日陰の男
冷たい、と思うと右肩が濡れていた。
昨晩の雨の滴が今まで誰にも見付かっていなかったのだろう、田端がこの木の横を通るまでひっそりと息を潜めていたのだ。突然ひんやりとした右肩を見て、ついてない、と思う。特別汚れてしまったわけでも、まして虫などがついたわけでもないのに、田端はため息をついた。はしゃいで笑い合う女子高生達が道に大きく広がっていたせいだ、この木の横すれすれを通る羽目になったのは。彼女達にはいやにキラキラと眩しい光がてっぺんから降り注ぎ、天からの祝福をされているみたいで、それがまた鼻につく。お前は日陰を歩けと言われている気がした。
「幸せそうなやつらはみんな嫌い」
田端が呟くと後ろからスピード狂のママチャリが通り過ぎて、後ろに乗った女の子が「いってきまぁす」と手を振った。
「…いってらっしゃい」
ゆっくりと手を上げて微かに揺らした。その間に車体は右へと曲がってしまったから、彼女がそれを見届けたかは分からなかったけれど。
「今日は早く帰れるよ」
「うん、待ってるね」
爽やかな朝に彩られた甘い空間。新婚だろうか、左前方を見れば玄関先まで見送りに来る妻に夫が手を振っている。家を離れ、自分の前を自信に溢れた足取りで歩いていくシャンとした男の背を見つめた。てっぺんから降る光は、当然のように彼を祝福する。
「幸せそうなやつらは、みんな嫌い」
田端は、濡れた右肩が気持ち悪くて仕方がなかった。