第1章 12話 戦いの後で
宙翔とシャルロットは疲労により鉛のように重くなった足を懸命に動かし、サクラ亭への帰路についていた。
傭兵集団《蛇の鱗》のボスであるデトス・チャートとその部下たちを《ナイトオブスピリッツ》に引き渡した後、宙翔たちを待っていたのは二時間以上にわたる事情聴取だった。
宙翔とシャルロットの関係性や《蛇の鱗》に狙われる理由について、どのように撃退したのかなど事細かに聞かれた。
宙翔は今回の事件が《賢者の遺産》がらみで、シャルロットがそれに関係しているというのはぼかしながら質問に答えていった。
そうしたのはデトスから七年前の戦争に始まったきっかけが、賢者の遺産にあると聞いたからだ。
迂闊にシャルロットと賢者の遺産について話せば、例え王国相手でもシャルロットが危険な目にあったり、怖い思いをしたりするという可能性は十分に考えられた。
そのためデトスをナイトオブスピリッツに引き渡す前、宙翔は事情聴取があることをあらかじめ想定し、シャルロットと話す内容を決めていたのだ。
そしてようやく事情聴取から解放されたと思ったら、次に待っていたのは宙翔の検査だった。検査内容は精霊使いとしての能力測定だ。
契約精霊の格と属性、精霊および契約者の保有霊力量、霊具及び霊装の顕現の有無などが調べられる。
そしてそれらが一定基準値を超えていれば、即時ナイトオブスピリッツに入団させる旨が宙翔に伝えられた。
それは精霊使いの数やその質がそのままその国の力の大きさ、つまり軍事力に直結するためだ。
そのためレームル王国では精霊使いとその適性があるものは、ナイトオブスピリッツへの入団を義務付けていた。
しかし七年前にベルトル帝国との戦争が終わり平和が訪れたことと、戦争時の王国の課題だった精霊使いの質の向上のため、基準を定めナイトオブスピリッツへの入団を制限した。
そして基準を満たせなかったものは、ナイトオブスピリッツに所属しないものの有事の際には従軍することは義務付けられているのだ。
と宙翔は測定室で準備が整うまでの間、測定員から説明を受けた。
そして能力測定には霊力に反応する石《霊応石》に霊力を流し込むだけで結果が出るという簡単で短い時間で終わるという話だったのだが、測定員が準備に手間取っておりなかなか始められずにいた。
その理由は宙翔のような地方で精霊使いになってから能力測定を行うという事例が稀だったからだ。
通常の場合は、ナイトオブスピリッツへの入団希望者が、王都にあるナイトオブスピリッツの本部で精霊使いへの適性を検査される。
そして適性があった者がナイトオブスピリッツのもとで精霊との契約の儀を行う。
その後能力測定を実施し、その結果によって階級が定められるという流れになっている。
精霊使いになった者のおよそ九割がこの手順を踏む。
そして残りの一割が宙翔のようなタイプが当てはまるわけだが、戦争が終結してからのこの七年間でそのような事案は報告されておらず、古都国支所で能力測定を行うのは初めてのことだったのだ。そのために準備に時間がかかったというわけだった。
ようやく測定の準備が整い、測定をするために宙翔は《霊応石》に手をかざそうとするが内心ではひやひやしていた。
それは宙翔はナイトオブスピリッツに入団するつもりはないのに、入団基準を満たしてしまっているからだ。
宙翔の契約精霊である炎姫は神性を持つ上位精霊であり、そしてデトスとの戦闘時に宙翔は霊具と霊装を顕現している。
しかしここで能力測定を拒むことはできないため、宙翔は覚悟を決めて自らの霊力を《霊応石》に流し込む。
《霊応石》は一瞬赤色に淡く光ったと思ったらすぐに消えた。
「ん?」
「どうかされましたか?」
「いや、デトス・チャートを倒したと聞いていたから少しびっくりしてしまってね」
そう言って測定員は書類にペンを走らせる。
測定員が書類への記入が終わると宙翔に差し出した。それを受け取り内容を確認した宙翔は驚いた。
測定結果はB級精霊使いの基準値ぎりぎりで、ナイトオブスピリッツへの入団は認められないものの有事の際には従軍するようにという旨が記されていた。
宙翔の記憶では上位精霊と契約している時点でA級精霊使い確定であり、ナイトオブスピリッツへの入団は必至のはずだった。
『それはじゃのう』
宙翔が首を傾げていると、右手の人差し指にはまっている契約の指輪を通して炎姫の声が脳内に響いた。
『主様の魂からナイトオブスピリッツとやらに入りたくないというのは感じておったからのう。ゆえに妾は主様と己の力を抑えたのじゃよ』
(そうだったのか)
『うむ。それに戦士たるもの自らの力をあまり公にするものではないからのう』
こうした炎姫の計らいにより、宙翔はどうにかナイトオブスピリッツへ入団せずに済んだのだった。
そんなこんなで戦いの疲労感の上に事情聴取や能力測定での疲労が上乗せされ、かなりの疲労がたまっていた。
***
二人が重たい足を引きずるように歩いた先に宿屋《サクラ亭》の明かりが見えた。
ナイトオブスピリッツの精霊使いに事前に宙翔たちの無事は伝えてもらっているとはいえ、メリダやリンカにはかなり心配をかけてしまったため宙翔は二人とは少々顔が合わせずらかった。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
宙翔が扉を開け中に入ると、メリダとリンカが食堂のテーブルに向かい合って座っていた。
「宙翔! シャル!」
二人は宙翔とシャルロットの声を聞くと飛び上がって急いで駆け寄る。
「リンカ、メリダさん・・・・・・」
次の瞬間、パシンと乾いた音が部屋に響いた。
宙翔は一瞬何が起きたかわからなかったが、左頬のヒリヒリとした痛みから自分が平手打ちを受けたのだと気付いた。
そして叩いた本人、メリダの顔を見て宙翔は言葉を失った。メリダは目に溢れそうなほど涙を溜めていたのだ。
「どれだけ心配したと思ってるの! 危ないこと、無茶ばっかりして!」
普段笑顔を絶やさない優しいメリダが、声を荒げ涙ながらに叱るその姿に宙翔は何も言えなくなる。
宙翔はこの七年間、メリダに叱られるなんてことは一度もなかった。もちろん他の人が叱られているところも見たことがない。
だからこそ余計に罪悪感が胸に押し寄せてきた。
「ごめ」
宙翔が謝ろうと口を開きかけると、メリダは力いっぱい宙翔を抱きしめた。
「メリダさん・・・・・・」
「こんなに怪我して痛かったでしょ、怖かったでしょ。ごめんなさいね、何もしてあげられなくて・・・・・・」
見れば宙翔の着ていた服はあちこちが破れ泥汚れが付き、血が滲んでいた。それに顔をはじめ至るところに切り傷や擦り傷ができていた。
先日の《蛇の鱗》の団員の一人であるザックとの一件以上にボロボロな姿で、これでは心配するなという方が無理な話だ。
「俺の方こそごめん、心配ばっかりかけて。でもメリダさんが殴られて、シャルが連れ去られていてもたってもいられなくて。目の前で大切な人が傷ついて、失ってしまうことが耐えられなくて」
宙翔も語尾を震わせながら吐露する。
「うん。あなたにとって何が一番つらいことかはわかってるわ。でもね、前にも言ったけどあなたにも傷ついて欲しくないって思っている人がいることも忘れないで。一人で抱え込んで、一人で解決しようといなくてもいいの。何かあったら相談してほしい。私たちは家族なんだから」
メリダの体温と温かな言葉が今まで張りつめていた宙翔の緊張の糸をほぐしていった。
メリダは抱擁を解くと宙翔の隣にいたシャルロットを優しく抱きしめる。
「それはシャルロットちゃん、あなたも同じよ」
「はい」
「無事に戻って来てくれてありがとう」
宙翔はメリダの後ろにいるリンカに頭を下げる。
「リンカも心配かけてごめん」
「申し訳ないって思ってんなら、あんまり無茶なことするんじゃないわよ。それと・・・・・・」
リンカは早足で宙翔に近づくと勢いよく抱きついた。
普段つんつんしているリンカの予想外の行動に宙翔は驚いた。
「あんま心配かけんじゃないわよ、バカ」
声を湿らせ力いっぱいに抱きしめるリンカの背中に宙翔も優しく手をまわす。
「ごめん」
「ささ、話してほしいことは山ほどあるけど、二人とも疲れてると思うから明日にしましょ」
メリダが手を叩きながら言い、湿っぽい空気を切り替える。
「軽くご飯を食べて、シャワーを浴びたら早く寝なさいな」
「お客さんに出す夕食は?」
宙翔もシャルロットも今すぐにでもベッドへ飛び込みたいほどの疲労感が襲っているが、宿泊客への夕食提供をメリダやリンカにだけ任せるのは負担が大きすぎると思った。
「それなら心配いらいわ。メインストリートにある食堂のライアンさんとモニカさんが早めにそっちを切り上げて手伝いに来てくれたの。他にも青果店の八重さんや大工のアレクさん、唯香ちゃんも手伝いに来てくれたわ。みんな今まで宙翔くんが助けてくれたから、自分たちに何かできることは無いかって」
「みんなが・・・・・・」
メリダの言葉を聞いて、宙翔の脳裏に町のみんなの姿が浮かび目頭が熱くなった。
決して見返りを求めてやってきたわけではない。だがこうして誰かのためにやってきたことが自分に返ってくるということに、えもいわれぬ感動を宙翔は感じていた。
そして何より、みんなが自分に対してそのように感じてくれていたことがうれしかったのだ。
「だから宙翔くんたちは気にせずにゆっくり休みなさい」
メリダに促され、感動の余韻をそのままに宙翔とシャルロットは自室に向かった。
宙翔は明日時間を見つけてみんなにお礼に行こうと心に誓った。
***
翌日、朝の仕事を終えた宙翔とシャルロットは、《蛇の鱗》の野営地で見つけたジャネル司教とシスター・リエナのお見舞いのために病院を訪れていた。
シャルロットには二人の無事を伝えてはいるものの、やはりなるべく早い段階で直接会いに行った方がいいということになり、メリダに頼んで早めに仕事を切り上げさせてもらっていた。
受付で二人の部屋を聞き、病室に向かう。
二階にある病室まで来ると、シャルロットは緊張した面持ちで引き戸を開けた。
そこにはベッドに横たわるジャネル司教と、身体の至るところに包帯がまかれた状態で彼のベッドわきに腰かけるシスター・リエナの姿があった。
「司教様! シスター・リエナ!」
「「シスター・シャルロット!」」
シャルロットはシスター・リエナのもとに駆け寄ると、優しく抱きしめた。
「二人とも無事で何よりです」
シャルロットは零れ落ちそうになった涙をそっと拭う。
「あなたこそ、元気そうで本当によかった」
「宙翔さん、シスター・シャルロットを助けて下さってありがとうございます」
ベッドの上で深々と頭を下げるジャネル司教に宙翔は首を横に振る。
「いえ、俺は俺にできる精一杯をやっただけですから」
そのとき窓から差し込む陽の光に宙翔の右手の人差し指がきらりと光る。
「その指輪って、もしかして」
宙翔の指にはまっているものの正体にジャネル司教は気づいたようだった。
「実は・・・・・・そうなんです」
宙翔が肯定するとジャネル司教は上体を起こすと姿勢を正す。
「ここまでしてもらって差し出がましいのは重々承知なのですが、そんな宙翔さんにお願いしたいことがあるのです」
「お願いしたいこと?」
ジャネル司教の言葉に宙翔は首を傾げる。
「はい。お医者様の話では、私たちはしばらく退院できないようなのです。だから宙翔さんにシスター・シャルロットを王都の精霊教会に送り届けてほしいのです」
ジャネル司教の言葉にシスター・リエナとシャルロットが目を見開く。
「司教様、そこまでしていただくわけには」
「俺は構いません」
シャルロットが言い終える前に言葉尻にかぶせるように宙翔が答える。
即答する宙翔にシャルロットが目を丸くする。シャルロットは昨日のメリダとのやりとりを思いだしていた。
「ですが、王都までとなるとそれなりの旅支度が必要です。家族と相談してから返事させてください」
続く宙翔の言葉にシャルロットは胸を撫で下ろした。どうやら昨日のメリダの『相談してほしい』という言葉をちゃんと忘れず守っているようだった。
「それはもちろんです」
ジャネル司教も無理強いするつもりがないことを示す。
「それじゃあ、とりあえず俺はここで。三人で積もる話もあると思うので」
宙翔はそこまで言うとシャルロットに優しく微笑みかける。
「シャル、下のロビーで待ってるから。時間は気にせずに三人でゆっくりお話ししてて」
「はい、ありがとうございます」
シャルロットも笑みをもって返すと、宙翔は病室を後にした。
***
「お待たせしました」
宙翔が病室を出て一階ロビーにあるソファーで十五分ほど待っていると、シャルロットが宙翔のもとへ歩みる。
「シャルもういいの?」
「はい、話したいことは話せたので。あまり長居して傷に障ってもいけませんし」
「そっか」
二人は病院を出てサクラ亭へと帰るためにメインストリートを歩き始める。
「宙翔さんは賢者の遺産についてどう思いますか?」
突然のシャルロットからの質問に宙翔はどう答えたらいいのか悩む。
《蛇の鱗》のボスであるデトスによると、シャルロットは《賢者の遺産》になにかしらの形で関係しているようだ。
そのことでシャルロットにも思うことがあるのだろうと宙翔は思った。
不安にさせるかもと思いつつ、嘘をついたりごまかしたりすることも不誠実だと思い、宙翔は正直に自分の思ったことを告げた。
「あの時のデトスの表情を見る限り、嘘をついているようには思えないんだよね。だから本当にあるんだと思う」
「宙翔さんにはありますか? 賢者の遺産で叶えたい願い事」
シャルロットの予想の斜め上をいく返しに宙翔は心底驚いた。
そして宙翔は先ほどの質問以上に正直に答えるべきか悩む。
正直なところ宙翔には《賢者の遺産》があったら叶えたい願い事があった。しかしその願いを叶えたいと言ったら、自分の願いのためにシャルロットを利用したいと思われても仕方がないと思った。
言うべきか言わないべきか悩んでいたが、シャルロットの真っ直ぐで素直な瞳で見つめられては宙翔に言わないという選択肢は取れなかった。
「戦争や争いがなくて、住む場所も大事な思い出も、大切な人も失わずに済むような。誰も傷つかない優しい世界にしたい」
静かに、だが芯のある強い声で宙翔は言った。
「素敵な願い事ですね」
「七年前からそんなふうに思ってたんだけど、今回の一件でより強く思うようになった。戦争が終わってもそれに囚われている人がいるし、新たな火種も燻ぶってる。表面的な争いが終わってもそれがゴールじゃない。戦争は終わってなかったんだ。だから、本当の意味で戦争を終わらせたいんだ」
そう言って宙翔は空を見上げ、手を伸ばすとギュッと握りこむ。いや、握りこむというよりも何かを掴もうとしているという表現の方が適切かもしれない。
そしてふと何かに気がつくと宙翔はあわててシャルロットに向き直る。
「もちろんそのためにシャルが傷つくかもしれないなら、賢者の遺産に頼ったりはしないよ」
宙翔らしい気遣いにシャルロットはクスリと笑みをこぼす。そして正面に向き直るといつも以上に真剣な表情を見せた。
「私、自分が賢者の遺産にどんな風に必要なのかわかりませんが、それを聞いたとき怖いと思いました。賢者の遺産が悪い人に悪用されたら、もし自分が争いの引き金になってしまったらって考えると怖かったんです」
宙翔はシャルロットの不安はもっともだと思った。自分が原因で争いが起きて、誰かが傷つくかもしれないというのはそれだけで相当な恐怖だ。もし宙翔がシャルロットと同じ立場だったら、その事実に耐えられるかどうかわからなかった。
「でも宙翔さんの願い事を聞いて、私もそんな世界が来たらいいなって思いました。宙翔さんの願い事を叶えるお手伝いができたらなって。だから・・・・・・」
宙翔の隣を歩いていたシャルロットは、歩調を早め宙翔の前に出ると振り返る。彼女のなびく綺麗な金色の髪が太陽の光に照らされ輝く。
「一緒に賢者の遺産を探しに行きませんか?」
宙翔はシャルロットの提案に度肝を抜いた。その驚きは思わず次の一声が裏返ってしまうほどだった。
「シャル本気!? 王都の精霊教会に帰らなくてもいいの?」
シャルロットはゆっくりと首を縦に振る。
「はい、本気です。それに今教会に帰ったら、他のシスターや司教様たちに危害が及ぶかもしれません。だから悪い人たちよりも早く見つけて、誰も傷つかない優しい世界を作りましょう」
シャルロットの真っ直ぐな決意ある青色の瞳が宙翔を捉えて離さない。その眼差しは《蛇の鱗》の団員に単身向かっていく時と同じだった。
「シャルの気持ちはわかったよ。今後どうしていくのかはちゃんとメリダさんたちに相談してから決めよう」
「わかりました」
メリダとリンカへの話はかなりの長丁場になりそうだと宙翔は覚悟した。




