第2章 15話 紅蓮の記憶
みなさん、お久しぶりです。
一ヶ月ぶりの更新となりました。
前回の精霊使いと賢者の遺産は・・・・・・
森の奥へと向かった宙翔たちは、ついに標的の魔獣を発見した。
凌也や義輝をはじめとした数人の忍びたちと戦っている魔獣を見て、炎姫と宙翔は魔獣の正体が雷亜であると気づく。
雷亜を魔獣から元に戻すために宙翔は雷亜と戦うことになって・・・・・・という内容でした。
ということで本編をどうぞ!
宙翔が走り出して間もなくすると、雷亜の姿を視界にとらえることができた。
雷亜は先ほどと比べるとゆっくりとした足取りで帯電状態も比較的落ち着いているように見えたが、宙翔の姿を見た途端に歯をむき出しにして走り出す。
宙翔に近づくにつれて身体に纏う雷も徐々に激しくなっていき、雷亜の走る速さも増していく。
『主様、戦いが長引けば長引くほど雷亜を元に戻せる可能性が少なくなってくる。なるべく早く決着を!』
(わかった!)
宙翔は頷くと雷亜を迎え撃つべく立ち止まり、刀を正眼に構える。
そこに雷亜は右前足を振り下ろしながら飛び込む。
振り下ろされる鉤爪に対して、宙翔は斜め右下から刀を振り上げる。
先ほどと同様に鉤爪と刀が接触すると同時に放電が起きるが、今度は宙翔が吹き飛ばされることはなかった。
鉤爪による斬撃を正面から受け止めれば衝撃で吹き飛ばされてしまうと学んだ宙翔は、刀の側面を使って擦り上げるように雷亜の攻撃を受け流したからだ。
雷亜の鉤爪を受け流した宙翔はそのまま頭上で手を回し、左上から右下へと刀を振り下ろして雷亜を斬りつけようとする。
しかしその瞬間、またしても身に覚えのない記憶が宙翔の脳内で再生される。
場所はサクラギにある社で、隣に座っている雷亜が持っていた果物を半分に割って片方をこちらに差し出しているという光景だった。
『姐さん、半分こです』
あの特徴的なニカっという眩しい笑顔を見た宙翔は雷亜を斬る直前、ほんの一瞬動きを止めてしまう。
上位精霊で最高クラスの敏捷性を誇る雷亜は、たとえ魔獣化したとしてもその隙を見逃さなかった。
鉤爪を受け流された雷亜は瞬時に体勢を整えると、右斜め前に生えている木の幹に向かって飛び上がる。
その木の幹を足場に、雷亜はさらに右隣にある木の幹へと飛び移る。その場所は宙翔から見て左側の真横にあたる位置だった。
鉤爪で攻撃すると先ほどのように刀で受け流されてしまうと本能的に悟った雷亜は、体当たり攻撃を仕掛ける。
その間、わずか一秒未満。
『主様危ない!!』
宙翔は炎姫の言葉で我に返ると、急いで辺りを見回して雷亜の姿を視界にとらえる。だが・・・・・・
(間に合わない!)
雷亜の目にも留まらぬスピードに防御が追いつかない。さらに左上から右下へと刀を振り下ろそうとしていた宙翔にとって、その場所からの攻撃は防御がしにくい。
そのため雷亜の体当たりは為す術もなく宙翔の左脇腹に直撃した。
帯電状態である雷亜の攻撃によって宙翔の左脇腹から放電が起き、宙翔はそのまま周囲に雷を撒き散らしながら吹き飛ばされ、数メートル先の木に体を強く打ちつける。
「かはっ!」
『主様!!』
強い痛みと歪む視界、痺れる体。息を吸うのもままならないが、鉤爪で切り裂こうとする雷亜が眼前まで迫ってきていた。
宙翔は転がるようにそれを回避。
間一髪のところで回避は間に合ったが、木には鉤爪による斬撃が深く刻まれ、直後そのまま倒壊する。
無防備な状態であれを受けたら、いくら宙翔でもひとたまりもないだろう。
それでも雷亜の猛攻は止まらない。
転がるように回避した宙翔を追いかけ、右、左、右と足で踏みつけようとする。
宙翔はそれを転がり続けながら回避する。
数回ほど踏みつけ攻撃が続き、嫌気がさしたのか雷亜が次で仕留めようと一際大きく足を持ち上げた瞬間。
宙翔は瞬時に左手に霊力を集約して、精霊術《狐炎球》を発動。
火球を作り出し、足を大きく上げて僅かに隙ができた雷亜に向かって発射する。
火球が命中した雷亜はバランスを崩して後方に倒れた。
その間に宙翔は呼吸と体勢を整える。
そして雷亜が倒れた今がチャンスと宙翔は一気に間合いを詰め、雷亜へ上段からの斬り下ろしを仕掛ける。
(今度こそ!!)
しかし、またしても身に覚えのない記憶がちらつく。
空が西日によって茜色に染まり、目の前を少女の姿の雷亜が走っている。そして少し距離が開いてしまったところで雷亜は立ち止まり、こちらを振り返ると満面の笑みを浮かべながら大きく手を振る。
『姐さん! 早くしないと置いてっちゃいますよ~』
その光景を見た宙翔の手は止まってしまう。
その一瞬の間に雷亜は起き上がると体勢を立て直し、宙翔から距離をとった。
『主様?』
炎姫の心配そうな声で宙翔は我に返り、雑念を払って集中せねばと数回頭を振る。
「大丈夫、何でもない」
宙翔はもう一度刀を正眼に構え呼吸を整えてから、雷亜に向かって走り出す。
その後も幾度となく雷亜に対して攻撃を仕掛けるが、その度に身に覚えのない雷亜との記憶がちらついてしまう。
『あの雲、姐さんの尻尾に似てますね!』
無邪気に笑いかける雷亜。
『姐さん、そんな~』
眉をひそめて、がっかりそうにする雷亜。
『もう、そんな姐さんのことなんて知りません!』
頬を膨らませて少しむくれる雷亜。
『姐さん、どうしてあんな人間と仲良くするんですか!!』
本気で心配して怒ってくれる雷亜。
『そんな辛そうな姐さんの顔見たら、放っておけるわけないじゃないですか』
泣きそうな顔しながら慰めようとしてくれる雷亜。
『姐さんの代わりにあたしがこの地を守りますから!』
どん、と自分の胸を叩いて安心させようとしてくれる雷亜。
他にもたくさん雷亜の表情を見た。
そのどれもが宙翔には身に覚えのないものだったが、その全てがあたたかくて優しくて切なくて胸が痛くなるような記憶だった。
そんな記憶を見るたびに宙翔の攻撃の手は止まり、例え攻撃を当てたとしても浅すぎて雷亜の体力と霊力を削るには不十分なものばかりだった。
宙翔が集中力を欠き攻撃的になれていないと雷亜も本能的に感じ取り、ここぞとばかりに連続攻撃を仕掛けてくる。
そしてついに雷亜の攻撃が宙翔にクリーンヒットしてしまい、宙翔の体は宙を舞い倒れ伏してしまう。
『主様、どうしたのじゃ!?』
明らかに宙翔の様子がおかしいと思った炎姫は、契約の指輪を通じて宙翔との魂の繋がりを辿る。
『まさか、妾の記憶が!?』
そして宙翔が雷亜へ攻撃を試みるたびに、自分と雷亜との記憶の断片を見ているのに気が付いた。
そんなこと通常の精霊使いでは滅多に起こりえない。
だが精霊との親和性が高い宙翔は、通常の精霊使いと比べて契約精霊とより強い繋がりで魂が結ばれている。
そのうえ宙翔と炎姫は今、雷亜を救いたいという同じ強い思いを抱いている。
同じ思いを持つ。つまり心が一つになることで魂の結びつきがさらに強くなる。
それらの要因が重なり、契約精霊の記憶の断片を見るという通常では起こりえない現象が起きていたのだ。
炎姫と雷亜の思い出を垣間見たことによって、宙翔に今まで以上に攻撃に対する躊躇やためらいが生まれてしまっている。
それに気づいた炎姫は、宙翔に語りかける。
『主様、先ほどの立ち合いで感じたことを覚えておるか?』
炎姫に問われた宙翔は凌也との立ち合いと、里長の屋敷にある客間での半蔵やシャルロットたちとの会話を思い出していた。
(あれじゃ、守りたいものを守れない)
『そうじゃ。そして聡い主様ならば、なぜそう思うような戦いになってしまったのか経験の差以外にも原因があることに気づいておるはずじゃ』
立ち合いで凌也の動きに翻弄された宙翔は客間での会話で「経験の差ってやつを思い知らされた」と言った。
その言葉に嘘偽りはないが、それが全てではない。確かに凌也との戦闘における経験値の差は歴然だ。
だが保有霊力量や精霊との親和性の高さなど純粋な精霊使いとしての強さであれば宙翔の方が勝っていた。
だから宙翔がその気になれば経験値の差を力でねじ伏せることも可能だったのだ。
だが、それができなかったのはもっと根本的な理由からだ。それを宙翔も心の中ではちゃんと理解していた。
(俺が本気で戦うことを怖がっているから・・・・・・)
そう、宙翔は戦うことを恐れている。より正確に言えば自分の手で誰かを傷つけることを恐れているのだ。
もともと宙翔は戦うことはもちろん、喧嘩も嫌いだった。
昔サクラギにある空き地でリンカが年上の男の子に殴られそうになったのをかばって自分が殴られた時も、宙翔は決して殴り返すことはなかった。
《蛇の鱗》のボスであるデトス・チャートと戦うとき、シャルロットと炎姫を守るために精霊使いになった。そのとき宙翔は決して相手を傷つけるために戦わないと、大切なものを守るために戦うと誓ったのだ。
だが風間の里に来て凌也との立ち合いや半蔵との稽古など、守る以外の目的で刃を交える機会があった。
宙翔は決してうぬぼれているわけではないが、精霊との親和性が高く神性を分け与えられた上位精霊である炎姫と契約している自分は、純粋な精霊使いとしての力が他者よりも勝ってしまっていると直感的に理解していた。
だからもし本気を出して戦えば、もし自分の攻撃に殺気が乗ってしまったら、容易に誰かを殺めてしまうのではないかという思いが宙翔の中にあったのだ。
『主様は優しいからのう。相手を傷つけることを恐れ、全力で相手と向き合いつつも本気で戦うことを避けてしまっておる』
そう、宙翔は今までの戦いで決して手抜きをしていたわけでは無い。その場その場で彼に出せる全力を尽くしていた。
ただ本気を出して戦って誰かを傷つけることへの恐怖心が、無意識のうちに彼の剣筋を鈍らせ、彼の精霊使いとしての力を抑制してしまっていた。
そんな宙翔の現状と心の内を炎姫は正確に理解していた。
そして雷亜を攻撃できない理由も・・・・・・
『雷亜のことを気遣って刀を振るうのに迷いが出ておるのじゃろう?』
(炎姫のことを姐さんって呼んで、笑顔でいたり少しむくれたり、心配して涙を流してくれる。そんなふうに炎姫を慕ってくれる子を本気で斬ったりしたら・・・・・・)
今回は雷亜の体力と霊力を限界まで消耗させる必要がある。
だが魔獣化した雷亜は、手加減した生半可な攻撃でどうこうできる相手ではない。
本気で戦うしかないのだ。
だけどもし攻撃のさじ加減を間違えて雷亜の命を奪ってしまったら・・・・・・
そこまで考えて、宙翔は思わず寒気で震えてしまう。
『じゃが、そこで迷ってしまっては手遅れになってしまうぞ』
迷って攻撃ができずにいる時間が長くなればなるほど、雷亜を元に戻せる可能性は減ってしまうのだ。
(わかってる! でも・・・・・・)
『それでは救えるものも救えなくなるのじゃぞ!』
炎姫の言葉に宙翔はハッとする。
同時に宙翔の脳裏にフラッシュバックしたのは、七年前の燃え盛る家の中で両親を助けようと手を伸ばし続ける自分の姿。
もう助けたくても何もできなかったあの頃とは違う。今は助けるための力とそれに協力してくれる頼もしい精霊がいる。
『それに見てみい、雷亜のあの瞳と身体を』
宙翔は改めて雷亜の姿を見た。
血のように真っ赤に染まった瞳に宿るのは、激しい怒りと憎悪だった。そして少女の姿から獣のように変わってしまった身体はその怒りと憎悪が溢れ出し、体現したかのような禍々しいものだった。
『妾の記憶を見た主様なら知っておると思うが、雷亜は心の優しい思いやりのある子じゃ』
それは炎姫の記憶の中で見聞きした雷亜の表情と言葉から痛いほど伝わってきた。
『きっと魔獣化して、雷亜は苦しんでおるはずじゃ』
そう雷亜は暴れたくて暴れているわけじゃない。傷つけたくて攻撃しているわけじゃない。今はただ自分を制御できず、周りが見えなくなってしまっているだけだ。
炎姫との対話を通して次第に宙翔の中の、なんとしても早く雷亜を助けたいという思いが今まで以上に強くなっていく。
宙翔はゆっくりと立ち上がった。
気持ちは固まったが本気で戦うことへの恐怖心がまだ少し残っているのか、霊具である刀を持つ右手が僅かに震える。
宙翔は心を落ち着けるために一度目をつむって深呼吸をする。
『大丈夫。妾がついておる』
炎姫の大丈夫という言葉が心に、魂に沁み渡っていく。
自分は一人で戦っているわけじゃない。自分には寄り添って一緒に戦ってくれる、一緒にいれば負ける気がしないと、一緒にいればどんなことでも乗り越えられると信じられる仲間がいるのだと。
『一緒に雷亜を救うぞ!』
炎姫の言葉と共に、宙翔は目を見開く。
「ああ! 絶対に雷亜を助ける!」
もう宙翔に迷いはなかった。
第2章15話「紅蓮の記憶」を読んで下さり、ありがとうございました。
今回はタイトルの通り、炎姫の記憶の断片が一つの起点となって、炎姫と雷亜の関係性や宙翔の戦いへの葛藤を描きました。
そして炎姫の言葉で「絶対に雷亜を助ける!」という意志の元、本気で戦うことを決意した宙翔。
次回、雷亜との戦いに決着がつきます!
そんな次回は、9月2日金曜日の21時ごろ更新予定です。
次回もぜひ読んでみてください。




