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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第2章 雷狼と風の忍び
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第2章 18話 まどろみの中で

 みなさん、お久しぶりです。

 一ヶ月ぶりの更新となりました。


 前回の精霊使いと賢者の遺産は・・・・・・


 宙翔と魔獣化した雷亜の戦いの一部始終を見ていたサイエンは、満足のいく増幅薬の出来にならなかったと憤りをあらわにしていた。

 そんな時アビスから通信が入り、サイエンはアビスに実験への向き合い方を指摘されてしまう。

 アビスの言葉をきっかけにサイエンは是が非でも研究を完遂させる決意を固めるのだった・・・・・・という内容でした。


それでは本編をどうぞ!

 「くっ! どうしてこんなことに!」


 薄暗い夜の森の中、雷亜(らいあ)は悪態をつきながら乱立する木々の間を縫うように全速力で駆け抜けていた。

 僅かに後ろを振り返ると、轟くような唸り声をあげながら草木を踏み倒し、静かな闇夜に騒音を響かせながら一心不乱に雷亜に猛進してくる巨大なイノシシ型の魔獣の姿があった。

 もうかれこれ十五分以上走り続けている雷亜はここまで逃げるのに霊力を使い果たし、帯電状態も解除されて走る速度は格段に落ちてしまっていた。

 それ(ゆえ)か魔獣が点ほどの大きさに見えるほど離れていたのに、もう彼我(ひが)の距離十数メートルのところまで追いつかれてしまっていた。

 あの巨体で踏み潰されれば無事では済まないだろう。


 ただ今晩の腹の足しにしようと木の実を採ろうとしただけだったのに、気が立っていた魔獣と遭遇したのが運の尽きだったのだろうか。

 再び視線を前方に戻すと、木々の間から淡い光が漏れていた。

 まもなく森を抜けるようだ。

 森を抜ければ、どうしようもない今の状況を打開できるかもしれない。

 雷亜は疲労が蓄積し段々と重くなっていく足を懸命に前へ前へと動かす。

 徐々に森の出口へと近づいていき、雷亜は僅かな希望を胸にその身を森の外へと躍らせる。


 「!? そんな・・・・・・」


 しかし、そんな雷亜の淡い希望は一瞬にして砕かれる。

 雷亜の視界に飛び込んできたのは、ごつごつとした岩肌が特徴的な岩壁だった。

 見上げると首が痛くなってしまうほど高くそびえ立った岩壁は、霊力を使い果たし疲労が蓄積した雷亜にはとても登れそうにない。

 完全な行き止まりだった。

 雷亜が絶望に打ちひしがれていると、わずか数秒後に魔獣は森からその姿を現し、走ってきた猛烈な勢いのまま雷亜へと突進して行った。

 

 (ここまでか・・・・・・)


 雷亜がこれから訪れるであろう運命を受け入れ諦めかけた、その時。

 岩壁の上から小さな影が飛来してきた。

 その小さな影は、右手に持っていた炎を纏う短刀を落下の勢いを上乗せして、魔獣めがけて斬り下ろした。

 落下の勢いを上乗せしているとはいえ、その小さな体のどこにそんな力があるのだろうか。

 炎を纏った短刀は巨大な魔獣を真っ二つにした。

 雷亜は突然のことに頭の処理が追いつかず、小さな影が魔獣を倒すのをただ呆然(ぼうぜん)と見ていた。


 「おぬし、怪我は無いかのう?」


 小さな影のやや舌足らずさがありつつも鈴の音を思わせるような凛とした声に問われて、雷亜の頭はようやく正常に情報を処理し始め、その小さな影の容姿を詳細に認識する。

 見た目は幼い幼女の姿で、背丈は雷亜の頭一つぶんくらい小さいだろうか。

 薄暗い闇夜でも目に付く紅蓮を思わせる赤い着物を身に纏っていた。

 しかし何よりも目を引くのが、闇夜に浮かぶ月の光のような、あるいは秋の夕暮れにきらめくススキの穂のような黄金色(こがねいろ)の美しい髪。

 そして頭にあるピンととがった三角の耳と、ふさふさと揺らめく毛並みの良い黄金色の尻尾だ。


 容姿に見惚れてしばらく目が離せなくなっていた雷亜は、怪我の状態を聞かれていたのを思い出した。

 質問しても自分をじっと見つめ沈黙している雷亜に、目の前の精霊は心配そうなまなざしを向けていた。雷亜は急いでなにか返答せねばと頭をフル回転させる。


 「ああ、あんたのおかげで何ともないよ」


 頭をフル回転させて出てきた言葉が自分でもどうかと思うほどぶっきらぼうであったため、雷亜はもっと良い言い方があっただろうにと心の中で頭を抱えた。


 「そっか、それならよかったのじゃ」


 しかしそんな雷亜の言い方に対しても特に気を悪くした様子は無く、目の前の精霊はホッと安心したような表情になると右手に握っていた短刀をそっと右に払う。すると短刀は闇夜に溶けるように深紅の粒子となって消失した。

 目の前の精霊が何気なくやっているような仕草にも洗練された美しさを感じ目が離せずにいた雷亜だったが、ふとごく単純で素朴な疑問が頭をよぎった。


 「あんた何者なんだ?」


 身体的特徴や彼女の放つ気配から雷亜と同じ精霊であることは間違えない。

 しかし彼女からはただの精霊ではない、独特の気配、存在感を感じた。

 精霊はよくぞ聞いてくれました言わんばかりに胸を張り、腰に手をあてて得意げな表情を作ると、雷亜の問いに答えようとする。

 その刹那、雷亜は得も言われぬ不思議な感覚に包まれる。

 それはまるでこれから彼女が何を言おうとしているか既に知っているような、既にこの状況を体験しているような、そんな感覚。

 そう、彼女の名前は・・・・・・


 「(わらわ)の名は炎姫(えんき)。炎の神格精霊《炎神フェニキオス》様より神性を分け与えられ、この地を守るように仰せつかった、しがない精霊じゃよ」


 目の前にいる精霊、炎姫が、雷亜が思い浮かべたのと寸分たがわぬ言葉を紡いだ途端。


 「雷亜あぶない! 後ろじゃ!」


 目の前にいるはずなのに、背後から聞こえてきた炎姫の警告の声が雷亜の魂を震わせる。

 雷亜はその声に反応して、急いで体を屈める。

 すると頭の上を淡い光を纏った刀身が横切り、空を斬った。

 雷亜はまるで体が自動的に動いているかのように何の意識もすることなく、屈んだ状態のまま体を回転させ自分を斬りつけようとした相手の足を自分の足を使って払う。

 百八十度回転した雷亜は立ち上がるとバランスを崩した相手に向かって右手を振るい、鉤爪で横薙ぎに斬り裂く。

 無防備な状態で雷亜の攻撃を受けた相手はそのまま地面に倒れ伏した。


 雷亜が状況確認のため周囲に視線を走ると、雷亜は困惑した。

 背後にあったはずの見上げるほど高くそびえ立った岩壁は跡形も無く消え去り、雷亜は背の高い木々に周囲を囲まれていた。

 いつの間にか、また森の中にいたのだ。

 しかも周囲は先ほどと比べて格段に明るい。それもそのはず。

 頭上の木の葉の隙間から太陽の光が差し込んでいるのだから。

 一瞬のうちに場所も変わって、時間帯も変わっている。

 普通に考えればあり得ない状況のはずなのだが、数メートル離れたところにいる見知った姿の精霊を見た途端に雷亜の困惑はきれいさっぱり消え去り、自分が今何をしていて何をするべきなのか当然のように理解していた。


 「(あね)さん!」


 瞬く間に雷亜の元へと駆け寄った炎姫は、ぴたりと雷亜と背中を合わせて周囲を警戒する。


 「雷亜、無事じゃな?」


 雷亜が頷くと炎姫は一瞬安心した表情を見せた後、顔をすぐさま引き締めて短刀を正眼(せいがん)に構える。

 雷亜も戦闘態勢に入ると、自分たちを取り囲んでいる人間たちを鋭く睨みつける。


 「良し、ならば一緒にあの者たちを退けるぞ」


 そう、この森に入って精霊を無理やり捕まえる精霊商と呼ばれる人間を雷亜たちは追い払わないといけないのだ。


 「雷亜、背中は任せたからのう」


 ここ数十年で姐さんと呼ぶくらい尊敬と信頼を抱くようになった相手から背中を任せると言われて、雷亜は嬉しさのあまりこの上ない高揚感を感じる。


 「はい!」


 雷亜が勢いよく返事をしたのとほぼ同時に、人間たちが剣型の擬似霊具を振りかぶって雷亜と炎姫に襲い掛かってくる。

 そして目の前に迫って来た人間を雷亜が迎え撃とうとしたその瞬間。


 「雷亜、何をしておる。早くこっちに来るのじゃ」


 戦闘中とは思えないほど緊迫感のないゆるやかな声が雷亜を呼び止める。

 雷亜が振り向くと、そこは森の中ではなく、人間たちが桜木(さくらぎ)町と呼ぶ場所の(はず)れにある(やしろ)だった。

 雷亜が自分を呼び止める炎姫の姿をその視界に捉えると、炎姫は社にある木製の階段に腰かけて手招きしていた。

 雷亜は戦いの緊張感など完全に忘れ去り、軽やかな足取りで尊敬する炎姫の元へ向かって行く。


 「ほれ、見てみい。今日はこんなに(ささ)げものを持ってきてくれたのじゃぞ!」


 雷亜が炎姫の左側に腰かけると、炎姫は右隣りに置いていた籠を自分と雷亜の間に移動させる。

 その籠にはたくさんの果物や野菜、人間の作った料理が入っていた。


 「さあ、二人で食べよう」


 「はい!」


 火属性の神格精霊から神性を分け与えられ、魔獣や精霊商からこの森と力の弱い精霊たちを守る、強くて美しくて優しい炎姫。

 そんな最も尊敬できて憧れている姐さんと、こうやって一緒の時間を過ごすことができる。

 雷亜にとってこれ以上の幸せはなかった。

 雷亜が籠に入っていた果物に手を伸ばそうとした時だった。


 「宙貴(ひろたか)様、今日も来てくれたのじゃな!!」


 炎姫のその言葉を聞いた瞬間、雷亜は弾かれたように炎姫の方を見る。

 そこには斜め上を見上げ、満面の笑みを浮かべて頬を薄桃色に染めた炎姫の姿があった。

 雷亜が炎姫の視線を追いかけると、そこには見るからに弱そうな黒髪短髪の人間の男が立っていた。

 宙貴と呼ばれた人間は炎姫の薄桃色の笑みを柔らかな笑顔で受け止めると、右手に持っていた包みを見えやすいように顔の前に掲げた。


 「ああ、君の大好物のいなり寿司も持ってきたぞ!」


 「毎度すまぬな」


 申し訳なそうに、けれどどこか嬉しそうに謝った炎姫は左に詰め寄って、右側に空間を作る。そして階段に人間の男が一人座れる分だけの空間ができると、炎姫はその場所をポンポンと手でたたく。


 「ほれ、宙貴様も隣に来て一緒に食べるのじゃ」


 炎姫が左側に詰め寄ったことによって、雷亜も否応なく左へとずれていく。

 それによって雷亜が窮屈(きゅうくつ)そうにしているのにも関わらず、炎姫はまるで雷亜のことなど見えていないかのように宙貴という人間と楽しそうに会話していた。

 その光景を見た雷亜の胸がズキンと痛み、心の中で正体不明の熱くて荒々しい感情が渦巻いていく。


 (どうしてあんな人間と親しくするんですか!? あたしの方が姐さんと一緒にいた時間も長いし、あたしの方が姐さんのことよく知ってるのに!!)


 「それじゃあ、炎姫。そろそろ行こうか」


 「そうじゃな」


 雷亜の心がかき乱されている中、宙貴と炎姫が立ち上がり社を後にしていく。


 (待って! 姐さん、置いてかないで!)


 雷亜も慌てて立ち上がって追いかけようと一歩を踏み出そうとした瞬間、足がまるで鉛のように重くなり動けなくなる。

 雷亜が足元を見ると粘着性の黒くドロドロとしたぬかるみに、(すね)のところまでどっぷりとはまっており身動きが取れずにいた。


 (どうしてあんな人間なんかと一緒に!? )


 どうして自分がそんな得体の知れないぬかるみにはまって身動きが取れずにいるのか、いつの間にか周囲も何もない真っ黒の空間に変わっているというのに、今の雷亜はそんなこと気にしていられないほど焦っていた。

 なぜならそうこうしているうちに、炎姫と宙貴がどんどん遠くへと遠ざかっているから。


 炎姫と人間はなんともないようなのに、雷亜だけがまるで底なし沼となってしまったぬかるみにどんどんと沈んでいき、腰の高さまで飲み込まれていった。

 次第に胸の中で渦巻いていた正体不明の激情が、明確な怒り、憎悪などの負の感情へと形を変えて雷亜の魂から溢れ出していく。

 そして溢れ出した負の感情は、新たなぬかるみとなって底なし沼へと流れ出していった。


 (あたしの方が姐さんのことを思ってるのに! あたしの方が姐さんのこと大好きなのに! どうしてあたしから大切なものを取り上げるんだ!!)


 雷亜は炎姫から離れたくないと、置いて行かれたくないと、自分の元へと連れ戻したいと、人間なんかに奪われたくないと、必死に右手を伸ばすが際限なく溢れ出す負の感情に呼応するかのように急速に底なし沼へと飲み込まれていき、胸のところまで沈み込んでいた。


 (返して! 返してよ! あたしの姐さんを返してよ!!)


 点ほどの大きさにしか見えないほど炎姫が離れていき、体が底なし沼へとどんどん飲み込まれて行っても、雷亜はもがき苦しみながら手を伸ばす。

 だが、底なし沼から真っ黒な蔓が伸びてきて雷亜の体と右手に巻き付き、さらに強い力で引きずり込もうとする。


 (お願いだから、どこにも行かないで・・・・・・)


 雷亜が涙ながらに懇願(こんがん)するときには、すでに首元まで底なし沼へと引きずり込まれていた。

 ここまで飲み込まれてしまっては、もうどうすることもできない。

 それにもう炎姫の姿も見えない。

 もう雷亜が手を伸ばすことを諦めて怒りと憎悪、そして絶望に飲み込まれるのを受け入れようとした時。


 一瞬、視線の先で、ちらと小さな紅蓮の光が見えたような気がした。

 すると突如、光が見えた方向から業火の如き灼熱の炎が波のように押し寄せ、真っ黒な底なし沼を焼き尽くした。

 底なし沼を一瞬にして蒸発させるような圧倒的な熱量であるはずなのに、なぜか雷亜を焼き尽くすことはなかった。

 直後まるで空中を落下するような浮遊感が雷亜を襲い、このまま落ちる!! と思った時、伸ばしたままの右手を誰かに強く握られる。

 握られた右手から感じるのはあたたかくて優しい温もりだった。


 (このあたたかさは、姐さん!?)


 だが雷亜はすぐに違うと気が付いた。

 その熱は確かに炎姫に似ているが、どこか違う。

 しかも握られた手の大きさは炎姫よりも大きくて、少しごつごつとしていた。

 しかしその手に対して不快感はなく、むしろ安心するような、どこまでも大きくて澄み渡る大空のような優しくて包み込むような温かさを感じた。

 握られた右手の先へと視線を向けると、引き上げようとしている誰かの姿が見えた。

 光に包まれてシルエットのみしか見えないが、特徴的な三角耳と尻尾もついていないし背丈も大きいから、やはり炎姫でないのは間違いない。

 ならばいったい誰なのだろうか。

 そして、ぐっと引っ張り上げられた雷亜は、急速にシルエットに近づいた。


 (あんたは・・・・・・)


 そこには今朝魔獣の攻撃から助けたばかりの、黒髪短髪の少年のどこまでも優しい笑顔があった。


***


 長いような、短いような、とても辛くて嫌だけど、温もりと安心感もあったような、そんな不思議な夢を見ていた気がする。

 柔らかな温もりに包まれて、雷亜の意識は覚醒した。

 ふわふわと曖昧だった全身の感覚が、徐々に意識の覚醒と共に呼び戻されていく。

 そして感じたのが、今まで寝起きしていた草原や木の上とは違う、ふかふかで柔らかなものに首から下が包まれている感触。

 ゆっくりと瞼を開けると、まず目に飛び込んできたのは数メートル上に木の板が何枚もきれいに横並びに整列している光景だった。

 それは炎姫の社の中に入って上を見上げ、天井を初めて見た時と似た光景だった。

 そして先ほど感じている柔らかいふかふかの感触の正体を探ろうと、雷亜はゆっくりと目線を下へと向け、自分の体の方を見る。

 そこには真っ白な布が自分の首から下を覆っている光景が見つかる。どうやら柔らかな感触の正体はこの布であったようで、自分は柔らかさの違うその白い布に上下から挟まれた状態で横たわっているようだ。

 たしか以前に炎姫が人間は布団やベッドという名前の布の中に挟まって寝ていると言っていたのを思い出し、もしかしてこれのことかもと雷亜は当たりを付けた。


 「目が覚めたようじゃな」


 その時、雷亜にとって一番なじみがあって、一番好きな声が、炎姫の声が彼女の耳に届く。

 声が聞こえた左側に視線を向けると、雷亜が横になっている(かたわ)らに炎姫が木製の椅子にちょこんと座っているのが目に映った。


 「ここは?」


 「風間の里っていうところの救護所じゃよ」


 風間の里というと、今朝姐さんが複数の人間を連れて訪れようとしていた場所だ、と雷亜は思った。

 その時雷亜は炎姫たちと別行動をとることになっていたはず。


 「どうしてここに・・・・・・!?」


 それなのになぜこの場所に自分がいるのかと雷亜が不思議に思った瞬間、記憶がまるで濁流のように猛烈な勢いで雷亜の頭の中を駆け巡った。

 炎姫と別れて森の中を走っていた時に怪しげな黒ローブの二人組を見つけたこと。

 その黒ローブに見つかり、妙な液体を体に注入されたこと。

 液体を注入された後、自分の中で負の感情が爆発し霊力が際限なく溢れ出したこと。


 その後に起きたことはおぼろげではあるが、確かにこの魂に刻まれ覚えている。

 魔獣化した身体で、何人もの人間にこの爪を振り下ろした。

 そして炎姫と契約して精霊使いとなった人間に、自分の中のとめどない負の感情をぶちまけながら容赦ない攻撃を浴びせた。

 その人間が傷つけば契約している炎姫も無事では済まないというのに・・・・・・

 自分が他の何よりも大切で、大事で、大好きで、憧れていた炎姫を傷つけようとしていた。

 その事実を認識した途端、激しい自己嫌悪と罪悪感が雷亜を襲う。


 「姐さん!! あたし、とんでもないことを!!」


 「大丈夫じゃよ。雷亜は何も悪くない」


 ベッドから飛び起きようとする雷亜を、炎姫は優しく(なだ)めながらそっと押し戻す。

 その炎姫の優しさが今の雷亜の心にはとても痛かった。


 「あたし、あたしは・・・・・・」


 雷亜はその両目にいっぱいの涙を浮かべ、すぐにそれは次から次へと溢れ出して頭の下の枕を濡らす。

 そして震える喉と唇からは掠れ声が漏れ出すばかりで、言いたいことが、言わなければならないことがあるのに、言葉になってくれない。


 「今は何も言わんでもいい。ゆっくり休んで、明日の朝になったら話してくれれば良い」


 濡れた嗚咽を漏らしながら、雷亜はただ頷いていた。

 そして溢れ出る涙を拭おうと右手を動かそうとしたとき、雷亜は驚いた。

 自分の右手が誰かにそっと握られていたのだ。

 しかし、驚いたのはそこではない。

 驚いたのは握られた手から伝わる温もりが、さっき夢の中で感じていた温かさとあまりにもよく似ていたから。

 自分の右手を握っている手の正体を知るため視線を動かすと、そこには雷亜が横になっているベッドにくっつけるように配置されたもう一台のベッドに横たわる宙翔(ひろと)の姿があった。

 そして雷亜の方を向くように横向きになって眠る宙翔の右手が雷亜の右手を優しく握っていた。


 「これは?」


 雷亜は手を握られている理由がわからず炎姫の方に視線を向ける。


 「魔獣から元に戻すのに、おぬしの体力と霊力を限界まで削ったからのう。おぬしの魂の安全のためにもすぐに霊力を回復させる必要があったのじゃが・・・・・・」


 生命力と言い換えることもできる霊力は、枯渇(こかつ)すれば命の危機に直結してしまう。

 霊力の回復方法は自然回復が一般的で、保有霊力量からの消耗分は十分な休息と食事をとってゆっくりと回復させる。

 即効性を求めるのならば霊脈泉から溢れ出す霊力を浴びるか、霊力を蓄えた霊応石から霊力を抽出して取り込む必要があるが、魔獣から元に戻ったばかりの雷亜に瞬間的に大量の霊力を吸収させてはどうなるかわからない。最悪の場合、再び魔獣化してしまう可能性もある。

 だが限界まで体力と霊力を削られた雷亜には、霊力の自然回復を待っている余裕はない。

 そうなると雷亜の霊力を回復する手段は限られてくる。


 「そしたら、主様(あるじさま)が自分の霊力を()けられないかと申してな」


 炎姫は呆れるような、けれどどこか(いつく)しむような眼差しで宙翔を見つめていた。

 現状を踏まえると雷亜の霊力回復に最も有効なのは、他者から時間をかけて少しずつ霊力を分けてもらうという方法だ。

 これなら自然回復よりも早く霊力を回復することができ、かつ霊脈泉や霊応石のようなリスクもない。

 宙翔は決してこの辺りの知識に造詣(ぞうけい)が深いわけではない。

 でもなんとしても雷亜を助けたいという純粋な思いが、(はか)らずも宙翔に最適解を導かせていたのだ。


 「ある程度霊力も回復しておるし、手を放しても」


 雷亜が人間を好きではないことを知っていた炎姫が、雷亜の右手から宙翔の手を外そうと手を伸ばしかけた時。


 「姐さん待って」


 予想外にも雷亜に止められて炎姫は目を丸くする。


 「もう少しだけ、こうしていても良いですか?」


 あの夢の中で感じた、澄み渡るような優しくて包み込むような温かさを、魂に沁み渡るような安心感をもう少しだけ感じていたと雷亜は思った。

 人間相手に、炎姫以外の誰かにこんなこと思うのは初めてだった。

 けれど不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 わからないけれど、この人間から感じるものを包容力や優しさというのかもしれない。


 「きっと主様もその方が安心されるじゃろう」


 炎姫は優しく微笑むと伸ばしかけた手引っ込めて、代わりに雷亜の頭へと伸ばす。


 「さあ、もう目を閉じてゆっくり休むのじゃ」


 そしてゆっくりと優しく雷亜の頭を撫でる。

 そんな炎姫の表情はまるで可愛い我が子を寝かしつける母のような慈愛に満ちたものだった。

 右手からと、そして頭から。

 二つの温もりに導かれて雷亜は瞼を閉じ、やがて規則正しい寝息をたてる。


 「雷亜・・・・・・おぬしのそんな顔、久しぶり見たのう」


 怒りや憎しみや絶望といった負の感情を一切感じさせない、安心しきった穏やかな寝顔がそこにはあった。

 第2章18話「まどろみの中で」を読んでくださりありがとうございました。


 次回ですが、19話の前に幕間を挟む予定です。

 なので次回更新日の12月2日は幕間と19話を連続で投稿します!


 次回もぜひ読んでみてください。

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