第2章 30話 里の精鋭たち③(後編)
紅葉は避難中の怪我人を里長の屋敷に誘導しながら、リエナと魔獣との戦闘を観察していた。
リエナの戦っている様子を見た紅葉の印象は「戦い慣れてんな・・・・・・」であった。
リエナが霊具と霊装を顕現させたときに感じた契約精霊の気配。
紅葉の感覚が正しければ、リエナの契約精霊は風属性の下位精霊。
そして戦闘態勢に入ったリエナの霊力出力量。
その両方を加味すると、彼女の精霊使いとしての階級はおそらくB級。
B級精霊使いが単独で魔獣と戦闘。しかも黒ローブ男の謎の薬によって通常よりも強化された魔獣と戦うのは、荷が重すぎる。
紅葉は急いで怪我人の非難を終わらせて加勢に行こうとしていたのだが、リエナの戦いぶりを見て少し考えを改めることとなる。
リエナの戦い方を見て感じたもの。
爆発的な推進力を生み出す精霊術を発動しても、ブレない体幹による姿勢制御。
魔獣の僅かな体の動きから次の行動を予測する洞察力の高さ。
魔獣の土砂を伴った攻撃を、魔獣の意表を突いたやり方で回避・反撃した大胆さ。
それらからは、数多の戦闘経験から培われた彼女独自の戦闘技術を感じる。
また霊力制御を見ても、彼女の技術の高さを感じる。
紅葉から見て、リエナはB級精霊使いの中でも霊力出力量が少ない部類に入る。
霊力出力量とは、体の中の霊力を体外へ出すことができる量のこと。
通常あらゆる生命・精霊は、保有する霊力量が自らの器の限界値を超えないように、何もしていなくても微量の霊力を体外へと放出している。
そして精霊術は霊力をエネルギー源にして行使されるため、精霊術の発動規模は霊力出力量に比例する。
しかも霊力は精霊術の発動以外にも、身体強化に使うことができる。
つまり霊力出力量が多ければ多いほど強力な精霊術が使えて、肉体もより強靭になるということ。
となると霊力出力量の少ないリエナは精霊使いとして力が弱いということになるが、魔獣との戦いを見る限り、そうとも言い切れない。
それは彼女の体内霊脈の回転率の速さと、霊力変換効率の高さが関係している。
体内霊脈とは全身に張り巡らされた霊力の通り道のこと。
霊力は体の中心を起点として体内霊脈を通って全身に行き渡り、循環している。
そして体内霊脈の回転率とは一言でいうと、霊力が体内を循環する速さのこと。
体内霊脈を流れる霊力の速さが早ければ、それだけ霊力が全身に行き渡る速度も速くなる。
つまり精霊術の連射性能の向上、もしくは精霊術発動までの溜め時間の短縮に繋がる。
霊力の身体強化の観点で言えば敏捷性が上がり、より素早く動けるようになる。
また霊力変換効率とは、霊力を属性変換する際のエネルギー効率のこと。
霊力変換効率が高ければ、それだけ無駄なく霊力を属性変換することができ、精霊術を発動する際の霊力の消耗が少なくて済む。
つまりリエナは体内霊脈の回転率を上げて、身体の敏捷性の向上と精霊術の発動までの溜め時間を短縮。さらに霊力変換効率を高めることで、精霊術による霊力の消耗を可能な限り抑えている。
少ない霊力出力量でありながら、効率的な霊力の運用を行っているのだ。
精霊使いとしての能力値と彼女の経験に裏打ちされた確かな戦闘術。
総合的な実力で言えば、班長となったA級精霊使いの紅葉に全く引けを取らないだろう。
保有霊力量と霊力出力量は器の許容範囲に個人差があるため才能の要素が大きいが、霊力のコントロールは修練で洗練されていく。
つまりリエナは努力でA級に近い実力を身につけた、技術力の高い実践型の精霊使いだと言える。
(あいつと対人戦で戦うのは、ちとキツいな・・・・・・)
紅葉にそう思わせるほどの実力がリエナにはある。
だが・・・・・・
「ちっ! さすがに一人はキツいか・・・・・・」
リエナが苦笑いを浮かべながらそう呟いた直後、倒れていた魔獣がムクリと起き上がる。
(相手はただの魔獣じゃない。いくらあいつが優れた実力を持っていたとしても、やっぱりあの霊力出力量じゃ攻撃力が足りてないか・・・・・・)
黒ローブ男の薬によって強化された魔獣は霊力出力量が凄まじく、精霊術の威力や規模はもちろん耐久力も通常の魔獣と比べて増している。
いくらリエナが卓越した技術の持ち主であっても、霊力出力量の少ない彼女の精霊術では目の前の魔獣に対して圧倒的に攻撃力が不足しているのだ。
起き上がった魔獣は霊力出力量を上げると、精霊術を発動。
まるで本物の植物のように、樹木のような太い角に若葉が芽吹き始める。
リエナはそれと同時に、なにか違和感を覚えた。
まるで周囲の空気の密度が薄くなったような、そんな感覚。
その間に魔獣の角の葉は成長を続け、青々と生い茂っていく。
それに比例して魔獣の角に霊力が満ちていくのを感じる。
直後、魔獣の角の先端に霊力で練られた球体が作り上げられた。
それを見たリエナはようやく違和感の正体に気づいた。
「周囲の霊力を吸収して精霊術を発動しようとしているのか!」
リエナがそれに気づいたころには、霊力で出来た球体はリエナの身の丈を超えるほどの大きさにまで膨れ上がっていた。
じゅうぶんに霊力を充填させた魔獣は、霊力で作り上げた球体を開放。
球体は極太の光の奔流となってリエナに向かって放たれた。
迫り来る魔獣の精霊術を回避しようとするリエナだったが、避けようとした瞬間めまいに襲われて片膝をついてしまう。
「しまった!!」
直後リエナの耳に、走り寄ってくる何者かの声が聞こえる。
「我を守護する精霊よ。汝、燃え上がるは烈火の如く、火花散らし舞い踊れ。炎猿!」
声の正体は、無事に全ての怪我人の非難を終わらせた紅葉だった。
紅葉は走りながら、右手にはまる契約の指輪に霊力を送り詠唱。
契約の指輪から朱色の霊力が粒子となって溢れ出して一瞬サルの姿になると、再び粒子となって紅葉の身体を包み込んで霊装と霊具を顕現させる。
紅葉が身に纏う霊装は朱色の胴着と、焦げ茶色の胴・籠手・すね当てといった防具。頭には髪が乱れて目にかからないように、黄色の輪が着けられている。
そして右手に握られている霊具は、彼女の身の丈ほどの長さがある朱色の丸棒であった。
走りながら契約精霊である炎猿の力をその身に顕現させた紅葉は、霊力出力量を上げて精霊術を発動させる。
丸棒の先端に烈火の如き炎が宿る。
直後、朱色の光が一閃。
魔獣の横顔に、烈火宿る丸棒で強烈な突きを放つ。
炎猿の精霊術《火炎突き》だ。
紅葉による突きを横顔に受けた魔獣は、首の方向を強制的に変えられる。
それによって光線の軌道も変わり、リエナは光線の直撃を免れた。
《火炎突き》を受けた魔獣は吹き飛ばされていった。
リエナへの光線の直撃を防いだ紅葉は、急いでリエナの元へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「・・・・・・余計なお世話なんだけど」
リエナの反応を見て肩をすくめる紅葉。
「強がるのは良いけどよ・・・・・・」
そう言って紅葉はリエナの顔を覗き込む。
「なんだよ!?」
「さっきのふらつきを見てもしかしてって思ったけど、あんた霊力切れを起こしてんじゃねーか」
著しく霊力を消耗することで引き起こす霊力切れは、初期段階では頭痛や吐き気、めまいといった症状が出る。
そこからさらに霊力を消耗し続けると最悪の場合、命を落とすこともある。
先ほどリエナが魔獣の精霊術を回避できなかったのは、霊力切れによるめまいを引き起こしたからだった。
紅葉に指摘されて、リエナはバツの悪そうな顔を浮かべる。
リエナも自分の扱える霊力量が、B級精霊使いの中でも極端に少ないことは自覚している。
だから戦闘時は、霊力管理に細心の注意を払っている。
しかし魔獣に擬似霊具で攻撃をした時。この魔獣が通常の魔獣と比べて異次元の耐久力を有しているのに気がついたリエナは、いつもより霊力出力量を上げて精霊術を行使していた。
それとは別に、溜まっていた鬱憤によって思った以上に霊力出力量が上がってしまったというのもあるのだが・・・・・・
「あの魔獣はそれなりに強力だ。ここは共闘しないか?」
紅葉の提案に、リエナは呆れたような表情を見せる。
「素性も知らない相手に共闘を持ちかけるなんて、もっと警戒したらどう?」
「あんた、口とか性格とか悪そうだけど人間性は悪くないはずだ。さっきだって、シャルロットのこと助けてくれたしな」
「それは、別にたまたま・・・・・・」
「嘘言ってんじゃねーよ」
「!?」
紅葉の返しに、リエナは思わず目を見開いて驚く。
「あんた屋敷に、というかシャルロットに被害が及ばないように戦ってただろ?」
「どうして・・・・・・」
「そんなの見てればわかる。どういう事情かは知らないけど、あんたにとってあの子が大切で守りたい存在だってのは伝わってきたよ」
リエナは魔獣との戦闘の余波が及ばないように、可能なかぎり屋敷から離れるようにして戦っていた。
そしてもし魔獣が遠距離系の精霊術を発動しても屋敷に当たらないように、屋敷を背にして戦わないように立ち回っていた。
その行動がシャルロットを危険にさらさないようにするためのものであると、紅葉は気づいていた。
シャルロットとの関係性を隠すために誤魔化そうとするリエナだったが、医療専門の第十班の班長として培われえた紅葉の状況分析と判断力、そして人を見る目の前では簡単に見透かされていた。
というよりも・・・・・・
「あれで隠してるつもりなんて、あんた意外と抜けてるとこがあんだな」
「な!?」
紅葉に半笑いで指摘され、リエナは驚きと恥ずかしさで顔を赤らめ、思わず声を上げてしまう。
もしかするとリエナが怒りに任せてしゃべったことも聞かれていたのかもしれない。
訳ありそうだったので、紅葉もあえてそこに言及するつもりはないが。
「あたしとしては、共闘できる理由なんて、そんだけで充分だと思うんだ。それに巴だったら同じことすると思うし・・・・・・」
紅葉の後半部分の言葉はうまく聞き取ることができなかったが、どことなく憂いを帯びた表情を見たリエナは、あえて聞き返すことをしなかった。
「それでどうする? 一緒に戦うか?」
「あたしだって、無謀な戦いで死ぬほど馬鹿じゃない。それにあの子の命をこれ以上危険に晒すわけにはいかないし・・・・・・」
「なら、決まりだな」
めまいでよろけて片膝をついたリエナに手を差し伸べる紅葉だったが、リエナはその手を払いのけて自力で立ち上がる。
「それで、何かプランでもあるわけ?」
ふらつきながらも強気な表情と声音で問いかけるリエナに、紅葉は不敵な笑みを浮かべる。
「見たところ、あんたは速度で相手を翻弄。経験と洞察力で培わかれた見切りで、可能な限り少ない手数で攻める戦い方を得意としている。そして霊力出力量が少ない奴は、基本的に保有霊力量も少ない傾向にあるから持久戦は不向き。だから通常よりも耐久力が増してるあの魔獣とあんたは戦闘の上で相性が悪い。違うか?」
この短い時間で紅葉に分析されて自分の長所と短所を的確に指摘されたリエナは、面白くないといった表情を浮かべる。
「まあ。それで?」
「そこで、あんたは得意の速度を生かした立ち回りで魔獣の隙を作る。そして、あたしがその隙をついて魔獣の体力を削りきる」
「随分とざっくりとしたプラン」
紅葉から提案された作戦、というよりも簡単な役割分担を聞いてリエナは苦笑いを浮かべる。
「仕方ないだろ。初対面で高度な連携なんてできるはずないんだから」
「確かに」
「ここで心配なのは、あんたの残りの霊力量だが・・・・・・」
紅葉の心配そうな眼差しを、リエナは鼻で笑う。
「そこらのB級精霊使いとは、くぐってきた修羅場の数が違う。この程度、ピンチのうちに入らない」
リエナの言葉に紅葉はニヤリと笑って見せる。
「お! そいつは心強いな」
初対面ではあるが、紅葉はリエナの口調や性格、心情の部分で自分と近しい部分があると感じて親近感を覚えた。
「それじゃあ、よろしく!」
紅葉が右手を差し出して握手を求めるが、リエナはその手をパチンと叩いて応えて見せた。
「足、引っ張でね」
「それはこっちの台詞!」
お互いにニヤリと笑うと、二人は魔獣の元へと走り出した。
***
二人が走り出したころには魔獣も立ち上がり、二人のことを睨みつけていた。
リエナは《風迅脱兎》を発動して、魔獣の元へと先行する。
一気に距離を詰められた魔獣は、リエナへと頭を振り下ろして角で攻撃しようとする。
だが僅かにリエナの突進力の方が、魔獣の攻撃よりも速度で勝っていた。
リエナは魔獣の角が迫る直前でスライディングして、魔獣の懐に潜り込む。
魔獣の後方へと抜けたリエナはスライディングの姿勢から魔獣へと向き直ると、魔獣の左後ろ足へと狙いを定め、《風迅脱兎》と《風兎ノ切歯》を同時に発動。
直後、霊力切れ状態による激しいめまいに襲われるが、進行方向さえ間違えなければ、後は《風迅脱兎》によって半自動的に魔獣の元へ距離を詰めることができる。
爆発的な推進力で再び魔獣へと距離を詰めたリエナは、《風兎ノ切歯》で魔獣の左後ろ足を切り裂いた。
足を切り裂かれた魔獣はバランスを崩して、大きな隙が生まれる。
「今!」
リエナの掛け声を受けて、魔獣へと距離を詰めていた紅葉は精霊術を発動。
丸棒の両端に烈火の如き炎が宿る。
自分へと迫る脅威を感じた魔獣は、角へと霊力を送り精霊術を発動。
魔獣の樹木のような太い角が、枝分かれしながら紅葉へと迫る。
視界を覆い尽くすほどの勢いで魔獣の角が迫るが、紅葉は不敵に笑う。
紅葉は烈火を纏う丸棒を縦横無尽に振い、魔獣へと距離を詰めながら迫り来る角を片っ端から焼き払っていく。
炎猿の精霊術《炎猿円舞》
丸棒は円の軌道を描きながら縦横無尽に舞い踊り、次から次へと角を焼き払っていく。
その姿は正しく、熱く鮮烈な演舞だった。
魔獣は紅葉の進行を拒むように角へと霊力を送って角を伸ばし続けるが、紅葉の進撃は止まらない。
ものの数秒で魔獣の元へと辿り着いた紅葉は、ついに魔獣の角の根元まで焼き尽くした。
魔獣の眼前へ迫った紅葉は、《炎猿円舞》による連撃を魔獣の顔面へと叩きつける。
魔獣の顔面に二十連撃あたえたところで《炎猿円舞》の発動が終わる。
直後、紅葉は丸棒を持った右腕を引き絞り《火炎突き》を発動。
「はあああぁぁぁぁぁ!!!」
裂ぱくの気合と共に渾身の突きを魔獣の顔面へと放ち、魔獣を吹き飛ばした。
「やったか?」
紅葉が呟いた直後。
「ッッッッッ!!!!!!!」
魔獣の耳をつんざくような禍々しい咆哮が響きわたる。
それと同時に煙が晴れて魔獣の姿があらわになる。
「な!?」
禍々しい咆哮をあげながら雄々しく立ち上がる魔獣の姿を見て紅葉は絶句する。
なぜなら、根元まで焼き払ったはずの角が徐々に再生していたからだ。
しかも角は葉をつけながら再生していた。
「あの野郎、周りの霊力を吸収して角を再生してやがる! しかも・・・・・・」
そう、葉をつけているということは、あの極太の光線を放つつもりのようだ。
(くそ! あれじゃ体力を削りきれなかったか・・・・・・)
紅葉は心の中で歯がみをした。
可能なら先ほどの連携で倒しきりたかった。
紅葉とリエナは精霊使いとしてかなりの実力の持ち主であるが、薬で強化された魔獣の耐久力は想定以上だった。
魔獣の様子を見るに、魔獣の体力は一割を切っているはずなのだが・・・・・・
倒しきれなかったことを悔やんでも仕方がない。
今はあの精霊術の射線から一刻も早く外れる必要がある。
だが・・・・・・
「まずい、体が動かない・・・・・・」
《炎猿円舞》による高火力の連撃と、魔獣の巨体をも吹き飛ばす威力で放った《火炎突き》。
大技を二連続で発動したために、体が数秒ほど硬直してしまう。
「まだだ!」
「!?」
自分の真後ろからリエナの叫び声を聞いて、紅葉は驚きながら後ろにリエナの方へ視線を向ける。
そこには霊力切れで、立っているのもやっとなリエナの姿があった。
「でも・・・・・・」
紅葉は硬直ですぐには動けず、リエナは霊力切れで精霊術を発動するどころか、まともに歩くこともできない。
そんな状態で一体どうやって?
「言ったろ? こんなのピンチのうちに入らないって」
そう言ってリエナは懐から何かを取り出した。
「奥の手だ!」
リエナが取り出したのは拳ほどの大きさの結晶。
「霊封石!? なんで!?」
驚きで目を見開く紅葉を他所に、リエナは持っている結晶を手の平の上で砕く。
結晶は、きらめく光の粒子を散らす。
そして光の粒子は次々とリエナへと吸収されていき、リエナは霊力を全回復させる。
リエナが砕いたのは霊封石と呼ばれる霊応石の一種で、霊力を溜め込む性質を持っている。
しかも拳ほどの大きさとなれば内包されている霊力はかなりのもので、市場で出回っているものは庶民が買える金額を優に超える。
それこそナイトオブスピリッツなどの国が運営する大きな組織ぐらいでないと在庫を持つことができないほどだ。
そんな高価な代物が登場して驚いている紅葉を他所に、霊力を回復させたリエナは獰猛な笑みを浮かべる。
「そのままの姿勢を維持しろ!」
リエナはそう言うと紅葉の元へと走り出す。
そして紅葉の肩を踏み台にして魔獣の頭上へと跳躍。
ソードブレイカーを両手で持って大きく振りかぶると、全回復させた霊力のほぼ全てを使って精霊術を発動。
ソードブレイカーに猛烈な勢いで風が寄り集まっていく。
その規模は《風迅脱兎》や《風兎ノ切歯》をはるかに超えていた。
まるで刃先に竜巻が生まれたかのようだった。
魔獣もリエナの精霊術に気づいた。
わずかにチャージ不足であったが、魔獣は頭を上げるとリエナに照準を合わせて光線を発射しリエナを迎え撃つ。
「はあああぁぁぁぁぁッ!!」
対するリエナは、竜巻の如く荒れ狂う風を纏うソードブレイカーを力の限り振り下ろす。
リエナが全霊力を使って初めて発動できるラビーの最大威力の精霊術《暴落重歯突》
正しくリエナの奥の手だ。
打ち上げられた極太の光と振り下ろされる荒れ狂う風が空中で激突する。
衝撃で空気が激しく揺れる。
両者の精霊術がせめぎ合い、一瞬の拮抗。
直後、魔獣の光線が《暴落重歯突》によって引き裂かれていく。
荒れ狂う風を纏った刃は魔獣の精霊術を打ち破り、魔獣の脳天に深々と突き刺さる。
土煙と熱を帯びた爆風が四方八方へと広がる。
硬直が解けた紅葉は、爆風に吹き飛ばれないように丸棒を地面に突き立てて必死に耐える。
しばらくして砂埃が薄れ始めると、魔獣から元の姿に戻った鹿の精霊が倒れているのが僅かに見えた。
そして、すぐそばにはリエナと思しき人影が見える。
魔獣を無事に倒すことができたのだ。
紅葉はリエナの元に向かうために、霊具と霊装を解除して歩き出す。
人影に近づくにつれて土煙が晴れていき、だんだんと視界が良くなっていく。
そして紅葉が人影の元にたどり着いた時、土煙が完全に晴れる。
「おつかれさん。ってあれ?」
紅葉は労いの言葉と共にリエナに特性の回復薬を渡そうとしたのだが、そこにリエナの姿は無かったのだ。
気配も完全に消えており、リエナは土煙と共に忽然と姿を消したのだった。
「あたしよりよっぽど忍びに向いてんじゃないの、あいつ・・・・・・」
まさに煙に巻かれた気分だった。
「聞きたいことはたくさんあるが・・・・・・まあ、いっか」
リエナを探すことを早々に諦めた紅葉は肩をすくめると、里長の屋敷に向かおうとする。
そのとき紅葉の目に、屋敷の中に入っていく見覚えのある男の後ろ姿が映った。
「あれは・・・・・・まさか!?」
驚きで目を見開いた紅葉は、溢れ出しそうになる五年分の思いに背を押されるように屋敷へと駆けだした。




