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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第2章 雷狼と風の忍び
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第2章 19話 愛する人にもう一度・・・・・・

 サイエンは先ほどメアから受け取ったアビスの先生の手記を読みふけっていた。


 「彼がどのようにして研究に至ったか、当時の実験の進捗状況、そして彼の考察、それが読めるだけでもこの手記には歴史的価値がある!!」


 頬を上気させて息を荒げながら読んでいる姿から、サイエンが手記を読めることに歓喜し興奮しているのがわかる。


 ここは風間(かざま)(さと)から少し離れた山小屋の中。

 人が使わなくなって久しいのか、山小屋の外壁にはツタが生い茂り、ツタの隙間から見える外壁も数か所ひびが入っているのが見える。

 そんな誰も寄り付かないであろう山小屋を、サイエンと十蔵(じゅうぞう)は今回の実験の活動拠点にしていた。


 なおもサイエンが何事か呟きながら興奮した様子で手記を読んでいると、サイエンが近くの椅子の上に乱雑に脱ぎ捨てた黒ローブの懐が淡く光り始めた。

 最近サイエンと共に行動することが増えた十蔵は、その光の正体が通信に使える水晶のような球形の霊応石であることにすぐに気がついた。


 「おい! 通信入ってるぞ!」


 十蔵がサイエンに声をかけるが、手記を読むのに夢中でこちらに見向きもしない。

 そんなサイエンの態度に十蔵は苛立(いらだ)ちを募らせる。

 実はこんなふうにサイエンが十蔵の呼びかけに反応しなかったのは一度や二度ではない。

 サイエンが実験や研究資料を読むのに没頭するたびにこんな調子なので、十蔵はいい加減うんざりとしていた。

 サイエンが一度こうなってしまったらしばらくは無反応なので、普段なら十蔵もすぐに声をかけるのを諦めてしまうのだが今回はそういうわけにもいかない。

 通信用の霊応石に反応があったということは、アビスからの連絡が来たということだからだ。


 「おい!」


 「わしは忙しんじゃ! 話しかけるな!!」


 十蔵がもう一度呼びかけようとした時、サイエンがものすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。

 あまりの物言いに十蔵はサイエンを殴り飛ばしたくなる衝動にかられそうになるが、なんとか舌打ちとため息をつくまでにとどめると、脱ぎ捨てられた黒ローブの懐から霊応石を取り出した。


 「俺だ」


 『十蔵くん、君が出るとは珍しいね』


 霊応石から少し驚いた様子のアビスの声が聞こえてきた。


 「あのじいさんは、あんたの渡した手記とか研究資料に熱を上げてるからな」


 十蔵は呆れてうんざりとした口調で言うと、サイエンの方をちらと見る。


 「これだけの薬草の組み合わせと配合量のパターンを検証するとは、さすがは世界に名を轟かせた賢人(けんじん)・・・・・・これは!? そうか、この組み合わせは試したことなかった」


 サイエンはどうやら今、手記と一緒に送られてきた研究データが記された資料を読んでいるようだった。


 「だから当分(とうぶん)(あいだ)、じいさんとは話せないぞ」


 『大丈夫。今回は君に用があったから』


 「俺に?」


 アビスの予想外の要件に十蔵は頭に疑問符を浮かべた。


 『そう。メアから先生の手記と研究資料が入ったトランクケースを受け取ったと思うんだけど、実はそれらとは別に小包(こづつみ)も一緒に入っていたんだ』


 アビスに言われて十蔵は、サイエンの傍らに開いたままの状態で置いてある革製のトランクケースに視線を移す。

 すると確かに、ケースの中には茶色の紙で包装された手のひらサイズの四角い小包が一つ入っていた。


 「オレは便利な運び屋じゃねーんだぞ」というメアの苦情を後目(しりめ)にサイエンがひったくるようにトランクケースを受け取り、早々に中から手記と研究資料を引っ張り出して読み始めてしまったため、十蔵も中身をちゃんと把握できておらず今初めて小包の存在を知った。


 『先生の手記と研究資料を読んだ博士は、確実に実験を次の段階に進めるはず。その時に必要なものがその小包の中に入ってるんだけど、博士はきっと手記と研究資料を読むのに夢中になって小袋に気づいていないはずだから、ちゃんと博士に渡して欲しいんだ』


 サイエンの性格を考えれば、そういった状況になることは容易に想像できる。

 アビスはそうならないように十蔵にフォローするように求めてきたのだ。

 十蔵は、なんで自分がそんなことを・・・・・・と思いつつも、アビスからの指示なので渋々であるが了承するしかない。


 「了解した。要件はそれだけか?」


 『それともう一つ。博士とは上手くやってる?』


 「上手くやっているか、だと!?」


 アビスの問いかけに十蔵は先ほどのやりとりを思い出して、一度抑えたサイエンへの苛立ちが再燃する。


 「俺はじいさんにこき使われるためにお前のところに来たわけじゃない!! 俺は」


 十蔵がまくしたてるように怒りや不満をぶちまけようとした時、アビスが割り込むように口を開く。


 『風倉(かざくら)(ともえ)


 その名前を聞いて十蔵は息を呑む。

 サイエンに対して激しく燃え上がった怒りや不満が一気に沈静化していき、手足から熱が失われ血の気が引いていくのを感じる。

 そして七年前の記憶がよみがえる。


 降りしきる雨の中、鮮血に染まった巴を抱き寄せる十蔵。

 巴の体に幾つも刻まれた傷口からは絶え間なく血が流れ続け、血だまりが広がっていく。

 出血量が多すぎて顔色は土気色(つちけいろ)へと変わってしまっていた。

 唇も色を失ってしまい、僅かに開けられた口から漏れる呼吸は浅く弱弱しい。


 「巴! しっかりしろ!!」


 「じゅう・・・・・・ぞう」


 十蔵の呼びかけに巴は消え入りそうな声で応えると、ゆっくりと右手を伸ばし十蔵の頬に手を添える。

 彼女の温もりが、彼女の命が、徐々(じょじょ)にだが確実に失われていくのを十蔵は触れ合う肌を通して直感した。

 十蔵は巴との永遠の別れを拒むように頬に添えられた彼女の手を強く握り、彼女の体を抱き寄せる腕にも力が入る。


 「巴、死ぬな・・・・・・」


 瞳を潤ませ声を湿らせながら言う十蔵に、巴は精一杯優しく微笑むと最後の言葉を(つむ)ぐ。


 「十蔵・・・・・・あなたは・・・・・・」


 『心配しなくても大丈夫。ちゃんとわかってるよ』


 霊応石から発せられるアビスの声で十蔵は我に返る。

 アビスの口から巴の名前が出てから次にアビスがしゃべりだすまでたった一、二秒程度の間ではあったが、当時の状況を鮮明に思い出せるくらいあの時の出来事は十蔵の魂に深く刻み込まれていた。


 『僕の計画の成就(じょうじゅ)のために博士の技術力が必要なんだ。それに、博士の研究にも利用価値がある。だから手伝ってくれるよね?』


 十蔵がアビスに出会ったのは五年前。

 その時言われたのだ。


 「僕の計画が成就すれば、君の望みも叶う。だから僕の元においで。そして僕を手伝うんだ」と。


 「俺は俺の願いを叶えるためにお前に協力している。そのことを忘れるな」


 「わかった。だから博士の手伝い、よろしくね」


 そこで通信が切れ、霊応石から光が失われる。

 十蔵は霊応石をサイエンのローブの中に戻すと、自分の上衣(うわぎ)の懐からあるものを取り出した。

 それは扇の飾りがついた翡翠(ひすい)のかんざしだった。


 「巴・・・・・・」


 かんざしをじっと見つめ最愛の人の名を呼ぶ十蔵の姿は、歴代最強の忍びと言われていることが信じられないくらい弱く寂しいものだった。

 第2章19話「愛する人にもう一度・・・・・・」を読んでくださったみなさん、ありがとうございました。


 本日は幕間「レオナルド・ワーズマインの手記④」も連続で投稿しました。

 今回作中でサイエンが読んでいたのは、レオナルドがいくつか書き残した手記のうち、4番目に書いた手記でした。今後物語の進行度に合わせて、彼の手記も順不同で公開していく予定です。


 そしてこれから第2章も終盤に突入です。


 次回は来年2023年1月17日更新予定です。

 次回もぜひ読んでみてください!

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