、強い熱を。
「あっ、はい、どうぞ……。」
私の言葉に、安堵の表情を浮かべて。私の隣に、あの子が座った。
『出発します。』
肩がぶつかる。髪が触れ合う。体温を、感じる。甘い夢も、乾いたうつつも、この空間には似合わない。貴女に近付けなかった四週間に、熱の果実が侵食していくのを、ただ感じることしか出来ない。
『安全のため、シートベルトの着用をお願い致します。』
十二月二十四日。何の前日だったかは、忘れたけれど。貴女に恋して、四週間。ドライフルーツの酸味が強過ぎて、ナッツの味もわからず、噛み切れず、飲み込めもしない、シュトレンみたいな四週間。その日々は、雪に埋もれることもなく、やっぱり熱を帯びていて。でもでも、やっぱり。隣に座る、貴女の瞳を眺めることすら、一瞬で精一杯で。話しかけるなんて、できやしない。