日本語ができない高ランク作家
村上アキの心は踊っていた。
何故なら、念願の出版社へ就職できたと思ったら、直ぐに新人作家のデビュー作を任される事に決まったからだ。
「小説投稿サイトの月間ランキングで9位に入った人気作品だ。これをお前に担当してもらいたい」
彼の上司はそう言って、その人気作品の名前と作家名を教えてくれた。
村上はその作品名から想像して、どんな風にプロモーションしようかと考えた。著名なイラストレーターを何名か思い浮かべたが、意欲があるのなら無名でもまったくの新人でも構わない。イラストコミュニケーションサイトで、イメージ通りの絵を描く良さそうな素人を探すのも面白そうだ。
それから彼は早速、その小説を探してみた。内容を慎重に吟味した上で、色々と決めたい。検索すると直ぐにヒットした。上位にランクインしているし、タイトルも作家名も同じだ。間違いなくこれだろう。
そうして彼はその小説を読み始めたのだった。仕事で娯楽小説を読めるなんて恵まれた立場だと思いながら。別の業界に就職した彼の友達が聞いたらさぞ羨ましがるだろう。
が、わずか数ページを読んで、彼の表情は戸惑いと動揺を孕んだものに変わってしまったのだった。何度かその小説のタイトルと作家名とポイント数を確認する。
とても高いポイントを獲得している。
間違いなく、この作家のこの作品だ。
「あの……」
今自分が読んだ小説を商業作品として出版するのだという話がどうしても信じられなかった村上は上司に話しかけた。
「おう。どうした?」
と、白々しい顔で上司は返す。
その顔で村上は察した。あんな小説だから、上司は新人の自分に担当を押し付けたのだ。
「本当に、あんな小説を出版するんですか?」
この期に及んでも、まだ白々しい表情のまま上司は「そうだぞ。何か、問題があるのか?」と返して来る。
それで村上は声を荒げた。
「問題だらけです! 文章がほとんど箇条書きか?ってくらいに下手ですよ。そもそも、日本語が間違っています! “気を付ける”の“を”の字を、あいうえおの“お”で書いていましたよ? 中学生でもそんなミスはしないでしょう」
上司は彼と目を合わせずに言う。
「まぁ、ストーリーは良いのじゃないか?
だから、人気があるんだよ」
「ちょっと読んでみましたが、ストーリーも酷かったです。どっかで見たような話で、テンポが速いってぇか、登場人物の心情も何もかも説明しないのに、何故か主人公がモテモテで、ただただ褒められまくっています。しかも、なんでそんな反応になるのかよく分かりません。感情移入とか、それ以前の問題です!」
そう訴える彼の目を、上司は相変わらずに見ようとしない。
「でも、人気があるんだよ」
「いくら人気があったって、あんなのを出版したら会社の恥ですよ! 会社の評判を落としてまで出版するような作品じゃないです!
ちゃんと内容を読んだ上で、出版するかどうか決めましょうよ!」
そう村上が言うのを聞くと、上司は軽くため息を漏らした。ようやく彼の目を見る。
「仕方ないだろう? 上の指示なんだよ。それに小説の方はそんなに売る気はない。コミカライズが売れればそれで良いんだ」
もしも、そう言う上司の態度が高圧的なものだったなら、彼は意地になって反発をしていたかもしれない。
が、その時の上司の表情は、彼に対して申し訳なさそうで、そして何処となく悔しそうでもあった。
つまり、上司も本心ではあんな小説を出版したくはないのだろう。
村上はそう察すると、何かを言おうと迷った挙句、結局何も言わなかった。そして、そのまま自分の席に戻った。
作家に出版に当たって書き直してもらえば良い。自分が一から指導する必要があるかもしれないが。取り敢えず、読者があの作品の何処を気に入ったのかをリサーチする必要がある。とても信じられないが、何かに魅力を感じて高ポイントを獲得したのだろうから。
それで試しにコメント欄を読んでみて彼は頭を抱えた。ほとんどが批判的なものばかりだったからだ。しかも、既に出版されている作品との類似を指摘するものまであった。つまり、これは他の作品の劣化コピー…… ぶっちゃけ、パクリ作品かもしれないのだ。
“……これは、キャラクター設定だけを残して、ストーリーは大幅に変える必要があるな。このままじゃ、下手すれば著作権侵害で訴えられる”
内容を大幅に変えてしまっては、最早同じ作品とは言えないが、仕方ないだろう。
それから彼は何話分かの日本語の間違いの指摘と、出版するに当たって内容を変える必要がある旨を作家にメールした。
すると、直ぐ次の日に、その作家から返事が来た。日本語の間違いの指摘に対してはお礼が書かれていたが、ストーリーの修正については無理であるという。しかも、その理由がさっぱり要領を得ない。
“内容が他の作品と似すぎているのですよ”
と、彼はそのメールに返信したが、やはり“できない”と返ってくる。しかも意味が通じなかった。
これでは埒が明かないと、彼はその作家と直接話してみることにした。パソコンを使って会話がしたいと伝えるとあっさりとOKの返事が来る。
「ドーモ。コンニチハー」
そんな声がパソコンから聞こえて来る。
初め村上は、その作家がふざけているのかと思った。わざと外国人の発音を真似してそう言っているのかと思ったからだ。
しかし、直ぐに“そうではない”と気付く。そして、その途端に全てが繋がった。何故、この作家の小説はごく基本的な日本語さえ間違えているのか。何故、箇条書きのような文体になっているのか。そして、何故、内容を修正できないと断って来たのか。
「あなた! 日本人じゃなかったのですか?!」
そう。この作家は、そもそも日本語があまりできなかったのだ。
村上の驚いた声に、その作家は悪びれる様子も見せず、「ハイ。ガンバッテ、ニホンゴ、ベンキョーシマシタ」と返して来る。
「あの小説は、どうやって書いたのです? まさか、他の作品をコピーして、内容を少し変えただけとか……」
その彼の質問にやはり作家は「ハイ。ソーデス」と返す。どうも、悪い事だとは思っていないようだ。
「ダメでしょ、そんな事をしたらー!」
と、彼は思わずそう叫んでしまった。ところが、それに作家は不思議そうな声を上げるのだった。
「ホワイ?」
その後は日本語が聞き取りづらく、何を言っているのかよく分からなかったのだが、どうも「日本では、他の話をコピーして作っても、ポイントさえ高ければ、本が出せてお金を貰えると聞いた」と言っているようだった。実際にそんな作家がいると教わった、と。
「ガンバッテ、ミンナで、ポイントヲアゲマシタ」
やはり悪びれる様子もなくその作家(とそう呼んでしまって良いのかも分からないが)は、そう言った。
「つまり、友達に頼んで、自分が投稿した作品に点数を入れてもらったって事ですか?」
「ハイ」
その程度なら認められているが、或いはその友達は複数アカウントでポイントを入れたのかもしれない。ポイントが高過ぎる。ならば、不正行為だ。それに、もしかしたら、それは“組織的にポイントを入れた”というレベルの大規模なものなのかもしれない。果たしてそんな事が許されて良いのだろうか?
しかし、彼(彼ら?)は、日本の出版社はそれを歓迎するものだとどうやら思っているようだった。
いや、それも完全には否定できないのだけど……
経済的に衰えて来ていると言っても、まだまだ日本の生活水準は高い。仮に出版に成功して100万くらい稼げるとして、それ一度切りで終わっても、彼らにとっては大金だろう。不正行為がバレたとしても外国ならばバッシングの被害もあまり受けない。
つまり、物価の安い外国に住む彼らには、充分に不正をやるメリットがあり、不正を行う上で有利ですらあるのだ。
村上がその後直ぐに、上司に向ってこう訴えたのは言うまでもない。
「やっぱり駄目です! 内容を判断した上で出版する作品を決めましょう!」
今のなろう(小説投稿サイト)の現状だと、こんな事も起こり得るな、と。
もう、起こっているかもしれませんが。