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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第1章 略奪の鎖と紅蓮の刃
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第1章 5話 似た人

 宙翔とシャルロットは、市場を離れて迷路区の複雑に折れ曲がった道を進んでいく。

 そしてたどり着いた目的地は、昨日宙翔たちが追っ手から身を隠すために訪れた神社だった。


 参道を進み境内に入ると宙翔は、周囲を見回して人の気配がないことを確認して決して小さすぎず、それでいて大声になりすぎない程度に声を張り上げた。


 「おーい、精霊さんいる?」


 「精霊様いらっしゃいますか?」


 シャルロットも宙翔に倣い、声のボリュームに気をつけつつ両手を口元にあて虚空に呼びかけた。


 「なんじゃ? 騒々しい」


 宙翔たちの耳に苛立ちと、それとは別ベクトルの感情がないまぜになった素直になり切れていない声が聞こえた。


 声のする方へと視線を滑らせると、上空に腕組みをして佇む三角耳とふわふわの尻尾を持つ、紅蓮を思わせる赤色の着物を纏う少女の姿をした精霊を見つけた。


 「何をしに来たのじゃ?」


 不機嫌そうに問いかける精霊だが、その声色からは不機嫌、迷惑といった感情は感じ取れなかった。むしろどこかうれしそうであると宙翔は感じた。

 それを裏付けるかのように精霊の後ろで尻尾がふさふさと激しく左右に揺れている。


 (狐もうれしいと尻尾を勢いよく振るんだな)

 

 本当は再び人がこの場所に訪れてきてくれてうれしいのに素直になれない、そんな見た目相応な反応をする精霊を可愛らしいと思いつつ宙翔はそんな感想を抱いていた。

 

 「昨日俺たちのせいで社がめちゃくちゃになっちゃったから、せめて掃除はっとおもってさ」

 

 宙翔がここに来た用件を伝えると、シャルロットは宙翔がここに立ち寄りたかった理由を理解して頷き、精霊は申し訳なさそうなそして困ったような顔をする。

 

 「おぬしたちが気にすることでもないじゃろ。それにこんな朽ち果てた社を今更きれいにしたところでのう」

 

 諦念をにじませながら精霊は周囲を見回す。宙翔も改めて周囲の惨状を見る。

 もともと朽ちてボロボロだった社は、疑似霊具による射撃でところどころ穴が開いたり、木片があちらこちらに散乱したりしていた。

 参道も決して小さくないクレーターが幾つもできていた。


 言い方を選ばずに言うならば、人が訪れなくなって久しい風化しかけている社だ。今回の一件がなくても、いずれ倒壊してしまうだろう社を今更掃除してきれいにする必要なんてないのかもしれなかった。それでも・・・・・・

 

 「俺がただやりたいだけだから。それにいつまでも家が荒れてちゃ居心地悪いだろ」

 

 これが宙翔に偽らざる本音だった。

 

 「じゃかのう・・・・・・」

 

 それでも難色を示す精霊を見て、宙翔は懐からあるものを取り出した。

 

 「俺が掃除してるあいだにこれ食べててもいいからさ」

 

 そう言って宙翔が差し出したものを見て、精霊は目を見開いた。

 

 「こ、これはいなり寿司!?」

 

 宙翔が差し出したいなり寿司を見て、精霊はごくりと生唾を飲み込んだ。

 精霊は数秒間いなり寿司を見つめていたが、すぐにハッとした表情をして腕を組み明後日の方向を見る。

 

 「そこまで言うのなら仕方がないのう。おぬしたちの好きにするがいい」

 

 さもありなんと言った表情と態度だが、いなり寿司をちらちら見ながら言っている姿はとても微笑ましいものだった。

 

 「ありがとう。掃除用具とかってどこにしまってあるかな?」

 

 精霊の気持ちを汲み、あえてそこに触れないように配慮できるところは宙翔の美点の一つと言えるだろう。

 

 「それなら社の裏手にしまってあるのじゃ。どれでも好きなものを使ってよいぞ」

 

 「ありがとう」

 

 宙翔はもう一度お礼を言うと、精霊に言われた通り社の裏手を目指して歩き出そうとした。

 しかしそこで、シャルロットが宙翔の服の袖口をキュッとつかんだ。

 

 「宙翔さんだけにやらせるわけにはいきません。私にも手伝わせてください」

 

 シャルロットは力強いまなざしで宙翔を見つめている。

 宙翔はシャルロットの方に向き直ると、

 

 「聞き込みで疲れてると思うからシャルは休んでて。それにここを隠れ場所に選んだのは俺だから、ここは責任をもって」

 

 俺がやるよと続くはずだった言葉をシャルロットの真っ直ぐな言葉が遮った。

 

 「それを言うなら私が宙翔さんを巻き込んでしまったんですから、私にも責任の一端があります」

 

 今朝見た時と同じ真剣な目が宙翔の目をとらえて離さない。

 

 「わかったよ。じゃあ俺が大きな瓦礫を運ぶから、シャルはほうきで掃いていってくれるか?」

 

 「わかりました」

 

 シャルロットは満面の笑みを浮かべ社の裏手の掃除用具入れに向かった。


***


 「おぬしたち、そろそろ一休みせぬか?」

 

 掃除を始めて数十分が経ち、宙翔たちは黙々と作業を続けていたが、片付けもひと段落ついた頃合いで精霊に声をかけられた。

 

 「そうだな。シャル、少し休もうか」

 

 「はい」

 

 宙翔とシャルロットは精霊が座っている本堂の階段に精霊を挟んで座る。

 

 「ほれ」

 

 精霊が左右に手を伸ばして二人に何かを差し出した。

 

 「これ、俺が渡したいなり寿司」

 

 「まあ、あれじゃ。一人で食べるのは少々味気なくてな。それにおぬしたちも作業をして腹が減っておろう」

 

 頬を赤らめながら言う精霊に宙翔はつい頬が緩んでしまう。シャルロットの方に視線を向けると、シャルロットも同じ思いなのかやさしい笑みを浮かべていた。

 

 「ありがとう。それじゃあ遠慮なく」

 

 「ありがとうございます」

 

 二人は精霊からいなり寿司を受け取り頬張る。酢飯のほどよい酸味と油揚げの甘みが口の中いっぱいに広がる。


 「そういえば昨日精霊さんは神格精霊から神性を分け与えられたって言ってたけど、それってどれくらい前のことなんだ?」

 

 いなり寿司を飲み込んだ宙翔は雑談がてら精霊に質問を投げかける。

 

 「そうじゃのう。神性を授かってから今年で千年になるかのう」

 

 「千年ってそんなに!?」

 

 精霊は最後のいなり寿司を飲み込み、指先をペロリと舐めながらさらりと答える。

 その反面、宙翔たちは千年という長大な時間に度肝を抜く。

 

 「じゃあこのお社もそれくらい古くから」

 

 「おいおい、マジかよ・・・・・・」

 

 そんな歴史ある社が朽ちつつあり、なおかつ今では疑似霊具の銃撃により見るも無残な姿であるため、宙翔たちはとたんに顔を青ざめる。

 

 「案ずるでない。この社は建ってからまだ八百年くらいしか経っておらぬよ」

 

 「いやそれでもかなりの年月なんだけど」

 

 精霊は青ざめた宙翔たちを気遣って言うが、それでも長い年月が経っていることに変わりない。

 

 「そんな社をこんなふうにしてしまって本当にごめんなさい」

 

 シャルロットが深々と頭を下げて精霊に謝罪する。

 

 「さっきも言ったがのう、おぬしたちが気にすることでは無いのじゃ。あやつらがここで暴れずとも、遠くない将来この社は朽ち果ててしまうからのう。じゃから別によいのじゃ」

 

 精霊はどこかあきらめが混じったような口調で言う。

 

 「それは違うと思うよ」

 

 精霊のその言葉を即座に宙翔は否定した。しかしその言葉遣いはとても優しく、いたわる様だった。

 

 「もうすぐ朽ちてしまうからって、誰かに壊されたり、荒れたりしたままの社に住み続けることがいいことだなんて俺は思わないな」

 

 「どうして・・・・・・なのじゃ」

 

 精霊は困惑したようにぼそりと呟いた。

 精霊にはわからなかったのだ。なぜ宙翔がそこまで自分を気にかけるのか。


 人が訪れなくなって久しいこの社は、随分と前から老朽化が進んでいた。今更居心地の良し悪しを気にしても仕方がないことだったし、事実精霊はどうにもならないと諦めていた。

 

 「おぬしはこの社にさほど思い入れがあるわけじゃないし、妾とも昨日会ったばかりじゃろう。それなのにどうしてそこまで妾のことを気にかけるのじゃ」

 

 「どうしてって、別に当たり前のことだと思うけど」

 

 宙翔があまりにもさらりと答えるので、精霊は呆気にとられてポカンと目を丸くしてしまう。

 

 「当たり前のこと・・・・・・ふふ」

 

 「どうされました?」

 

 宙翔の言葉を反芻(はんすう)した精霊が含みのある笑みを浮かべるのを見て、シャルロットが形のいい眉をひそめ不思議そうに尋ねた。

 

 「いやなに。ずいぶん昔に同じようなことを言われてのう」

 

 「俺と同じことを?」

 

 精霊は懐かしむようにその丸くてきれいな琥珀色の目を細めると、記憶の糸を手繰り寄せ当時のことを思い出す。

 

 「妾の力が今ほど衰えておらんかったころ、怪我をした妾を手当てしてくれた者がおったのじゃ」

 

 自分の胸に手を当て思い出を語る様は、まるで小さな子どもが宝箱の中から大切なものを取り出すようだった。

 

 「妾がどんなに放っておけと言うたところで、手当てするのを辞めなかったのじゃ。その時に言われたのじゃ、『怪我をした奴を放っておけないだろ。それに怪我人を手当てするなんて当たり前のことだ』とな」

 

 「なんだかその方、宙翔さんみたいですね」

 

 精霊のエピソードから飛び出したセリフがあまりにも宙翔が言いそうなものだったので、シャルロットもクスリと笑ってしまう。

 

 「そうじゃろ、まさか何百年も経って同じような奴に出会うとはのう」

 

 精霊も全く同感だといった表情を見せて言った。

 宙翔も自分がもしその人の立場であれば同じようなことを言うだろうなと思ったが、それは人として当然の行動だと思っているので似ていると指摘されてもあまり腑に落ちなかった。

 宙翔一人が首をかしげるなか、精霊が右手で膝を払いながら立ち上がる。

 

 「よし、腹も膨れたことじゃし、妾も手伝うぞ」

 

 「え?」

 

 「そんな、精霊様のお手を煩わせるわけには・・・・・・」

 

 精霊の言葉を聞いて、宙翔たちはあわてて止めようとする。

 昨日の精霊が力を使って目を回していたり、力が衰えてしまっているという話を聞いたりしていたので、宙翔たちは心配そうに精霊を見つめる。

 

 「おぬしたちのおかげで以前のようにとはいかぬが、だいぶ元気が戻ったからのう。それにここは妾の社じゃぞ。妾が片づけをせずしてどうするというのじゃ」

 

 腰に手を当てて言う精霊に強がりを言っているような感じはしなかった。それに宙翔たちに精霊の意思を無下(むげ)にするつもりはない。

 

 「じゃあお願いしようかな」

 

 「うむ!」

 

 宙翔の言葉に精霊は出会ってから今までで一番の笑顔で答えた。

 こうして三人での作業がしばらく続き、当初宙翔が予定していた時間よりも幾分か早く作業を終わらせることができた。

 

 「じゃあ、また明日も来るから」

 

 日が傾き始めサクラ亭に帰る時間になったため、宙翔は精霊に声をかける。

 声をかけられた精霊は、先ほどまで元気にふさふさと揺らしていた尻尾をピタリを止めて垂れ下げてしまう。

 

 「別に無理して来なくても良いのじゃよ」

 

 宙翔たちを気遣うように言う精霊の横顔には、わずかばかり影が差していた。これは西日だけのせいということはなさそうだった。


 宙翔にはどこか寂しそうに見えたのだ。

 そんな様子を見た宙翔は精霊に歩み寄ると、膝を折り目線を合わせ微笑みかける。

 

 「無理なんかじゃないよ。俺が来たいからそうするだけ」

 

 そう言って精霊の頭にポンと手を置き優しく撫でる。

 しかし宙翔はすぐにしまったと思った。その容姿から小さな子どもを安心させるような対応を取ってしまったが、中身は千年近くも生きている上位精霊。宙翔は『子ども扱いするな』と怒られるかもと内心ひやひやしたが、精霊は一瞬体をピクッと硬直させたものの、すぐに体の力を抜き頭を撫でる手を受け入れてくれたので宙翔は安心した。

 

 「私も必ずまた来ますから」

 

 シャルロットも精霊と目線を合わせると、彼女の最大の魅力の一つである優しくやわらかな笑みで言う。

 

 「なら期待せずに待っておるかのう」

 

 二人の言葉を受け取った精霊は、目線を逸らせ頬を赤らめる。これもきっと西日だけのせいではないだろう。

 

 「ああ」


 「はい」

 

 こうして二人は精霊と明日会う約束を交わして社を後にした。


***


 宙翔たちがサクラ亭への帰路についているころ、町の外れの野営地でのことだった。

 

 「ボス」

 

 「おう、どうだった?」

 

 シャルロット及び彼女をかくまっているだろう宙翔の捜索を命じていた傭兵集団《蛇の鱗》のボス、デトス・チャートは部下からの報告を受けていた。

 

 「町への聞き込みなんですが、おかしなことにどいつに聞いても知らないの一点張りなんすよ。ガキの方はかなりの土地勘があったから十中八九あそこの住人、町の連中が知らないはずがない。あれじゃあまるで」

 

 「町の住人全員がそのガキを庇ってるみたいだな」

 

 部下の最後のセリフを半ば奪うように言うデトスに、部下はその通りだというように頷く。

 

 「はい、何者なんすかね」

 

 デトスは顎に手を当ててしばし考え込む。

 

 「ザックの奴が手を出した時には、反撃してこなかったんだろ」

 

 昨日のザックにまつわる報告を思い出しながらデトスは再度部下に確認する。

 部下も首を縦に振って答える。

 

 「町の住人たちが庇うのは気になるが、そこまで警戒しなくてもいいだろ。で、報告はそれだけか?」


 デトスの目が鋭くなる。その目つきは昨日ザックに手を下した時と同じもので、部下は思わず身震いしてしまう。

 

 「いや、さっき例の社にそのガキと金髪の女が入って行くのを団員が発見しました」

 

 部下は姿勢を正し、緊張した面持ちで報告する。

 

 「ほう、昨日の今日でのこのこと・・・・・・」

 

 報告を受けたデトスはその自らの首を絞めるような行動をとる宙翔たちを、愚かなといった表情で言う。   

 この行動を聞いて相手は素人だと改めて確信した。

 

 「今そいつに後をつけさせてます」

 

 デトスの苛立ちからくる目の鋭さが多少和らいだことに部下は胸をなでおろす。

 

 「そうか、いよいよだな」

 

 にやりと笑うデトスを見て部下は背筋が凍るのを感じた。

 その鋭い目と放つプレッシャー、そして殺気がまさに獲物を狙う蛇のようだった。

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