第1章 4話 聞き込み開始
「それじゃあ、メリダさん行ってくるね」
サクラ亭の午前中の仕事がひと段落したため、宙翔はシャルロットと共にこの町に訪れたというジャネル司教とシスター・リエナを探しに出ることにした。
「行ってらっしゃい。無茶だけはしないでね」
心配そうにするメリダに宙翔は優しく笑いかける。
「大丈夫。聞き込みするだけだし、昨日の奴らを見かけたらすぐ戻ってくるから」
そう言って扉に手をかけようとすると、勢いよく階段を駆け下りる音が聞こえた。
「待ってください、宙翔さん!」
「シャル!?」
息を弾ませながら階段を駆け下りて来たシャルロットは宙翔に詰め寄る。
「私も一緒に行かせてください」
「だめだ」
宙翔は即座に首を横に振って答える。
「いつあの男たちに出くわすかわからないから、君はここで身を隠しててほしいんだ。君の仲間は俺が責任を持って探すから」
宙翔の言葉にシャルロットは一瞬眉尻を下げうつむくが、すぐに顔を上げまっすぐ宙翔を見つめる。
「でも私じっとしていられません。それにこれ以上宙翔さんに頼ってばかりもいられないんです」
「でもな・・・・・・」
シャルロットの決意ある瞳で見つめられ宙翔は言葉に詰まる。宙翔にもシャルロットの気持ちが痛いほどわかるし、昨日襲われた恐怖を必死に我慢して、宙翔に一緒に連れて行ってほしいと言っているその勇気にも応えたい。
それでも昨日の男たちの危険性を考えれば、ここでじっとしていてほしいというのも偽らざる本音だ。
「ならあたしに考えがあるわ」
宙翔がどうしたものかと悩んでいると、いつの間にそこにいたのか、シャルロットの後ろで腕を組み不敵にほほ笑むリンカの姿があった。
「考えって?」
「いいからあたしに任せなさい」
そういうとリンカはシャルロットの手を引き、階段を上っていた。
***
数分後、再び上階から降りて来たシャルロットの姿に宙翔は言葉を失った。
「どうですか?」
「すごくいいと思うけど・・・・・・」
上目遣いで問うてくるシャルロットに宙翔はドギマギしながら答える。
今のシャルロットは先ほどまで着ていた修道服を着ていなかった。白色のワンピースにサンダルを履き、大きめの麦わら帽子を合わせていた。
修道服を着ていた時よりもガラッと雰囲気が変わっているが、彼女の持つ清楚さや可憐さを十分に引き出していた。それに暑くなり始めたこの季節にぴったりの服装だ。
「あたしの服を貸してあげたの。シャルが着てた修道服じゃ目立つから。この服、買ったはいいけどあたしには似合わなかったからタンスの肥やしになってたんだけど、やっぱりあたしの見立て通りシャルにチョー似合ってる」
確かにこの町に修道服を着ている人はいないため、昨日のシャルロットはかなり目立っていたといえる。
古都国でも王国出身者など、様々な髪色や瞳の色を持つ人、それに服装も増えたためこれなら昨日よりかは目立たないと言えるだろう。
リンカのアイデアはなかなか理にかなって宙翔は感心していた。
「こんなに似合ってるなら、あれとかあの服とかも着せないと・・・・・・」
(それリンカがシャルにオシャレさせたいだけじゃないのか・・・・・・)
先ほどの感心を返してほしいと宙翔は心の中でつぶやいた。
シャルロットは普段着慣れていない服を着ているからか、恥ずかしそうにもじもじしてワンピースの裾を引っ張っており、それが余計に可愛らしく見える。
これでは別の意味で目立ちそうだが。
リンカにドヤ顔で、そしてシャルロットに恥ずかしそうに上目遣いで見つめられる宙翔は諦めたように頭をガシガシ掻く。
「あーわかったよ。一人で行動しないこと、危ないって感じたらすぐ帰るってことは約束してもらうからね」
宙翔はシャルロットの同行を条件付きで承諾した。
「はい! ありがとうございます」
シャルロットはうれしそうに深々と頭を下げた。
***
宙翔たちは聞き込みをするため人通りの多い市場の方に行くことにした。
市場に入ってすぐに筋肉質で体格のいい男が話しかけてきた。
「お! 宙翔じゃねーか。この間はサクラ亭の仕事もあるのに手伝ってもらって悪かったな」
宙翔に声をかけたのは大工をしている気のいい男、アレクだ。
つい先日アレクが仕事先に行く際、たくさんの荷物を抱えていたので宙翔が一緒に運んだのだった。
「別に大丈夫だよ。それよりもこんな感じの人を見かけなかった?」
宙翔はアレクにシャルロットと一緒にいたというジャネル司教とシスター・リエナの服の特徴を伝える。
「いや、見てねーな」
アレクは申し訳なさそうにかぶりを振る。
「そっか、もし見かけたら教えてくれる?」
「おう、もちろんだぜ」
アレクは力こぶを作って笑顔で答えた。
アレクと別れてすぐ今度は宙翔やシャルロットの同い年くらいのおさげの少女、唯香が宙翔の元に駆け寄ってきた。
「空閑さん、先日は一緒にコロを探してくれてありがとうございました」
宙翔はサクラ亭の買い出しの途中でペットの犬が迷子になって困っている唯香を見かけ、一緒に探してあげたのだ。
「あの後コロは元気にしてる?」
「おかげさまで、元気いっぱいで困っちゃうくらいですよ」
元気に遊びまわるコロのことを思い出したのか、唯香は微笑ましそうに笑う。
「そっか、それならよかった。ところで昨日こんな感じの服を着た人たちを見かけなかった?」
コロの様子を聞いて安心しつつ、宙翔はアレクに聞いた時のように司教やシスターについて聞く。
「見てないですね。ごめんなさい」
少女は逡巡したのち申し訳なさそうに言った。
「いやいや、謝らなくていいよ。もし見かけたら声かけてね」
「はい、わかりました」
少女と別れしばらく聞き込みを続けた後、宙翔は近くの青果店に顔を出した。
「八重さんこんにちは」
「あら、宙翔ちゃんじゃない。あ! それに昨日宙翔ちゃんと一緒にいた娘じゃないの。昨日は平気だった?」
「なんとかね。ところでさ、実はこういう服を着た人たちを探してるんだけど、この辺りで見かけなかった?」
八重は宙翔から服装の特徴を聞いてしばし考えていたが、申し訳なさそうにかぶりを振る。
「いやー見てないね」
八重が言うと、今まで宙翔の後ろにいたシャルロットが身を乗り出した。
「本当に見てないんですか? もう一度よく思い出してみてください」
ここまで有益な情報を得られていないからか、シャルロットは焦りから早口で聞く。
「その人たちがどうかしたのかい?」
シャルロットのただならぬ雰囲気を感じ取り、八重は気遣うように聞く。
「昨日この娘と一緒にこの町に来たみたいなんだけど、はぐれちゃったみたいでさ」
宙翔は詳細を省きつつ、かいつまんで説明する。
「そっか。あんたも色々大変なんだね。でもごめんね。そういう人たちは見かけてないんだよ」
「そうですか・・・・・・」
シャルロットは見るからに落ち込んでしまう。
「早く見つかるといいね。あ! そうだわ」
八重は店の棚から袋を取り出すと、陳列されている季節の果物数種類を見繕い袋に詰めてシャルロットに差し出す。
「これよかったら持って行っておくれよ」
「いえ、そんなもらえませんよ」
シャルロットは遠慮するが八重が半ば強引に果物を渡す。
「いいのよ。力になれなかったから、せめてこれくらいはね」
「ありがとうございます」
シャルロットは八重の気遣いに心から感謝した。
「忙しいのに悪かったね」
宙翔が営業中に話しかけたことを詫びると八重は首を横に振った。
「そんなこと、宙翔ちゃんが気にすることじゃないよ。それに困ったときはお互い様って、いつも宙翔ちゃんが言ってることじゃない」
「そうだね。ありがとう八重さん」
宙翔たちがお礼を言って立ち去ろうとした時、宙翔はふと何かに気づいた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
そう言うと宙翔は駆け出した。シャルロットは気になって視線でその後を追うと、宙翔の向かった先には一人の老婆がいた。
両手に荷物をもって大通りを渡ろうとしているが、馬車や人の往来が激しく渡れないでいるようだった。
「鈴子さん、大丈夫?」
「あら、宙翔くんじゃないの」
宙翔が声をかけると鈴子は安心した表情を見せる。
「よかったら一緒に渡ろうか? 荷物持つよ」
「すまないね」
宙翔は鈴子が両手に持っていた荷物を受け取ると、往来が少なくなったタイミングを見計らい一緒に大通りを渡る。
その様子を青果店の前で見ていたシャルロットは、宙翔の優しさに胸が温かくなるのを感じた。
「宙翔さんって優しいんですね」
「困ってる人を放っておけないんだよ、あの子は」
シャルロットのつぶやきに八重が答えた。
「さっきもたくさんの人から、お礼を言われていました。私も宙翔さんにはお世話になりっぱなしで・・・・・・」
ここまでの道中、宙翔はたくさんの人から感謝の言葉と笑顔を投げかけられていた。
それだけで宙翔がこの町でたくさんの人たちと触れ合い、手を差し伸べてきたかわかる。
「宙翔さんっていつもあんな感じなんですか?」
シャルロットの問いに八重は呆れたように、でもどこか優しげで懐かしむように答えた。
「あの子は出会った時からあんな感じだよ」
「出会った時から?」
質問を重ねるシャルロットに八重は、空を見上げ当時のことを思い出し話し始めた。
「あれは七年前、戦争が終わってすぐの頃さ。戦争のせいで食べ物も着るものも住むところも足りてなくてね。みんな自分や家族のことだけで精いっぱいで、他人のことまで気にかける余裕なんてなかった。生活の不安からみんなピリピリしてて、小さなことで揉め事も起きたもんだ。でも宙翔ちゃんは違った」
八重は再び視線を鈴子を手助けする宙翔に戻した。
「あの子だって不安で大変なはずなのにいつも他人を気遣って、みんなの手伝いをしてくれたのさ。あんな子供がみんなのために一生懸命頑張ってるのに、あたしたち大人がいつまでもピリピリしていがみ合ってもしょうがないだろ。それからはみんなで手を取り合って町を立て直していったんだ。そしたら自然とみんなの心にも余裕が出て笑顔も増えた」
確かにシャルロットがこの町に来た時、住人たちが助け合い笑いあっている姿をたびたび見かけた。
それが一人の少年、宙翔から広がったことだと思うとシャルロットはその影響力の大きさに驚いた。
「建物を直したり、より便利にしたりすることだけが復興じゃない。そこに住んでいる人たちの心がすさんでちゃダメなんだ。そういう意味じゃこの街の復興に一番力になったのはあの子なんだよ」
宙翔を見つめる八重の目はただの少年に向けるそれではない気がした。まるで尊敬する誰かに向けるような、救ってくれた恩人に感謝の念を持っているようなそんな目だった。
「宙翔さんは本当にすごい人なんですね」
八重はシャルロットの言葉にうんうんと頷いた。
「今じゃこの町であの子のことを知らない人なんていないよ。みんなあの子に感謝してるんだから。まあ、恥ずかしくてみんな本人にそんなこと言えないんだけどね」
宙翔がやってきたことは決して大きなことではないのかもしれない。でも彼の誰かを助けたいという思いと、その優しさの積み重ねがこの町の人たちの心を動かしたのだとシャルロットは思った。
宙翔はきっとこの町の人たちにとって、王国から来た復興支援者や治安維持をしてくれる精霊使い以上に信頼し、頼りになる存在なのかもしれない。
「だからあんたの焦る気持ちもわかるけど、宙翔ちゃんがついてるからきっと大丈夫だよ」
ジャネル司教やシスター・リエナがなかなか見つからないことに不安もあるが、八重の話を聞いていたら宙翔と一緒なら何とかなるようなそんな気がした。
「はい。わたし宙翔さんを信じます」
ちょうど八重との話がひと段落した頃、宙翔たちは大通りを渡り終えており、宙翔は鈴子に別れを告げシャルロットのもとに戻ってくるところだった。
「ごめん、待たせちゃって。さっき鈴子さんにも聞いてみたけど見かけてないみたいで・・・・・・どうかした?」
戻ってきた宙翔は、シャルロットと八重から向けられる妙に温かく優しい視線に困惑していた。
「いえ、なんでもありませんよ」
「女同士の内緒の話だよ」
目を合わせクスリと笑いあう二人を見て宙翔はますます困惑していたが、追求しても答えてくれなさそうだった。
「まあいっか。残念だけど今日の聞き込みはこれくらいで終わりにしてそろそろサクラ亭に帰る時間になりそうなんだけど、その前に寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
気がつけば聞き込みを始めてから二時間ほど経っていた。帰るのには少し早いがサクラ亭で宿泊客に提供する夕食の準備もあるため、他ぬ用事があるのならそろそろ聞き込みを切り上げても頃合いだった。
「構いませんよ。私が焦ってすぐにどうにかなるわけじゃないですし、ここまで私のためにたくさん聞き込みをしてくださったので、次は私が宙翔さんに付き合う番です!」
先ほど八重に聞き込みをした際、宙翔はシャルロットの焦った様子を見て早まった行動をとってしまうのではないかと正直心配していたのだが、宙翔が離れている間にだいぶ落ち着いたようで安心した。
「ありがとう。じゃ行こうか」
宙翔たちは今度こそ八重に別れを告げると、宙翔が寄りたいという場所に向かった。
「宙翔さんが寄りたいって言っていたところってここですか? 確かここって・・・・・・」
シャルロットが宙翔に連れられて来たところは、同じ市場内にある出店だった。
そこの出店は食べ歩き用の軽食を売っている店だった。しかもそこは宙翔がシャルロットと出会った店だった。
「いや、ここにはこれから会う奴のためのお土産を買いに来たんだ」
「お土産ですか?」
「そうそう。というわけでおばさん、これを六つください」
宙翔が買ったものを見てシャルロットは、ハッとしたような表情を見せた。
宙翔の言葉に疑問符を浮かべていたシャルロットも宙翔が買ったものを見てこれから誰に会いに行くのか見当がついたようだった。
おみあげを買った宙翔は、昨日からシャルロットの件とは別にもう一つ気になっていた、去り際に見せたあの物悲しく寂し気な笑顔の持ち主のもとへと向かった。