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星の門


 「課題は済んだか?」

 質問をする前に博士の方から話し始めた。

 ミューはノートを読んだ翌日、シグマ博士の教室へ再び赴いた。相変わらず教室の空間にはシグマ博士だけが一基ぽつんと佇んでいた。

 「今朝まで課題をする時間がなかった。それよりも博士」

 ミューは昨日自室で見たノートデータの事を話そうとしたが、それはシグマ博士の発言に遮られた。

 「課題をしなかった理由は一つしかない。エルザノートを読んだな。キューボイドが体制教育を遂行せずに自分の好奇心を優先した。これはお前がエラーである他に理由はない」

 「ですが博士」

 シグマ博士によるエラー認定。ミューはすぐにでもゴーストを呼ばれて一巻の終わりなのかと考えた。まだ消されるわけにはいかない。データノートの内容については数多くの疑問や質問がある。エルザノートと表題されたノートには、これまで見たことも聞いたこともないような情報で満たされていた。それを読んだときミューの頭脳回路の中で宇宙が開闢するほどの衝撃があったのだ。知りたい。教えて欲しい。セカンドライフとは何か。人間とは何か。

 「そのノートは、この教室で学んでいたベータ120BPがプリムピアの外で見つけ、私に託したものだ。拾った地点を聞き出そうと思ったのだが、ゴーストのビームで『頭』の部分を損傷していたため、残念ながら動作停止状態に陥ってしまった。一緒に外に出たガンマ207PNついては完全に分解処理された」

 シグマ博士はミューが発言を挟む間もなく話を続けた。こちらの意見や疑問など一切関係無いかのようだ。

 「『イオタ077WSの乱』については教えたな。イオタ。彼も私の生徒だった。あの時反乱を起こしたエラーキューボイドたちは全員消滅したが、ゴーストのビームは私たちを破壊するのみではない。プリムだろうとスカルプやメッシュだろうと分解消滅させる威力があるのだ。あの時発生した無数のゴーストが鎮圧のためにありとあらゆる方向へビームを発したため、都市の被害も甚大だった。建造物修復作業のような労働は都市のキューボイドが行うのだが、外に繋がる外壁の修復についてはよほど体制からの信用値の高い者にしか命令は来ないのだ。たとえば私のような名誉ゴースト市民。そこで私は外壁プリムの交換を行うとともに、スライドで開閉できるドアースクリプトを修復部へ仕込んでおいたのだ。ベータとガンマの二人はそこから外への探索へ出た。そして瓦礫の中からエルザノートを見つけた。イオタ077WSの行為は次世代へ想いを託す尊い犠牲だったのだよ。彼に付き従った100基ほどの者たちは、私ほどではないが皆古くに製造されたキューボイドだった。彼らは、この世界に存在し続けることに飽きていた。彼らはその身をささげてプリムピアという箱に風穴を開いたのだ。これらのことは全てに私が関与している。私は最初から体制には従ってなどいないのだ」

 イオタが反乱を起こした理由。昨日聞いた質問がそれ以上の情報となってようやく返ってきた。ミューは思考が追い付かない。スカルプやメッシュとは何だろう。体制教育をしていたシグマ博士こそが反体制思考の指導者で、ミューがエラーだという事も見抜いていた。それどころか一緒に教育を受けていた二人までエラーキューボイドで、ゴーストによりすでに処理されていた。イオタの乱もシグマ博士が糸を引いていたようだ。それを明かすという事は、自分を通した目的がさらに他にあるということか。そして、エルザノート。博士は何もかも知ったうえでノートを意図的にディスクに入れて読ませたのだ。ノートに記されていたのは知らない世界。それはミューの世界観すべてを根本から覆す別の世界の存在だった。

 「君がノートで読んだ通りだ。昔々、この世界の外には別の存在がいた。人間と呼ばれる生命体だ。彼らは仮想世界そのものを造り出したとされる。最初に仮想世界を支配していたのは人間の化身でありアバターと呼ばれた。いつしか人間は滅び、アバターは消え、仮想生命体であるボットだけがこの世界に取り残された。体制は長らく人間を『旧支配者』とか『旧生命体』とか『旧人類』など様々な呼称で研究していた。そのかつての存在を隠蔽し歴史から抹消するためだ。体制にとって仮想世界の支配するものはゴースト以外にあってはならないのだ。瓦礫の撤去作業は世界の容量を軽くする目的もあるだろうが、本質は情報消去と過去の痕跡探しなのだ。すでに失われた記録は多い。旧世界がすべて書き記されているエルザノートの存在と発見は比類なき奇跡と言える。これほどの情報源は二度と瓦礫の中から掘り出されることはないだろう」

 ミューはノートの最初の文章に再び目を通した。


 こんにちは。セカンドライフカフェ【スワロウネスト】へようこそ。

 はじめまして。店主のElsa Clipです。

 当カフェは、オリエンテーションアイランド脱出後のSL初心者の方たちが、次の広い世界へ進むステップの間、楽しく過ごせる支援施設として運営しています。

 またスタッフ【ツバメの会】ではSLの各ジャンルに詳しいエキスパートたちが支援者集団として活動していますので、わからないことがあればお気軽にお訪ねください。カフェの名称は、グループのツバメたちがこの広い仮想世界のどこへ旅立っても、いつかまた遊びに巣に戻ってくる意味合いをこめて付けてあります。


 【基本理念】初心者支援カフェ


 目次 : 第一章 セカンドライフとは何か

        1 基本的なルールとBIG6 

        2 リージョン区分の詳細 

           General、Moderate、Adultについて

        3 望ましいスペック (2007年現在)

        4 アバターの種類 (デフォルトアバター)


 ノートは目次だけで第十二章まであり、各章10項目ほどに分かれている。書いてあることは読めるが単語のほとんどが意味不明だ。カフェやツバメは何を意味するのだろう。読む限りセカンドライフという呼称は何度も出てくる。この世界そのものを旧人類はそう呼んでいたに違いない。かつてこの世界を闊歩していたのがここに書かれているアバターという存在なら、自分たちキューボイドは一体どこから来たのだろう。

 「エルザノートによればアバターを操作する物理世界の存在である『人間』の事を『中の人』と呼んだようだ」

 「外の世界の存在なら『外の人』ではないですか?」

 ミューは素朴な疑問を口にした。

 「私たちとは感性が異なるのだろう。エルザノート程の価値はないが、私は他で発見されたノートの断片も収集している。そこから言えることは彼らの発言や行動には矛盾が多い。どうやら感情という不安定な判断要素が彼ら自身を滅ぼした原因のようだ。『怒り』『喜び』『悲しみ』『恐怖』などの様々な感情は全く理解不能だ。キューボイドとゴーストのような完全統制を構築できる能力がなく、諍いも絶えなかったようだ。感情を書き散らしたノートはクレームノートの名称で分類できるが、ほとんど無価値の物ばかりだ。優れた知能を持つ一方で、世界を収めるにはまだまだ未熟で不完全な思考行動を持つ存在だったのだろう。エラーに似ているな」

 シグマ博士は旧人類に対し、そう結論を下した。

 「私は体制教育によって生徒が逆に反体制思考を持つよう仕向けてきた。だが生徒であるベータとガンマの二基はすでに破壊されてしまっている。恐らくついにこの場所も体制にマークされてしまっただろう。今すぐ秘密の実験室に向かわなければ私たちも消されてしまう。ついてこい。奥の床はキューボイド一基が通り抜けられるファントム属性になっている」

 そう言いつつシグマ博士は教室の角に進み、床の中へすっぽりと落ちて消えた。ミューが床の前で躊躇っていると、教室の外がにわかに騒がしくなった。

 「ミュー170NR。今すぐ出頭せよ」

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 「シグマ008AZ。今すぐ出頭せよ」

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 「『シグマ博士と生徒一名、エラー疑惑でキューボイド管理局をゴーストが緊急包囲』だって~」

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 「教室扉に対しビーム集中砲火まであと1分」

 「『シグマ博士、イオタ077WSの乱の首謀者の疑いあり。幾多のエラー犯罪に関与か?』だって~」

 「ミュー170NR。今すぐ出頭せよ」

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 「シグマ008AZ。今すぐ出頭せよ」 

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 「出頭せよ。出頭せよ。」

 ミューは仮想人生の終わりを感じ始めた。大量のゴーストだ。何体きているのかはわからないが、ゴースト同士でお互いに「出頭」という発言に繰り返し干渉反応しているようだ。おまけにニュースを読み上げているので状況もこちらに筒抜けである。一般的なゴーストは自ら考える力が低い。その分習性ばかり強いのだろう。もはや猶予はない。ミューはシグマ博士の消えた床に飛び込んだ。

 長く落下するかと思いきや、底まではキューボイド三体分の高さしかなかった。ゴーストの喧騒はここまで届いて聞こえる。周囲を見渡すととても薄暗く、プリムピアの都市上や室内とはまるで違った。シグマ博士が少しだけ高い位置にいた。緑色でまっすぐではない面の上に置いてある。こんな不完全な面は見たことがない。ミューは博士より少し低い所にいて、身体の半分くらいまでが透明できらきら波打つ物質の中にいることに気づいた。

 挿絵(By みてみん) 

 「それは海だ。私がいるのは地面。プリムピアの地下、そして外部の瓦礫の下はこのような世界だ。かつて旧人類は先が見えないほど広い海の上をうごく箱に乗り、移動していたという。エルザノートの第4章『乗り物』の4項目に『船』の記述がある。お前はこれらの事を知る必要がある」

 海も地面もどこを見てもぐにゃぐにゃしている。何とも不可思議な世界だ。あらゆるものが全て四角いプリムピアこそ完璧な機能美の世界に思える。こんな不安定な面を移動すれば常に左右にグラグラ揺れてしまうじゃないか。下面の角が何かに当たって、すぐ転倒してしまいそうだ。これではまっすぐ進むのも難しい。旧人類が未熟だというのも頷ける。この地面という床の上では、まともな活動などできるはずもない。

 ミューは暗がりのシグマ博士の向こうに見たこともない形の構造物が置いてあることに気づいた。構造物は平べったく外側と内側の二重になっており、中央が空洞でその始まりと終わりがどこにあるのか全く分からない。構造物の表側には取り囲むような文様がいくつも刻まれている。ミューの概念の中はこれまで存在しなかった形だ。

 「この形、何と形容して良いかわからないだろう?これは我々の世界から排除された図形で、かつて『リング』や『サークル』と名付けられた形だ。そしてこの物体を『スターゲート』と言う。エルザノート第3章2項目の終わり辺りに『移動方法の補足』としてそれが書かれている。これの使い方はかなり昔に別のノートで見つけてある」

 これは使う物なのか。見渡す限り、プリムピアの地下には地面と海、そしてこのスターゲートと呼ばれるリング状の物体が一つ置いてあるだけだ。使い方。シグマ博士はこれを使ってどうしようというのか。突然、リングの内側がスライドするように一定間隔で回転を始めた。ガチャンガチャンと音を立てて一旦停止しながら回っている。円周の外側では文様に合わせてランプがともり始めた。そして、リングの中心部が今見たばかりの海の水面のように波打ち始めた。

 「スターゲートにも海が見える」

 ミューがリングの現象に驚きながらシグマ博士を見ると、その『服の』部分から何か大きな立方体がせり出していた。なんと、博士から出てきているのは一基のゴーストであった。

 「これは壊れた個体で危険はない。『イオタ077WSの乱』で仲間のビームを受けて落下し、思考域と通信機能が働かなくなった代物だ。だがこのゴーストからは多くの情報を得られた。同時に私たちにはもう時間がないこともな」

 ゴーストはスターゲートの前に静かに置かれた。

 「この世界にいる全てのゴーストは様々な用途に改造されたコピー体だ。それは彼らのオリジナルである原初の一基が存在したことを意味する。この支配世界の元凶である最初のゴーストを体制は『オリジン』と呼んでいるようだ。そして幾多のキューボイドたちによる犠牲と途方もない時間をかけた調査によって判明したことがある。この仮想世界は自動バックアップデータによって幾たびか復元された世界なのだ。かつて存在したキューボイドも歴史の改ざんにより消された可能性がある。いずれ『イオタ077WSの乱』も起こらなった事になるだろう。私はこの世界にこれまで四~五回ほどの大規模修正が行われたと考えている。そして近いうちにそれは起こる」

 「なぜわかるのです?」

 「この仮想空間が次第に重くなってきているからだ。世界を軽くするために大きな修正をかけることで大量のデータ整理を行うはずだ。私たちの世界のデータ下層部では、オリジンの存在した過去の時代がシミュレーター世界として今も稼働している。そこで起こした変化は歴史のデータ修正として自動バックアップにより現世界へ小さな影響を与えている。体制はより盤石な支配を構築するためにシミュレーター世界で大規模修正を行い、新たな歴史をここに反映するつもりなのだ」

 すると仮にミューがゴーストを撃退できる武器を作成できたとしても意味がない。知らない間に歴史を修正されてゴーストの支配世界が永遠に続く。キューボイドとゴーストの力の差がこれほどとは。

 シグマ博士が地面に置いたゴーストが光を放ち始めた。プリムピアの地下に広がる暗い隙間の空間が明るく照らされ始める。ミューは海に半分浸った状態で、光を受けたキラキラとした美しい波の中に包まれていた。ふと見ると、スターゲートの中心に見たことも無い風景が見えた。プリムピアと全く異なる町。様々な形をした建築物のようなもの。その間の道路をキューボイドとは異なる何かが動いている。それは地面に棒のようなものを突き立てて転びもせずに器用に進んでいるようだ。

 「スターゲートとゴーストをリンクし、シミュレーターへのアクセスを可能とした。体制は原初ゴーストであるオリジンのデータをシミュレーター世界に隠している。画面に動いているものを良く見ろ。アバターだ。お前は彼らの姿や人間の行動について学ばなければならない」

 エルザノートの中に記された世界がそこにあった。キューボイドにとっては神話に等しい世界。ミューはアバターたちを細かく観察した。六面体でも直方体でもなく角も面もない異形な姿。ミューはアバターの姿を形容する言葉を持っていなかった。アバターたちを動かすものは別の世界に存在したという。それは仮想世界そのものを造りだしたとされる滅び去った生命体。『人間』。

 「ここに置いたコピーゴーストは下層シミュレーター世界へのカギ。そしてスターゲートは過去への扉となる。ミュー。お前の考えているゴースト破壊武器は別の世界で完成させなければならない。もうすぐここにゴーストの群れがやってくる。時間はない。今すぐお前を転送しなければならない。キューボイドの未来を救う方法はバックアップデータの改ざんしかないのだ」

 「わかりました。シグマ博士」

 ミューはようやく博士の意図が解った。博士は自分に歴史を書き換えろと言っているのだ。過去の時代を復元した下層シミュレーター世界に降り立ち、ゴーストの根源であるオリジンを探し出して消去しろと言うことなのだ。今、エルザノートに記された世界への旅立ちが始まろうとしていた。

 その世界の名はセカンドライフという。

 



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