第2章 7話 忍びとの立ち合い
みなさん、お久しぶりです。一か月ぶりの更新となりました。
前回の精霊使いと賢者の遺産は・・・・・・
半蔵に《風間の里》を案内してもらうことになった宙翔たちは終盤に凌也という忍びと出会いました。
しかしなにやら半蔵と凌也は険悪なムードになってしまい、凌也は半蔵に殴りかかろうとします。
そこに割って入った宙翔ですが、話の流れでなんと半蔵の里長継承の権利を賭けて凌也と立ち合いをすることに!?
果たして勝つのはどちらなのか?
ということで本編をどうぞ!
訓練場の足を踏み入れた宙翔は、思っていたのと違うその光景に驚いていた。
訓練場は木の柵で囲まれており、その外側には大勢の見物人の姿がある。そして訓練所の外側に設置された物見やぐらには、里長である善蔵と数人の班長の姿があった。
ここまでは予想の範囲内だったのだが、訓練場の内部が予想とかなり違っていた。
宙翔のイメージでは何もない更地の空間だと思っていたのだが実際には数本の木やら岩やらが置かれ、まるで森の一部を切り取ってきたかのようだった。
周囲を見回しながら歩き訓練場の中央部にたどり着く。どうやら中央部は、ある程度開けたスペースになっているようだった。
「驚いただろ」
そして正面へ視線を向けると、凌也も中央部まで来ていた。事前に指定されていた通り、初期位置として互いの距離が十メートルほど離れた場所で立ち止まる。
「ここの訓練場はより実践に近い訓練ができるように、こんな感じになってんだ。地の利はこっちにある。だいぶキョロキョロしてたみたいだけど、怖気づいて降参するつもりなら今のうちだぜ」
軽く挑発してくる凌也だが、ここで引き下がる宙翔ではない。
「降参するつもりはないよ」
至って真面目に答える宙翔に、凌也は舌打ちで返す。
「これより、風谷凌也と空閑宙翔殿の立ち合いを執り行う。両者、戦闘準備」
物見やぐらから善蔵の指示が飛ぶ。
宙翔と凌也は互いに契約の指輪に霊力を流し込み、霊具と霊装を顕現するための詠唱を始める。
「我を守護する精霊よ。汝、彼のものを焼き尽くす紅蓮の刃となれ。炎姫!」
「我を守護する精霊よ。汝、魔毒をもって彼のものを制する鎖鎌となれ。スコルピオン!」
宙翔の契約の指輪から深紅の粒子と化した霊力が溢れだし一瞬炎姫の姿になると、再び粒子となり宙翔の身体を包み込む。
一方凌也の契約の指輪からは、ダークパープルの粒子と化した霊力が溢れだし一瞬サソリの姿になると、再び粒子となり凌也の身体を包み込む。
そして両者の体を包む霊力が霊具を顕現させ、霊装をその身に纏わせる。
宙翔は深紅の小袖に炎の文様があしらわれた黒色の袴姿になり、右手には紅蓮の炎を纏う刀が握られている。
対する凌也の霊装はダークパープルを基調としたフード付きのポンチョだった。そして右手には先端に針が付いた分銅付きの鎖、左手には鎌を持っており、右手の鎖は鎌の柄尻へとつながっている。
つまり凌也の霊具は鎖鎌だ。
『主様は鎖と縁があるのう』
(そんなことないと思うけどな~)
凌也の霊具を見て、先日戦った傭兵集団《蛇の鱗》のボスであるデトス・チャートが使役する精霊スネイズの霊具が鎖だったこと思い出した炎姫の感想に、宙翔は苦笑いを浮かべる。
「勝利条件は相手が降参を宣言するか、戦闘不能になったらとする。また相手を死に至らしめるような攻撃は禁じるものとする」
宙翔は善蔵によるルール説明を聞きながら作戦を立てる。
まず凌也は鎖のリーチを生かして中距離の攻撃をして様子を見てくるだろう。
そうなると刀による近接攻撃がメインとなるこちらが不利だ。
ならば立ち合いの開始直後に凌也に一気に詰め寄って鎖の間合いを殺し、刀で攻撃をした方がいいだろう。
たとえ向こうの鎖での攻撃スピードのほうがこちらが間合いを詰めるより早くても、一本だけなら充分に対処できるだろうというのが宙翔の考えだ。
「それでは始め!」
善蔵が合図した瞬間、先ほど立てた作戦通り宙翔は力強く地面を蹴り凌也との距離を詰め刀で左から右へ水平に斬りかかろうとする。
だが宙翔の思惑はここで大きく外れる。
宙翔は凌也が鎖のリーチを生かした中距離攻撃をしてくるだろうと読んでいたのだが、なんと凌也も地面を蹴り鎌を振り上げ宙翔に向かって突進してきたのだ。
予想していたのと違う動きに面を食らうものの今更止まることはできない。
左手に持った鎌で斜めに斬り下げようとする凌也に対し、宙翔は水平にしていた刀の剣先を少し下げ凌也の鎌を斜め斬り上げで迎え撃とうとする。
そして同時に地面を蹴った両者は互いに五メートルずつ間合いを詰め、鎌と刀がぶつかりせめぎあう。
「俺の精霊は毒を使うが、今回は人を殺すほどの毒は使えないから安心しな!」
「ご親切に教えてくれてどうも!」
宙翔は刀から噴き出す炎の威力を一気に強め、凌也を吹き飛ばそうとする。
しかし凌也はその吹き出す炎の勢いを逆に利用し宙返りしながら距離をとる。
凌也は着地の瞬間、宙翔に向かって鎖を投擲。分銅についた針がわずかに宙翔の腕をかすめるが、体をひねって何とか回避する。
避けられた分銅付きの鎖が、宙翔の真後ろにある木に巻き付く。そう、木に刺さらず巻き付いたのだ。
その様子を視界の端に捉えた宙翔は、嫌な予感がしてすぐに視線を正面に戻す。
すると鎌を振りかぶった凌也が鎖に引っ張られ、空を滑るように宙翔のほうへ飛び込んで来ていた。正確には鎖に引っ張られるというより、木に巻き付いた鎖の長さを急激に縮めることで宙翔との距離を詰め鎌による突貫攻撃を仕掛けてきたのだ。
先ほどとは比べ物にならない速度で迫る凌也を見て回避が間に合わないと思って宙翔は、鎌による斬撃を刀で受け流し正面から突っ込んでくる凌也の軌道を真横へと変える。
宙翔によって強制的に軌道を変えられた凌也は周囲の木に激突してしまうだろう。
(鎖を使った突貫攻撃が裏目に出たな)
宙翔は凌也が木にぶつかって隙ができたところに追撃しようと思っていたが、またもや宙翔の思惑が外れてしまう。
凌也は軌道を変えられても鎖を縮めるスピードを緩めることはなかった。それにより周囲の木にぶつかることなく遠心力を利用し鎖の巻き付いた木を超小回りで旋回する。
そして鎖の巻き付いた木を一周した凌也は、遠心力を利用した旋回の勢いを使って宙翔を蹴り飛ばす。
宙翔は数メートル後方に飛ばされたものの、何とかガードに成功してダメージを受けずに済んだ。
「は! 話の割にたいしたことないな」
「まだこれからだよ」
凌也に挑発的な言葉を投げかけられるが宙翔は真に受けることなく体勢を整えると刀を正眼に構える。
そして再び二人は同時に地面を蹴り間合いを詰める。
炎を纏った刀と鎌、時には炎を纏う刀と鎖が激しくぶつかり合う。
凌也は身軽さを最大限に活かした体術を組み合わせつつ、鎌と鎖を織り交ぜた攻撃を仕掛ける。
宙翔はそれに翻弄されることなく、冷静に対処し隙を見つけては反撃している。
宙翔は凌也の動きを封じるべく、胴ではなくあえて腕や脚を斬りつけていく。
そして何合目かの斬り合いのあと宙翔が攻勢に転じ、宙翔の連続攻撃に凌也が防戦一方の展開が続く。
そして幾度目かの刀と鎌のぶつかり合いで、再び両者の刃がせめぎ合う。
宙翔が凌也を押し返そうとしたとき、凌也が右手に持った鎖を勢いよく引く。すると宙翔の体が後ろに倒れる。
いつの間にか宙翔の左足に鎖が巻き付いており、凌也がそれを引っ張ることで宙翔の体のバランスを崩したのだ。
そこに凌也が鎌を振りかぶり飛び込んでくるが、宙翔は咄嗟に左手を前に突き出すと《狐炎球》を発動し火球を打ち出す。
これには凌也も対応しきれず《狐炎球》が直撃し後方に吹き飛ばされる。
宙翔は後ろに倒れながらも左足の鎖を刀で断ち切り、後ろ受け身をとる。
そして立ち上がろうとしたとき視界が歪み体に力が入らず片膝をついてしまう。
「体が痺れて・・・・・・」
「やっと《刺針魔毒》の毒が回ってきたか」
「毒は使わないんじゃ?」
宙翔の呟きに凌也は嘲るように鼻で笑う。
「人を殺せる毒はな。体を痺れさせて動きを鈍らせるぐらいの毒ならルール違反にはならないだろ?」
「なるほどね。確かにそうだ」
視界が歪み膝に力が入らずふらついているが、宙翔はなんとか立ち上がる。
『主様、大丈夫か?』
(うん、大丈夫。動けないほどじゃないから)
『おそらく最初の鎖による攻撃で毒を受けたのじゃろう』
確かにその時、分銅の先端についていた針が宙翔の腕をかすめていた。そのとき凌也によるスコルピオンの精霊術《刺針魔毒》を受けたのだ。
『分銅先端の針の部分に麻痺毒の効果がある霊力を纏わせ、主様の身体に張り巡らされている霊力の通り道に流し込んだのじゃろう』
(毒はなんとかなりそう?)
『妾に考えがあるのじゃ』
炎姫の考えが宙翔の脳内に直接流れ込んでくる。
(よし、わかった)
宙翔は炎姫の立てた作戦を把握すると、麻痺毒に侵され体がふらつきつつも刀を構える。
すると宙翔は今まで以上に刀に流し込む霊力を増大させる。
それにより刀からは先ほど以上に炎がほとばしり、その熱量により周囲の空気が揺らめいている。
「け! 往生際の悪い奴だな。すぐに楽にしてやるよ!」
凌也はすぐさま戦闘態勢に入ると、麻痺毒を受けても諦めた様子のない宙翔にとどめを刺すべく鎖鎌を構え攻撃を仕掛ける。
麻痺毒を受けている宙翔はその場から動けず、凌也の攻撃をその場で迎え撃つ。
鎌と刀が激しくぶつかり合い、文字通り火花を散らした。
***
刃と刃がぶつかり合う硬質な音。鎖が擦れ、叩きつけられる音。文字通り飛び散る火花。
それらが絶え間なく続くようになってからどれほどの時間がたったのだろうか。
それほど長い時間は経っていないはずなのだが、息もつかせぬ攻防が時間を引き延ばしているのではないかと思わせるほどの戦いが繰り広げられていた。
そんな宙翔と凌也の立ち合いを半蔵は落ち着かない様子で見ていた。
半蔵が懸念していた通り、宙翔は凌也の地形を利用した鎖鎌による巧妙で予想のつかない動きに翻弄され麻痺毒を受けてしまった。
宙翔はそこから一度膝をつきはしたものの、なんとか立ち上がり凌也と刃を交えている。
しかし麻痺毒が効いている影響なのか凌也の猛攻に宙翔は防戦一方になっていた。
(ん? なんだ?)
宙翔たちの立ち合いを見ていた半蔵は、ふと何か違和感に気が付いた。しかしその正体がわからない。
半蔵は違和感の正体を探ろうと、必死に戦いの様子を見る。
二人の身のこなしや霊具での攻撃や防御の様子などを注意深く見る。
そして何合目かの斬り合いで、なにかがふと目に留まった。気になった部分を注視していると、とあることに気が付いた。
(違和感の正体はこれか!)
半蔵が感じていた違和感。それは凌也と宙翔の表情の違いだった。
毒で宙翔を麻痺させ、とどめを刺すべく息もつかせぬ連続攻撃を繰り出している凌也のほうが優勢のはずなのに、浮かべているのは苦悶の表情だったのだ。
対する宙翔は手数の多くを防御にまわし、攻撃することもままならないというのにその表情は冷静そのものだった。
現在の戦況と二人の表情のギャップ。これこそが半蔵が感じた違和感の正体だった。
しかしなぜ優勢なはずの凌也が苦悶の表情を浮かべ、劣勢のはずの宙翔の表情が落ち着いているのか、その理由がさっぱりわからない。
半蔵がその理由の答えを見つけようと思考の海に沈みかけた時だった。
「おい、なんか暑くないか?」
後ろの方から聞こえてきた言葉に半蔵は我に返った。
その瞬間、今まで集中して立ち合いの様子を見ていて気が付かなかったが、自分が汗ばんでいることに気が付いた。
周囲に視線を向けると服をはだけさせたり、手をうちわのようにしてあおいだりしている人ばかりだった。
半蔵の隣で祈るように両手を胸の前で組み、真剣な表情で立ち合いの様子を見ているシャルロットも頬に汗がつたっていた。
そんな周りの様子を見て、半蔵はおかしいなと思った。
季節的に暑くなり始めているとはいえ汗をかくほどではないし、風が吹けば清涼感を感じていた。
しかし今は熱気が体にまとわりつき、時折吹く風は熱風と化していた。
しかも熱いと感じ始めてからまだ数十秒しかたっていないというのに現在進行形で急激に気温が上昇しており、汗がどんどん噴き出し熱さでを息苦しさを感じるほどにまでなってきていた。
視線の先にある訓練場も熱された空気によって、ゆらゆらと揺らめいて見えるほどだった。
この短時間の間にこれほど気温が上昇するのは異常だといえる。こんなこと自然現象ではまずありえない。ならばこれは誰かが作為的に起こしているはずだ。
そして半蔵が熱と言って最初に思いつくのは、目の前で炎を噴き出す刀を振るう宙翔だ。
(何をするつもりなんだ?)
この高温状態が宙翔によるものなら、いったい何を狙ってのものなのだろうか。
決して実戦経験が多いとは言えない半蔵には見当がつかなかった。
(もしかしたら父上なら・・・・・・)
歴戦の忍びである善蔵なら何か気づくものがあるのではないかと思い、半蔵はやぐらの方を見上げた。
***
約数分前。
善蔵は数名の班長たちと一緒にやぐらで宙翔と凌也の立ち合いを見ていた。
「いやー、我が孫ながらたいしたものですな」
そう言って善蔵に話しかけてきたのは、第五班班長の風谷義輝。彼は班長の中では最年長であり、そして凌也の祖父でもある。
「確かにさっきは良い動きをしていた。戦い方も心なしかお前に似ている」
善蔵は義輝に頷いて見せる。
凌也の立ち合い開始直後からの試合運びには、正直目を見張るものがあった。
「そうでしょう。この老いばれの後継として五班班長を継がせたいと思っておりますからのう。それなりの鍛錬を積んどりますよ」
「そうか。だが本人の希望では班長よりも里長になりたいようだが?」
意地の悪い笑みを浮かべながら問う善蔵に、義輝は冷や汗を浮かべる。
「我が孫ながらとんだ失礼を・・・・・・」
「まあ、それは良い。息子にもそれぐらいの気概を持ってほしいと思っているからな」
善蔵は意地の悪い笑みを引っ込め、眉をひそめる。
その表情は子供を心配する父親のそれだった。
「それにしてもあの少年、存外たいしたことないですな」
義輝は気まずくなったのか、やや強引に話題を変える。
立ち合いの様子を見ると、《刺針魔毒》による麻痺毒を受けた宙翔にとどめを刺そうと凌也が猛攻を仕掛けていた。
「義輝、孫のこととなると視野が狭くなるその悪癖は直した方がいいぞ」
「と、言いますと?」
「よく見てみろ」
善蔵に促されて義輝は改めて宙翔と凌也の攻防の様子を注視する。
そしてとあることに気が付いた。
「凌也が攻めきれていない! 麻痺毒を受けたはずじゃ!?」
つい先ほどまで麻痺毒を受け、立っているのもやっとだったはずの宙翔が凌也の猛攻をしのいでいた。しかも戦況的に優位のはずの凌也の表情は苦悶に歪んでいた。
しかし、気になったのはそこだけではない。
「空気が揺らめいて・・・・・・」
義輝が呟いた通り、ゆらゆらと訓練場を取り巻く空気が揺らめいていた。
「おい、あっちを見てみろ!」
義輝が困惑している中、第六班班長の風見剛介が驚きの声をあげながらとある方向を指さしていた。
やぐらにいた他の三人が剛介の指さす方に向かって視線を向けると、そこは訓練場の外周部を囲んだ柵の外側。立ち合いの様子を見ていた忍びたちの姿があった。
皆一様に着ている服をはだけさせたり、顔の前を手の平であおいだりしていた。
その光景に首をかしげていた班長たちだったが、その時やぐらに一陣の風が吹いた。
「あつっ!」
熱風とも呼べるそれを浴び思はず声を漏らしたのは、第一斑班長の風宮隼人だった。しかしそう感じたのは残りの三人も同じだった。
そして面々は熱風が吹くということに異常さを感じていた。
つい先ほどまで暑さなんて微塵も感じていなかったというのに、ものの数十秒で一気に気温が上昇していた。
「いったい何が起きているんだ?」
自然現象ではまずありえない気温の上がり方に善蔵や班長たちは困惑したが、すぐに心当たりがあるのに気が付き視線を訓練場の中へと戻す。
彼らの視線の先には、炎が噴き出す刀を振るう宙翔の姿があった。
宙翔の刀から噴き出す炎の勢いは立ち合い開始時よりも増しており、彼がこの気温上昇の原因であることは明らかだった。
(それにしても周囲にこれほど影響を与えるとは。あの少年は化け物か!)
善蔵はこの現象を引き起こしている宙翔に驚愕していた。
より広範囲に、そしてより威力の強い精霊術を行使するためにはそれ相応の霊力量が必要となる。
この訓練場全域に影響を与えるほどの精霊術を発動しようとすれば、並みの精霊使いの保有霊力量ではまずもって不可能。
今の風間の里の中にもそれほどの膨大な霊力を持っている者はいない。
これだけの膨大な霊力を保有している現役の精霊使いとなれば、善蔵の知る限り王国領の中には三人しかいない。
レームル王国の治安維持などを行う《ナイトオブスピリッツ》のトップであり、名実ともに王国最強の精霊使いの座に君臨する《騎士団長》リアム・ヴァリスタン。
好戦的で傲慢。自分を退屈させない強者との戦いを渇望し、七年前の戦争でも王国側と帝国側の両方に多数の死傷者を出したといわれている《戦闘狂》ジャック・バッカーノ。
そして風間の里の中で歴代最強の忍びと謳われている風間十蔵。
いずれも精霊使いとしての階級はS級。つまり王国最高峰の精霊使いたちだ。
すなわち宙翔はS級相当のポテンシャルを持っていることになる。
そんな逸材を目の当たりにして、善蔵は冷や汗を浮かべつつもニヤリと笑う。
(十蔵がいない今、どうにかして彼を引き入れなくては)
善蔵がそう思案しているとき、立ち合いが大きく動き出そうとしていた。
***
宙翔に麻痺毒をくらわせた凌也は、宙翔に対して息もつかせぬ怒涛の連続攻撃を仕掛けていた。
鎌で斬り下ろしすぐに跳ね上げるように斬り上げる。宙翔が距離を取ろうとすれば鎖を鞭のようにしならせ攻撃する。
これだけ絶え間なく攻撃していれば麻痺毒を受け、ふらついた様子の宙翔は対応しきれないはずだ。
にも関わらず宙翔は冷静にそして着実に凌也の攻撃を凌ぎ、いずれの攻撃も避けたり刀で防いだりしている。
麻痺毒をくらわせてしまえばあとは簡単に倒せるはずだったのだが、いくら攻撃しても倒れる気配がない。
(なんでだ!? 麻痺毒は確実にくらわせたはず!)
あのとき確かに鎖の針付きの分銅が宙翔の体をかすめていた。その後麻痺毒が回り立ち上がるのもやっとだったはずだ。
(もしかして麻痺毒の効果が切れた? この短時間の間に解毒したのか? 一体どうやって? 待て、そもそも最初から麻痺毒を受けていない可能性も・・・・・・)
凌也は現状から考えられるあらゆる可能性を見つけ出して精査し、次の対応を考えなければならないのだが・・・・・・
(くそ! 考えがまとまんねー)
しかし今の凌也は集中力が低下し思考を巡らせることができずにいた。
その最たる要因が異常なほど急激に上昇している気温だ。
空気が揺らめき周囲の景色が歪んで見えるほどの熱気に意識が朦朧とし始めているうえに、宙翔を倒しきるための連続攻撃に意識の大半を費やしているため思考が散漫になってしまっているのだ。
この異常なまでの熱気を作り出しているのは、目の前で対峙している宙翔が手にしている燃え盛る炎を纏う刀であることは文字通り火を見るよりも明らかだ。
この高温状態の中で戦い続けるのは、凌也にとって相当に分が悪いといえる。
(麻痺毒の効果が切れていようが、最初から受けていなかろうがこの際関係ない。このまま長期戦になれば確実にこっちが負ける。なら、ここでケリをつける!)
凌也は一回、二回と鎖を円を描くように振り回し、右から左へと鎖を宙翔に打ちつける。
そして体の正面で八の字を描くように鎖を高速で振り回し、宙翔に連続攻撃を仕掛ける。
宙翔は凌也の鎖による連続攻撃を刀で防御する。鎖を刀に叩き付ける金属音が訓練場に絶え間なく響く。
凌也の鎖を振り回す速度が徐々に上がり、金属音も激しさを増していく。
凌也の激しい連続攻撃により、ついに宙翔の防御が崩れる。
(ここだ!)
凌也は地面を強く蹴り高く飛び上がると、体をひねりながら回転する。
そして体が地面と平行になったタイミングで、鎖を宙翔に叩き落す。
腕を鞭のようにしならせ、落下重力の勢いと回転の遠心力を上乗せした凌也の一撃が宙翔に迫る。
宙翔は先ほどの連続攻撃で体勢を崩されたものの、何とかギリギリで自分の頭と鎖の間に刀を滑り込ませ防御に成功する。
しかし何とか手を放さなかったが、その叩きつけられた鎖の勢いとともに刀が下に打ち落とされてしまう。
ここでさらに凌也の追撃が宙翔を襲う。
空中で二回転目に入った凌也が、今度は無防備になった宙翔の首筋に向かって鎌による斬り下ろしを仕掛けてきた。
一撃目の鎖による攻撃で体勢を崩し、無防備になったところに二撃目の鎌による斬撃を与えるという二段構え。
こうすればいくら宙翔といえど、防ぐのは無理だろうと凌也は考えたのだ。
(これでとどめだ!)
凌也は勝利を確信した表情で鎌を振り下ろし、宙翔の首筋を斬り裂く。
しかしその瞬間、凌也は自分の目を疑った。
振り下ろした鎌が手応えも何もなく宙翔の首筋をすり抜けたのだ。
確かに鎖で攻撃した時には手ごたえを感じていたはずなのに、鎌で攻撃するまでのごく短時間の間に一体何が起こったというのか。
凌也は何が起きたのかわからず頭が真っ白になる。
そして数回目を瞬かせると、そこに宙翔がいなかった。
正確には凌也がそこにいると思っていた場所よりも数メートル後方にいたのだ。
(この俺が間合いを見誤った!? そんな馬鹿な!?)
凌也はスコルピオンと契約してから今日に至るまで、厳しい訓練の中で鎖と鎌の間合いを体に叩き込んでいた。
しかも今回の二段構えの攻撃の一撃目は、相手の体勢を崩すほかに二撃目に繋げるための間合いの把握も兼ねているのだ。
いくら熱気で思考力が落ちているからといって、その感覚が狂うなんてことあり得ないはずだった。
そして鎌での攻撃が空振り動揺している凌也の隙を宙翔は見逃さない。
足に霊力を集約させた宙翔が地面を蹴りだすと、同時に足元が爆ぜる。
その爆発力を利用し一気に間合いを詰めると着地する瞬間の凌也の懐に入り、炎の勢いが増したままの状態の刀で左から右へと水平に斬り払う。
自らの攻撃が外れ動揺していた凌也はそれに反応することができず、無防備な状態で宙翔の水平斬りをもろに受け地面に仰向けで倒れる。
これこそが炎姫が先ほど言っていた考え。
炎姫の精霊術《陽炎》により凌也の隙を作り、なおかつ麻痺毒を身体から排除するというものだ。
《陽炎》は刀から放出された熱で揺らめいた空気によって、刀も揺らいで見せ相手に間合いを見誤らせる術だ。
本来の《陽炎》はこの程度の効果しかないが、今回は宙翔の膨大な霊力量によって本来の効果以上のものを発揮した。
刀からあふれ出す膨大な熱量により蜃気楼を生み出したのだ。
あのとき宙翔は凌也の二段攻撃の一撃目を受けた後バックステップで二撃目を回避したのだが、《陽炎》によってうまれた蜃気楼の影響で距離感を狂わされた凌也には数メートル後方に移動した宙翔がその場にいるように見えたのだ。
だから二撃目の攻撃が宙翔の首筋をすり抜けたように見えたというわけだ。
そしてもう一つ炎姫には《陽炎》の効果に期待しているものがあった。それは宙翔の体内の麻痺毒の排除についてだ。
炎姫の霊具である燃え上がる刀は、契約者の身体の中に流れている霊力を自動的に刀へと送りそれを炎に変換し放出している。
そして《陽炎》という精霊術は、刀へと送る霊力を増大させることで発動することができる。
つまり《陽炎》を発動させたことにより、短時間で宙翔の霊力の通り道へと流された麻痺毒を霊力と共に刀へと送り、霊力を炎に変換すると同時に麻痺毒を体外へと放出したというわけだ。
凌也の隙をつくると同時に麻痺毒を体外へと排出する。これが炎姫の狙いだったのだ。
ちなみに相対していた凌也だけでなく、半蔵やシャルロット、善蔵をはじめとした訓練場の周囲で立ち合いを見ていた者たちが感じていた暑さの正体は《陽炎》の熱によるものだったのだ。
凌也が相当なダメージを受けたものの何とか立ち上がろうと試みようとしたところに、宙翔が首元に刀を突き付けた。
「そこまで、勝者は空閑宙翔殿」
やぐらから善蔵の立ち合い終了を知らせる声が響く。
善蔵の声を受け宙翔は凌也に突き付けていた刀を引っ込める。
それと同時に刀から噴き出す炎の勢いは弱まっていき、先ほどまで感じていたまとわりつくような熱気も徐々に収まりつつあった。
「おい、待て。俺はまだ・・・・・・負けてない」
凌也は歯を食いしばりながらなんとか上体を起こす。
「凌也よ、その状態でまだ立ち合いが続けられると本気で思っているのか?」
「それは・・・・・・」
善蔵に問われた凌也は口籠る。
実際のところ立ち合い中に急上昇した熱気の影響でまだ頭がボーっとしているし、先ほどの宙翔の水平斬りによるダメージが大きく立ち上がることはできても激しい動きはできそうになかった。
そしてなにより、大ダメージを受けた凌也は強制的に霊装が解除されてしまっている。
これは誰が見ても戦闘不能と言えるだろう。
「ちっ。わかったよ」
凌也は不満げではあるものの自分の負けを認める。
凌也は一つため息をつくと、歯を食いしばりながらゆっくり立ち上がろうとする。
霊装を解除した宙翔はそんな凌也に右手を差し出し手助けしようとするが、凌也はその手を払いのけた。
凌也はなんとか自力で立ち上がると、ふらついた足取りでゆっくりと半蔵の目の前へと歩み寄る。
「悪かったな」
そっぽを向いてぶっきらぼうな口調ではあるものの、凌也はきちんと半蔵に謝罪の言葉を口にした。
直後、凌也はビシッと人差し指で半蔵を指さした。
「でも、俺は俺の思いを曲げるつもりはないからな! それと・・・・・・」
そこで言葉を区切ると凌也は木の柵ギリギリまで顔を近づけ、今まで以上に鋭い視線で半蔵を見つめる。
「次お前のせいで一花に何かあったら、絶対に許さないからな!」
凌也の言葉に半蔵は一瞬ハッとした表情を見せた後、今度は目を背けることなく真剣な面持ちで深く頷いた。
「わかった」
きつく鋭い視線と真剣な視線が数秒間交わると、凌也はきびすを返し訓練場を後にした。
こうして思いがけず始まった凌也との立ち合いは宙翔の勝利で幕を閉じた。
第2章7話「忍びとの立ち合い」を最後まで読んでくださりありがとうございます。
今回は1つの戦闘シーンを様々な人の視点から見る回となっており、よりたくさんの人の考えや思いが見られる回となりました。
それにより読み応えのある話数となりましたが、それゆえに読みにくくなっていないか若干不安だったりします。もしそうであれぼ今後の参考となりますので、遠慮なく言ってくださいね。
それともう1つ。
前回の第2章6話「郷に入っては郷に従え」更新時に総合PV数が1000を超え、ユニークアクセス数も600を超えました。
ありがとうございます。
あまり更新頻度の多くない拙作ではありますが、こうして作品を書き続けられるのは日頃読んでくださるあなたのおかげです。
これからもみなさんに少しでも楽しんでいただけるような作品を書いていくため頑張っていきますので、今後とも「精霊使いと賢者の遺産」と夜空琉星をよろしくお願いします。
重ねてではありますが、活動報告の方にも感謝の思いをつづらせていただきますので、そちらも読んでもらえると嬉しいです。
さて次回の更新日ですが、来年1月7日の21時を予定しています。続きが気になる方はぜひ次回も読んでください。




