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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第2章 雷狼と風の忍び
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第2章 1話 憧れの人は

第2章突入です。


 この日、風間半蔵(かざまはんぞう)は普段と比べて全くといっていいほど人気(ひとけ)のない廊下を、足音を殺して歩いていた。


 その理由は忍びの住む地であるこの《風間の里》の里長の屋敷で重要な儀式があるため、掟によって関係者以外立ち入り禁止になっているからだ。

 そして半蔵が足音を殺して歩いているのは、関係者として儀式に呼ばれていないからだ。

 しかし半蔵にはどうしてもその儀式を見届けたい理由があった。


 屋敷の奥にある目的の部屋にたどり着いた半蔵は、気配を殺し襖をほんの少し開けると気づかれないようにこっそりと中を覗く。


 「これより、風間十蔵(かざまじゅうぞう)の里長継承の儀を執り行う」


 ちょうど儀式が始まったところのようだった。

 この部屋は屋敷の中で一番大きな大広間で、部屋の両端に縦に五人ずつ並んでいるのが里の幹部である班長たち。

 そしてその二列に挟まれるように大広間の中央に座っているのが次代の里長候補。

 大広間の一番奥にある一段上がったところに座っているのが今代の里長だ。


 「風間十蔵は前へ」


 今代の里長である半蔵の父、風間善蔵(かざまぜんぞう)に呼ばれ次代の里長候補である半蔵の兄、風間十蔵が立ち上がり善蔵のもとに歩み寄る。

 そして善蔵の目の前まで来ると十蔵はひざまずく。


 その様子を半蔵は胸を躍らせ、目を輝かせながら見ていた。なぜなら半蔵はこの瞬間を、憧れ尊敬する兄が里長に就任するのを待ち望んでいたからだ。

 これこそが半蔵が掟を破り儀式の様子を覗いている理由だ。


 「風間十蔵が里長に就くことに異を唱える者は申し出よ」


 善蔵の問いに班長たちは静寂をもって答える。それもそのはず。

 十蔵は歴代最高の才を持つ忍びとして呼び声が高い。それは里の中では周知の事実であり、その才を里の者全員が承知している。

 そのうえ人望も厚いため、反論する者などいるはずがなかった。


 「里長及び全班長の支持を得たとみなし、風間十蔵に正式に里長の地位を継承するものとする。よって里長の証としての颯鷲丸(そうじゅまる)の契約の指輪を授ける」


 善蔵は自らの指にはまっている風属性の精霊《颯鷲丸》との契約の指輪を外すと、十蔵に差し出す。

 十蔵は契約の指輪を受け取ると、自らの右手の中指に指輪をはめる。


 十蔵は再び立ち上がり元いた場所に戻ると、契約の指輪に霊力を流し込む。

 指輪から深緑色の粒子が溢れ出し一瞬だけ(わし)の姿の精霊が現れると、再び粒子に戻り十蔵の身体を包み込む。

 そしてほどなくして十蔵の全身を包む光が消える。


 そこに現れた十蔵は機動性を重視するためだろうか、深緑を基調とした装束に必要最低限の装甲をつけた霊装を身に纏っていた。

 そして右手には畳から腰の高さまではあろうかという巨大な手裏剣の霊具を顕現させていた。


 霊具と霊装の顕現に成功し颯鷲丸の主として認められた後は、十蔵が霊装を解除しその場に腰を下ろすことで儀式は終了する。


 しかし十蔵はその場に立ち尽くし霊装を解除する気配がない。

 何事かと班長たちは顔を見合わせ、静寂に包まれていた大広間にざわつきが広がる。

 心配した班長の一人《第三班班長》風早透(かぜはやとおる)が十蔵に近づいたときだった。


 「ぐはっ!」


 十蔵に歩み寄った透の体が赤い鮮血と共に宙を舞った。

 十蔵が右手に持っていた巨大な手裏剣で透を斬りつけたのだ。

 大広間にいた善蔵や班長たちと襖の奥から覗いていた半蔵は、突然の出来事に目を疑いしばし呆然としてしまう。


 しかしさすがは里の幹部である班長たち。すぐさま我に返り、霊具を顕現すると戦闘態勢に入る。

 刀剣の霊具を顕現した忍び、《第一班班長》風宮隼人(かざみやはやと)が十蔵に斬りかかるが、十蔵の手裏剣で容易く受け止められてしまう。


 「十蔵殿、自分が何をしたのかわかっていますか!?」


 隼人はつい三日前に十蔵から第一班の班長を引き継いだばかりであったため、突然の十蔵の行動に他の班長以上に驚いていた。


 しかし隼人の叫びに十蔵は答えない。

 隼人がさらに刀剣に力を込めようとした瞬間、十蔵は隼人の刀剣を左に受け流す。

 刀剣に体重をかけていた隼人は、身体の均衡を保てなくなり体勢を崩す。

 無防備になった隼人は十蔵の蹴りによって畳に倒され、背中に手裏剣を突き刺される。


 「おのれ!」


 次に十蔵に向かって行ったのが、拳鍔(けんつば)の霊具を顕現させた《第六班班長》風見剛介(かざみごうすけ)


 屈強な腕から放たれる拳による連続突きは岩をも砕く勢いだが、それを十蔵は必要最低限の動きで軽々と躱し続ける。


 十蔵が剛介の攻撃を躱し続ける最中、背後から二本一対の短剣の霊具を顕現させた《第七班班長》時風虎介(ときかぜこすけ)が斬りかかろうと迫り来る。


 十蔵は背後から斬りかかる虎助を宙返りで回避すると同時に、目の前の剛介の顎先を蹴り上げる。

 そして十蔵は着地をすると手裏剣を投擲。風霊力を纏い凄まじい速度で迫る手裏剣を虎助は寸前のところで体をよじり回避するが、顎先を蹴られ脳しんとうを起こした剛介は避けることができず攻撃を受け倒れてしまう。


 投擲された手裏剣はそのまま壁に刺さるかと思われたが、風霊力を纏ったそれはすぐさま鋭角に方向転換し再び虎助に襲いかかる。

 もう一度回避しようとした虎助は、何かの気配に気づき十蔵の方に視線を向ける。


 すると本来存在しないはずの二枚目の手裏剣が眼前まで迫って来ていた。


 虎助は最初の手裏剣に気を取られていたせいで気づいていなかったが、襖から見ていた半蔵はその瞬間をはっきり見ていた。

 投擲する直前に手裏剣を分身させ、投擲した一枚目の手裏剣を避け虎助の視線が外れた瞬間に二枚目の手裏剣を投擲する十蔵の姿を。

 そして2枚の手裏剣に挟み撃ちにされた虎助は、手裏剣を避けることができず攻撃をもろに受け倒れ伏す。

 

 十蔵が使った二枚目の手裏剣を作り出した技は、精霊術とは違う風間家が独自に編み出したもので、霊力を練り上げ実体を伴う分身体を作り出す秘術《風分身(かぜぶんしん)》である。


《風分身》の発動方法は風間家の者のみに伝えられ、実際の戦闘で使えるほど習熟させるまでに年単位の訓練が必要なほど難易度の高い術だ。


 なぜなら《風分身》を発動する際に分身対象を完全把握していなければならないのだが、自分自身はともかく霊具と霊装の完全把握が極めて困難であるからだ。


 霊具と霊装の完全把握が困難な理由、それは霊具や霊装が契約者と精霊の心象で形作られるという点にある。

 特に霊具は精霊にとって自己の存在そのもの、魂の具現化であり契約者は精霊と魂が繋がることでそれを共有する。

 両者がそれを心の中で強く思い描くことで霊具を具現化できるのだが、両者の心象にずれが生じるとうまく形作ることができない。


 霊具を顕現させるとき契約者は精霊との心象のすり合わせとも呼べる行為を半ば無意識に行うのだが、霊具を《風分身(かぜぶんしん)》で複製するためにはそれを意識的に、さらには契約者側がより具体的に思い浮かべなければならないため難易度が高いのだ。


 修行を積み《風分身(かぜぶんしん)》を習得るまでに最低でも三年はかかるとされているが、十蔵はわずか数か月で自分のものにした。

 しかも《風分身(かぜぶんしん)》は一度契約精霊を変えると、霊具を分身させるための精霊との心象のすり合わせをまた一から積む必要がある。

 それなのに十蔵はつい先ほど契約したばかりの颯鷲丸の霊具の《風分身(かぜぶんしん)》をもう完成させていた。

 こんなこと通常ではまずあり得ない。これが歴代最強の忍びの才なのだろうか。

 同じ風間家であり現在絶賛《風分身(かぜぶんしん)》の修行中である半蔵は、その十蔵の圧倒的な才に目を奪われていたが、まだ戦闘は続いている。


 一枚目の手裏剣が手元に帰って来たとき、十蔵は殺気を感じて右後方を見た。

 その時、十蔵から離れた場所で小型の(いしゆみ)の霊具を右手に装着した《第四班班長》風守士郎(かざもりしろう)が、十蔵に照準を定め矢を数発放つ。


 風霊力によって射速と威力が底上げされた矢が迫るが、十蔵はその射線上に右手を突き出す。

 すると開かれた右手を中心に手裏剣が高速回転し、円形の盾のようになったそれは矢を次々に弾き飛ばす。


 矢を全て弾き終える直前に二枚目の手裏剣も十蔵の手元に戻ってくる。

 十蔵は戻ってきた手裏剣をすかさず投擲する。士郎がなんとかそれを回避すると、後方には手裏剣が深々と突き刺さっている。


 そして十蔵は士郎が回避した先に右手に持っていた手裏剣を投擲。

 士郎はそれも寸前のところで回避する。その手裏剣も深々と壁に刺さる。


 十蔵の手元に武器がない今が好機と、士郎は弩で十蔵に狙いを定めようとする。

 しかしそこで士郎は自らの目を疑った。壁に突き刺さっていたはずの手裏剣が音もなく消え、再び十蔵の手元に戻っていたのだ。


 考えられる可能性は一つ。壁に突き刺さっていた手裏剣を消失させ、自分の手元に再顕現させたのだ。

 十蔵は士郎に反撃を許さないとばかりに手裏剣を投擲する。士郎は(いしゆみ)での狙撃を諦め回避に専念する。


 十蔵は二枚の手裏剣を投げ、士郎が回避するとまた消失させ手元に顕現させる。この工程が恐ろしいほど速く、もはや手裏剣が消えかかるころには再顕現が始まっているほどだ。

 これにより投擲した手裏剣が旋回して十蔵の手元に戻ってくる手間が省けるため、凄まじいほどの連続投擲による攻撃を可能にしていた。


 士郎が何度目かになる回避を行おうとした時、先んじてその場所に手裏剣が突き刺さる。

 反対方向に行こうとすれば、そこにも手裏剣が突き刺さり行く手を阻まれる。


 回避場所を失い隙が生まれた士郎に十蔵は詰め寄ると、懐に入り鳩尾に拳をねじ込む。

 士郎の体は、くの字に折れ曲がり僅かに宙に浮く。

 そして十蔵は壁に突き刺さっていた手裏剣を瞬時に引き抜くと、士郎の体を深々と斬りつけた。

 わずか数分の間に里の精鋭である班長たち五人が戦闘不能になってしまう。


 そこからは一方的だった。

 残り五人になってしまった班長たちを圧倒的な戦闘技術で淡々と倒していく十蔵は、まさしく最強の忍びの姿だった。

 十分も経たないうちに班長たちは全滅し、立っているのは十蔵だけだった。


 憧れていた十蔵の裏切りに半蔵は頭の整理がつかず、その光景をただ呆然と見ていることしかできなかった。

 善蔵も自分の契約精霊を十蔵に渡してしまい、戦う手段を持たないため見ていることしかできなかった。


 「この程度か」


 十蔵は一言呟くと善蔵のもとに歩み寄る。


 「十蔵・・・・・・」


 十蔵は座っている善蔵の目の前まで来ると、静かに見下ろす。


 「親父、《封霊(ふうれい)勾玉(まがたま)》はどこにある?」


 「里に反旗を翻したお前に教えることはできない」


 あくまで淡々と問う十蔵に善蔵は怒りのこもった声で答える。


 「そうか」


 何かに気づいた十蔵は、いきなり後ろを振り向くと手裏剣を投擲し奥の襖を破壊する。

 そこには尻もちをついた半蔵の姿があった。


 「半蔵か」


 十蔵はゆっくりと歩を進め半蔵に近づく。

 半蔵は立ち上がり、自分が憧れ尊敬した兄を取り戻したい一心で里が独自に開発した、くない型の疑似霊具を構えるがその手はガタガタと震えていた。


 「兄上どうして・・・・・・」


 近づく十蔵に声を震わせながら問う半蔵だが、十蔵の目を見た瞬間背筋が凍りついた。


 凍えるように冷え切った目と、斬りつけるような眼光で見つめる十蔵の瞳は、まるでただの鏡のように半蔵の姿を映しているのみだった。

 さらに言えば十蔵の目は今いるこの場所ではない、遥か遠くを見ているような目だった。


 そんな目で見られた半蔵は、なけなしの戦意を完全に消失し、くない型の疑似霊具を構えた手をだらりと下げ膝をついてしまう。

 そして悟った。もう自分の知る兄は、憧れ尊敬し大好きだった兄はもういないのだと。


 「お前とは戦う価値もない」


 十蔵に吐き捨てるように言われた半蔵の頬に一筋の涙が伝った。


 「親父、俺はさらなる力を手に入れて戻ってくる。その時までに教える気になってくれることを祈ってるよ」


 振り返ることなく善蔵に言う十蔵は、そのまま里長の間を後にした。そしてそのまま里を去るのだろう。


 「兄上、俺は・・・・・・」


 静かになった里長の間にこぼれた言葉は、誰の耳にも届くことなく溶けて消えた。

読んでくださったみなさん、ありがとうございました。


前回の後書きや活動報告にも書きましたが、作者の仕事の関係で7月と8月は月一更新となります。

そのため次回は7月2日更新、次々回は8月6日更新となります。


少し間隔が空いてお待たせする形になってしまい申し訳ありませんが、9月以降は毎週更新に戻したいと思っておりますのでそれまではよろしくお願いします。


また、「おもしろい!」「続きが気になる!」と思ってくださる方がおられれば、ブックマークと下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです。


今後とも「精霊使いと賢者の遺産」をよろしくお願いします。

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