第2章 24話 里の精鋭たち① (前編)
今回は一つの戦闘シーンを分割二話で投稿します。
ぜひ二話続けて読んでみてください。
それでは本編をどうぞ!
ここは風間の里の外周をぐるりと囲んでいる防壁の東側。
防壁を突破した魔獣撃退のために駆けつけた義輝、剛介、虎助の三人は現状確認のために周囲の状況を確認した。
防壁には人間の何倍もの大きさの巨大な穴が空いていた。
魔獣がその場所から防壁を突き破って侵入してきたということは容易に想像できた。
また忍びたちの家屋も半壊しており、地面には直線状の溝が幾つも刻まれていた。
まるで何かが通った跡のような・・・・・・
義輝たちが周辺の様子や魔獣のものと思われる痕跡を見て思考を巡らせていると、地響きと共に数人の叫び声が聞こえてきた。
急いでそちらの方に駆けつけると、魔獣の姿を見ることができた。
まるで俵を連想させるような丸みを帯びた体は見上げるほど大きく、黒光りする表皮は複数の体節によって区切られていた。
そしてその体節からは、数多の細い歩脚が伸びていた。
目の前にいるのは、大型のダンゴムシの魔獣だったのだ。
気配からして下位精霊の魔獣化なのだろうが、放たれる威圧感や霊力出力量は今まで見てきた下位精霊の魔獣とは比べ物にならないほど強大なものだった。
忍びたちはこれ以上の被害を出さまいと果敢に魔獣に立ち向かっていたのだが、よほど硬い表皮なのだろう。忍びたちの攻撃は悉く魔獣の表皮に弾かれ、魔獣は忍びたちのことなど知らぬ存ぜぬといった様子で歩みを進めていた。
それでも忍びたちが攻撃を続けていると、とある忍びの攻撃が魔獣の多数ある歩脚の内の一本に直撃し、脚を斬り飛ばした。
すると突然魔獣は奇怪な叫び声をあげると、体を縮こまらせて団子のような球形になった。
「まずい! 退避!!」
現場の忍びの一人が指示を出した直後、巨大な黒い球体と化した魔獣は猛烈な動きで転がり始めたのだ。
魔獣の表皮は堅牢な割にかなり弾性に優れているようで、防壁や家屋にぶつかると、それらを破壊しながら弾かれたように急激に進行方向を変える。
その縦横無尽な軌道に対応しきれず、一人の忍びが魔獣に轢かれて吹き飛ばされる。
あわや地面に叩き付けられると思った時、間一髪のタイミングでいち早く駆けだした剛介に抱き留められた。
「大丈夫か?」
「はい、なんとか・・・・・・」
剛介に問われた忍びは、眉をひそめて苦しそうな表情を浮かべているものの、大きな怪我をしている様子は無い。
そのことに剛介は安堵の表情を浮かべた。
そして魔獣の方へと視線を向けると、球体と化した魔獣は他の忍びたちも何人か撥ね飛ばして行っていた。
その内の何人かは虎助や義輝が受けとめたが、それでも数人は助けが間に合わず吹き飛ばされた後に地面に叩きつけられてしまった。
「良くここまで持ちこたえたな。あとは俺たちに任せて、お前たちは下がってろ!」
剛介の言葉に現場の忍びたちは、里の精鋭である班長たちが来てくれたからもう大丈夫だという安堵の表情を浮かべていた。
「さあ、行くぞ!」
義輝の掛け声に、三人の班長たちは自身の指にはめている契約の指輪に霊力を流し込み、詠唱を始める。
「我を守護する精霊よ。汝、我が霊力をもって鋼糸を紡げ。土蜘蛛!」
義輝が詠唱すると、右手の人差し指にはめた契約の指輪から、土色の粒子と化した霊力が溢れ出す。粒子は蜘蛛の姿になると、瞬く間に再び粒子となって義輝の身体を包み込み霊装と霊具を顕現させる。
義輝の契約精霊は地属性の蜘蛛の精霊、土蜘蛛。
義輝の身に纏う霊装は、蜘蛛を思わせる薄手の甲冑。
そして霊具は両手に装着した、糸を射出できる手甲だ。
「我を守護する精霊よ。汝、我が身に纏い岩をも砕く剛拳と化せ。熊羆!」
剛介が詠唱すると、契約の指輪から焦げ茶色の霊力が粒子となって溢れ出し、熊の姿が現れる。そして熊が再び粒子となると剛介の身体を包み込む。
剛介の契約精霊は地属性の熊の精霊、熊羆。
剛介の霊装を纏った姿は、上半身裸で黒っぽいズボンに熊の毛皮の腰巻を巻いていた。
霊具は両手に装備された拳鍔だ。
「我を守護する精霊よ。汝、猛る炎を刃に宿し、彼のものを焼き斬れ。猛虎!」
虎助が詠唱すると、契約の指輪から紅緋色の霊力が粒子となって溢れ出して虎の姿になると、再び粒子となって虎助の体を包み込む。
虎助の契約精霊は火属性の虎の精霊、猛虎。
虎助の霊装は、虎の意匠が施された紅緋色のベスト。
霊具は二本一対の三日月を思わせるような湾曲した刃が特徴の片刃の短剣だった。
「じいさんは、怪我人を安全なところへ」
三人とも霊装と霊具を顕現し終えた頃に剛介が義輝に指示を出したのだが、それを聞いた義輝は眉をひそめた。
義輝の心境を悟った剛介は義輝の右肩にポンと手を置いた。
「じいさんだって万全な状態じゃないだろ?」
「それはお前たちだって同じじゃろうが」
この場にいる義輝、剛介、虎助は魔獣化した雷亜との戦闘での怪我が完全には癒えておらず、消耗した霊力も回復しきっていない。
普通の魔獣であれば単独でも対処が可能なのだが、目の前にいるのはおそらく雷亜の話にあった黒ローブの男の薬が投与され、狂暴性が増し強化された魔獣のはず。
今のこちら側の状態と魔獣の力量を鑑みると、正直なところ三人がかりで対処しないと太刀打ちできない。
剛介なりの気遣いのつもりで言った言葉であったが、年齢を重ねても現役の忍びで班長という立場にある義輝にはあまり効果がなかった。
「ま、ここは若者に任せとけって!」
そういって義輝の左肩に手を置いたのは、第七班班長の虎助だった。
「虎助、お前まで・・・・・・」
「どのみち、怪我人を安全な場所まで退避させないと俺たちも思う存分戦えないからさ」
虎助の言い分ももっともだ。
義輝は渋々といった感じではあるが、首を縦に振った。
「わかった」
そう言って義輝は怪我人の方へと駆けだした。
「そういえば二人で組んで戦うのは班長になってから初めてだな」
義輝を見送った後、やや感慨深そうに言う虎助に剛介は確かにと思った。
第六班と第七班の班長に就任する前、二人は同じ班に所属しており、お互いに気が合ったこともありよく行動を共にしていたのだ。
いわゆる相棒という関係性。
そしてその相棒と久しぶりに二人で組んで戦えるとあって、互いに高揚感に似た戦意の高ぶりを感じていた。
「遅れるんじゃねーぞ」
「そっちこそ」
そう言って剛介と虎助は互いの霊具をこつんとぶつけ合うと、魔獣の元へと一気に駆けだした。
間合いを詰めた剛介は走った勢いそのままに、拳鍔を装備した拳で魔獣を思いっきり殴る。
虎助も一回、二回、三回と両手に持った短剣を振るった。
だが硬質な金属がぶつかり合うような音とともに剛介たちの攻撃は弾かれ、魔獣にダメージを与えることはできていないようだった。
「くそ! 硬ってぇな!」
魔獣の硬質な表皮の前では、通常攻撃では歯が立たないようだ。
剛介と虎助は互いに顔を見合わせると、不敵にほほ笑んだ。
かつての相棒たちはそれだけでお互いの意図を察し、再び魔獣の元へ攻撃を仕掛ける。
再び魔獣との距離を詰めて魔獣の右横に来た剛介は、右手に装備した拳鍔に霊力を込める。
そして左足で強く踏み込むと同時に、まるで弓を引くように右腕を思いっきり後ろに引きしぼる。
「表面が固い奴ってのはな!」
剛介はそのまま膝を折り上体を後ろにそらせる。
体ごと沈ませ上体を後ろに倒したその体勢から、魔獣の腹にあたる体の裏側をめがけて霊力がこもった拳を地面すれすれから突き上げる。
しかも剛介の拳の軌道をなぞるように弧を描きながら地面が隆起。
隆起した地面を伴った強烈な一撃が魔獣の腹部を直撃し、魔獣は悲痛な叫びを上げながら横転した。
これは斜め下から拳を突き上げる強打を放つと同時に、地面を拳の動きに合わせて隆起させることで相手に強烈な一撃を叩きこむ熊羆の精霊術《隆昇拳》だ。
魔獣はうめき声を上げながら体を前後に揺らして起き上がろうとするが、なかなか上手くいかない。
そして横転したことにより、表皮と比べて白っぽい色をした腹部があらわとなる。
「内側が弱点って相場が決まってんだよ!」
先ほどの剛介の言葉の続きを叫んだ虎助は、両手の短剣を逆手に持って魔獣めがけて飛び上がる。
両手を大きく振りかぶると二本の短剣の刃が激しく燃え上がり、それを魔獣の腹部めがけて振り下ろした。
この虎助の攻撃する様子を例えるなら、炎を纏った牙で獲物に噛みつこうとする虎だ。
これは炎を纏った短剣で相手を上から突き刺す猛虎の精霊術《炎噛刺突》だ。
魔獣の硬質な表皮によって通常攻撃が弾かれた一度目攻撃の時に、二人は腹部が弱点だろうと見当をつけていたのだ。
案の定、剛介の攻撃によってあらわになった腹部は見るからに柔らかそうだ。
それを確認した虎助が精霊術で魔獣の弱点を突くというのが二人の狙いだった。
二人がこれで片が付く勝利を確信した時、起き上がろうと前後に揺れていた魔獣が急に勢いをつけて、くの字になるように体を折った。
そして体をくの字になるように折った勢いのまま体を丸め込み、球形となった。
魔獣が球形になってしまったことで、虎助の攻撃は魔獣の硬質な表皮に阻まれてしまった。
「ちっ! マジかよ!」
あともう少しで仕留められるというところだったため、虎助は苛立ちを隠せず舌打ちをすると魔獣の上から飛び降りた。
「へっ! なかなかやりやがるじゃねーか」
言葉では余裕そうな剛介であったが、彼もこの連携攻撃で終わらせるつもりであったため、言葉とは裏腹に頬が若干引きつっていた。
直後、球形になった魔獣が猛烈な勢いで剛介と虎助の方に転がって来た。
「来るぞ!」
二人は魔獣の攻撃を避けるために、左右に分かれて回避する。
魔獣は二人の間を通り抜けていったのだが、魔獣の向かう先を見た時、剛介と虎助の顔が青ざめる。
「おい! じいさん避けろ!!」
魔獣が転がりながら向かう先にいたのは、怪我人二人に両肩を貸して歩いている義輝だった。
義輝一人ではあれば簡単に回避できるのだが、怪我人を二人も運んでいて反応が遅れてしまい回避が間に合わない。
義輝は肩を貸している怪我人たちを突き飛ばして、魔獣の攻撃の巻き添えにならないようにするのが精いっぱいだった。
魔獣は地響きを伴いながら猛烈な勢いで目の前まで迫ってきていた。
回避はもちろん、もう防御姿勢をとる暇も残されていない。
無防備な状態で魔獣の突進攻撃を受けてしまった義輝が魔獣による突進攻撃と、吹き飛ばされて地面に叩き付けられたことによる二重の衝撃で、大怪我を負ってしまうことは容易に想像ができる。
打ち所が悪ければ、最悪命を落とすことも十分に考えられた。
義輝が死をも覚悟した時、彼の耳にジャリジャリジャリという金属が激しく擦れる音が聞こえてきた。




