テンガロン
「今ゲーム休憩中。コーヒー飲んでる」
カイはカウンターに座ったまま置物のように身じろぎ一つ動かない。ここ最近カフェの常連となった越後屋でさえ、カイの一文字でもチャット動作をする姿を見たことがない。立ったら立ったで「カイが立った!」と予定調和のように反応がありそうに思える。越後屋は、鬼面の下にどのような素顔のアバターが隠れているのだろうと考えた。案外、アルファマスクになっていて透明人間のように顔などないのかもしれない。忍者頭巾の中に目玉が二つだけ虚空に浮いていてもおかしくないのがセカンドライフだ。古い付き合いのエルザやひま爺なら少しくらい顔を見たことありそうだが。
そして今、ツバメの会の古いメンバーがまた一人、カフェの入り口に読み込みの赤もやとともに出現中であった。
「おっとレアメンでよったわ」
「今読み込み中」」
「テンガロンくん、おひさしぶりね」
「お初にお目にかかる。越後屋と申す」
「ボクはミュー」
五人の言葉の後に、新たに出現したアバターが答えた。
「よう。ここに来るのは10年ぶりくらいだな」
現れたのはその名の通り、黒いテンガロンハットをかぶった男性アバターで、スキンは浅黒く、彫りが深いタカのような精悍な眼差し。薄く無精ひげを生やし、煙の上がる黒い煙草をくわえていた。海外ならなかなかモテそうなタイプの顔の造形だ。その衣装も西部劇風で黒いシャツと懐中時計の鎖を下げた赤いチョッキの上に黒革の長コートを羽織り、よれたベージュ色のスカーフを巻いている。そして、鷹のバックルのベルトと二丁拳銃のガンベルトを重ね巻いた黒いズボン。革の靴には金色の拍車が付いている。西部劇のガンマンスタイルとしても、かなり洒落ている。
グループタグには『ツバメの会』、ネームタグには『テンガロン』と書かれていた。
「いつの間に今風のメッシュにしたんだ」
カウンターのカイが手も動かさずに発言した。椅子に座った黒装束の案山子のようだ。
「せっかくの復活だからな。銃も最新のものを買った。今のはすごくリアルだな。以前より、新人にはきつい出費の世界になったんじゃないのか?」
テンガロンは両手を腰にクロスして銃を抜くと、くるくると回して再びガンポケットに収めた。見た目も精巧な上にアニメーションも良く、数千L$は下らない品に見えた。越後屋が見るにテンガロンの話し方はややきざっぽく、プライドが高そうな印象を受ける。一言でいうなら、男の矜持を意識して格好つけているタイプだ。テンガロンは口から煙を吐くと、くわえた煙草を床に捨てて足で踏んで捩じり消した。マナーは悪いが意志的な行為ではなく、自動でタバコを交換する仕組みの装備品らしい。
「コンビニに行ってくるからまた後でな。刀を買うなら後でいい店を教えるぞ、テンガロン」
そう言うとカイは再び、中身が抜け殻のアバターに戻ってしまった。
「何しにログインしとるんやあいつはー」とひま爺。
越後屋にはカイとテンガロンの二人が久しぶりの会話をしているようには見えなかった。二人とも黒を基調としたアバターで仲も良さそうだ。忍者とガンマンという違いはあるが、どちらも武器を所持していることからSLでは戦闘系が趣味のタイプに見える。越後屋の良く知っている人物も常にチェーンソーを所持しているが、戦うというより無抵抗な相手を苛んで喜ぶタイプであった。
「テンガロン。今になってSLに戻ったんは何か心境の変化でもあったんか?今まで何してたん?」
人がなかなか聞きにくいことを平気で訊ねる図太さが、ひま爺の僅少な頼もしさである。
「やり残しを思い出してな。SLから去ってから、カイとは時々バトルロワイヤル系のネットゲームで会って遊んでいたんだよ。昨日はカイが仕事の出張でいなかったから、ポストマン・デッド・オンラインをソロでプレイしていたんだが、その時」
エルザとひま爺はテンガロンの発言の途中で驚きかけた。カイからテンガロンとまだ他ゲームで繋がりがあったことなど、この10年の間一言も聞いていない。特に聞かれなかったから言わない。余計な無駄口は叩かない。確かにカイは昔からそういうタイプだ。グループタグの『忍蔵流』についても自分から説明したことは一度もない。
ポストマン・デッドとは、住宅街や都市を舞台にしたホラーアクションゲームで、全速力で走ってくるゾンビの頭を銃で撃ち抜きながら郵便配達をするというものである。生存のため全力疾走で銃を撃たないとならず、段数制限やリロードがあり、揺れている画面上の索敵と反射神経に優れていなければ一通の手紙も届けられないうちに死ぬと言われている。ゲーム配信者泣かせとしても有名なゲームだ。SLの中にも同ゲームプレイヤーが数名はいるだろう。
「そのゲームの敵キャラにチェーンソーを持ったゾンビが追加されたんだ。ゲームをしていてもセカンドライフでのトラウマが蘇っちまってさ。この世界で負った心の傷にはこの世界で決別をしないとしこりが残る。そこでこれを各地に貼り始めた」
テンガロンはカウンター上に一枚の赤いポスターを看板のように縦置きした。
「あらこの人」
「あー、あかん!こいつはあかん!」
ひま爺の視点が動揺したように乱れた。なにか恐ろしいものを見たかのようだ。
それは案の定、越後屋にとっては嫌になるほど見慣れたドロシーの指名手配ポスターだった。ドロシー本人が自らの手でであちこちに悪戯で貼っているものばかりと思っていたが、本当にこれを貼って回る人物が存在したとは!
「おい!?。ここにも来たことがあるのか?じっくりきかせてくれ」
テンガロンが両手を腰のポケットに突っ込んだ気障なウォーキングアニメーションでカウンターへ進むと椅子に座った。肩肘をカウンターに乗せて足を組むアニメーションを選んでいる。エルザは再びカウンター内へ立ち、ミューは先程と同じガーデンテーブルへ戻った。
「越後屋ちゃんより少し以前だけど、この人もカフェに来たことがあるのよ。ホラー映画の話ばかりしていたわ。それで話に飽きると施設をうろうろし始めて、火炎放射器を装備したと思ったらいろんなものを燃やし始めたのね。テーブルとか広場に置き忘れになっている制作物とか、ひま爺とかをね」
「『汚物は消毒だ』とか言って、わい、めっさ燃やされたわ」
ひま爺を消毒したくなるのはドロシーに限った話ではないだろうが、このカフェでもそんなことまでしていたとは初耳だ。越後屋は急に今もどこかでドロシーが誰かに迷惑をかけているのではないかと心配になった。
「このカフェって飛行制限かかってるのね。だからこの施設から落ちると、少し離れた場所から登って戻ってこないとならないんだけど。ドロシーさんはひま爺をここから落として遊んでたわ」
「戻ってくる度に獅子の子みたいに何度もおとすんやで。スワロウネストが千尋の谷に見えたわ」
「あと気が付いたらカイが弓矢でハリネズミにされてて、イタズラHUDだと思うんだけど私も無理やりオナラとかさせられて」
ひま爺とテンガロンが思わず椅子から立ち上がった。
「なんだと!品格の高い美しいエルザにオナラを!ひどい暴挙だ」
「そんなん気づかんかったわ!何で言わなかったんや!」
「そこで反応するのはやめて。座ってね」
二人は素直に従った。恐らく一方は本気だがもう一方はその場のノリだろう。
「でもあの人、やること破天荒で面白かったからもう一度来てほしいかも」
二人は再びすぐさま立ち上がって反対した。
「あかん!」「だめだ!」
「話の腰を折ってごめんね。それでテンガロンはこのポスターの人にどうかされたの?」
越後屋もテンガロンに話しかけようとしてチャットを打ちかけたが、それは発言されずに終わった。テンガロンのプロフィールを眺めていて、アカウント名を見た瞬間、重大なことに気付いてしまったのだ。
「10年前のあの日、俺はディスコ風のダンスクラブに800L$もする高級スーツを着て出かけた。」
回想シーンでも入りそうな語り口で、テンガロンの独白が始まった。
SLの遊びも落ち着いてきた頃、テンガロンの馴染のフレンドの多くがパートナーを持ち始めた。そういうブームの時期だったのだ。ツバメの巣で過ごす以外は、テンガロンは銃撃シムで日々腕を競ってばかりいたため、ふとフレンドの中で一人、その流れに取り残されつつあることに気が付いた。アバターの容姿には自信があったため、衣装を西部劇から現代風へ整え、颯爽とSL人生初のダンスクラブへ出会いを求めに向かったのだ。テンガロンにとっては現実でも行ったことの無い場所である。そこは有名なダンスサークルの一つで、カップルもいれば個人で踊りに来ている者もおり、英語のパリピなジェスチャーが賑やかに飛び交っていた。テンガロンが周囲に溶け込むためにダンスボールをクリックしようとした時の事、会場で聞こえる音楽に混じって、何か違和感を覚える駆動音を耳にした。カメラで周囲を探ると、なんとチェーンソーを持ったゾンビアバターがブースのDJを背後から斬っていたのだ。
「やっちまえー!」「いいぞー!」
その行為は問題視されるどころか周囲はさらに大盛り上がりし、ミラーボールから放たれるカラフルな光がぐるぐると回る中、大量の血しぶきとハートのパーティクルが混じり合い、会場は興奮のるつぼと化した。何だこのイカレた光景はと思いつつ、自分もこのノリに乗らなければいけない。そう考えたテンガロンはシャウトで発言した。
「「ぶっころせー!」」
その瞬間。チェーンソーが唸る音が止まった。そしてそのゾンビはテンガロンのそばまでテクテクと不気味に歩いてきてこう言った。
「このお人にあだ名を差し上げよう!」
会場で歓声が上がった。「栄誉だ!」「あだ名が出るぞ!」「私にもつけて―」
当時のテンガロンはネームタグに漢字で『天牙』と表示していた。本人はとても格好いいネーミングだと思っていたからだ。
越後屋はテンガロンの語る話をここまで読んで、画面の前で両手で顔を覆った。なんということだ。テンガロンのアカウント名は『Tenga Loon』だ。ドロシーがそれを見逃すはずがない。とんでもないことが起こるだろう。とても残酷なことが。
テンガロンはすぐに話を続けず、意を決したようにカウンターで絞り出すように発言した。
「俺は自分の名前について何も気づいていなかった。あの頃の俺は知らなかったんだ!アカウントと同名の大人のおもちゃが存在するなんて!そして『Loon』が『狂った人』を意味することもな。……そしてあのゾンビアバターは俺を指差し、こう名付けたんだ。『オナホきちがい』と!その時、俺の人生は死んだ」
越後屋は会場がwキーの連打で埋め尽くされる光景を想像した。頑張ってお洒落をして女性にモテようと行った初のダンスクラブでノリに合わせた結果、イケてる男女の前でこの辱めとは最悪だ。恐ろしやドロシー、チェーンソーも使わず大衆の面前で一人の男のプライドを粉々に打ち砕き、仮想世界からの抹殺に至らしめるとは。気づかなかった方も気づかなかった方だが。見かけや態度に寄らず、意外にもテンガロンは穢れ無きナイーブな男だったのだ。もしかしたら当時は相当若い年齢だったのかも知れない。
「許されるか?『オナホきちがい』だぞ!いいや、断じて許されん!」
実際にはチャットのみだったが、テンガロンの発言にはカウンターテーブルをドンッと拳で叩くような勢いがあった。
「もうその話やめましょう。ちょっと今ね、お腹痛いのよ」
「わいは呼吸できひん。死ぬかもしれん」
エルザとひま爺の反応は突発的に病気になったわけではなく、おそらく別な理由に違いない。
越後屋は思った。『ツバメの会』の名称を『ドロシー被害者の会』に改めるべきではないかと。