第1章 11話 略奪の鎖と紅蓮の刃
宙翔の残された体力的に社から遠く離れることはできず、宙翔たちはとりあえず大きめの木の陰に身を隠していた。
「宙翔さん、怪我が・・・・・・」
シャルロットが心配そうに声をかける。宙翔の着ていたシャツはところどころ破れ、血が滲んでいた。顔にも切り傷ができている。
「俺は大丈夫。それより精霊さんは?」
宙翔はシャルロットを安心させようと強がりな笑顔を見せて答えると、精霊の方を向く。
精霊に外傷はないようだが、顔色があまり良くないように見えた。
「なんとかな。あと少し遅かったら消えてしまうところじゃったが」
「そうか」
手遅れになる前に助けることができて胸を撫で下ろす宙翔だったが、精霊の顔は険しかった。
「安心するのはまだ早いぞ。あやつはすぐに追ってくる。おぬしも妾もこの有り様じゃ。再び見つかるのも時間の問題じゃろーて」
「そんな! 何かいい方法はないのでしょうか?」
「あるにはある。精霊使いには精霊だけでも、人間だけでも歯が立たぬ。精霊使いと渡り合えるのは精霊使いだけじゃ。じゃから・・・・・・」
精霊は一瞬逡巡した後に宙翔の方をまっすぐ見つめる。
「おぬし、妾と契約して精霊使いになるのじゃ」
「俺が精霊使いに!?」
精霊の思いもよらない提案に宙翔は愕然とした。
「それ以外にこの状況を打開する方法はないのじゃ」
「でもそれってあいつを倒すってことだよな。俺は誰かを傷つけるなんてこと。俺は二人を助けたくて・・・・・・」
宙翔の目的はシャルロットと精霊を助けることであって、デトスを倒すことではない。宙翔にとってこの二つはイコールではないのだ。
しかし、デトスも傭兵の仕事としてシャルロットや精霊を捕まえるのだから諦めず襲ってくるだろう。
サクラ亭に住んでいることもバレているため隠れる場所もない。
二人を本当の意味で助け出すためには、ここで戦わなくてはいけないことぐらい宙翔にもわかっていた。だが、宙翔は割り切ることができなかった。
「よいか、悪意あるものと戦い誰かを守るとき、その悪意あるものを傷つける、場合によっては命を奪うことも当然ある。その覚悟がなければ、守りたいものは守れぬ。じゃから覚悟を決めるのじゃ」
「覚悟・・・・・・」
精霊の「守りたいものを守れぬ」という言葉が宙翔の胸に突き刺さる。
宙翔はシャルロット、精霊と順に顔を見る。そして思い出す。自分はこの二人を助けるためにここにいること。目の前で大切な人を失わないためにこの手を伸ばし続けると誓ったこと。
ならば初めから迷うことなど何一つなかった。
宙翔は意を決すると力の籠った瞳で精霊を見つめる。
「わかった。それでも俺は決して相手を傷つけるために戦わない。大切なものを守るために戦うよ。そこだけは曲げないし絶対に譲らない。それが俺の覚悟だ!」
矛盾だらけだと宙翔も理解している。自分の進む道はきっと茨の道で、進むたびに自分だけがボロボロになるまで傷つき続ける。
しかし誰かを傷つけ、目の前で大切な人を失うよりはるかにマシだと思った。
「そうか。その方がおぬしらしいかもしれぬな」
「そうですね」
宙翔らしい答えに精霊とシャルロットは微笑み合う。
「そうじゃ、契約する前におぬしたちの名前を聞いておこうかのう」
「私はシャルロット・シールーダです」
「空閑宙翔だ」
「空閑・・・・・・そうかどおりで同じことを。おぬしは、おぬしたちはまた妾を助けてくれるのじゃな」
小声で精霊が何か呟くが、宙翔にはうまく聞き取れなかった。
「どうかした?」
「いや、なんでもないのじゃ。契約を始めるぞ」
精霊は立ち上がると宙翔にも立ち上がるように促す。
「ほれ、右手を出すのじゃ」
そして宙翔は精霊に促されるまま右手を差し出す。精霊は宙翔の右手を両手で優しく握ると、ひざまずいた。
「我は汝、空閑宙翔の魂に帰属し、我が魂の全てを懸けて汝の魂と共にあることを誓い、ここに契約を交わす」
そして宙翔の人差し指にそっと口づけをする。
唐突な精霊の行動に宙翔は顔を赤くするが、直後自分に訪れた感覚にその恥ずかしさが消える。
精霊に口づけされた場所を起点に精霊とつながり、自分と精霊の間を何かが循環していく感覚。
まるでお互いの魂の一部を交換し合っているような甘くて温かい感覚が全身を包み込む。
そして精霊が唇を離すとその感覚が薄れたが、自分の中に精霊の一部を今でも感じることができた。
「これで契約できたのか?」
宙翔が自分の右手を見ると人差し指に深紅の宝石がきらめく指輪がはまっていた。
「契約の指輪ですね。私、契約の儀式なんて初めて見ました」
シャルロットは興奮気味に言った。
胸の奥の温もりとこの契約の指輪が、宙翔に精霊使いになったことを実感させる。
宙翔が精霊の方を見ると、精霊は目を閉じ胸に手を当てて何かを確かめているようだった。
「この熱、温かさ妾と同じ? まさか!?」
精霊が何事か呟き目を見開くのを見て宙翔がどうしたのか尋ねようとした時、森の中で聞こえるはずのない金属の擦れ合う音が聞こえてきた。
その直後、すぐ近くの樹木が半ばからへし折られる破砕音が宙翔たちの鼓膜を震わせる。
「おいおい、かくれんぼは終わりにしようぜ」
木の陰から様子を窺うと、デトスが鎖で扇状に周囲の木々をなぎ倒していた。とりあえず精霊にどうしたのか尋ねるのは後回しになりそうだった。
「行こう」
「うむ」
宙翔の言葉に精霊が頷くと、二人は木の陰から飛び出しデトスの前に躍り出た。
「自分から出てくるとは。へぇーずいぶんとやる気な目だねぇ」
宙翔から向けられる決意ある眼差しをデトスはひょうひょうと受け流す。
「けどよ、ずぶの素人と消えかけの弱っちい精霊になにができるってんだ?」
「確かに俺は戦うことに関しては素人だ。でも一人じゃない」
宙翔は自分の右手を精霊に差し出す。
「たとえ誰からも信仰されなくとも主様がいれば妾は強く在れる! 行くぞ主様!」
精霊の小さな左手が宙翔から差し出された右手を強く握る。それは手を繋ぐことでお互いの魂の繋がりをより意識させているようだった。
そして手を繋いだ瞬間、この後どうすればいいのかが精霊の手を通して伝わってくる。精霊の力をその身に宿すための詠唱も、自然とまるで最初から知っていたかのように頭に浮かぶ。
あとはそれを言葉として紡ぐだけでいい。
「我を守護する精霊よ。汝、彼のものを焼き尽く紅蓮の刃となれ。炎姫!」
宙翔が詠唱すると精霊、炎姫の身体が光の粒子と化し宙翔の身体を包み込む。
光が収まると、そこには深紅の小袖に、すそ部分に赤く燃え上がる炎の文様があしらわれた黒色の袴という霊装に身を包む宙翔の姿があった。
そして右手には霊具である刀が握られていた。しかしそれはただの刀ではない。刀身部分がまるで噴き出すように紅蓮の炎を纏い、その莫大な熱量に刀の周りの空気が揺らめく。
「こいつ、契約しやがったのか!? 面白い、めいっぱい遊んでやる!」
デトスは歪んだ笑みを見せえると《蛇鎖縛奪》を発動し、左右十本の鎖を一斉射出する。
迫り来る鎖を前に宙翔は焦る。戦うと覚悟を決めたはいいものの、宙翔は先ほども言ったように戦闘に関してはずぶの素人。刀を持つどころか喧嘩すらまともにしたことがない。
『案ずるでない。主様はすでにこれの扱いを知っておる』
不意に頭の中で炎姫の言葉が響く。その直後十本の鎖が上下左右から宙翔を襲う。
しかし宙翔はその鎖を上体をわずかに逸らして躱したり、刀で鎖の軌道を変えたりして鎖からの攻撃から身を守る。
「今、身体が自然に」
『今、妾と主様の魂は繋がった状態じゃ。妾の魂から身のこなし方、刀の扱い方、精霊術の使い方を読み取っておるのじゃよ』
「そんなことが」
「おらおら、ぼけっとしてんじゃねーよ」
宙翔が感心しているのも束の間。デトスの鎖が縦横無尽に襲いかかる。しかも周囲の木々を経由することで鎖の軌道を読みにくくする。
しかし全ての鎖を宙翔は必要最小限の動きで躱すか刀でいなし続ける。
「いいね、いいね。この感覚久しぶりだ」
精霊使いとなった宙翔にこれといったダメージを与えらていないのにも関わらず、デトスはうれしそうな表情をあらわにする。
幾度も燃え上がる刀と鎖がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響き火花が飛び散る状態が続く。
「ちっ、これじゃらちが明かねーか」
射出していた鎖がデトスの方に戻ってくると、デトスの左右の拳から肘までを隙間なく巻き付く。
デトスは両拳を一度激しく打ち付けると、宙翔へと一気に距離を詰め拳を振り下ろす。
なんと中距離からの攻撃では決定打にならないと判断したデトスは、鎖を両腕に巻き付けることで拳撃を強化するスネイズの精霊術《蛇鎖剛拳》を発動、攻撃スタイルを近接戦闘にシフトしたのだ。
まさかの鎖の使い方に宙翔は動揺しつつも、なんとか連打される拳撃を刀で防ぐ。
「流石にあちーな」
燃え上がる刀と拳を交えるため、いくら鎖が巻き付いているからといっても炎のダメージが全くないわけではない。それでもデトスはお構いなしに乱打を繰り返す。
宙翔は刀で防御するも、デトスの攻撃に圧倒され少しずつ後退させられていた。
「どうした、攻撃してこねーのか?」
「でも・・・・・・」
防御ばかりで反撃してこない宙翔にデトスが煽るように問う。
しかし宙翔の中には、まだ相手に攻撃することにためらいがあった。
『大丈夫じゃ。おぬしが強い敵意や殺気を込めぬ限り、霊具で傷をつけたり相手を殺すことはできぬよ。その代わり相手の魂に損傷を与えることとなるが、これも敵意や殺気を込めなければ回復不可能なほどの損傷は与えられないのじゃ』
「なら」
『うむ、主様の望み通り相手を傷つけず無力化することができるはずじゃ』
「それなら。はあ!」
宙翔は短い気勢と共にデトスの右拳の正拳突きを刀で左に払うと、そのまま弧を描くように刀を返しデトスの胴を横一文字に斬り裂く。
「くっ!」
急な反撃に回避も防御も間に合わず、デトスは斬撃をもろに受け後ずさる。
斬られた場所を確認するとじりじりとした痛みがあるものの、そこにはあるはずの傷口が無かった。
「傷口がない!? てめぇ舐めやがって」
それは宙翔がデトスに殺気や敵意を持っていないことのない証明であり、そんなことデトスの今までの実戦経験ではありえないことだった。そしてそれは傭兵であるデトスにとって侮辱以外のなにものでもなかった。
「なぁ、デトス。もうこんなことやめよう」
「は?」
頭に血が上ったデトスだったが、宙翔の一言に呆気にとられる。
「もう七年前に戦争は終わって平和になったんだ。傭兵なんてやめて普通に生きればいいじゃないか」
しかし続く宙翔の一言にデトスの沸点が再び上がり、声を荒げる。
「ふざけるな! 平和ってのはな、毛ほどもいいものじゃねーんだよ! ガキの頃から他人から奪うことで生きてきた。金や食い物、相手の命もな。今更違う生き方なんてできねーんだよ」
戦時下の貧民街で生まれ育った幼いデトスにとって、物を盗むということは生きる上で当たり前のことだった。
食べ物や酒が調達できない時は、金がないにも関わらず酒浸りな父親に殴られることが続いた。
金欲しさに親に傭兵に売られた後、やっと父親から解放されたと思ったらそこで待っていたのは報酬のため、そして生き残るために仕事として戦地で戦う毎日だった。
戦地で生き残るために敵を殺し、時には仲間を盾にして生き残った。そして傭兵集団のボスに上り詰め、精霊を手に入れてからは依頼の達成度も段違いになった。
その結果食べ物も、金も娯楽も何でも手に入ることができ、貧民街で暮らしていた時では考えられない程の裕福な生活をものにしたのだ。
そんなデトスにとって戦争が終わり争いがなくなった今の世の中は、生きにくいことこの上なかった。平和になったことで仕事は激減し、以前のような暮らしはできなくなった。
盗むことと戦うことしか知らない男は、平和な世界では生きていけないことに気がついた。
もちろんデトスはそんなこといちいち宙翔に語るつもりはないし、理解してほしいとも思わない。しかし先ほどの発言は宙翔にそんなデトスの過去を想像させるには十分だった。
「あんたも戦争の被害者なんだな」
宙翔のその言葉にデトスは怒髪天を衝く形相となる。
「平和ボケしたガキが知ったような口をきくな!」
両腕の鎖を解放すると、十本の鎖たちがデトスの頂点に達した怒りに呼応するかのように荒れ狂う。周囲の木々も地面も、あらゆるものをなぎ払う。
「くっ!」
鎖はもちろん、破砕された木々の木片、えぐられた地面から土の塊や石やらが飛び散り宙翔を襲う。
宙翔はそのすべてを刀で斬り伏せ防御するが。
「きゃっ!」
「シャル!」
その被害は宙翔の後ろの木の陰に隠れているシャルロットにまで及びつつあった。
「そろそろあいつを止めないとシャルにまで・・・・・・」
『それならとっておきの精霊術があるのじゃが、発動までに時間が!』
再び宙翔の頭の中に炎姫の声が響くと、宙翔の魂を通して技のイメージが宙翔の魂に伝わってくる。
「それなら!」
宙翔は左手を突き出すと、眼前に二十個ばかりの火球を作り出し次々に放出する。炎姫の精霊術《狐炎球》だ。
「なに!?」
二十個全ての《狐炎球》を時間差が出るように放つと宙翔は左腰の鞘に刀を収める。そして姿勢を低くし刀の柄に手を添え抜刀の態勢を作ると、地面を力強く蹴り走り出す。
《狐炎球》は炎姫がザックやデトスへ攻撃するときに使っていた精霊術であるが、今宙翔が放ったそれは炎姫が放ったものより威力が段違いだ。
迫りくる火球を鎖で防御したデトスもそれに気がついた。
「マジかよ!」
デトスは鎖で火球と宙翔の接近を阻む。迫りくる宙翔の左腰の鞘が、デトスに近づくほどに深紅の光を帯びる。
それを見た数々の戦地で死戦を潜り抜けたデトスの直感が、警鐘を鳴らす。あれをやらせてはならないと。
猛烈な勢いで走りくる宙翔を鎖で阻もうとするが、時間差で迫る《狐炎球》を迎撃するのに大半の鎖を使わされて宙翔への攻撃の手数が減らされる。
それこそが宙翔の狙いだった。自分への攻撃が手薄になったことで、宙翔はデトスとの距離を急激に詰め、炎姫の提案した術の発動時間をかせぐことに成功していた。
時折迫る鎖を宙翔は左右に、そして身を翻しつつほぼ減速することなく回避しその間合いを詰める。
しかし宙翔を迎撃しようとする鎖のうち一本が目の前まで迫り来ていた。
(やばい! これは避けられない!!)
宙翔が覚悟した瞬間、目の前まで迫っていたはずの鎖が弾かれた。
「あのアマがああぁぁぁぁ!!」
デトスが叫び視線を向けた先を見ると、そこには座り込んで疲弊した様子のシャルロットの姿があった。
シャルロットが自らの集中力と勇気のあらん限りを詰め込んだ疑似霊具による光弾が、デトスの鎖を弾いたのだ。
(シャルの作ってくれたこのチャンスを無駄にしてなるものか!!)
デトスの懐まで間合いを詰めた宙翔は、右足で地面を強く踏み込み刀を抜刀しようとする。
「甘いんだよおおぉぉぉ!」
デトスは怒りを込めた叫びと共に《蛇鎖円盾》を発動。今まで以上に激しい金属音が鳴り響き、目に止まらない速さでデトスの元に鎖が引き戻される。
引き戻された鎖はデトスの右半身で渦巻き状になり、円形の盾のようなものを作った。
それはさながら蛇がとぐろを巻いたかのようだった。
「はあああぁぁぁぁぁ!!」
同時に宙翔も吼えながら鞘を握っていた左手の親指で刀の鍔を押し上げると、右手で刀の柄を握り抜き放つ。
宙翔の裂ぱくの気合と共に抜き放たれた刀は、燃え上がる業火を纏ってその刀身をあらわにする。
デトスは鎖の盾で受け止めようとするも、刀が鎖に当たった瞬間。しゅっと音を立てて鎖があっけなく蒸発した。
それもそのはず。宙翔のこの抜刀術は、炎姫が使う精霊術の中で最も攻撃力と熱量の高い術。
刀が常時放出する炎を納刀することで蓄積・圧縮させ、次に抜刀するときに業火の如き灼熱の炎を纏った刀身で相手を焼き斬る精霊術《業火刹滅斬》。
デトスの鎖では耐久力が足りるはずもなく、圧倒的熱量を纏う刃がデトスの胴を水平に斬り裂く。
「うわあぁぁぁ!」
燃え上がる業火がデトスを包み込み、その場所に空高々と炎の柱がそびえ立つ。
しばらくして炎の柱が消えるとデトスはその場所に倒れ、宙翔の刀の炎の勢いも元に戻っていた。
「宙翔さーん」
デトスとの戦いに決着がつくと、シャルロットが後方の木立の中から宙翔のもとへと駆け寄る。
「シャル怪我はない?」
「私は大丈夫です」
デトスの攻撃の余波がシャルロットに及ばなかったことに宙翔は胸を撫で下ろした。
「くそ! 体に力が入らねー」
声のした方に視線を向けると、霊装が解除され大の字に倒れていたデトスが、うめき声をあげながら体を起こそうとする。しかし体が思うように動かず起き上がることができずにいた。
デトスは起き上がることを諦めると、ため息をつき四肢を投げ出した状態で青空を見上げた。
「お前の勝ちだ。さっさととどめをさせよ」
自分の命を絶つ最後の一撃を待つデトスだったが、その瞳に映ったのは霊装を解除し炎姫やシャルロットと共に自分を見下ろす宙翔の姿だった。
「お前どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、俺はあんたを殺すためにこの力を手に入れたわけじゃない。あんたを止めて二人を無事に連れて帰れればそれでいいんだ」
自分を殺そうとした相手にそう言い放つ宙翔にデトスは呆気にとられ、そして鼻で笑った。
「本当に舐めたヤローだぜ」
「なあ、何でシャルと炎姫を襲ったんだ? あんたへの依頼ってなんなんだ?」
シャルロットに初めて会った時に宙翔はシャルロットに襲われる理由について尋ねたが、心当たりがないようだった。
デトスが傭兵の仕事としてシャルロットや炎姫を捕らえようとしていたのなら、それを指示したデトスの依頼主の目的もある程度知っていると思ったのだ。
しかしデトスは沈黙したままだった。デトスだってプロの傭兵なのだ。宙翔もそう簡単に口を割るとは思っておらず、ダメ元でした質問であったためデトスに背を向けた時だった。
「賢者の遺産って知ってるか?」
デトスの言葉に宙翔は振り返る。
「大昔に賢者が遺したどんな願いでも叶えるって言うあの?」
デトスはゆっくりと頷いた。
「俺の依頼主はその賢者の遺産を必要としているのさ」
予想の斜め上をいく回答に宙翔は驚きを隠せずにいた。
「でも賢者の遺産っておとぎ話の中の話だろ」
『賢者の遺産』。それは大昔にいたと言われる高名な賢者が、研究の末に完成させたとされるどんな願いでも叶える願望機。
しかし、それは大人たちが子どもに伝えるおとぎ話や童話のたぐいのもので、知っているものはたくさんいるが実際にその存在を信じているものはほとんどいないはずだ。
「そーでもないさ。闇市やオークションじゃ、大概偽物だが出品されるたびに高値で買い取られてる。あの戦争だって賢者の遺産がらみで起こったって話だ」
しかしそれを覆すデトスの話に宙翔は目を丸くした。デトスの話が本当なら国家間を揺るがす戦争を起こすきっかけになったものだ。単なるおとぎ話の中のものと片付けていいものではないだろう。
「そんなものとシャルたちにどんな関係があるんだ?」
「俺の依頼主によると、そのじょーちゃんと神性を持つ精霊の霊力がその賢者の遺産には必要らしい」
「マジかよ」
そしてデトスから告げられた言葉に宙翔をはじめ、シャルロットと炎姫は言葉を失った。
「この情報が出まわったら、いろんな奴らがじょーちゃんたちを狙うだろうよ。守りたかったらせいぜい気をつけるんだな」
予想だにしなかった真実に頭が整理できていないうえに、先ほどまでのデトスからは考えられない忠告に宙翔は戸惑うが、その忠告を素直に受け取る。
「なあ、聞いといてなんだけどなんで教えてくれんだ?」
「なんでかな。こんだけ派手にやられたのに何にもないのが気色悪いっていうのもあるが・・・・・・」
そこで言葉を切ると、デトスはふっと笑う。それは今までの獰猛な笑みではなく、もっと角の取れた丸みのある笑みだった。
「不思議とそんなに嫌な気分じゃねーんだ。むしろ清々しいくらいだ。だからかな。理由はよくわからんが」
「それはきっとあの時、宙翔さんの想いがあなたにも届いたからじゃないでしょうか」
一歩前に出たシャルロットが胸の前で手を組みながら言う。
誰かを守りたい、誰も傷つけたくない。そんな純粋でまっすぐな宙翔の想いがあの一撃には込められていたのではないかと。
「けっ。どうやらふぬけていたのは俺も同じだったらしいな。まったく気に入らねーぜ」
デトスは悪態をつきながらも表情はどこか穏やかで、そのまま目をつむった。
「デトスは大丈夫なのか?」
「気を失っておるだけじゃよ。一、二時間もすれば目も覚めるじゃろう。しかしいくら加減したとはいえ、魂にあれだけの一撃を受けてよくさっきまで意識を保てておれたのう。そのことに驚きじゃよ」
「それならよかった」
デトスに命の別状がないようで安心している宙翔の横で、あれだけの強力で激しい一撃が手加減して放たれたことにシャルロットは驚愕していた。
「ふー」
宙翔は大きく息を吐くとその場に座り込んでしまう。
「宙翔さん! 大丈夫ですか?」
シャルロットは不安げな面持ちで宙翔のそばに駆け寄る。
「いや、安心したら気が抜けちゃっただけだから心配しないで。それより炎姫は大丈夫?」
「主様と契約したおかげですっかり前の力を取り戻したのじゃ」
炎姫は袖をまくって力こぶを作って見せる。頬にもうっすらと紅がさし顔色もよさそうだった。
「主様と契約を結んだことで、信仰心を集めなくても主様から直接霊力を供給されることで力を維持できるようになったのじゃよ」
「そうか。それはよかった」
「全員が無事で本当によかったです」
全員が命を落とすことなく笑い合えることに、宙翔とシャルロットの胸の中は喜びでいっぱいになる。
「炎姫、一緒に戦ってくれてありがとう。シャルロットもありがとう」
宙翔は自分の素直な気持ちを言葉にすると頭を下げた。
「なに、妾の魂は主様と共にあるのじゃ。一緒に戦うのは当然じゃよ」
炎姫は腰に手を当てその小さな体を反らしながら言う。
「いえ、結局私はあまりお役に立てませんでしたし・・・・・・」
やや声のトーンが落ちるシャルロットに宙翔は優しい笑みを向ける。
「そんなことないよ。俺やメリダさん、リンカのことを考えて行動してくれたこと、うれしかった。それにさっき擬似霊具で鎖を弾いてくれた時は本当に助かったよ。ありがとう」
宙翔の言葉にシャルロットは頬を赤らめ、もじもじとしてしまう。
「そうでしょうか、えへへ。そ、そうだ。精霊様、炎姫様とおっしゃるのですね」
恥ずかしさをごまかすようにシャルロットは炎姫へと話を振る。
「うむ、おぬしも妾のことは気軽に名前で呼ぶのじゃぞ。シャルロットよ」
「はい、炎姫様」
シャルロットと炎姫が微笑み合うと、炎姫はぐっと伸びをする。
「さて、こうやって実体化しているだけでも主様の霊力を消費してしまうからのう。妾はいったん休むとするかの」
「休むってどこに?」
宙翔の問いかけに炎姫は宙翔の右手の人差し指を指す。
「主様が右手につけておる指輪が妾の依り代となっておるのじゃ。じゃからその指輪の中で休むといった感じかのう」
「そうなのか。じゃあゆっくり休んでくれ」
「うむ、またの」
宙翔の労いに炎姫は手を振って答える。そこには以前のような悲しみをはらんだ笑みはなかった。
もう社で一人でいることも、いつ来るかわからない誰かを待つ必要もないのだから。
そして炎姫は赤く輝く光の粒子となって、宙翔の右手にはまっている契約の指輪へと吸い込まれていった。
「じゃあ、俺たちもこいつらをナイトオブスピリッツに引き渡して帰ろうか」
「はい」
宙翔たちは目覚めたデトスたちが逃げ出さないように、社の掃除用具入れから持ってきた縄で木の幹に縛る。
そして陽が傾き始め、青からオレンジへと変わりつつある空のもと社をあとにした。
こうして宙翔たちと傭兵集団《蛇の鱗》との戦いは幕を閉じた。




