第2章 20話 目が覚めて
意識と無意識の狭間。
意識ははっきりとせず肌に伝わる感触も曖昧で、ふわふわと浮遊感に似た感覚が全身を包み込んでいる。
そんな目覚める直前の感覚が宙翔は嫌いではなかった。
その余韻を楽しんでいると、ほどなくして浮遊感が失われていき全身に布団の程よい重みやサラサラとした布の肌触りを感じ、霞のようだった意識が徐々に呼び戻されていく。
もうすぐ完全に目が覚めそうな感じだった。
そして右手にすべすべで柔らかく、自分の手にすっぽり収まってしまうような大きさの、あたたかい温もりを感じた。
閉じられた瞼をゆっくりと開けて右手の方に視線を向けると、宙翔は誰かの手を握っていた。
次第に目の焦点が合っていき、宙翔は握っている手の正体が、穏やかに幸せそうな表情で眠る雷亜であると認識した。
そして雷亜が眠るベッドの向こう側に炎姫の姿もあった。
「雷亜は?」
「大丈夫じゃ。もうかなり落ち着いておるし、もう霊力供給をしなくても問題ないじゃろう」
「そっか、それならよかった」
雷亜の容態が安定したことに安心した宙翔が雷亜の手を放そうとすると、雷亜は眉をひそめて宙翔の手を握る力を強める。
それはまるで雷亜が無意識のうちに宙翔の手を放したくない、名残惜しいと感じているように思えた。
宙翔はそんな見た目よりも幼く、初めて会った時よりも少女らしく感じる雷亜を可愛らしく思った。
だがずっと手を繋いでいるわけにもいかない。
宙翔は優しく微笑みながら雷亜の頭をそっと撫でると雷亜もそれで安心したのか、眉間のしわがなくなり宙翔の手を握る力が弱まった。
宙翔は雷亜を起こさないようにそっと右手を引き抜くと、ベッドから上体を起こす。
「うーん」
直後、宙翔のベッドの左脇から誰かの声が漏れる。
宙翔がそちらの方に視線を向けると、そこには宙翔のベッドに突っ伏すようにして眠るシャルロットの姿があった。
「シャルロットがえらく主様のことを心配しておってな・・・・・・」
宙翔が魔獣化した雷亜と戦っていた頃、シャルロットは美景の指示のもと慣れないながらも救護所に搬送された怪我人の治療の手伝いを頑張っていたようだ。
そして治療の手伝いが一段落ついた時、宙翔たちが雷亜を連れて戻ってきたことを知り駆けつけると、ベッドで眠る二人と対面。その後はシャルロット自身も疲れているだろうに休憩もせず、傍らで宙翔たちのことをずっと見守ってくれていたのだ。
宙翔が眠っている間に美景やシャルロット本人からそのことを聞いた炎姫は、それをそのまま宙翔にも伝えた。
(心配かけちゃってごめんね・・・・・・)
宙翔はシャルロットの方に体を寄せると、起こさないように気をつけながらシャルロットの体からずり落ちていた毛布をきちんと体にかけ直す。
「主様の方こそ大丈夫か? 体に痛みやだるさがあったり、吐き気があったりせぬか?」
炎姫に問われた宙翔は軽く自分の体を見回したり腕を数回くるくる回したりしてみるが、特に体の方に違和感や異常を感じなかった。
「うん、平気。なんともないよ」
「そうか、それなら良かったのじゃ・・・・・・」
宙翔に霊力を使い過ぎたことによって引き起こされる代表的な体調不良の症状が現れていないことに炎姫は安堵し笑顔を浮かべつつも、その顔は少し浮かないものだった。
その理由は底なしとも思える霊力量を見せつけ、圧倒的な敏捷性と攻撃力を発揮していた魔獣化雷亜との戦闘にある。
追い詰められた宙翔は本気の力の解き放ち、霊力出力量と体内霊脈の回転効率を向上させた。それによって霊具や精霊術による攻撃力と身体能力を通常時よりも飛躍的に高め、魔獣化雷亜に対抗した。
また炎姫の霊具は刀の刃の部分から常時炎が噴き出すという性質上、戦闘時は絶え間なく霊力を消費し続けている。
昨日はそれ以外にも朝から大型のイノシシ型の魔獣の撃退、凌也との立ち合い、半蔵との稽古、魔獣から元に戻り霊力が危険な状態にまで枯渇してしまった雷亜への霊力供給と、立て続けに多くの霊力を使った。
それは例えば普通の精霊使いがなんの対策も講じることなく宙翔と同等の霊力を消費してしまった場合、数日は起き上がることもままならず、数週間は戦えないぐらいの霊力の消耗具合だ。
いくら保有霊力量が多い宙翔といえども流石に雷亜への霊力供給を行った時はその消耗に意識を失ってしまったが、それでも特に何も処置をしていないというのに霊力が一晩で完全に回復してしまっている。
この保有霊力量と霊力の自然回復量は普通の人間ではありえない。
完全に常軌を逸している。
炎姫はその他者とは一線を画す宙翔の力に思い当たるものがあり、自分の胸に手をあてた。
宙翔と契約を交わしたときに感じた宙翔の中にある自分と同じ熱。
いや、契約精霊となって何度か共に戦い、契約を結んだ直後よりも魂の繋がりが強くなった今なら分かる。
自分の中にあるものと同じだと思っていたその熱は、長い時間、何世代もかけて人間の魂に適応し変質していったということ。
そしてその熱こそが宙翔の力の正体であることを。
(なぜこのようなことを・・・・・・)
炎姫の脳裏には、宙翔の先祖と自分にその力の一部を分け与えたある精霊の姿が思い描かれていた。
なぜ人間である宙翔の先祖にあの熱を分け与えたのか。炎姫にはその神意がわからなかった。
「すみません」
そんな炎姫の表情に宙翔が首を傾げ声をかけようとした時、誰かがベッドを仕切るカーテンの外側から声をかけてきた。
「どうぞ」
宙翔が促すとカーテンが静かに開けられ、一人の少女が姿を現した。
胡桃色の長い髪を一つ結びにしているその少女に宙翔は見覚えがあった。
「君は確か・・・・・・」
「はい。風倉一花です」
宙翔の目の前に姿を現したのは昨日の朝、半蔵と共に大型のイノシシの魔獣に追われていた少女で、半蔵の幼馴染であり半蔵と同じ第一斑に所属している風倉一花であった。
「昨日は助けてくださってありがとうございました。里のみんなのことも助けてくださってみたいで・・・・・・」
かしこまって頭を下げる一花に宙翔は「気にしないで」の意味を込めて首を横に振る。
「俺は俺にできることをしただけだし、お礼はいいよ。それよりも怪我の具合はどう?」
「おかげさまで、すっかり良くなりました!」
そう言って一花はその場で軽やかにクルッと一回転して見せる。
紅葉が一花の傷口に巻いていた霊薬草を染み込ませた布も取れているし、衣服からのぞく肌にも目立った傷跡は見受けられなかった。
立っていてもふらついている様子は無いし、本当に完全回復しているようだった。
あれほどの傷や体力の消耗を治してしまうとは、霊薬草と紅葉特性の回復薬の効き目は絶大のようだ。
「半蔵は大丈夫でした?」
一花は眉を寄せて心配そうな表情で宙翔に問う。
「うん。大きな怪我もなかったし、大丈夫だよ」
少しは安心してくれると思ったが、宙翔のそんな思いとは裏腹に一花は首を横に振り、表情が晴れることもなかった。
「いえ。半蔵、いろいろ気にしてるんじゃないかって」
「それは・・・・・・」
どうやら一花が気になっていたのは半蔵の怪我の有無というより、むしろ半蔵の内面の部分、心についてのようだった。
「あいつ、十蔵さんのことがあってからずっと一人で焦ってて、一人で抱え込んでるから」
一花は唇を噛み、歯がゆそうな表情になる。
「もっと私や周りを頼ってくれていいのに」
ぼそっと静かに呟かれた言葉だったが、朝早く静寂に包まれたこの部屋では十分すぎるくらいよく聞こえた。
一花も言葉にするつもりはなかったのか、すぐにハッとしたような表情になり目線をそらす。
そんな一花の様子を見て、宙翔と炎姫は顔を見合わせると僅かに微笑みあった。
なぜなら、こう思えたから。
「大丈夫」
再び一花の方に視線を戻した宙翔は優しく、だが確かな口調でそう言った。
一方の一花は自分の意図してなかった呟きに返答が返ってくるとは思っていなかったようで、ぱっちりとした目を大きく見開いて驚いていた。
「きっと半蔵は気づいてくれる」
昨日出会ったばかりであるが、彼ら彼女らを見てそんなふうに確信できたのだ。
それは炎姫も同じだったようで、宙翔の後ろで腕組みをして頷いていた。
だが、炎姫には一つ気になることがあった。
「それよりおぬし、妾たちに他に用があるのではないか? まさかわざわざ礼を言うためだけに、こんな朝早くにここを訪ねて来たわけではあるまい」
炎姫の幼い見た目とは反する相手を見透かすような視線と口調に、一花は自然と姿勢を正して来訪の目的を伝える。
「はい。里長から空閑宙翔一行と精霊雷亜に呼び出しです。私に同行して里長の屋敷に来てもらいます」
第2章20話「目が覚めて」を読んでくださったみなさん、ありがとうございます。
今回が2023年最初の更新となりました。
また、本日は私の執筆活動及び「精霊使いと賢者の遺産」の2周年の日でもあります。
改めまして、ここまで読んでくださったみなさん本当にありがとうございます。
3年目も、なにとぞよろしくお願いします。
活動報告にも感謝の言葉を書かせていただいたので、そちらの方にも目を通してもらえるとうれしいです。
次回の第2章21話は、2月28日の21時ごろ更新予定です。
ぜひ読んでみてください!




