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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第1章 略奪の鎖と紅蓮の刃
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第1章 6話 あの日の出来事

かなりお久しぶりの投稿になってしまいすみません。本日より投稿を再開いたします。


なにとぞよろしくお願いします。

 「ただいま」


 「ただいま戻りました」

 

 日が暮れ始めたころ、社の片づけを終えた宙翔とシャルロットは、黒服の男たちに見つからないように気を使いながらサクラ亭の裏口を開ける。


 「おかえりなさい、二人とも大丈夫だった?」


 そこにはちょうど洗濯した客室のシーツ類を仕分けているメリダがいたが、二人を出迎えるその様子はどこか慌ただしいものだった。


 「大丈夫だけど、なにかあったの?」


 宙翔たちが無事なことを確認して胸をなでおろしたメリダだったが、すぐにその表情が険しいものになる。


 「一時間くらい前に八重さんが来てくれたんだけど・・・・・・」


 八重さんといえば、先ほどシャルロットの布教の旅の同行人であるジャネル司教とシスター・リエナの行方について聞き込みした時に訪れた青果店の女主人だ。


 「ちょっと前に怪しい男の人が、シャルロットちゃんや宙翔くんについて聞いて回っていたのを見たんですって」


 その話を聞いて二人は息を呑んだ。今日あの時間、あの場所に例の男たちがいたのだ。

 鉢合わせなかったのはまさに奇跡だ。もし出会ってしまっていたらまた大変な目にあっていたかもしれない。


 「でも何もなかったみたいで安心したわ。宙翔くんも今日は食堂に出ずに上で休んでて」


 「それじゃあ、お客さんの夕食はどうするの? 二人じゃ回していけないでしょ」


 食堂を利用する宿泊客の注文を受け、料理を作って配膳して食器を片付けるといった一連の作業を、特に混雑が予想される今からの時間帯に二人でこなすのには無理があった。


 「それなら大丈夫。今日は最近王都で流行りのビュッフェをすることにしたから」


 「ビュッフェ?」


 宙翔は初めて聞く単語に首をかしげた。シャルロットは王都に住んでいたため言葉自体は耳にしたことがあるが、ちゃんとした意味までは知らなかった。


 「ビュッフェっていうのはね、テーブルに並べた料理をお客さんが自由に取り分けて食べる形式のことなの。これなら注文を取ったり配膳したりする手間が省けるから、少ない人数でも回していけるはずよ」


 たしかにこの形式なら食べたいものを自分で選んで皿に盛り付けて自席に運ぶことになるので、厨房で料理を作る人が一人、食べ終わった食器を片付ける人が一人食堂にいれば何とかなりそうではあった。


 「それでも、なくなった料理の大皿を入れ替えたり、皿洗いをしたりしないといけないでしょ。俺は食堂には出ないからせめて裏で手伝うよ」


 無理をすれば二人で回していけることも可能なのだろうが、それでも大変なことに変わりはない。たとえ宙翔が食堂に出られなくてもできる仕事はいくらでもあるはずだ。


 それに初めての試みだ。不測の事態だって十分に考えられる。そんなときのために対応できる人数は必要だ。


 「まったく宙翔くんには敵わないわね。今リンカが厨房で準備してくれてるから、まずはそれを手伝ってくれる?」


 宙翔の指摘はもっともであり、人の目に触れない厨房での作業なら問題ないとメリダは判断した。


 「わかった」


 メリダの指示を受けると宙翔は腕まくりをして厨房の中に入っていく。



 「あの・・・・・・」


 「どうしたの?」


 メリダがシーツの仕分け作業に戻ろうとしたところに、シャルロットが遠慮がちにメリダに話しかける。


 「私にも何かお手伝いをさせてください」


 「え? シャルロットちゃんはいいのよ。今日は疲れただろうからお部屋でゆっくり休んでて」


 シャルロットからのお願いをメリダはやんわり断る。慣れない土地で不安もありながらの人探しというのは見た目以上に疲れるものだ。ここで無理をして体調を崩してもらいたくないというのがメリダの思いだった。


 「でも私、宙翔さんにもメリダさんたちにも良くしてもらってばっかりで、私からみなさんに何もお返しできてません。何でもしますのでお願いします」


 シャルロットは深々と頭を下げ熱心に言う。その誰かのために何かをしたいという姿勢はまるで誰かを見ているようだった。


 「わかったわ。それじゃあ皿洗いお願いできるかしら?」


 「はい、わかりました!」


 シャルロットは元気よく返事をすると、宙翔とリンカがいる厨房へと入っていった。


***


 「どう、大丈夫そう?」


 「は、はい、なんとか・・・・・・」


 宿泊客の夕食ラッシュが終わり、一通り仕事を終わらせたシャルロットとリンカは一息ついたところだった。

 ちなみに宙翔は、誰もいなくなった食堂の机を拭いたり床を掃いたりと掃除をしていた。


 「これ、よかったらどうぞ」


 「ありがとうございます」


 リンカはカップにハーブティーを入れ、クッキーと共にシャルロットに差し出す。

 シャルロットはありがたくそれを受け取るとハーブティーを一口飲む。


 古都国ではあまり見られないビュッフェ形式での夕食が物珍しかったのもあり、かなりの大盛況であった。そのため次から次へと迫りくる使い終わった皿たちを洗い続けかなりへとへとだったが、その疲れをハーブティーのフルーティーで爽やかな香りが優しく癒してくれる。


 「探し始めてまだ一日目なんだから、あんまり気を落とすんじゃないわよ」


 宙翔に聞いたのだろうか、リンカがシャルロットを気遣うように言う。もしかすると、このハーブティーとクッキーもリンカなりの労いなのかもしれなかった。


 「はい、みなさんには何から何まで本当に良くしてもらって、ありがとうございます」


 「別にたいしたことじゃないわよ」


 頬を赤らめそっぽを向きながら素っ気なく言うリンカだが、シャルロットは嫌な感じを微塵も感じなかった。


 「宙翔さんとリンカさんたちはすごいです」


 「いきなりどうしたの?」


 唐突ともいえるシャルロットの言葉にリンカは頭に疑問符を浮かべる。


 「なくなりそうになった料理をメリダさんが伝えてリンカさんと宙翔さんが新しい料理を準備して、メリダさんが使い終わったお皿を持ってくるとそれを宙翔さんが洗い場まで持ってきてくれて。そして私が洗い終わったお皿を宙翔さんが拭いてすぐに使える状態にしたりして。目が回るような忙しさの中で三人の流れるような連携と素早い手際を見て、すごいなって。信頼関係と積み重ねがないとできないなって思ったんです」


 「べ、別にそんな褒められるようなもんじゃないわよ」


 顔を赤らめ照れたように言うリンカにシャルロットは首を振った。


 「いえ、そんなことありません。やっぱりお二人は最初から仲が良かったんじゃありませんか?」


 「そんなことないわよ。むしろあたし最初は宙翔のこと嫌ってたんだから」


 「そうなんですか!?」


 シャルロットにとって予想外の答えが返ってきて思わず声のトーンが上がってしまう。


 「では、いつからお二人は仲良しになられたんですか?」


 「別に今も仲良しってわけじゃないけど・・・・・・恥ずかしいから誰にも言わないって約束できる?」


 「はい」


 リンカの言葉にシャルロットは素直にうなずく。


 「じゃあ話すけど・・・・・・」


 そう言ったリンカはハーブティーを少し口に含み、唇と舌を湿らせる。


 「あたしたちが出会ったのは今から七年前のことよ」


 七年前というとちょうどレームル王国とベルトル帝国との間で起きた戦争が終結したころだ。


 「宙翔はもともと古都国に両親と三人で暮らしていたらしいんだけど、七年前の戦争で目の前で両親を亡くしたの。終戦後、あたしたちは復興支援のためにこっちに移住してきて宿屋を開いたんだけど、それからすぐに母さんが宙翔を家に連れて来たんだ」


 いきなり告げられる予想外の言葉にシャルロットは言葉を失ってしまう。シャルロットはてっきり宙翔は出稼ぎなどの理由で、住み込みでサクラ亭で働いているのだと思っていたからだ。


 カップを両手に持ち、中に広がる波紋を見つめながらリンカは話を続ける。それはまるでカップのハーブティーに移る当時の光景を眺めながら話しているようだった。


 「その頃の宙翔は覇気がないというか無気力な感じだったの。部屋の隅で小さくなって『なんで、なんで』っていつも泣いてた。でも母さんが優しく接してるうちに少しずつ元気になっていったんだけど、その時のあたしはそれが気に食わなかったんだ。なんだか自分の居場所みたいなものが奪われる気がしてたの。今思えばばかばかしいんだけどね」


 フンと鼻を鳴らし、肩をすくめながら呆れ顔でリンカは言う。


 「それが嫌で家出っていうか家を飛び出しちゃったの。一人で空き地の方に行ったら、あたしよりもずっと年上の男の子たちに絡まれちゃったんだよね。『お前んところの国と帝国が戦争したせいで何もかもめちゃくちゃだ』って」


 それを聞いてシャルロットは理不尽だと思った。確かに王国と帝国の間で起きた戦争のせいでたくさんの被害が出て、いろんなものを失った人もたくさんいるだろう。だからといってそれでリンカを責めるというのはお門違いというものだ。


 「あたしもその時むしゃくしゃしてたから『別にあたしのせいじゃないし』って言い返しちゃって。そしたら相手が余計に怒って、あたしに殴りかかろうとしたの」


 リンカは男の子が拳を振り上げたので思わず目をつむったが、来るはずのない衝撃が来ないのでゆっくり目を開けたのだと言った。


 「そしたら宙翔がその男の子とあたしの間に割って入ってあたしを庇ってくれたんだ。相手がどんなに殴っても宙翔はやり返さずにあたしを守ってくれて。そんな宙翔を怖がったみたいで結局その男の子はすぐにどっか行っちゃったんだけど、その後あたし気が緩んじゃって泣いちゃってさ・・・・・・」


 自分よりも年上で体の大きい男の子に殴られそうになれば、とても怖かっただろうし泣いてしまうのも無理はないだろうとシャルロットは思った。


 「そんなあたしに宙翔が『怪我がなくてよかった。今度はちゃんと助けられた』って笑ったの」


 その言葉を聞いてシャルロットは、社で黒服の男の一味の一人であるザックから身を挺して自分を逃がそうとしてくれた宙翔の姿と重なった。


 「今まであたし、あいつにあたりが強かったし、酷いこともそれなりに言ってたのに助けてくれたことが不思議で仕方なかったんだ。だから『どうしてあたしなんかを助けてくれたの?』って聞いたんだ」


 シャルロットは今日一日という短い時間しか共に過ごしていないが、なんとなく宙翔がなんと答えるのか想像できるような気がした。


 「そしたら『家族だから助けるのは当たり前だよ』って言ったんだ」


 やっぱり宙翔ならそう答えるだろうとシャルロットも思った。きっと彼にとって誰かを助けることはごく自然なことで、例え自分の心と体が傷つくことになってもそこにきっと迷いなどないのだろうと思った。


 「あいつはあたしがどんなに嫌っても、どんなに邪険に扱っても家族だって思ってくれて、あたしを守ってくれた。その時決めたんだ。あたしもちゃんと宙翔の家族になろうってさ」


 胸の前で両手を握り締めて話すリンカ。この出来事は彼女にとって、とても大事でとても大切な、いつまでも忘れることのできない思い出なのだろうとシャルロットは思った。


 「そんなことがあったんですね。なんだか素敵です」


 「やめてよ。あの頃は妙な意地を張っててさ、あたしにとってはすっごく恥ずかしいことだったんだから」


 リンカの話を聞いて微笑ましそうに言うシャルロットに、リンカは頬を赤らめ照れながら返す。


 「その頃から、いえきっとそれよりも前から宙翔さんは優しい方だったんですね」


 シャルロットは納得したように、うんうんと頷きながら言った。


 「見ず知らずの私を助けて下さって、シスター・リエナやジャネル司教様たちを探すのも協力してくださいました。今日一日町の中を歩いていても、たくさんの方から感謝の言葉をもらっていました。リンカさんのお話でもそうです。誰かのために一生懸命になれるなんてすごいことだと思います」


 「そうかしら」


 「え?」


 リンカがやや硬い声色で返すものだから、シャルロットは思わず驚いて目を丸くし、すっとんきょうな声を出してしまう。リンカからの反応はそれほどシャルロットにとって予想外のものだったのだ。


 「あたしには痛々しく見えるわ」


 「それってどういう意味ですか?」


 シャルロットから見た宙翔は、それが当然だというふうに、ごく当たり前に人に手を差し伸べている印象だった。しかもそれは人に限った話ではなく、精霊にも同じように接している。特別無理をしているようには見えないのだ。


 そこまで考えて、ふと心当たりがあるのをシャルロットは思い出した。それは初めて出会った時に見せたあの深刻そうな表情と『あんな思いは二度としたくない』という言葉だった。


 そのことと何か関係があるのかもしれないと再びシャルロットが口を開きかけたところで、リンカがいきなり立ち上がる。


 「さて、宙翔ももうすぐ食堂の片づけを終わらせてこっちに来るわ。あたしたちの分の食事を用意するわよ」


 話をはぐらかされたような気がしたが、実際に宙翔は掃除を終わらせてこちらに向かってきているようだった。


 「はい」


 宙翔について気になることがたくさんあるが、シャルロットは今は聞くべきではないと直感して、素直にリンカの後に続いて食事の準備に取り掛かった。

第六話を読んでいただきありがとうございます。実に二か月以上も投稿をストップさせてしまったこと、大変申し訳ありませんでした。


今回の長期に渡って投稿をストップさせてしまったこと、そして今後について「活動報告」のほうに書かせていただきましたので、そちらも読んでいただけると幸いです。


ちなみにページ上部の「作者:星空流星」、もしくはページ下部の「作者マイページ」をタップまたはクリックしていただけると活動報告を見ることができます。


それでは次話更新をお楽しみに!

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