第七話
ファルコという少年は明るく快活で凜々しかった。レンよりずっと強かったし、母代わりの導士をよく手伝う大人びた優しさも、つまらない悪戯で叱られる愚かな子供っぽさも持ち合わせていた。
そんなファルコのことを、親友として、弟として、レンは好きだった。子供心に、人間として好ましいと感じていた。
そんな彼を連れてきたのは導士本人であった。古い知り合いに頼まれて、預かってきたのだという。住んでいた街が大火に遭って焼け出され、家も家族も失ったのだそうだ。その時に負った火傷の痕がひどいからと、着替えも湯浴みもファルコは常に一人きりで行っていた。レンはそんなもの一切気にならなかったけれど、ファルコ本人が誰にも見られたくないというのならそれを尊重すべきだと思ったし、妹たちもそれに倣っていた。
「ねぇ、レン兄ちゃんとファルコ兄ちゃんは大人になったらなにになりたい?」
「ねぇ、なにになりたい?」
家の外で盥に水を張り、洗濯をしている時だった。妹たちの中で一番小さなエリーとマリーがそんなことを言ってきたのは。
金髪のエリー。銀髪のマリー。二人とも髪をおさげにして、歳も同じ六歳。背格好も似ているが双子というわけではなく、もとは他人同士だ。
「あのねー、ハンナ姉ちゃんは絵かきさんになりたいんだってー」
「や、やめてよ恥ずかしいんだから」
誰かのシャツをざぶざぶ洗っていたハンナがぱっと顔を上げて抗議する。照れているようだがその表情はあまりよく見えない。黒髪を伸ばして顔を半分ほども隠してしまっているからだ。母代わりの導士には目が悪くなるから前髪を切るか束ねるかしなさいと言われているが、容姿に自信がないのか顔を出すのを嫌がる。兄の欲目で見ても可愛らしいと思うのに、九歳の女の子の気持ちはよくわからない。
「いいじゃないハンナほんとに絵が上手いんだから! そうだ、わたしがハンナの絵を世界中に売ってあげる! わたしはねぇ、商人になって旅をするのが夢なの。人生は冒険よ!」
ふんっ、と鼻息荒く夢を語ったのはカーラだ。ハンナとは対照的に、明るい色の茶髪を左右に分けておでこを出し、髪どめで留めている。そのまましばらく自分の将来像を得意げに話していたが、洗い終えた衣服を力強く搾る手は止めない。まだ十歳なのに、立派に考えているんだなと関心する。
「ねぇ、レン兄ちゃんはー?」
「ファルコ兄ちゃんはー?」
木々の間に張った綱に洗い終えたものを干している二人のもとへ、エリーとマリーが寄ってきた。レンはファルコと目を見交わす。互いに何を言うのか、探るように。
ふっと微笑み、先に目を逸らしたのはファルコだった。しゃがみ込んだ彼は幼い妹たちと視線を合わせる。
「二人は何になりたいの?」
ごまかしたな、とレンは思った。ファルコはこういうところがある。明るくてよくしゃべるのに、自分のことはあまり……いや、ほとんど話さない。ここへ来てもう三年になるというのに。でも、きっといろいろ辛いことがあったのだろうから、無理に聞き出したいとは思わなかった。
仕草までそっくりな他人同士の双子は、訊かれるのを待っていたかのように声を揃えて答えた。
『……せーのっ。ファルコ兄ちゃんのお嫁さーん!』
元気いっぱいな告白に、ファルコは金色の目を丸々とさせた。けれどすぐ、その顔がくしゃくしゃの笑顔になる。
「ほんとに? 嬉しいな。じゃあ僕は立派なお婿さんにならなきゃ」
エリーとマリーを両腕で掻き抱くファルコ。二人はきゃーっと歓声を上げた。
照れもせずそんなことができるなんて流石だと思ったし、その姿が妙に似合う。童話に出てくる王子様か何かに見えた。……かと思えば隙ありとばかりに二人をくすぐり始め、今度はぎゃーっと笑いの混じった悲鳴が上がる。
楽しそうで何よりだ。いやだがしかし。
「……俺は?」
妹だし六歳だし。家族という感情以外はもちろんないけど。それでもなんでファルコだけ、という不満めいた疑問を漏らす。そんなレンに、笑い転げていたエリーとマリーはぴたっと笑うのを止めて。
「レン兄ちゃんは」
「ちょっとちがう」
「なんでだよ!?」
たまらず抗議した。すると、んぶふぅっと吹き出すカーラ。その横ではハンナも俯いたまま肩を震わせている。
「なんなんだよ……」
さすがに拗ねる。すると、ついにはファルコまで笑い出した。むっとして睨むと彼はごめんごめんと言いながら目尻に浮いた涙を指で拭った。泣くほど面白いかちくしょう。
「僕は後から来たからね。レンはこの子たちとずっと一緒にいるんだから、本当の兄さんとして好かれてるんだよ」
「どうだかな」
「自信持ってよ。みんなレンのことが好きなんだから」
ファルコが言い終わるとほぼ同時、家の中からお昼ご飯よと呼ぶ声がした。ここにいる子供たち全員の母代わりである導士の声だ。エリーとマリーがきゃっきゃと声を上げて駆け出す。カーラとハンナからシャツを受け取って干したファルコは、誰にも聞こえないほど小さな声で「僕もだよ」と囁きながら微笑んだ。