第2章 17話 背に腹は代えられない
みなさん、お久しぶりです。
一ヶ月ぶりの更新となりました。
前回の精霊使いと賢者の遺産は・・・・・・
炎姫の言葉によって魔獣化した雷亜との戦いへの迷いを断ち切った宙翔は、真の意味で彼の本気の力を解放した。
圧倒的な霊力出力量と迷いの無い太刀筋、そして炎姫との連携で無事に勝利を果たし、雷亜を魔獣から元に戻すことができたのだった・・・・・・という内容でした。
ということで本編をどうぞ!
宙翔たちがいる地点から離れた木立の中。サイエンと十蔵は望遠鏡を片手に宙翔と魔獣化した雷亜との戦いの一部始終を見ていた。
そして魔獣から元に戻った雷亜を宙翔が抱き寄せるのも見て、サイエンは地団太を踏む。
「なんなのだ、あいつは!」
憤りをあらわにするサイエンとは対照的に十蔵は冷静さを貫いていた。
「戦い慣れていないところもあるが、精霊使いとしての潜在能力は相当なものがあるだろうな。なにせ、あんたご自慢の《増幅薬》を使った魔獣を一人で倒したんだから」
十蔵の皮肉とも嘲笑ともとれる言葉に、サイエンは血が滲みそうなほど強く唇をかみしめて悔しそうな表情になる。
「あれはわしが作り上げた増幅薬の中で最高傑作のものじゃ。あとは数回実験を重ねて調整すれば長年の研究が完成するはずだったのに、たった一人の精霊使いに台無しにされるとはな!」
「たった一回負けたぐらいで大袈裟だな」
「大袈裟なものか!!」
顔を間近まで迫らせ声を荒げて怒鳴りつけるサイエンに、さすがの十蔵も思わず体をのけぞらせてしまう。
「増幅薬によって強化された上位精霊の魔獣だったのじゃぞ! あの程度の奴に負けるようでは、わしの目指すものとは程遠いものだったということだ!!」
サイエンは吐き捨てるようにそう言うと、懐から手記を取り出す。
そして一心不乱にページをめくっては自らが書き記した内容に目を走らせる。
「より効力のある増幅薬を作るためには今の配合を微調整するのではなく、根本的に材料から見直す必要があるが、わしには時間が・・・・・・」
そう呟くサイエンの表情は焦りに塗りつぶされていた。
人生の半分以上をこの研究に費やしてきたサイエンも、気づけば八十歳を目前に控えていた。
年齢のせいかこの数年で一気に文字が見えづらくなり、腰やひざなど体のあちこちに痛みがある。
集中力も若いころと比べると、随分と続かなくなってしまった。
そんな自分があとどれくらい研究を続けられるのだろうか? 自分に残された時間は?
そう思いサイエンが焦燥にかられた日も少なくない。
そんな中ようやく薬が形になり、あと少しで長年の研究が完成するというところで、今までの苦労が全てひっくり返るようなことが起こったのだ。
サイエンの憤りは相当なものだろう。
(わしの崇高な目的が・・・・・・)
サイエンが不安や苛立ちから頭をガシガシと掻きむしっていると、懐にあった水晶のようにきれいな球形の霊応石に光が灯る。
「なんじゃ、こんな時に!」
サイエンは声を荒げながら懐から霊応石を取り出す。
『やあ、博士。実験の調子はどうかな?』
取り出した霊応石から聞こえてくるのは、さわやかな声音に穏やかな言葉遣い。それらからは物腰柔らかそうな好青年といった印象を与える。
しかしそれと同時にあまりにも人当たりの良さそうなその喋り方には、真意を掴ませない得体の知れなさも感じさせる。
そんな相反する印象を与えさせる声の正体は、先ほどサイエンがちらと名前を出したアビスだった。
「どうもこうもないわい!」
一種の不気味さをも感じさせるアビスの声に、サイエンは怒りゆえか一切臆することなく自身の感情をむき出しにして先ほどの一件をアビスに伝える。
『なるほど。それはおもしろ、いや興味深いね』
思わず本音が漏れてしまったアビスに対して、サイエンは苛立ちを募らせてより一層険しい表情になる。
サイエンの顔は見えていないはずなのだが、アビスはその苛立ちを鋭敏に感じ取り宥めるような口調でとある提案を持ちかける。
『博士、やっぱり先生の増幅薬に関する実験の資料と手記を渡そうか?』
「なんじゃと!?」
アビスの提案を聞いたサイエンは、驚きのあまり大声をあげながら手に持っていた霊応石を覗き込んだ。
「しかし、これ以上は・・・・・・」
だがサイエンはふと冷静になり、霊応石から視線をそらした。
そのやり取りを見ていた十蔵は不思議に思った。
なぜなら今までのサイエンの言動を見る限り、喜んでその提案に飛びつくと思ったからだ。
その一方で、アビスはサイエンの胸の内を見透かしているかのような口調で問いかける。
『博士、今のあなたには己のプライドよりも優先させるものがあるのでは?』
アビスの問いかけにサイエンは息を呑み、眉間にしわを寄せて苦虫を潰したような険しい表情を見せた。
サイエンがアビスの提案をためらっていたのは、できることなら自分の力だけで研究を完遂させたいと思っていたからだ。
アビスの言う先生はこの世界で知らぬ者はいないほど、偉大な成果を残した研究者だった。
亡くなってから約二百年が経った現在でも、彼の定説や発明品が使われるほど彼が後世に与えた影響は大きい。
実のところサイエンの増幅薬の研究も、元々アビスの先生が王国から依頼を受けて行っていた増幅薬の研究から着想を得ている。
しかしながらサイエンの作る増幅薬は、使う材料の種類や配合の割合など彼独自の要素がふんだんに盛り込まれている。
それは王国が所有する増幅薬に関する資料は閲覧に制限がかかっており詳細を把握できなかったからというのもあるが、なによりもサイエンの研究者としてのプライドが先人の道をただなぞるのを許さなかったから。
そして実験や研究は、自らが考え試行錯誤を繰り返すことに意味があると思っていたからだ。
だからアビスと最初に出会った時、サインは同じ提案をされたが一度断っていた。
しかしサイエンは先ほどのアビスの言葉を聞いてハッとさせられた。
サイエンには人生をかけてでも、どうしても成し遂げたい目的がある。
老い先短い身としては、目的のためにはプライドをかなぐり捨ててでも最短距離を突き進む時が来たということなのだろう。
幼き日の誓いを果たす、そのために。
「背に腹は代えられないということか・・・・・・」
サイエンは小さく呟くと、意を決したような表情になり霊応石を鋭く見つめる。
「その申し出、ありがたく受けるとしよう」
『さすが博士、良い判断だ。実は博士たちの近くに別件でメアがいるんだ。彼女に先生の手記と配合に必要な物を持って行かせるよ』
「わかった」
『それじゃあ、実験がんばってね』
そしてアビスがメアとの合流地点を伝えると霊応石の光は消え、アビスとの通信が切れる。
「おい、十蔵。すぐに合流地点まで向かうぞ」
「俺に命令するな」
サイエンと十蔵はその場を後にし、指示された合流地点へ向かう。
魔獣化した雷亜を救うと決意した宙翔と同じように、サイエンの目にも迷いはなかった。
***
「アビス様、よろしかったのですか?」
「うん? なにがだい?」
サイエンとの通信を切った直後、アンナに問われたアビスは小首をかしげた。
「サイエン博士の実験についてです。彼の研究はあなたの目指すものとは違うと思うのですが?」
「ああ、それなら大丈夫」
アンナの質問の意図を理解したアビスは、爽やかな笑みを浮かべる。
「彼には《ソウルキー》の修復や他の装置の製造をしてもらう代わりに、研究に必要なものを準備すると約束したからね。それに、彼の研究でたくさんの犠牲が出ても問題ないんだよ」
「どうしてですか?」
「僕の計画が成就してこの歪んだ世界を正したら、全ての魂が救われるからだよ。今生きている魂も、死んで《世界の魂》へと還った魂も全て」
爽やかな笑みを崩さず話すアビスだが、話の内容はとても爽やかとは言い難いものだった。
それがより一層、彼の得体の知れなさや底知れぬ不気味な雰囲気を際立たせていた。
しかしながら、そんなアビスと相対しているアンナの表情からは恐れや怖いといった感情を感じ取れない。
頬を赤らめ、とろんと瞳を潤ませてアビスを見つめる表情からは、むしろそんな彼を敬愛し、うっとりしているように感じられた。
「それに彼の研究も利用できそうなんだ」
アビスの言葉を受けて、アンナは緩みきっただらしない顔は見せられないと、急ごしらえの真面目な表情を作る。
「何にでしょうか?」
アンナに問われたアビスは、まるでお気に入りのおもちゃを自慢する子供のような無邪気な笑顔を見せる。
「僕の計画の最重要ポイント。核となる魂を持つ者の成長にね」
そしてアビスは善は急げと言わんばかりにパチンと手を叩くと、この話題をきりあげてアンナに指示を出す。
「さあアンナ、メアに連絡を取って」
第2章17話「背に腹は代えられない」を読んでくださり、ありがとうございました。
今回でサイエンの人となりと、研究に対する思いの一端が見えたと思います。
今後のアビス陣営の動きにも注目していただけると嬉しいです。
次回の更新日時は、11月4日金曜日の21時ごろを予定しています。
次回もぜひ、読んでみてください。




