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Griffe et Aile ~死神の爪と恩寵の翼~  作者: 淡路帆希
幸福な過去
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第八話

 子供たちは何をするにも常に一緒だった。

 たとえばその日のように、皆で山菜採りに出掛けた時もだ。

 レンは両手に持った木べらで、木の根に生えた襞状の茸をこそげ落とすように採っていた。少し離れた場所ではカーラとハンナがエリーとマリーに山菜の見分け方を教えている。

 食べられる草。食べられない草。食べられるけど美味しくない草。薬になる草。必要な知識は主にこの四つ。

 採ったものは自分たちで食べるし、たくさん採れた時は町まで売りにいくこともあった。香りが良くなかなか手に入らない茸が採れた時なんかもそうだ。

 採ったものを籠の中に入れて、そういえばファルコはどこだと振り返ってみると、彼は長い杖で木の枝を叩いていた。高いところに成っている木の実を落とそうとしているようだ。

 その背中はとても無防備に見えた。

 二本の木べらを懐に仕舞い、手近に落ちていた木の枝を拾う。自分の腕と同程度の長さ。丁度良い。

 こいつで、あの背中をちょいと小突く。ただそれだけ。

 実を言うとファルコとは最初から仲が良かったわけではない。

 新しく家族に加わった、ひとつ年下の少年。だがしかし彼はわずかにレンより背が高かった。たったそれだけのことで矜恃を傷つけられた気になったレンは兄として偉ぶりたい一心で、導士の目を盗んでファルコにちょっかいを出した。ちょうど今やろうとしているように、後ろから小突いてやろうと思った。

 けれど彼の背に手が触れる寸前、床に転がったのはレンだった。投げ飛ばされたのだと気づくのが遅れたのは、あまりに綺麗にひっくり返されたために、痛みもほとんどなかったから。

 床に転がるレンを見下ろしてにっこり笑うファルコに、つられてレンも笑ってしまった。悔しいよりも、こいつはすごい奴だという面白さのほうが勝っていた。

 それ以来、こうして何度も挑んでいる。背後から忍び寄るのは、それが合図みたいなものだからだ。どんなに息を殺していたって、必ずファルコは――

「……甘いっ!」

 枝の先が触れる直前、ファルコは振り向きざまに杖でそれを打ち払った。

「やっぱだめかぁ!」

 そう言って笑いつつもレンはそのまま打ち込み続ける。ファルコはそれを捌き、あるいは受け止める。こうしていつもの剣術ごっこが始まった。

 真正面からの突き。これも打ち払われる。脇腹への一撃はひらりと躱された。その所作のひとつひとつがまるで踊っているように優雅で、さらに構える手は片手。いかにも余裕ありといったところだ。

「せめて両手使ってくれよなっ!」

「力を無駄にこめると早く疲れちゃうからね。戦略だよ」

 涼しい顔で言ってくれる。力量差はあきらかだ。しかもファルコはお行儀の良い剣術だけで終わらない。繰り出した蹴りは狙い違わず、レンが手にした木の枝を遥か後方へ弾き飛ばした。

「もらった!」

 脳天への一撃。当たる前からわかる。本気じゃなくてもそこそこ痛いやつだ。

 レンは咄嗟に懐へ手を入れ、仕舞っていた木べらを取り出した。それをほぼ防衛本能のみで頭上に掲げる。交差させた二本の木べらは、カッと硬い音を立ててファルコの杖を受け止めた。

 予想外だったのか、ファルコは目を丸くする。初めて見せた彼の隙を直感的に悟ったレンはそのまま一気に間合いを詰め――

「こらー!!」

 突然響いた怒声に、二人でびくりと震え上がった。

「また二人で遊んでる! 籠の中見せて! ――あぁ、もう、全然採れてないじゃない!」

 眦をきりきりと吊り上げたカーラが、置きっぱなしにしていた籠を覗き込んで吼えた。

「ごめんごめん」

 あははと笑いながら謝るファルコに、カーラは呆れたような溜め息をつく。

 これもいつものことだった。男二人がふざけて遊び始めると、丁度良い頃合いでカーラが止めに入る。少し離れたところでハンナがエリーとマリーの面倒を見ていて、エリーなんかはこっちを指差して「また怒られるー」と笑う始末だ。

 予定調和のじゃれ合いと仲裁。だけど、その日は少しだけカーラが恨めしかった。あと少しで初めてファルコに勝てたかもしれないのに。

「ほらっ、しっかり働く!」

「へいへい」

「『はい』でしょ!」

 急かされ、唇を尖らせて作業へ戻ろうとしたレンにカーラは更に追い打ちを掛ける。

 口うるさくてちょっと生意気な妹。でもそんなカーラのこともレンは好きだった。もちろんハンナもエリーもマリーも。母代わりの導士も、そしてファルコも。

 ずっとこの森の中でこうして生きていくんだろうなと、そう思っていた。

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