第2章 25話 里の精鋭たち① (後編)
義輝が金属音を知覚したのと同時に腰に何かが巻き付き、魔獣と衝突する寸前のところで勢いよく引っ張られる。
腰に視線を落とすと、巻き付いていたのは鎖だった。
もしやと思って義輝が引っ張られる方向に視線を向けると、そこには鎖鎌を持つ凌也の姿があった。
鎖によって勢いよく義輝を引き寄せた凌也は、そのまま義輝を抱き留めた。
「なんとか間に合った・・・・・・」
義輝に怪我がないことを確認して、凌也は安堵の表情を浮かべた。
凌也が鎖で引っ張ってくれたおかげで魔獣の突進攻撃を回避できた義輝であったが、本来この場にいないはずの凌也に対して心配そうな表情を浮かべて詰め寄る。
「凌也!? どうしてここに? 救護所にいたはずじゃ?」
昨日の魔獣化した雷亜との戦闘に参加していた凌也は大きな怪我こそなかったものの、体力と霊力の消耗が大きかったので義輝の判断で大事をとって救護所で休ませていた。
そして先ほど善蔵の指示で救護所にいた怪我人たちは、紅葉たち第十班の忍びたちに先導されて里長の屋敷の地下に避難しているはずだったからだ。
「じいちゃんたちが体張ってるのに、俺だけおとなしく休んでる場合じゃないだろ」
口角を上げていたずらっぽく笑いながら言う凌也に、義輝は呆れ半分、頼もしさ半分のどこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「まったく・・・・・・流石は儂の孫じゃな」
すぐに凌也と義輝の元に、剛介と虎助も駆けつける。
「大丈夫か?」
「なんとかな」
義輝は両手を広げて無事であることを見せる。
それを見た剛介と虎助は安心して、そっと胸をなでおろした。
「魔獣はどうなった?」
義輝たちが魔獣の方に視線を向けると、防壁を突き破って里の外に出ていた。
どうやら元のダンゴムシ状態に戻っているようだ。
一旦は里の外に出たようだが、まだ安心はできない。
またすぐに里の内部に侵入してくるだろうし、このまま追い返したら周辺の村に被害が出てしまうことも考えられる。
どちらにしても早急にあの魔獣を倒す必要がある。
「どうやってあいつを倒す? あの硬さと機動力は厄介だぞ」
四人は顎に手をやったり胸の前で腕を組んだりして、魔獣討伐の攻略方法に思考を巡らせる。
最初に口を開いたのは年長者の義輝だった。
「儂が奴の動きをなんとかしてやろう。剛介と虎助。お前たち二人の全力の精霊術さえ当たれば、あの鎧のような硬い表皮を壊せるじゃろ?」
「ああ!」
「俺たちに任せな!」
信頼の眼差しと言葉に剛介と虎助は、大きく頷いて見せた。
「そしてとどめはお前に任せたぞ、凌也」
「俺が!?」
義輝に言われて、凌也は驚きのあまり思わず大きな声を出してしまう。
「なんじゃ? 不安なのか?」
「そうじゃないけど・・・・・・」
凌也の中では宙翔との立ち合いで負け、そのあと魔獣化した雷亜との戦いで助けられたことが記憶に新しい。
凌也にとって恥ずかしさの残る出来事であったため、魔獣にとどめを刺すなどという大役が自分に務まるのかという不安があった。
「俺たちがお膳立てしてやるからお前は安心して行け!」
そう言って虎助は頼もしさが滲む笑顔を浮かべて凌也の肩に手を置いた。
宙翔と立ち合いをした時と違って、今回は義輝をはじめ三人の班長たちがついている。これほど頼もしいこともない。
それにここで自信がないからと役目を変わってもらったところで、自分の霊具や使える精霊術を考えると、魔獣の動きを封じたりあの硬そうな表皮を壊したりできるかといえば、きっとできないだろう。
ならばせめて期待されたことをやり遂げたい。
それに今はもう里にはいない、幼い頃に憧れたあの人ならきっと・・・・・・
凌也の脳裏に自分が、いや、里の全員が憧れ尊敬し慕っていた忍びの背中がちらついた。
凌也は短く息を吐いて、覚悟を決める。
「わかった」
凌也が覚悟を決めたのを見て、三人の班長たちは頷いたり笑顔を浮かべたりしている。
「よし! 一気に方つけるぞ!」
義輝の掛け声に剛介、虎助、凌也が「おう!」と応じて魔獣の元へと走り、それぞれ戦闘態勢に入る。
「まず儂がやつを引き付けて動きを封じる! 剛介と虎助は精霊術の発動準備を! 凌也もいつでも動けるように準備をしておけ!」
義輝の指示を受けて、剛介と虎助は霊力出力量をあげて精霊術の発動準備を始める。
凌也も戦闘態勢に入りつつ、とどめを刺すタイミングを逃さないように目を見開いて魔獣との戦いの行方を注視する。
義輝は前へ出ると、懐からくない型の擬似霊具を取り出す。くないに霊力を流し込み魔獣の歩脚部分を狙って投擲。
霊力を流し込まれて威力が増大したくない型の擬似霊具は、魔獣の体の中でも比較的脆い歩脚部分を正確に貫いた。
攻撃を受けて魔獣の狙いが義輝に定まる。
魔獣は幾つもある歩脚をせわしなく動かして走り出すと、体を丸め込んで球体形態になる。
そして猛烈な勢いで義輝の方に向かって転がって来た。
義輝も魔獣に向かって走り、両者の距離がある程度詰まったタイミングで、義輝は両手を前方斜め上に向かって上げて霊力で紡いだ糸を手甲から射出した。
両手の手甲から射出された二本の糸は魔獣の横を通り過ぎ、二本の木の枝にしっかりと巻き付く。
義輝は両手で鋼糸を強く引くと同時に地面を蹴り跳躍。転がってくる魔獣を飛び越えた。
義輝はちょうど魔獣の真上に来たタイミングで鋼糸を手放し体を捻り反転、精霊術を発動した。
両手を交差した状態から大きく左右に開くと、霊力によって紡がれた鋼糸がみるみるうちに網目状に編みあがっていく。それはさながら蜘蛛の巣のように。
そして編みあがった蜘蛛の巣が魔獣を包み込んでいった。
これは霊力によって紡がれた鋼糸を網目状に編み上げて蜘蛛の巣をつくり、相手の動きを封じる土蜘蛛の精霊術《鋼糸捕縛陣》だ。
義輝は魔獣の後方に着地すると《鋼糸捕縛陣》で作り上げた蜘蛛の巣を力の限り引っ張り、魔獣の動きを封じようとする。
しかし猛烈な勢いで転がり続ける魔獣に、義輝の体が持っていかれて地面に倒れそうになる。
義輝はなんとか気合で踏みとどまるが、ずるずると魔獣に引きずられてしまう。
魔獣の動きを止めようと懸命に蜘蛛の巣を引っ張り続けるが魔獣の勢いが凄まじく、肩や足首、腰などの関節部が痛みで悲鳴を上げる。
痛みで顔は歪み脂汗がにじむが、義輝は必死に耐える。
そんな義輝の状態が見ていられず、凌也は義輝に手を貸そうと走り出そうとするが、
「凌也、来るな! 自分の役目に集中しろ!!」
義輝の絶叫に近い声が、凌也の足を止めさせる。
義輝の言葉に凌也は駆けつけるのに躊躇するが、義輝の姿を見ていると本当に指示に従って良いものなのかと葛藤する。
そんな凌也に義輝は視線をちらと視線を送ると、そのまま剛介と虎助の方に視線を移す。
凌也もそれにつられて剛介と虎助の方に視線を向けた。
視線の先にいた剛介と虎助は精霊術発動のために霊力出力量をあげて霊力を練り上げていた。
その様子を見て凌也はハッとした。
なぜならいつもの二人なら、この短時間の間だけで既に精霊術発動のための霊力を十分に練り上げているはずなのに、まだ時間がかかっていたからだ。そんな二人の顔には焦りの色が滲んでいた。
そしてようやく気づく。
霊力が全快していない班長たちに残された霊力量は、あと精霊術を一、二回発動できるかどうかであるということ。
この連携攻撃で決めないと後がない。だからそれぞれが確実に魔獣に倒すために自分の役割に全神経を集中させているということ。
義輝や剛介、虎助たちの頑張りや我慢を無駄にしないためにも、同じように自分も自分の役割に集中しなくては・・・・・・
凌也は覚悟を決めると、とどめを刺すという大役を果たすために義輝に手を貸しに行くのをぐっとこらえて、戦いの様子を注視する。
それはきっと、精霊術発動準備をしている二人も同じはずだから。
そんな凌也の様子を見て満足そうな笑みを浮かべた義輝は、目の前の魔獣に意識を集中させる。
義輝は魔獣の動きを止めるという自分の役割を全うするため霊力を振り絞り、手甲に流し込む。
左右の手甲から鋼糸が追加で三本ずつ射出され、次々と周囲の木々に巻き付いていく。
鋼糸が巻き付いた木がミシミシと音を立てているが、木々がストッパーとなり魔獣の動きを一瞬止めることができた。しかも魔獣が止まったのはちょうど剛介たちの精霊術の間合いだった。
そして魔獣の動きが止まったのと同時に剛介たちの準備も整った。
「待たせたな、じいさん!」
剛介は練り上げた霊力の全てを右拳に装着した拳鍔に集約させると、右腕を弓を引くかの如く引き絞り左足を強く踏み込む。
そして全体重を乗せて、前に倒れこむように右拳で魔獣を殴った。
拳鍔に霊力を集約し渾身の拳撃を繰り出す熊羆の最大威力の精霊術《岩砕拳》だ。
《岩砕拳》が魔獣の硬質な表皮に当たると、まるで鐘を撞いたような重い音が響き渡る。
直後、今までびくともしなかった魔獣の表皮にひびが入ったのだ。
ここで霊力を使い果たした剛介は霊具と霊装が強制解除されてしまう。
だがここで終わりではない。
「虎助!」
剛介が叫ぶと同時に、虎助は精霊術を発動しながら剛介の前に飛び込んでくる。
虎助は猛る炎を纏った短剣二刀流による連撃、猛虎の精霊術《猛虎火炎連斬》を発動。
虎助は両手の猛る炎が噴き出す短剣の勢いに突き動かされるように、息をつく間もないほどの荒れ狂うような超連撃を叩き込む。
しかも熟練された技術を持つ班長である虎助は、発動した精霊術の激しさとは裏腹に、剛介の《岩砕拳》が直撃してひび割れた場所を正確に捉え、ただその一点に超連撃を叩き込んでいった。
《猛虎火炎連斬》によって、次第に魔獣の表皮に刻まれたひびが大きく深くなっていく。
そして虎助の連撃数が二十を超えたころ、ついに魔獣の表皮の一部が砕け散った。
虎助は表皮が砕け散ってあらわになった魔獣の柔らかそうな内部に向かって、短剣を深々と突き刺し炎で焼いた。
魔獣は奇怪な叫び声を上げると、球体から元のダンゴムシ状態に戻りノックバックする。
そしてその瞬間を凌也は見逃さなかった。
「じいちゃん頼む!」
魔獣に向かって走りながら叫ぶ凌也。
「よしきた!」
祖父であり師匠でもある義輝は凌也のやりたいことを瞬時に読み取り、鋼糸を射出。
凌也の進行方向に蜘蛛の巣を作り出した。
凌也はそれを踏み台にして、魔獣めがけて一気に飛び上がる。
凌也は空中で飛び蹴りの体勢に入ると、同時にスコルピオンの精霊術《刺針魔毒》を発動。空中で鎖が凌也の右足に巻き付き、針付きの分銅が踵部分に固定される。
そして凌也は、ありったけの霊力を針付き分銅に集約した。
「いっっけえええぇぇぇ!!!」
《刺針魔毒》を伴った凌也の飛び蹴りが、表皮が砕けてあらわになった魔獣の内部に直撃、分銅の先の針が深々と突き刺さる。
ありったけの霊力を込めたことで、宙翔と立ち合いをした時とは比べ物にならないほどの猛毒と化した凌也の霊力が魔獣の体を駆け巡った。
一瞬魔獣は苦しむそぶりを見せたが、すぐにその命を散らし、倒れた。
凌也は魔獣の下敷きになる前に魔獣から飛び降り、着地する。
倒れた魔獣を見て、凌也がとどめを刺すという自分の役割を全うできたことにほっと一息をついていると、駆け寄って来た義輝がわしゃわしゃと頭を豪快に撫でた。
「よくやったな、凌也」
義輝の労いの言葉に、凌也は達成感に満ちた満面の笑みで答えた。
体力と霊力を使い果たし地面に寝転がっていた剛介と虎助は、互いの拳を突き合せて健闘をたたえ合う。
これにて風間の里、防壁東側の魔獣。撃退。
里の精鋭たち①の前編・後編を読んでくださったみなさん、ありがとうございました!
戦闘シーンを書いていたらかなりの文字数となったので、今回は前後編で分割で投稿しました。そのぶん読み応えのある戦闘シーンを書けたと思います。
今後数話は班長たちの戦いが続いていきます。彼らが何属性のどんな精霊で、どんな戦いをするのか注目してもらえると嬉しいです!
ぜひ次回も読んでみてください!




