いつもの男
昨晩のそれが嘘みたいに、今朝の天気は晴れやかだった。篠突く雨が残していった雫が、キラキラと眩しい光に照らされている。窓を開けて深呼吸をすれば、雨を含んだ土の匂いが爽やかに鼻孔を通り抜けた。
「おはよう」
振り向けば最愛の妻で、
「おはよう」
甘い声でそう囁き返して微笑み合った。途端に世界が輝いた。大崎は気分良く身支度をする。いつものように妻の作るご飯を食べて、いつものように家を出る。「待ってるね」と微笑む妻に手を振って、いつものように電車に乗り、いつものように会社へ向かった。
きっとこれが幸せなのだと、大崎は大きく深呼吸をする。
満員電車に押し潰されても、これから馬車馬のように働くとしても、そんなことはどうでも良かった。このいつもと変わらない毎日が幸せなのだと、そう微笑んだ瞬間、ふと思い立った。
"誰か殺さなくちゃ"
会社に向かう人の群れ、楽しそうに喋り合う同僚達、しかめ面の上司、気だるそうな後輩、バスを待つご老人と付き添いの男性、横切る学生、気取ったOL、足早なサラリーマン。誰でも、誰でもいいから誰かを、殺さなくては。
大崎は背筋を伸ばして歩く。輝く世界が自分を後押ししている気がした。満員電車に押し潰されても、これから馬車馬のように働くとしても、そんなことは、どうでも良かった。