第2章 幕間 レオナルド・ワーズマインの手記④
王国からの依頼で即効性のある、消耗した霊力の回復方法と霊力量を増強できるものを研究及び開発せよという依頼を受けた。
霊応石の発見、そして擬似霊具と擬似霊装を開発して以降、王国から直接研究や開発を依頼されることが増えてきた。
これは喜ばしいことであるし、今回の研究と開発が成功すれば王国の精霊使いの戦死者数も、ぐっと減らすことができるだろう。
さっそく研究に取り掛からねば。
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研究は早くも難航している。
当初は霊応石を活用する方向で研究を進めていたのだが、霊応石は大きさ、重量、形状などの観点から精霊使いが常に複数個携帯することが難しく、また大規模遠征時などにおいて大量運搬するのに適さないとしてナイトオブスピリッツに却下されてしまった。
ならばと霊応石から霊力を抽出し、抽出した霊力を何か持ち運びやすい容器に保存できないかと実験を繰り返した。
だが何度やっても霊応石から霊力を抽出すると、瞬く間に空気中に拡散して周囲の人間や精霊に吸収されてしまい、容器に保存することはできなかった。
なにか別のアプローチを考える必要がある。
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研究に行き詰まり王立図書館に籠っていたら興味深い言葉に出会った。
それは古都国の古い文献の中に記されていた「火事場の馬鹿力」という言葉だ。
どうやら危機的状況下で普段以上の力や能力を発揮できるという意味の言葉らしいのだが、私の研究者としての直感がこれだと告げている。
明日にでも聞き込み調査を行う必要があるようだ。
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ナイトオブスピリッツの精霊使い五十人に聞き込み調査をしたところ、何人かの精霊使いが実際に戦場で命の危機に瀕した際、霊力が増したり身体能力が向上したりして通常よりも強くなったと感じたと答えた。
これはあくまで仮説であるが、精霊使いには何らかの理由により、平常時に発揮できる力や能力に制限が設けられている。そして命の危機を感じた際に制限が解除され、危機を回避するために一時的に潜在的な力や能力が解放されるのではないだろうか。
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さらに聞き込み調査を続けると、絶対に負けられない模擬戦の時、なんとしても大切なものを守りたい、大切な人を失いたくないと感じた時など、命の危機を感じるとき以外にも平常時以上の力を発揮できる状況が存在するようだ。
つまり命の危機に直面することが必ずしも潜在能力を引き出すためのトリガーではないということだ。
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それぞれの状況における平常時以上の力を発揮できた時の共通点をついに発見した。
それは感情だ。
死にたくない、絶対に負けられない、なんとしても大切なものを守りたい、大切なものを失いたくないなど、今までの聞き込み調査の際に挙げられたいずれの状況下においても、精霊使いたちは平常時と比べて感情が極めて高まった状態と言える。
そしてそのような状態のとき、霊力が増したり身体能力が向上したりと平常時以上の力を発揮している。
つまり感情の増大こそが平常時に発揮できる力や能力の制限を解除し、一時的に潜在的な力や能力を解放するためのトリガーであると言えるのではないだろうか。
この仮説の元、研究を進めることにする。
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さっそく実験の効果が得られた。
複数の精霊使いたちに一部栄養剤に使用されている興奮効果をもたらす薬草を少量摂取してもらった。
その結果、薬草の摂取前と後とで、わずかであるが体から溢れ出す霊力量が増加したのを目視にて確認できた。
どうやら私の仮説は間違ってはいないようだ。
このまま薬草の種類や摂取量の検討と調整を繰り返し、研究の完遂を目指すとしよう。
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薬草の選定と調合と実験を繰り返し、ようやく霊力量を一時的に増大させる増幅薬の試作品が完成した。
これより王国のお偉い方とナイトオブスピリッツの騎士団長たちへのお披露目へ行ってくる。
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王国のお偉いさん方は何もわかっちゃいなかった。
増幅薬を改良し、もっと霊力を増大させる薬を作れと言ってきたのだ。
こちらが実験過程をまとめた資料を提示してこれ以上のものは副作用の危険性が増して、メリットとデメリットのバランスが釣り合わないと言っているというのに。
増幅薬は感情の増大を促し霊力量を高めるという性質上、服用者に興奮効果をもたらす薬草が含まれているのだが、その薬草にはわずかにだが依存性がある。
そして霊力量をより高めるためには、より興奮効果をもたらす薬草を使う必要があるのだが、そのぶん薬ヘの依存性が増してしまうのだ。
精霊使いたちは平常時に発揮できる力や能力、言い換えれば霊力量を何らかの理由で無意識的に制限している可能性がある。
それなのに霊力量の増加にのみ重きを置き、依存性の増した増幅薬を過剰に摂取すれば、服用者の肉体と精神にどんな影響があるかわからない。
だからこの試作品は霊力の増加割合が一定以上見込めつつも、安全性を第一に考えて調合されたものであるとさんざん説明しているというのに。
しかし決定事項のようなので、霊力量の増加割合と副作用のバランスをギリギリまで吟味したうえで増幅薬の材料と調合を見直す。
これも王国の精霊使いの戦死者を減らすためだ。
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あれから数か月が経過し、何度も薬草の組み合わせと調合量を変えて実験を繰り返し、ついに完成した改良型の増幅薬は王国のお偉いさん方の了承を得ることができた。
しかし霊力量の増加に重きを置いたことで、依存性に関しては以前の試作品と比べてかなり高いものとなってしまった。
私にも譲れないものがある。
安全を考慮し増幅薬は一月に摂取できる本数を制限し、本数に関してはこちら側の提示した数を厳守してもらう。
少しでも体調に違和感を感じる者が出たらすぐにこちら側に報告すること。その際には全ての精霊使いを対象に増幅薬の摂取を一時中止すること。
これを確約させ、増幅薬の量産を始めた。
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ついに恐れていた事態が起こってしまった。
増幅薬の増産を始めてからやく半年が経ったころ。
一人の精霊使いが突如として倒れた。
直後、倒れた精霊使いは理性を失い、狂暴化して周りの精霊使いたちを襲い始めたのだ。
その様はまるで霊脈泉の付近で度々目撃される魔獣のようだった。
幸いにも周りにいたA級精霊使い数名が対処し、こんな時のためにと増幅薬の改良と同時進行で開発した鎮静剤を迅速に投与することができたため、甚大な被害が出る前に事なきを得た。
しかしその後も数日のうちに同様の事故が立て続けに発生。
王国のお偉いさんはようやく増幅薬の危険性を認識し、私に意見を求めてきた。
そして私の提案によって、既に製造およびナイトオブスピリッツの精霊使いに支給された増幅薬に関しては、全て破棄。研究資料は悪用されないよう、王立図書館の禁書庫で厳重に保管されることとなった。




