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声に出せたらミルフィーユ

 コンクリートが車輪を弾く。弾かれた車輪は、バスを揺らす。揺れたバスは、十二月の冷気に触れて、窓を曇らす。曇った窓を覆うカーテンの、隙間から漏れ出た西日が、眼球を叩く。何度も、叩く。とん、とん、とん、と。ドアをノックするみたいに、もしくは、卵を割るみたいに、単調に、何度も叩く。叩かれて、割れそうになっているのは、眼球でも、卵でもなく。

「……。」

 通路を挟んで斜向かいの座席。そこに腰掛け、静かに文庫本を捲る、長い黒髪が綺麗なあの子を、そっと、そっと見る。冬には場違いな温もりが、虹彩を染める。心臓が、割れそうになる。私は、あの子のことを何も知らない。名前も知らないし、声も聞いたことがない。私は他校に友達が居ないから、あの制服がどこの学校のものなのかもわからない。ただ、同じ時間に、同じバス停で降りること。難しそうな文庫本を、いつも読んでいること。少し猫背なこと。髪が、綺麗なこと。それだけが、私の知る彼女の全てだ。なのに、どうしてか、私は。あの子と同じ空間に居るだけで、心臓が、割れそうなくらい痛くなる。

『次は東橋、東橋でございます。お降りの方はお知らせ願います。』

 スカートの裾を握り締める手に、汗が滲む。話しかけたい。今日こそ、声を掛けたい。でも、どうやって?何と話せばいい?わからない。恋の熱にやられた頭では、どうにもなにも思いつきやしない。それに、同世代の同性からとは言え、知らない人に突然話しかけられたら、変な風に思わないだろうか。もし変な風に思われたら、私はこの時間のバスには、気まずくて乗れなくなるだろう。そうなったら、私はもう、あの子に会えない。でも、でも、このままずっと話しかけなければ、二度と会えないのと変わらない。変わらないけれど、でも。でも。でも、なんなのかな。思考がぐるぐると絡まっていく、その間に。時間は進み、車輪は回り。ついに。ついに、バス停が見えた。電灯の隣に、目立たず佇むバス停。私と、あの子が降りる場所。その目前で、バスが減速する。あの子が、読んでいた本に栞を挟む。私は。私は……。

『東橋です。お忘れ物にご注意ください。』

 カバンを抱え、座席を立ち、あの子の方へ、手を伸ばし。声を。声を。声を。

「あ……。」

 声帯を絞っても、出てきたのは、掠れた小さな吃りだけだった。あの子は、もう居ない。

「ありがとう、ございました……。」

「はい、ありがとうございます。」

 運転手に定期券を見せ、礼を言い、バスから降りて、とぼとぼと歩く。あの子とは、逆の方向へ。西日の冷めない方向へ。酷く季節外れな熱を抱えて、歩く。この熱で、お菓子が焼けたよ。甘ったるい理想を、乾ききった現実で挟んだ、駄作のミルフィーユ。声に出せたら、いいのにな。

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