第1章 8話 動き出す蛇
夜が明けて次の日。昨日市場でシャルロットを追いかける男たちを見かけたというのを受け、今朝もサクラ亭では朝食をビュッフェ形式にして宙翔とシャルロットが表に出ないようにしていた。
そういう理由から始まったビュッフェ形式だが、昨日に引き続き宿泊客からは大好評で食堂は大変賑わっていた。
「今朝も大盛況だね」
「そうだな」
予想外の人気ぶりに驚いたリンカに宙翔も共感していた。
「邪魔するぞ!」
ガシャンという大きな音と共に粗野な声がサクラ亭に響き渡った。
何事かと思い宙翔が厨房から食堂を覗き込むと、男三人組が扉を蹴り破りサクラ亭に入って来ていた。
一人は痩せ型だがしっかりと筋肉がついており、あと二人はがっちりとした大柄の男たちだ。
宙翔はシャルロットを追いかけていた男たちの仲間だと直感した。今まで必死になって逃げていたので気づかなかったが、黒服の背中の部分に大きな蛇のマークがついているのに気がついた。
「シャルロットちゃんは奥に。宙翔くん、シャルロットちゃんをお願い」
厨房にメリダとリンカが駆け寄り、メリダはシャルロットと宙翔にささやく。
「シャルは一緒に奥に来て。リンカは裏口から外に出て駐在してる精霊使いを呼んできてくれ」
「わかりました」
「わかった」
宙翔もシャルロットとリンカに声をかけると、シャルロットは宙翔と一緒に厨房の奥に行き、リンカは男たちに気づかれないように裏口から外へ出る。
シャルロットと宙翔が厨房の奥に身を潜めたのを確認すると、メリダは極力男たちの機嫌を損ねないように柔和な笑顔と声で対応する。
「お客様、どうなさいましたか?」
「ここに妙な格好をした金髪の女がいるだろ。そいつを連れて来い!」
予想通りシャルロットを探しに来た男たちにメリダは申し訳なさそうな表情を作る。
「申し訳ございません。そのような方は当宿屋にはいらっしゃいませんが」
「とぼけるな! ここにいることはわかってる! 女を出せないなら、黒髪のガキを連れて来い。そいつが女をここに連れ込んだはずだ」
近くの椅子を蹴り飛ばし声を荒げる男にメリダの体がビクッと震えるが、すぐに平静を保ち笑顔を見せる。しかしその笑顔も若干引きつったものになってしまう。
「黒髪の男の子なんてこの町じゃあ珍しくありませんから、お客様がお探しになっている人かどうかは・・・・・・」
(どうする? お客さんを巻き込まずに男たちを追い返す方法はないのか・・・・・・)
厨房と食堂を隔てている扉についている窓から様子を窺っている宙翔は、必死に考えを巡らせる。
このままいけば逆上した男によってメリダや周りの宿泊客に危害が及びかねない。
「庇ってねぇーで出せって言ってるだろーがよ!」
「きゃっ」
「メリダさん!?」
宙翔が悩んでいる間に痺れを切らした男が、手を振り上げメリダの頬に平手打ちを浴びせメリダは倒れこんでしまう。
それを見た宙翔は悩んでいる場合じゃないと立ち上がろうとするが、それよりも先に厨房の扉が開かれる。
そして食堂へと飛び出したのはなんとシャルロットだった。どうやらシャルロットも宙翔の後ろから食堂の様子を見ていたようだった。
「私はここよ」
「なんだ、やっぱりいるんじゃねーか」
颯爽と現れ毅然と言うシャルロットに男は怒りを収め、へらへらと笑った表情を見せる。
「あなたたちの言う通りにするから、これ以上ここの人たちに乱暴なことをしないでください」
「それはお前の態度次第だな」
シャルロットは深く息を吸い吐き出すと、男の方に歩み寄る。
「シャルロットちゃんだめよ!」
メリダが叫びシャルロットを止めようとするが、シャルロットは「大丈夫です」と微笑みながらささやき、その歩みを止めようとはしなかった。
宙翔もすぐにでも飛び出してシャルロットを止めに行きたかったができなかった。
先日の社での男たちの会話から男たちの目的はシャルロットであり、なるべく傷つけないようにする必要があるようだった。
しかしそれを邪魔した宙翔はきっとただでは済まされないだろう。そんな宙翔が今出て行けば周りの人にどんな被害が出るかわからない。
シャルロットもそれをわかっての行動なのだろう。
周りの人に危害を加えないため、そしてシャルロットの思いを無駄にしないためにも宙翔は動き出すことができなかった。
ただ無力な自分に憤り奥歯を強く噛み締めて我慢することしかできなかった。
シャルロットが男たちのもとにたどり着くと、男たちはシャルロットを取り囲む。
「じゃあな」
その言葉を残し男たちはシャルロットを連れてサクラ亭を後にした。
男たちがサクラ亭を出ると宙翔はすぐにメリダのもとに駆け寄る。
「メリダさん大丈夫?」
「私は平気、でもシャルロットちゃんが・・・・・・」
メリダもシャルロットを守りきれなかった悔しさから強く唇を噛んでいた。
倒れていたメリダを起こすと外から走ってくる音が聞こえた。
扉の方に目を向けるとリンカが、青を基調とした制服に身を包んだ二人組の男を連れてきていた。
「ナイトオブスピリッツ古都国支所のものです。お怪我はありませんか?」
二人は王都にて発足した、精霊使いによるレームル王国の平和と安全を守る組織の古都国支所のものたちだった。
「はい。ここにいる人たちに大きな怪我はありません」
食堂にいた宿泊客に怪我はなく、平手打ちを受けたメリダも左頬が赤くなる程度で済んでいた。
「そうですか。襲ってきた奴らの特徴などは覚えていますか?」
「黒服の男で、背中に大きな蛇のマークがありました」
「昨日の目撃情報と一致します。奴らで間違いないでしょう」
「それはまずいな」
宙翔の返答を聞いて精霊使いたちは表情を曇らせる。どうやら例の男たちについて何やら心当たりがあるようだった。
「あの、あの男たちは何者なんですか?」
「奴らはおそらく、七年前の戦争で活躍した傭兵集団《蛇の鱗》の団員だと思われます。ボスであるデトス・チャートをはじめ、十人から十五人程度いると思われる団員全員が賞金付きで指名手配されています」
「そんな危ない人たちがこの町に!?」
黒服の男たちの正体を知りメリダは目を見開く。宙翔も危険な奴らであることは感じていたが、傭兵集団という予想以上の危険な存在であると知り驚く。
そんな危険な連中にシャルロットが連れ去られたという事実により一層の危機感を募らせた。
「女の子が一人連れて行かれてしまって、助け出してください」
「なんだって!? しかし・・・・・・」
宙翔の言葉を聞いて精霊使いの表情はより深刻なものになってしまう。
「どうしたんですか?」
「我々もすぐに救出したいのですが、情報によればボスのデトスは下位精霊を使役しているため、我々のようなC級精霊使いでは対処できないんです」
精霊使いの言葉に宙翔は絶句した。
レームル王国のナイトオブスピリッツには階級が存在し、契約している精霊の格と任務実績、戦闘能力によって下から順にC・B・A・S級の四つに区分分けされている。
ざっくりした判断基準として、精霊を使役するまでの力がなく微精霊の力のみ行使できるのがC級精霊使い。
下位精霊を使役しているものがB級精霊使い。
上位精霊を使役しているものがA級精霊使いとなる。
A級精霊使いの中で任務実績、戦闘能力が極めて高いものがS級へと昇格できる。
契約精霊の格に加え任務実績と戦闘能力も加味されるため、例えば一度B級精霊使いとなっても実績と戦闘能力が高いものはA級に昇格できる仕組みになっている。
また下位精霊を使役していても戦闘能力が高いものはいきなりA級精霊使いとなることもできる。
そして今サクラ亭に駆けつけたこの町に駐在している精霊使いはC級であるため、微精霊しか扱えず階級としては一番下になってしまう。
「じゃあ応援は?」
「デトスを相手にするならB級以上の精霊使いの応援が必要です。古都国支所にもB級精霊使いが二、三人いますが、とてもじゃないですけど戦力が足りないので王都にあるナイトオブスピリッツ本部に応援要請する必要があります。本部がどのような移動手段をとるかわかりませんが、馬での移動なら数日はかかってしまいます」
「そんなに!?」
「連れ去られた子の身の安全のこともありますし、自分も可能な限り早く応援に来てもらえるよう本部に掛け合います。ご心配だと思いますが、我々が必ず助け出しますので安心してください」
精霊使いはそう言うが、これではちっとも安心できそうにない。
「では、自分は本部に報告しますのでこれで失礼します。本部の方針などわかりましたらすぐにお伝えしますので」
精霊使い二人は敬礼すると駆け足でその場を後にした。
「シャルロットちゃんが心配だけど、ここは精霊使いさんたちに任せるしか・・・・・・ 宙翔くん?」
メリダがサクラ亭の外まで見送ってから振り向くと、先ほどまで居た場所に宙翔の姿がなかった。キョロキョロとあたりを見回しても宙翔を見つけられなかった。
「あの子まさか!?」
目の前でシャルロットが連れ去られ、助け出すにも時間がかかってしまうだろうこの状況で宙翔がじっとしていられるわけがない。自力で助け出そうとするだろう。
そんな悪い予感がメリダとリンカの脳裏によぎった。
***
シャルロットは《蛇の鱗》の団員三人に町の外へと連れ出されていた。前、左右の三方向をしっかりと固められているため隙を見て逃げ出すことはできそうになかった。
昼間だというのに薄暗い森の中を入り数十分歩いたところにうっすらかがり火が見えた。
そこにたどり着くと、開けた場所に乱雑に設置されたテントが八つほど見受けられた。
男たちは見張り役だと思われる仲間に軽く挨拶を済ませると、シャルロットを一番奥のそして一番派手な装飾のテントに連れて行く。
先頭を歩いていた男がテントの中に入る。シャルロットが中に入るのを躊躇っていると、右側にいた男に半ば突き飛ばされるようにテントの中に入れられる。
テントの中は思った以上に明るくて広々していた。そしていたるところに絢爛な武具や彫刻、置物などの調度品が置かれていた。その方面の知識がないシャルロットにも一目見ただけで大変高価なものだとわかる。
しかし雑然と配置されてしまっているため、それらの美しさは半減されてしまっている。端的に言えばとりあえず気に入っている高価なものを並べているといった感じだ。
「ボス連れてきました」
そしてテントの中央に置かれた、これも高価そうな椅子に座っている男にシャルロットを連れて来た男が話しかける。どうやらこの椅子に座っている男がボスで、このテントはボスの生活スペースのようだった。
「そうか。もちろん無傷なんだろうな」
「それはもちろん。テイチョーに連れてきましたよ」
「そうか」
凄みのある低音で問うボスに、部下は大げさな身振りと共にやや軽薄な口調で答える。
「私はどうなっても構わないので、サクラ亭のみなさんだけは・・・・・・」
シャルロットは数歩ボスの方に歩み寄ると懸命に訴えかける。
シャルロットの脳裏には見ず知らずの自分を温かく迎えてくれたサクラ亭の二人と、自分を顧みず周りをそしてシャルロットを助けようとする宙翔の姿があった。
今のシャルロットはその人たちをこれ以上危険なことに巻き込みたくない、これ以上傷ついて欲しくない、そんな思いでいっぱいだった。
「安心しな、俺たちがあんたをどうこうするわけじゃないからな。俺たちへの依頼はあくまであんたをなるべく無傷で生きたままの状態で依頼人へ受け渡すことだからな」
ボスが深く椅子に座りなおし不敵な笑みを浮かべると、テントにさらに数人の男たちが入ってくる。
「ボス! もう一つの依頼の方準備できやした」
「もう一つの依頼?」
シャルロットが呟くとボスの男は目を鋭く光らせ獰猛な笑みを浮かべる。
「ああ、あんたの仲良しの精霊サマにちょいと用があってな」
「精霊様に酷いことしないでください!」
シャルロットの叫びにボスの男はにやりと笑い一瞥しただけだった。
「お前ら六人は俺と一緒に来い。あとの奴らはここで待機してろ。そこのおじょーさんが無闇にお出かけしないようにな」
ボスが勢い良く立ち上がり指示を飛ばすと部下たちは一斉に動き始めた。
シャルロットは精霊の無事をただ祈ることしかできなかった。
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