第1章 13話 旅立ち
「・・・・・・ということなんだけど」
病院から《サクラ亭》に帰り、午後の休憩時間に宙翔、シャルロット、メリダ、リンカの四人は厨房の作業台を囲んで座っていた。
そして宙翔はメリダとリンカに昨日何があったのか、そして今日病院でジャネル司教に言われたこと、今のシャルロットの思いについて話した。
《ナイトオブスピリッツ》の事情聴取のときとは異なり、宙翔はあった出来事を包み隠さず話した。
「とんでもないことが起きてしまっているのね。それで宙翔くん、あなたはどうしたいの?」
メリダに問われ宙翔は考え込んでしまう。宙翔には正直何が正しい行動なのかわからなかった。
《賢者の遺産》について、そしてそれに関わるシャルロットのことを知った。そして炎姫と契約して精霊使いになった。
事情を知る力あるものとして、シャルロットと共に《賢者の遺産》を探しに行った方がいいのだろうか。
しかしメリダとリンカの家族として二人を支え、これ以上心配や迷惑をかけたくないという思いもある。
この二つの思いが宙翔の頭の中でせめぎ合っていた。
「俺は・・・・・・」
「私たちのことは気にしなくてもいいわ。あなたがこの数日で何を感じて、どう思ったのか。どうしたいのかあなたが決めなさい」
「俺が決めてもいいの?」
「もちろんよ」
宙翔の頭の中でここ数日の出来事が駆け巡った。そして最後に思い出したのが、七年前の燃え盛る家。
やはりあの時から抱き続けた思いは変えられそうになかった。
「あの時誓ったんだ、大切なものを守るためにこの手を伸ばし続けるって。俺にどこまでできるかわからないけど、大切なものが傷つく可能性を知って見て見ぬふりはできない。だから・・・・・・」
「なら早く旅支度しないとね」
「本当にいいの?」
自分で言いだしたことだったが、宙翔はサクラ亭を離れて《賢者の遺産》を探しに行くことに不安があった。
この七年間、三人でサクラ亭をまわしてきたが、決して余裕があったわけではない。
本当にこれでいいのだろうかという思いが宙翔にはあった。
「いいのよ。それにもうあなたに後悔してほしくないの。だから宙翔くんが決めたことは全力で応援するし、サポートするわ」
メリダは家族として宙翔の思いを尊重し支えていく旨を伝える。
そしてリンカに目配せをして彼女の思いを聞く。
「あたしもお母さんと同じ思いだけど、探すにしたってどこにあるとか見当はついてんの?」
「!? それは・・・・・・」
リンカの至極まっとうな問いに宙翔は言葉に詰まった。
《賢者の遺産》を探しに行くと決意したものの、実際のところ手がかかりどころか、それがどのような見た目でどこにあるのか皆目見当もつかなかった。
「妾に心当たりがあるのじゃ」
幼くもどこか威厳を感じさせる声が室内に響く。
その直後宙翔の指にはまる指輪が赤色に輝く。そして赤色の粒子が溢れ出し、宙翔の隣に集まりだす。
光が収まると宙翔の隣には、紅蓮を思わせる赤色の着物にその身を包んだ幼女の姿があった。しかしその頭には狐の三角耳、そして背後には秋風に揺れるすすきを思わせる優雅に揺れる黄金色の尻尾があった。
「「炎姫(様)!?」」
突然の炎姫の登場に宙翔とシャルロットは驚きの声を上げる。
「あなたが宙翔くんが言ってた精霊さん?」
「あたし精霊なんて初めて見た」
メリダとリンカも突然現れた、初めて見る精霊の姿に驚きを隠せずにいた。
「主様のご家族じゃな。妾が主様の契約精霊の炎姫じゃ」
炎姫は簡単に名乗ると、宙翔がいつの間にか近くから持ってきていた椅子にちょこんと座る。
メリダとリンカは人間とは明らかに違う存在感に圧倒されつつも、その見た目相応なしぐさに安心感に似た思いを覚えた。
「炎姫様、それで心当たりというのは?」
「そうじゃった。古都国の外れにある《風間の里》に持ち主に絶大な力を与える勾玉があると聞いたことがあるのじゃ。もしかするとそれが賢者の遺産かもしれぬぞ」
初めて聞く地名に宙翔は首を傾げた。生まれも育ちも古都国の宙翔だが、《風間の里》というのは今までに聞いたこともなかった。
「風間の里? 聞いたことある?」
「いえ、初めて聞きました」
「聞いたことないねぇ」
「あたしも知らないわ」
ほか三人も初めて聞く地名のようだった。
「隠れ里的なものじゃから仕方がないのう。妾も正確な場所までは知らぬが、大まかな場所ならわかるぞ」
「ほかに手がかりもないし、その風間の里に行ってみようか」
炎姫のおかげで今後の具体的な方針が決まった。
「それなら善は急げって言うし、早く準備してらっしゃいな」
「わかった」
メリダに促され、宙翔とシャルロットは旅支度を始めるため食堂を出て自室に向かう。
二人が食堂を出た後、リンカはメリダを心配と不安が混じった目で見つめる。
「お母さん、あんなこと言ってよかったの? ホントはすごく心配なんでしょ」
「確かに宙翔くんは無茶ばかりするから心配だわ。でもさっき言ったことも私の本心なの」
「案ずるでない」
「「!?」」
二人だけだと思っていた室内に三人目の声が聞こえて、メリダとリンカは驚きで飛び上がりそうになる。
声のする方を見ると、宙翔たちが出て行った扉の前に精霊である炎姫が、メリダたちに背を向けて立っていた。
そしてわずかに振り返り、メリダたちを見つめる炎姫の瞳に二人は背筋が凍る。
決して睨んでいるわけではないのだが、まるで刀のようにどこまでも鋭利な視線と刺すような存在感に二人はえもいわれぬ緊張感を感じた。
そして目の前にいる十歳前後の少女姿の彼女が、自分たち人間とは違う強大な力を持つ精霊なのだと実感する。
「妾が主様のそばにおる限り、主様が命を落としその魂が《世界の魂》に還ることなんてさせぬよ」
炎姫から放たれる切り裂くようなプレッシャーが嘘のように消えると、炎姫は部屋を後にした。
二人はあの瞬間に炎姫に相当な恐怖を感じたが、それと同時に先ほどまでの宙翔への心配や不安は消えていた。
それはきっと炎姫の瞳と言葉に、宙翔に対する並々ならぬ思いと覚悟を感じたからかもしれない。
***
それから二日後の早朝、旅支度を終えた宙翔とシャルロットは町の出口に来ていた。
メリダとリンカに見送られ出発しようとした時、宙翔たちの前に見覚えのある人たちが集まってきた。
「みんなどうしてここに?」
そこにいたのは青果店の女店主である八重をはじめとした町の住人たちだった。
「宙翔ちゃんがこの町をしばらく離れるって聞いて、お見送りに来たのさ」
八重に言われて宙翔は胸の内が熱くなる。朝のこれから忙しくなる時間帯にわざわざ見送りに来てくれたことが、宙翔はたまらく嬉しかった。
「みんなありがとう!」
礼を言う宙翔に八重が道中で食べるようにと果物を渡し、大工のアレクがわしゃわしゃと力強く頭を撫で、同い年の少女である唯香が別れの言葉を伝えているときだった。
「シャル、ちょっとこっち来て」
リンカが小声でシャルロットを呼び止める。
「リンカさん、どうされました?」
「シャル、宙翔のことお願いね。あいつ、困ってる人見ると後先考えずに突っ走っていっちゃうから。やばいって思ったらちゃんと止めんのよ」
「わかりました」
シャルロットが力強く頷くと、リンカが小指を差し出す。
「約束だからね」
「はい、約束です」
シャルロットも小指を出し、ゆびきりをして約束を交わす。
「でもシャルも似たところがあるから心配だな~」
「私と宙翔さんが?」
腕組みをしてジト目で言うリンカにシャルロットは首を傾げる。
「そうでしょ。自分から《蛇の鱗》に捕まりに行ったり、賢者の遺産を探しに行きたいって言いだしたり。見た目に寄らず大胆というか、考える前に体が動く感じが似てるのよね」
確かにそう言われれば似ているのかもしれないが、きっとその表現は適切ではないろうとシャルっとは思った。
似ているというより真似しているの方がきっと正しい。
(たぶん私は宙翔さんのことを・・・・・・)
「シャル、そろそろ出発するよ」
シャルロットがそこまで考えたところで、町の人たちと一通り別れの挨拶を済ませた宙翔が声をかける。
シャルロットとリンカは宙翔の元へと歩み寄る。
「宙翔、その前にこれ」
リンカはポケットの中から何かを取り出すと宙翔に差し出す。
差し出されたものを受け取ると、それは手のひらサイズの布製で真ん中に《お守り》の文字があった
「これ手作り?」
「鈴子さんに作り方を教わって、お母さんと一緒に作ったの」
リンカが得意げに言って視線を向けた先には、先日宙翔が道を横断するのを手伝った年配の女性、鈴子が小さく手を振っていた。
そしてリンカは宙翔に渡したお守りと同様のものをシャルロットに渡す。
「無事に帰ってくんのよ」
「ああ、約束する」
宙翔は荷物を背負い直すと、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
多くの人たちに見送られ、宙翔とシャルロットの旅が始まった。
第十三話「旅立ち」を読んでいただきありがとうございます。
次回投稿するエピローグで第一章「略奪の鎖と紅蓮の刃」は区切りとなります。
第二章の方も準備を進めておりますので、引き続き読んでもらえると嬉しいです!
それでは、次回投稿のエピローグもよろしくお願いします。




