第2章 5話 明日につなげる一翼
みなさん、お久しぶりです。
1ヶ月ぶりの更新となりました。
前回、宙翔がその性格ゆえに里長の間で緊迫感を生んでしまったその後のお話となります。
それではどうぞ。
里長の間を後にした宙翔たちは、半蔵を先頭に細く長い廊下を進んでいた。
廊下の幅は人ひとりが歩くにはじゅうぶんだが、二人並んで歩くと肩がぶつかってしまうほどだ。
しかもやたら曲がり角や分かれ道が多い。
そして左右に目を走らせると白い壁が続き、白い襖がいくつも見受けられる。
特に装飾もなく同じ景色が先ほどから延々と続いている。
里長の間に向かうとき、そして今現在も感じているがまるで迷路のようだ。
大きい屋敷なので廊下が長く部屋数が多いのは仕方ないのかもしれないが、いくらなんでもこれでは迷ってくれと言っているようなものだ。
迷いやすさでいえば、サクラギの迷路区に匹敵するかもしれない。この廊下は迷路区に比べて目印になるようなものがないぶん、もしかするとこちらのほうが迷いやすいのではないだろうか。
「廊下すごいですよね」
宙翔とシャルロットが周りをキョロキョロしながら歩いていたからか、半蔵が声をかけてきた。
ちなみに炎姫は宙翔の袖口をギュッとつかみ、特に気にした様子もなく歩いている。
「迷路みたいになっているのには一応理由があって、侵入者が簡単に里長の間にたどり着けないようにするためなんです。廊下が狭いのは侵入者を迎撃しやすくするためですね」
半蔵の説明に宙翔は、なるほどと思った。
同じ景色の道が続けば位置感覚が麻痺してくるだろう。曲がり角が多いと直進するときと比べ進むスピードもある程度抑制できる。分かれ道が多ければ、そのたびに敵の数は分散していく。
また道が狭ければ武器が振るいづらく、大勢で相手を囲むことができない。守る側は一列に並ばざるを得なくなった敵を順番に相手していけばいい。それに倒れた敵が障害になり後続が進みづらくなる。
これは確かに守りの点でいえば、かなり理にかなった構造と言えるだろう。
そしてしばらく歩き続けた一行は、一つの襖の前にたどり着いた。
「二人はこの部屋を使ってください」
半蔵が襖を開け放つ。
開け放たれた部屋は畳張りで、部屋の中央に長机が一つと奥にたんすがある。正面奥に障子があるが、おそらくそこが窓になっている。
「布団とかはこの押し入れに入ってますので」
半蔵は部屋の中に入ると、左側にあるもう一つの襖を開ける。そこには二人分の布団が入っていた。
ほかにも部屋の中にあるものについて説明してもらうが、人が住むために必要な最低限の家具しかなかった。まあ、ここは旅館ではないので当たり前なのだが。
しかしここで宙翔は一つ気がかりなことがあった。それはトイレとお風呂が別の場所にあるということだった。
トイレとお風呂が別の場所にあるということ自体は大した問題ではない。
問題なのは、この迷路のような長い廊下。一度トイレなどで部屋の外に出ようものなら、無事に戻ってこられないかもしれない。
「俺の部屋は廊下を挟んで向かいなので、何かあったら遠慮なく言ってください」
半蔵の言葉を聞いて宙翔は秘かに胸をなでおろした。これで迷子になる心配はなそうだ。
しかし人というものは一つ不安が解消されると、すぐさま別の不安が生まれてしまうものである。
そして宙翔は今更ながらとある衝撃的な事実に気が付く。
「もしかしてシャルと同じ部屋!?」
宙翔は目を見開き小さく叫ぶ。そして声に出した途端、急に緊張してきた。
思えば宙翔は、今まで同年代の女の子と同じ部屋で寝起きしたことがない。
女の子のきょうだいは、いなかった。サクラ亭に来てからはリンカと同じ屋根の下で暮らしてきたが、それぞれ自分の部屋を用意してもらいそこで寝起きしていた。
宙翔も今年で十七歳だ。異性と同じ部屋で一晩過ごすというこの状況で意識し、緊張してしまうのは当然のことだった。
そうなれば視線は自然とシャルロットのほうに吸い寄せられてしまう。
「これが畳ですか! 私、初めて見ました!」
シャルロットは特に緊張したり宙翔のことを意識したりという様子はなく、初めて見る畳に興味津々のようだった。
まるで子供のように目を輝かせながら畳を触ったり、畳独特の匂いを喜んだりしている。
膝をついて前かがみになっているシャルロットが、顔にかかっているその絹のように滑らかな金色の髪を耳にかける。
宙翔はそんなシャルロットの何気ない仕草にドキリとしてしまう。
「言い忘れていましたが、この部屋はこんな感じに仕切れるんで、そこは安心してくださいね」
半蔵はそう言いながら、部屋を半分に仕切るための襖を動かして見せる。
「そ、そうだよね」
半蔵の言葉を聞いて宙翔は、安心したと同時にどこか胸に引っかかるような感覚を味わう。
(もしかして俺、少し残念に思っているのか?)
そんな宙翔の様子を見て袖口をつかんでいた炎姫は、頬を膨らませながら自らの腕を宙翔の腕に絡ませる。
「むー」
「炎姫どうかした?」
どこか不機嫌そうにしている炎姫に宙翔が尋ねると、炎姫はにやりとした表情を見せた。
「安心するがよい、主様。寂しければ妾が添い寝をしてやろうではないか」
「ありがとう。でも炎姫もずっと実体化してると疲れると思うから、気持ちだけ受け取っておくよ」
宙翔の言葉に炎姫は再び頬を膨らませ、その後ため息をつく。
「気遣いはうれしいのじゃが、童が今欲しい言葉はそれではないのじゃ・・・・・・」
「何か言った?」
「いや、こっちの話のじゃよ」
後半部分の言葉が聞き取れず宙翔は聞き返すが、炎姫は首を横に振りながら答える。
「これから一花の様子を見に行こうと思うんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」
一通り部屋の説明が終わった段階で、半蔵から一花のお見舞いに行く提案がなされた。
この里において部外者である自分たちが行ってもいいのかという思いがあるものの、怪我を負った一花の様子が気になるのも事実だ。
「風間くんが良ければ」
半蔵が首を縦に振ってくれたので、宙翔たちは一花が運ばれた風間の里の救護所へと向かった。
***
「ここが救護所です。怪我人や病人の治療をしてくれます」
風間の里の中心部分に位置する里長の屋敷から、それほど離れていない場所に救護所はあった。
外観は木造平屋で、里の中に入ってからいくつか見たほかの建物とも見た目はそう変わりがなかった。
救護所の立て看板などもないため、一目見ただけでは救護所だとはわからない。
半蔵が救護所の入り口の引き戸を開けると、宙翔よりも二、三歳年上だと思われる女性が両手に白い布を抱えて運んでいた。
宙翔たちが一歩中に入ると、その女性は布を近くの机の上においてこちらに歩み寄ってくる。
「半蔵くん、もしかして一花ちゃんのお見舞い?」
「はい。ちょっと様子を見に」
「それなら今、奥の部屋で紅葉さんが診てくれていますよ」
女性がちらと視線を送った先には、白色ののれんがあった。おそらくそののれんの向こう側に一花がいるのだろう。
女性が視線を戻すと、半蔵の後ろにいた宙翔たちと目が合う。
「あら、そちらの方たちは?」
半蔵は女性から宙翔たちがよく見えるように、半歩横にずれる。
「こちらは空閑宙翔さんとシャルロット・シールーダさん。俺たちが魔獣に襲われていたところを助けてくれて、里まで護衛してくれた人たちです」
半蔵に紹介されて、宙翔とシャルロットは軽く会釈する。
「で、こっちが風村美景さん。里に三人しかいない医療専門の《くノ一》の一人です」
続いて半蔵に紹介された美景は、微笑みながら宙翔たちに会釈を返す。
その人当たりの良さそうな笑みから、優しくお淑やかな女性なのだろうとうかがえる。
「よろしくね。あなたたちも一花ちゃんのお見舞い?」
「はい。怪我の具合が心配で」
「そう、わざわざありがとうね。一花ちゃんは一番奥で寝てるから静かにね」
美景は優しい笑みを浮かべ人差し指を口元にあてながら言うと、のれんのほうを指し示した。
宙翔たちは美景の言葉に頷くと、のれんをくぐり奥の部屋へと移動する。
「お邪魔します」
半蔵を先頭に、囁きながらそろりと中に入る宙翔たち。
中に入ると清潔に整えられた空間で、部屋の両側に六台ずつ、計十二台のベッドが並んでいた。そのうちの何台かは使用中なのかカーテンで囲われていた。
救護所は外観とは裏腹に、中はベッドが置かれているなど王国式に近い作りになっているようだった。
敷布団よりベッドの方か患者の体への負担が少ないだろうし、きっとそういった配慮からこのような内装になっているのだろう。
半蔵たちの服装や建物の外観から古風な雰囲気が強かったが、救護所の内装を見る限り意外と柔軟に他国の文化を受け入れているようだった。
一花の寝ているベッドがないか視線を巡らせていると、使用中で囲われているベッドが手前に二つと奥に一つ。
美景の話だと一番奥のベッドにいるようなので、一行は奥のベッドに向かう。
奥のベッドのカーテンを開けると、そこにはベッドで眠る一花の姿があった。
そしてその傍らには一人の女性がいた。
後ろ姿だが宙翔はその女性に見覚えがあった。しかもたった数十分前に。
「お! 半蔵とさっきの二人じゃないか」
こちらを振り返り男勝りで快活な口調で話しかける女性を見て宙翔は、やっぱりと思った。
この女性は先ほど里長の間の中にいた忍びのうちの一人だった。
あの空間にはシャルロットを除けば女性は一人だけだったので印象に残っている。
そしてあそこには宙翔たちと半蔵、そして里長である善蔵を除くと、里の精鋭と呼ばれる班長たちしかいなかったはずだ。ということは・・・・・・
「確か名乗ってなかったよな。あたしは涼風紅葉。第十班の班長で、救護所の所長をやってる」
宙翔の思考の答え合わせと補足をするかのように、紅葉が片手をあげなら名乗る。
「紅葉さんはすごいんですよ。医療知識だけじゃなくて、高い戦闘能力を持つことから里の中で初めて女性で班長になったんです。それに救護所も患者の体の負担を少しでも軽減するために王国式を取り入れるべきだって、反対していた里の年寄連中を説得して改修工事をして。そのおかげで救護所もずいぶんと良くなったんですよ」
「おい、あんま褒めんなよ」
半蔵の説明を聞いて、紅葉は照れた様子で頭を搔く。
「それでみんなから、武闘派女医とか脳きn」
半蔵がそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
なぜなら紅葉の拳が半蔵のみぞおちにクリーンヒットしたからだ。
「それ以上言うんじゃねー」
紅葉によって物理的に言葉を遮られた半蔵は腹を両手で抑えその場にうずくまる。
紅葉にとってよほど不名誉な呼ばれ方なのだろう。
半蔵を拳によって黙らせて笑みを浮かべているものの、紅葉の口元は怒りでややひきつっているように見える。
しかし今のやりとりを見て、半蔵が何を言いかけていたのか分かったような気がした。
「そ、それで一花の容態は?」
半蔵は腹をおさえながら絞り出すように紅葉に問う。
「結構深い傷だったが、霊薬草を染みこませた布で傷口を覆ってるから、半日もすれば傷は塞がるはずだ。あとは目が覚めた時に霊薬草を煎じた、あたし特性の回復薬を飲ませればすぐに元気になるさ」
「そっか、よかった」
半蔵は安心したようにつぶやいた。シャルロットもホッとした表情を見せる。
宙翔も胸をなでおろす一方で万能薬である《霊薬草》の効果を聞いて舌を巻いていた。
傷口を治したり体力を回復したりするだけでなく解毒や麻痺直し、疲労回復などの効果がある霊薬草は万能薬と呼ぶにふさわしいだろう。
ここからは専門的な医療知識になるのだが、霊薬草で作られた薬は古都国だけでなくレームル王国をはじめとする様々な国で広く使われているのにも関わらず、《霊脈泉》がある霊力の濃い場所でしか霊薬草が育たず、人の手で栽培するのも困難であるため大変希少で高価なものだ。
なので一般市場では普通の薬草で作った飲み薬や塗り薬に霊薬草をほんのわずかに配合させ、比較的コストを抑えたものを販売している。
ちなみに主原料として霊薬草を九割以上使用しているものを《回復薬》と呼び、あらゆる怪我や病気、状態異常に効果があり霊薬草をそのまま使うよりも即効性が高い。
そして霊薬草の使用量が九割以下で、そのほか別の薬草を配合したものは傷薬や解毒薬、栄養剤といった用途別の呼び名となる。イメージとしては各種薬の効果を霊薬草で底上げしている感じだ。
また霊力の強い影響を受けた霊薬草は扱いが難しく、調合には高い技術が必要だ。
したがって希少で高価な霊薬草を九割以上使用し、調合にかなりの手間暇がかかる回復薬は非常に高価であるため、町や村にある普通の薬屋では買うことができない。
もしこの知識を宙翔が持っていれば、紅葉の「霊薬草を染み込ませた布」や「特性の回復薬」という言葉を聞いて驚愕しただろう。
しかし宿屋で普通に働いていた宙翔は当然そんな知識は持ち合わせておらず、「霊薬草ってすごいんだな」程度の感想しか抱けなかった。
「応急手当が的確にしてあったおかげで、楽に治療できたんだ。あんたもしかして病院かどっかで働いてた?」
実はすごいことをサラッとやっていた紅葉がシャルロットに問うが、シャルロットは首を横に振った。
「いえ、働いたことはないです。手当のやり方は王都の精霊教会を発つ前にシスター・リエナに習いました。もしものとき、この知識があなたを助けてくれるからって」
「どうしてシャルが病院で働いていたと思ったんですか?」
宙翔が尋ねると紅葉は腕組みしながら答える。
「素人にしては完ぺきな処置だったから、てっきり医療従事者かと。そうか、ならそのリエナって人に感謝するんだな」
紅葉は腕組みをしてうんうんと頷きながら、視線を一花に向ける。
「大怪我をしたとき、応急手当が迅速にきちんとできているかどうかはその先の生存率に大きく関わってくる。あんたの正しい知識とそれを実行できる行動力と勇気は、誰かの命を明日につなげる一翼を担うはずだよ。今回みたいにね」
「はい!」
シャルロットに向き直り最後にウィンクして言う紅葉に、シャルロットは誇らしい気持ちで返事する。
自分の行動で誰かを救うことができる。それを実感して誰かに背中を押してもらえたことは今後のシャルロットにとって大きな自信になるはずだ。
「一花はもう大丈夫だから、あんたらはもう行っていいよ。あんまり騒ぐと傷口に障るしね」
「はい、ありがとうございました」
しっしっと手をひらひらさせつつも、表情はとても柔らかい紅葉に促され宙翔たちは救護所を後にした。
ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
あなたの持っている知識や行動力や勇気が、きっと誰かの明日を守っていますよ。というお話でした。
次回は11月5日の金曜日、夜9時更新予定です。




