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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第2章 雷狼と風の忍び
24/46

第2章 9話 魔獣

 みなさんお久しぶりです。約一ヶ月ぶりの更新となりました。


 前回の精霊使いと賢者の遺産は・・・・・・


 宙翔と凌也の立ち合いは宙翔の勝利で幕を閉じ、それを受け里長である善蔵は宙翔に対する今後の対応を決めるため班長たちを招集しました。

 宙翔を風間の里に引き入れたいという意見が出される一方でそれに反対する意見もあり、様々なことを考慮して今は様子見をするということでその場は落ち着きました。


 そして今回は時系列的に宙翔と凌也が立ち合いをしていたのと同時刻、一方その頃を描いたお話です。


 それでは本編をどうぞ!

 空閑宙翔(くがひろと)風谷凌也(かぜたにりょうや)と立ち合いをしている頃、雷亜(らいあ)(いかずち)を纏い森の中を駆けていた。


 「あの人間がでかい魔獣に遭遇したって言ってたのはこの辺りだったよな」


 雷亜は乱立する木々の間を縫うように走り抜けていき、風間半蔵(かざまはんぞう)から聞いた森の奥へと進んでいた。


 「ん?」


 一旦立ち止まり周囲を見回したとき、雷亜はふと何かの気配を感じた。

 雷亜は気配のする方に近づくと、纏っていた雷を解き木の陰からそっと様子をうかがう。


 (誰かいる)


 そこには二つの人影があった。

 二つの人影は共に黒色のフード付きのローブを着ていたが、フードはかぶっていなかったので後ろ姿ではあるが、ある程度容姿が見て取れた。

 一人は白髪の年輩の男で何やらしゃがんで作業をしており、その様子をもう一人の黒髪の若い男が半歩後ろの方で見ていた。


 (何やってんだ?)


 今の距離だと向こうの声が聞こえず何をやっているかもよく見えないため、雷亜は気づかれないようにそっと近づいていく。


 「おっと、暴れなさんな。ちょーと、チクってするだけじゃからな」


 近づいていくと年輩の男の声が聞こえてきた。

 年齢の割に声のトーンが高く、言葉とは裏腹にそのしゃべり方や口調からは労りや優しさを全く感じなかった。

 木の陰から顔をのぞかせると、雷亜は白髪の男がやっていることを見て息を吞んだ。


 白髪の男は倒れているシカ型の精霊が暴れないようにするためか、左手で頭をそして右足で体を押さえつけると、右手に持っていた筒状のものを精霊の首筋に押さえつけていたのだ。

 そして白髪の男が右手の親指で筒の後ろの突起を押すと、中に入っていた液体が精霊の中へと注ぎ込まれていった。


 筒が空になると白髪の男は急いで精霊から離れ、手近な茂みに身を隠す。後ろにいた若い男もその後を追い茂みの中に隠れる。

 残された精霊はうめき声をあげながら、もがき苦しんでいるように見えた。

 倒れている精霊を助けに行こうとした雷亜だったが、目の前で起きている光景に驚きのあまり思わず足を止めてしまう。


 シカ型の精霊の霊力が爆発的に膨れ上がり、粒子となって身体からあふれ出す。そして精霊の角はまるで巨木から延びる枝のごとく太く長く伸び始め、それと共に体もどんどん大きくなっていく。

 雷亜は目の前で起きているその光景に目を奪われ体が硬直し、息をするのも忘れてしまうほどの衝撃に襲われる。


 その精霊の変化は雷亜にとって初めて見るものだった。

 それなのに今何が起きているのか知っていた。

 知識としてではなく、魂に刻まれた精霊の本能として直感していたのだ。


 これは精霊が魔獣へと変貌する瞬間なのだと。


 そして完全に魔獣と化したシカ型の精霊は空気を揺るがすほどの咆哮をあげると、巨大な角で周囲の木々を手当たり次第といった様子で次々とへし折りながら森の向こう側へと姿を消した。


 「これで二十五体目っと」


 魔獣の姿が完全に見えなくなったタイミングで茂みの中から白髪の男が出てくる。後に続くように若い男も茂みから姿をあらわした。

 白髪の男はローブの懐から何やら手記を取り出しページをめくると、前のページと行ったり来たりしながら何かを書き込んでいるようだった。


 「うむ。薬の効果は充分じゃな。レポートに書いてあったレシピに手を加えることで、霊力の増加量も格段に上がっておる。魔獣化するまでの時間もかなり速くなったのう」


 「!?」


 男の発言を聞いて雷亜は息を呑んだ。

 

(もしかして最近発生してる魔獣は霊脈泉の影響じゃなくって、こいつらのせいで増えてるってことなのか!?)


 もしそうだとしたらいったい何のために、目的は何だというのだろうか。


 「下位精霊への実験はこんなもんで良いじゃろう。そろそろ実験も次のステップに行きたいとこじゃからのう」


 顎に手をあてながらやや演劇めいた口調で言う白髪の男は、わざとらしく視線を若い男の方に向ける。


 「俺はあんたの実験動物になるつもりはない」


 そんな白髪の男の視線を、若い男はその鋭い視線と口調でバッサリと切り捨てる。


 「はっはっは。冗談じゃよ。人間への投与はもう少し後になってからじゃ。次はもう少し知性のある上位精霊で試したいからのう。その結果を踏まえたうえで薬を調整してから、お待ちかねの人体実験じゃよ」


 「ふん」


 大袈裟(おおげさ)にわざとらしく笑って見せる白髪の男に、若い男はさほど興味がないのか心底どうでもいい、もしくは呆れたといった表情を見せた。

 そのやり取りを聞いていた雷亜は全身が粟立(あわだ)つような、そして身の毛のよだつような寒気を感じた。

 精霊を、人間を、懸命に生きようとしている者を踏みにじるような実験を考えている白髪の男に。そしてそれを黙認している若い男の方にも。

 明らかに普通じゃない、常軌を逸していると感じた。


 (早く姐さんに伝えないと)


 今までに感じたことのないほどの危機感と焦燥にかられた雷亜が、今見聞きしたことを急いで炎姫に伝えるべくここから離れようとした時だった。

 一歩後ろに引いた足が落ちていた小枝を踏み、パキンと音を鳴らしたのは。

 それは小さな音だったが、確実に男たちの耳に届いた。


 「誰じゃ!」


 勢いよく振り返った白髪の男と雷亜の目がばっちりとあってしまう。


 (やばい。バレた!)


 そう思った瞬間に雷亜は全身に霊力をみなぎらせると、雷を身体に纏い全速力で逃げた。


 「お! ちょうどいいところに上位精霊が。わしらは運がいいぞ。あれを捕まえてこい」


 「俺に命令するな」


 うれしそうな声音で指示を出す白髪の男に、簡素だが確かに煩わしさを込めた口調で答えた若い男はローブを脱ぎ捨てた。


 その瞬間、ローブを放り投げた右手にはまっていた指輪から深緑色の霊力が粒子となって溢れ出す。

 溢れ出した粒子は一瞬(わし)の姿になると、再び粒子となり若い男の身体を包み込む。

 身体を包む粒子が収まると、そこには深緑色を基調とし機動性を重視するため胸や腕、(すね)といった必要最低限の場所を守る防具を具現化した霊装を纏う若い男の姿があった。

 そして彼の右手には地面から腰の高さまである大きな手裏剣の霊具が握られていた。


 そう、この男は風間の里から離反した歴代最強の忍び、風間十蔵(かざまじゅうぞう)だった。


 この時点で雷亜が駆けだしてからまだほんの数秒だが、すでに雷亜の姿が小さな点に見えるほど遠く離れていた。

 普通に考えればここから追いつくことなど不可能だと思えるのだが、十蔵に焦ったり諦めたりする様子はない。


 次の瞬間、十蔵の身体から霊力が溢れ出す。

 十蔵は霊力によって周囲の空気に干渉、細く鋭く速い風の流れをイメージして気流を操作する。

 すると風はまるで竜巻のように凄まじい速度で渦巻き、十蔵の身体に纏う。

 わずかに聞こえるキィィィーンという高音から、渦巻く風の回転速度の速さがうかがえる。

 これは十蔵の契約精霊である颯鷲丸(そうじゅまる)の精霊術《風装(ふうそう)》だ。

 《風装(ふうそう)》は纏う風の性質を変化させることで自身に様々な特性を付与することができるのだが、今十蔵が発動しているのはスピード特化の効果がある《風装(ふうそう)疾風(しっぷう)》だ。


 《風装(ふうそう)疾風(しっぷう)》を発動した十蔵が地面を蹴ると、目にも止まらぬ凄まじい速度で走り出した。

 そして追いつくのは絶望的だと思っていた雷亜と十蔵の距離は、あっという間に縮まっていった。

 その様子を雷亜は走りながら、十蔵を振り切れたかどうか確認するために一瞬振り返った時に見ていた。


 (ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)


 危機感、焦燥、衝撃、恐怖。

 自分との距離を瞬く間に詰めてくる十蔵の姿を確認した雷亜は、いろいろな感情がごちゃ混ぜになりながらも追っ手に捕まらないように乱立する木々の間を縫うように懸命に走り抜ける。


 (あたしの速さについてこれるなんて、並の精霊使いじゃない!)


 雷亜の敏捷性(びんしょうせい)は上位精霊の中で最高クラスである。さらに雷を纏いトップスピードに達した雷亜に追いつくのは、B級精霊使いではまずもって不可能。A級精霊使いでも追いつき捕らえるのは至難の業だといえる。


 しかし今の雷亜には知る由もないところだが、十蔵の精霊使いとしての階級はS級。

 レームル王国領内で三人しかいない現役S級精霊使いのうちの一人だ。

 精霊使いとして最高峰に位置する十蔵にとって、たとえ上位精霊の中で最高クラスの敏捷性を誇る相手だったとしても、それに追いつくことなど造作もないことなのだ。


 グングンと距離を縮める十蔵は、右手に持っていた大型の手裏剣を雷亜に向かって投擲(とうてき)する。

 風属性の霊力を纏った手裏剣が猛烈なスピードで雷亜に迫る。軌道上にある木々を切り倒しながら迫ってくるその手裏剣の切れ味を想像するのは難しくないだろう。

 雷亜はその手裏剣の迫ってくるスピードと切れ味に冷や汗を浮かべるが、体をわずかにひねりこれを寸前のところで回避する。

 回避できたことにホッとするが、それもわずかな間だけだった。

 回避された手裏剣が鋭角にUターンし、戻ってきたのだ。


 これは疾風を手裏剣に纏わせることで手裏剣の初速を高め、さらには軌道も自在に操りことができる颯鷲丸の精霊術《天翔(てんしょう)流操閃(りゅうそうせん)》だ。


 高速で飛行する手裏剣と、スピードに乗り自身の最高速度に達している雷亜がぶつかるまでコンマ数秒程度しかない。

 これでは回避しきれずに攻撃を受け、十蔵に捕らえられてしまうだろう。

 それはこのまま何もしなければの話だが。


 雷亜の両腕にそれぞれ三本の鉤爪状の刃が付いた手甲鉤(てっこうかぎ)が現れる。

 手甲鉤を具現化させた雷亜は、右腕を左斜め上へと振り上げる。

 すると鉤爪の軌跡をなぞるように三本の雷の斬撃が手裏剣へと飛ぶ。

 雷亜は続けて左腕を右斜め上へと振り上げ、先ほどと同じように斬撃を飛ばす。

 雷亜が飛ばした計六本の雷の斬撃と手裏剣がぶつかり合い、わずかに手裏剣の軌道が右にそれる。


 雷亜は体をひねりながら左斜め前方に飛び込むと、手裏剣が目と鼻の先を通り抜けまさに紙一重というところで回避に成功する。

 雷亜は咄嗟の回避行動でバランスを崩して走ってきた勢いのまま転ぶが、前回り受け身を取りダメージを可能な限り軽減する。

 そして前回りの勢いをそのまま利用して立ち上がると、減速することなく再び走り出す。


 十蔵は右足で急ブレーキをかけながら戻ってきた手裏剣をキャッチする。

 右足を軸に身体を回転させ、手裏剣の勢いを殺すことなく、むしろ遠心力でさらにスピードと威力を上乗せさせて再び手裏剣を雷亜に向かって投擲する。

 一回目の投擲よりも速度と威力が数段増した手裏剣が雷亜に迫る。

 雷亜は先ほどと同じように体をひねり回避しようとするが、わずかに間に合わず手裏剣が肌をかすめてしまう。

 そして手裏剣はまたもや鋭角にUターンして戻ってくる。


 (いくら速くなったからって結果は同じだ!)


 雷亜がもう一度手裏剣の軌道をそらすべく斬撃を飛ばそうとした時だった。

 左右から空気の切り裂く音と何かが迫りくる音が聞こえてきたのは。

 雷亜が即座に視線を走らせると、なんと両側から二枚の手裏剣が雷亜の元へと迫ってきていた。


 (霊具が増えた!?)


 実は十蔵は二回目の手裏剣を投擲した直後、再び走り出すと風間家に伝わる秘術《風分身(かぜぶんしん)》で手裏剣を二枚複製し左右に向かって投擲。投擲された手裏剣は《天翔(てんしょう)流操閃(りゅうそうせん)》の効果で軌道を操り、弧を描きながら雷亜の元へと向かっていたのだ。

 前方と左右からは手裏剣が迫り、そして後方からは十蔵が走ってくる。


 (くそ! 囲まれた!)


 雷亜は完全に逃げ場を失っていた。

 ここで捕まってしまえば炎姫に魔獣騒動の真実を伝えることが叶わないうえに、確実にあの白髪の男に雷亜は魔獣にされてしまうだろう。


 (そんなのごめんだ! 最後まであきらめてやるものかああぁぁぁ!!)


 雷亜は魂の咆哮とも呼べるものを心の中であげると、霊力を右足へと集約させる。

 そして右足で地面を強く踏み切る。踏み切りの瞬間、右足に集約していた霊力を開放すると纏っていた雷が火花を散らしながら激しく放電する。

 雷亜は集約した霊力の解放時に起きる爆発力を利用してジャンプ力を強化。四方を囲まれた状況から上空へと逃れたのだ。


 森から飛び出した雷亜が下の方を見ると、地面が見えなくなるほど木々が生い茂っていた。

 雷亜から下にいるはずの十蔵の姿は確認できない。逆に言えば十蔵の方も雷亜の姿が見えないわけで、そうなればむやみに手裏剣を投擲することもないだろう。

 一度視界から外れてしまえば、雷亜のスピードなら相手を()くことはそう難しくはない。

 あとは気配を殺して見つからないように無事に炎姫の元に向かうだけだ。

 ひとまず安心し正面を向いた雷亜は目を見開き、その表情を驚きと困惑そして絶望に染める。


 (どうして、今そこにお前がいる!?)


 雷亜が向けた視線の先、雷亜が飛び上がった延長線上に《風装(ふうそう)疾風(しっぷう)》を解除した状態で手裏剣を構えた十蔵の姿があったのだ。


 雷亜が飛び上がった延長線上に十蔵がいるためには、少なくとも雷亜よりも先に飛び上がっていなければならない。

 しかし雷亜が地面を踏み切り飛び上がってから、まだコンマ数秒しか経っていない。

 雷亜は踏み切る直前、十蔵が自分の後ろを走っていたのをその目で確認している。少なくとも十蔵が雷亜よりも先に飛び上がっていたということはあり得ない。


 仮に十蔵が雷亜よりも速くそして高く飛び上がることができるのならば、雷亜のあとから飛び上がっても追いつき追い越すことができるかもしれない。

 しかしそれならば、十蔵が飛び上がり森を抜けるのを音や気配で気づくはずである。

 だが実際には音や気配を全く感じなかった。


 自分よりも先に飛び上がったわけでも、後から追い抜かれたわけでもない。にもかかわらず、十蔵の位置取りはまるで待ち伏せていたかのように完璧だった。

 空中で止まることも移動方向も変えられない雷亜は、なすすべもなくあっという間に十蔵の間合いの中に入ってしまう。


 雷亜が十蔵の間合いに入ると、再び十蔵の身体から霊力が溢れ出す。

 溢れ出した霊力は周囲の空気に干渉し気流を操作、十蔵の身体に渦巻く風を纏わせる。先ほど全身に纏っていた細く鋭く速い風ではない。もっと太く硬く力強い風が十蔵の身体に纏っていた。先ほどのキィィィーンという高音とは違う、ゴォォォッ!! という低く轟くような音からもその違いがわかる。

 これは颯鷲丸の精霊術《風装(ふうそう)》の中でパワー特化の効果がある《風装(ふうそう)烈風(れっぷう)》だ。


 そして《風装(ふうそう)烈風(れっぷう)》による風は手裏剣にもおよび、風は唸るような轟音をあげながら渦巻くように手裏剣に纏う。

 手裏剣に烈風を纏わせることで手裏剣による斬撃の威力を大幅に上昇させる颯鷲丸の精霊術《烈轟風切斬(れつごうふうせつざん)》だ。

 十蔵は《烈轟風切斬(れつごうふうせつざん)》を発動させた手裏剣で左から右へ斬り払う。

 雷亜は両腕を交差させ手甲鉤で防御する。しかし手裏剣の凄まじい威力に手甲鉤は砕かれ、雷亜は地面に叩き落される。

 落下した衝撃で辺りには土煙が舞い、地面には大きなクレーターができていた。


 「くっっっ!」


 あまりのダメージの大きさに全身がひどく痛み動くこともままならないが、それでも雷亜は逃げることを諦めようとはしなかった。

 雷亜がなんとかかろうじて頭を持ち上げた時、空中にいた十蔵が雷亜の元へと着地し持ち上げていた雷亜の頭を地面へと押さえつけた。


 その直後、雷亜はこちらに何者かが近づいてくる気配を感じた。

 気配が近づくにつれて、キィィィンという細く鋭く速い風の音が雷亜の鼓膜を震わせる。

 聞き覚えのあるその風の音に、雷亜の頭の中には不安とともに一人の人間の姿が思い浮かぶ。

しかしそれはあり得ないと自分でもわかっている。こちらに近づいて来ているのは自分が思い浮かべている人間ではないということくらい。なぜなら、今そいつに上にまたがられ頭を押さえつけられているのだから。


しかし気配と風の音が近づくにつれて、雷亜は不安がどんどん大きくなっていき自分の動悸が激しくなるのと同時に呼吸が浅くなるのを感じた。


 「鬼ごっこは終わりか?」


 そして近づく気配に声をかけられそちらに視線を移しその姿を見た瞬間、雷亜は大きく目を見開き驚愕した。


 (どういうことだよ!?)


 雷亜の視線の先には、もう一人の十蔵がいたのだ。

 雷亜の元に歩み寄ってきたもう一人の十蔵は《風装(ふうそう)疾風(しっぷう)》の発動状態で、彼が立ち止まると同時に彼の元に三枚の手裏剣が集まってくる。

 うち二枚の手裏剣がまるで編み物の糸を解くように風に溶けて消えていき、十蔵は残った一枚の手裏剣をキャッチする。

 十蔵が二人いたことに驚愕していたのも束の間。雷亜は二つの気配が近づいて来ているのを感じた。


 「こら! 乱暴に担ぎおって。年寄りをもっと労らんか!」


 雷亜に近づいて来ていた二人目の十蔵の後ろから、三人目の十蔵の肩に担がれながら叫ぶ白髪の男がやってきた。


 (なにがどうなってるんだ?)


 雷亜は十蔵が三人もいるという普通に考えればあり得ない出来事にかなり困惑していた。

 そんな雷亜をよそに三人目の十蔵が肩から白髪の男をおろすと、三人目の十蔵は先ほどの二枚の手裏剣と同様に風に溶けて消える。

 その光景を見た雷亜は直感した。

 この男は霊具と自分自身を複製できるのだと。


 雷亜の直感は的中しており、雷亜を左右から挟み撃ちにした二枚の手裏剣もそして現れた複数人の十蔵も《風分身(かぜぶんしん)》で作られた分身体なのだ。

 つまりあの時、十蔵は雷亜を飛び上がらせように誘導するために三枚の手裏剣で雷亜を取り囲んだ。そして雷亜が飛び上がる直前、雷亜に気づかれないように《風分身(かぜぶんしん)》で作り出した自身の分身を飛び上がらせ雷亜を待ち伏せさせていた。

 雷亜は完全に十蔵の掌の上で転がされていたというわけだったのだ。


 「まあ、無事に捕まえられたから良しとするかのう」


 雷亜がまんまと十蔵にしてやられたと落胆しかけた時、白髪の男はローブの懐からシカ型の精霊に使ったのと同じ液体の入った筒を取り出す。


 「さて実験を始めるかのう」


 十蔵の分身が白髪の男に場所を譲ろうとした時、雷亜は身の危険を感じ激しく抵抗し逃げようとする。しかし十蔵の分身はすかさず雷亜の頭を押さえつけていた手に再び力を込める。


 「おっと、暴れるでない。十蔵、こいつが逃げないように拘束したうえで場所を変わるのじゃ」


 白髪の男の指示を聞き、短くため息をついた十蔵の本体が右手を上げる。

 すると十蔵は雷亜の上に《風分身(かぜぶんしん)》で四枚の手裏剣を作り出す。

 そして十蔵が右手を振り下ろすと、それに合わせて手裏剣が雷亜の両手首と両足首をめがけて落下する。


 雷亜は自分の身体に手裏剣が突き刺さることを覚悟しギュッと目をつむるが、痛みが襲ってくることはなかった。

 恐る恐る目を開け状況を確認すると、雷亜の両手首と両足首は貫かれることなく、手裏剣の放射状に突出した刃のうちの二本と地面でできた三角形の空間に挟まった状態となっていた。

 手裏剣は地面に深く突き刺さっており、出来上がった三角形の空間はとても狭く手足をそこから引き抜くことはできそうになかった。


 つまり手裏剣で即席の手枷と足枷を作ったのだ。

 十蔵は手裏剣が無事に手枷と足枷の役割を果たしていることを確認すると、雷亜の上にまたがり頭を押さえつけさせていた自分の分身体を消滅させる。


 「おい! あたしを開放しろ!」


 雷亜は力の限り叫ぶが、まるでその声が聞こえないかのように白髪の男は平然と雷亜の元へと近づく。


 「これでいよいよ実験も第二段階じゃ」


 顔をとろけさせ恍惚とした表情を浮かべながら白髪の男は雷亜の上へとまたがり、頭を押さえつけ首筋に薬品の入った筒を近づける。


 「な、なにをするつもりだ!?」


 ほとんど叫び声と変わらない口調で問う雷亜に、白髪の男は一瞬筒を近づける手を止める。


 「なあに、このわし、サイエン・スペトーリの偉大な研究のためにお前に一肌脱いでもらうだけじゃよ」


 そしてサイエンと名乗った白髪の男は、にやりと気味の悪い笑みを浮かべる。


 「すぐに終わるから安心せい」


 その笑みと言葉を聞いた瞬間、雷亜の全身に粟立つような背筋の凍るような悪寒が走る。


 「やめろ!」


 必死に抵抗しようとするが、直前に受けた十蔵の攻撃と手裏剣による枷で身動きがとれない。

 何度も何度も何度も「やめろ!」と叫び続ける雷亜。

 もうそれは懇願(こんがん)に近いものだった。

 しかしそれでもサイエンの動きが止まる様子はない。


 「やめっ!?」


 そしてついに雷亜の首筋にひんやりとした金属の感触と、チクリと針のようなものが刺された感触があった。


 (やめろやめろやめろいやだいやだいやだいやだいやいやだっっ!!!)


 間近(まぢか)に迫ったその瞬間に雷亜の恐怖と嫌悪は最高潮に達し、もはや声を上げることもできない。

 そしてサイエンは筒の後ろにあるでっぱりを親指で押し込む。

 その動きに合わせて中に入っていた薬品が雷亜の体内へと注入される。

 首筋から冷たい液体が体内に入り、肩から腕を通って両手の指先まで、そして胴から脚を通り足の指先まで、全身に広がっていく感覚を感じる。


 そして首筋に押し当てられていた筒の中身が空になり、すべての薬が雷亜の身体へと注入されるとサイエンはその場から離れる。

 十蔵も《風分身(かぜぶんしん)》させた手裏剣を消失させると、サイエンを肩に担ぎどこか離れた場所に姿を隠した。


 そしてそれは唐突に訪れた。


 「ああああぁぁぁぁ!!!!」


 雷亜の叫び声が空気を震わせ森の中に響き渡る。

 雷亜の身体からは猛烈な勢いで霊力が溢れ出し、その溢れ出す霊力の密度で雷亜の周りの空間が歪んで見えるほどだった。

 雷亜の中で怒り、嫉妬、憎しみといった負の感情が沸き上がり増大するたびに、それに呼応して霊力も際限なく沸き上がり増大していく。


 (なんだこれ!? 熱い熱い熱い熱い!!!)


 そして霊力が増大するにつれて、全身に沸騰するような身体の内側が溶けるような熱さを感じる。

 視界は血のように真っ赤に明滅し、意識が朦朧(もうろう)としてくる。

 頭に次々と思い浮かぶのは負の感情や激情ばかりで、理性がどんどん侵されていく。

 そしてついに溢れ湧き出る霊力が雷亜の許容量を超え、身体が魔獣へと変化を始める。


 (いやだ! 魔獣になりたくない!!)


 雷亜は自分が自分でなくなる感覚に恐怖を感じ必死に霊力を抑え込もうとするが、際限なく沸き上がり溢れ出す霊力をもはや自分自身ではどうすることもできなかった。

 雷亜の目尻にわずかに涙が浮かぶ。

 徐々に失われつつある意識の中、思い起こされたのは自分が憧れ慕う一人の精霊の姿だった。


 ((あね)さん・・・・・・)


 振り向きながら笑いかける炎姫の姿は思い出なのか、それとも薄れゆく理性が見せた幻覚なのか。

 雷亜の瞳から一筋の涙が頬を伝うと同時に視界は完全に真っ赤に染まり、雷亜の意識はぷつりと切れた。

 第2章9話「魔獣」を読んでくださりありがとうございました。


 今回は凶暴性を増した魔獣が増加した理由が明らかとなり、第2章の物語が大きく動いた回となりました。

 今後、宙翔たちと雷亜がどうなるのかお楽しみに!


 そして遅ればせながら、2022年1月17日に小説家になろうにて投稿を始めてから1年が経ちました。当時から読んでくださっている方、そして最近読みはじめたという方、本当にありがとうございます。

 重ねてではありますが活動報告でも感謝の思いをつづらせていただきますので、そちらも読んでもらえると嬉しいです。


 さて次回の更新日ですが、3月4日金曜日の21時ごろを予定しています。

 続きが気になる方は、ぜひ次回も読んでください。

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