第1章 10話 大切な存在
デトスは大きな木箱を抱えた部下六人を引き連れて社までやって来ていた。
「精霊サマ、会いに来たぜ」
鳥居をくぐり境内の中ほどまで来たデトスが、声を張り上げて呼びかける。部下たちも木箱を下に置きあたりを見渡すが、しばらくたっても何も反応はなかった。
「おい! 本当にここなんだろうな」
「はい。間違いありません」
イラついた様子で聞くデトスに、あの日ザックと共に社にいた部下の一人がおずおずと答える。
「おい! それ貸せ」
デトスが部下の一人の右太ももを指すので、部下はそこに装備した銃型の疑似霊具を差し出す。
デトスはそれをひったくるように取ると、無遠慮に本堂に向かって乱射する。
本堂に次々と穴が開き、木片が飛び散る。
「おぬしら何をする!」
精霊が空中から声を荒げながら姿を現すと、デトスはやっと引き金を引く指を止めた。
「やっとおいでなすった。いや、ちょいとあんたに用があってな!」
「!?」
しかし今度は精霊に照準を定め、引き金を数回引く。
不意のことに驚く精霊だが、突き出した右手で火球を放ち応戦する。光弾と火球がぶつかり合い小爆発が起きる。いくつかの光弾は火球で相殺できたが、二発ほど撃ち落とせず噴煙を突き抜け精霊に迫る。精霊は具現化させた短刀でそれを斬り捨てる。
「こんな生ぬるい世の中になっちまったが、久しぶりに楽しめそうだ」
獰猛な笑みを浮かべるデトスは、疑似霊具を投げ捨て右手を強く握りこむ。
「スネイズ!」
自らの契約精霊の名を叫ぶと、デトスの右手の指輪が光り輝き蛇の姿の精霊、スネイズの姿が現れる。
そしてスネイズがデトスの右手から体の方へと光の粒子と化しながら這っていき、その光がデトスの体を包み込む。
光が収まるとそこには霊装を身に纏ったデトスが立っていた。
「おぬし、精霊使いじゃったのか!?」
「ほらよ、遊ぼうぜ!」
デトスが右手を振るうと五本の鎖が精霊のもとへ射出される。
正面から来る鎖を空中を滑るように左に回避したのも束の間。間髪入れずに下から二本目の鎖が迫る。
それを身を翻して回避するが、その先に三本目の鎖が待ち受ける。それを短刀で弾き飛ばすが、後方から来る四本目の鎖に胴を、そして五本目の鎖に右足を縛られてしまう。
「しまっ」
縛られたことに気を取られた隙に回避した三本の鎖に右手、左手そして左足を縛られてしまう。
この一連のデトスの技はスネイズの精霊術《蛇鎖縛奪》。部下のザックに手を下した時にも使っていた精霊術で、相手を縛り自由を奪う以外に、鞭のようにして攻撃することもできるのだ。
「くっ」
「思ったより歯ごたえがなかったな」
左手の鎖を使うまでもなく精霊の動きを封じられたことにデトスはがっかりしていた。
「あれ出せ」
デトスは背後に待機している部下に命じると、部下たちは木箱の蓋を開け中から円柱状の装置を取り出す。
「な、なんじゃ」
「あまり遊べなかったのは残念だが、仕事もしっかりやらないとな」
デトスが後ろに左手を突き出すと、《蛇鎖縛奪》を発動し左手の袖口から五本の鎖が射出され装置に巻き付く。
鎖で装置を引き寄せると、装置の先端部分を精霊に突き付ける。
すると装置の先端部分が四方向に展開、そして前方向にスライドしクランク状に展開する。その姿は円柱に四つ脚が生えたかのようだった。
形を変えた装置の後方部分が回転を始める。
得体のしれない装置への恐怖に顔を歪ませる精霊にデトスは笑みを浮かべた。
「いただくぜ、あんたの霊力をな」
デトスの言葉の直後、展開された装置の中央から針のような形状の部品が露出すると、精霊の霊力を強引に奪い取っていく。
「きゃああぁぁぁぁ!!」
自分の生命力そのものである霊力を強引にかすめ取られる恐怖と苦痛による絶叫が響いた。
***
「シャル、これ」
傭兵集団《蛇の鱗》の野営地から走り続け、精霊のいる社まであと数百メートルという地点で、宙翔はシャルロットに自分の腰に差していたものを渡す。
「これは!」
シャルロットは差し出されたもの、銃型の疑似霊具を見て目を見開く。
「何かあった時のために持ってて」
相手に殴られても傷つけたくないからとやり返さないような宙翔が、これを持ちそして剣型の疑似霊具を左腰に吊っていることから相手の危険性をシャルロットは否応なく痛感する。
そして疑似霊具をシャルロットに差し出す宙翔の心中を思うと胸が痛かった。
「はい」
「きゃああぁぁぁぁ!!」
シャルロットが疑似霊具を受け取ると、幼子の叫び声が二人の鼓膜を震わせた。
しかしこの声に聞き覚えのある二人は、声の主がただの幼子の声でないことに瞬時に気がついた。
「今の声!?」
「精霊様の声です」
「急ごう!」
二人は走るスピードを上げ社に急いだ。
***
社にたどり着き、目の前に広がる光景を目の当たりにした宙翔とシャルロットは言葉を失った。
空中で四肢と胴を縛られ、見たこともない装置を男に突き付けられた精霊が顔を歪ませながら叫んでいた。
「何してんだよ!」
その光景を見た瞬間、さすがの宙翔も一気に頭に血が上り、鞘から勢いよく疑似霊具を引き抜きデトスの方へと駆け出した。
デトスは走ってくる宙翔をちらと横目で見ると、装置に巻き付けている鎖のうち一本を解き宙翔の腹部に叩きつけた。
「ぐはっ」
宙翔の体はその衝撃に数メートル後方まで飛ばされる。
「なんだ、こいつ?」
「ボス、こいつが例のガキです」
「へぇ、こいつが・・・・・・」
先ほどまでデトスは宙翔を冷めた目で見ていたが、部下の言葉にその瞳が興味に色づいた。
「宙翔さん! 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫」
茂みの中にいたシャルロットは急いで宙翔のもとに駆け寄り体を抱き起した。
その姿を見たデトスは嘆息を漏らすと首を左右に振る。
「おいおい、じょーちゃんが逃げてるじゃないかよ! この七年間でどいつもこいつもふぬけやがって!」
「ボス、ここは俺たちが」
デトスの苛立ちを感じ取った部下たちは、野営地に待機している仲間のミスを少しでもカバーしようと前に出る。そうしなければ自分たちの身が危ないことを、部下たちはザックの最期を見てよく知っていた。
「いい、お前たちはこれ支えとけ。それぐらいはできるだろ」
鋭い目つきで冷たく言い放つデトスに部下たちは黙って頷くことしかできなかった。
部下たちが装置を支えていることを確認すると、左手から伸びる残り四本の鎖を解く。
「さて、さっきは不完全燃焼だったからな。少しは楽しませてくれよ」
デトスは《蛇鎖縛奪》を再び発動。一本鎖を射出し、鞭のように宙翔に叩きつけようとする。
「シャル離れて!」
宙翔はシャルロットを突き飛ばすと、自分はシャルロットを突き飛ばした方向と反対へ転がるように鎖を避ける。
「そら、避けろ避けろ」
「くっ!」
次々と叩きつけられる鎖を宙翔は懸命に躱していく。
「あの精霊を助けに来たんだろーが、逃げてばっかりだと危ないかもだぜ」
宙翔が精霊の方を見ると、いつの間にか叫び声が小さくなり体もぐったりしてきているようだった。
「精霊さん!」
「ほらほら、鎖は一本だけじゃないぞ!」
宙翔が精霊の方に気を取られている隙に、デトスはさらに二本の鎖の宙翔に向かって射出し計三本の鎖が宙翔を襲う。
上から叩きつける鎖を避け、すねを狙うように横なぎにくる鎖をジャンプで避ける。続けて左から三本目の鎖が迫るが、体が浮いている状態では回避できない。
「うわぁぁぁ!」
とっさに剣で受けるものの、鎖の勢いをそのままに宙翔の体は弾かれたように宙を舞う。
「宙翔さん! きゃっ!」
シャルロットは宙翔のもとへ駆けつけようとするが、行き先を遮るようにデトスの四本目の鎖が空を切る。
「おっと、おじょーさんは動かないでもらえるかな。あんたを傷つけるわけにはいかないんでね」
地面に倒れた宙翔は立ち上がろとするが、二度鎖の攻撃を受けたせいで足に力が入らずうまく立ち上がれない。
「精霊さん今助けるから・・・・・・」
それでも宙翔は、精霊の方をまっすぐ見つめ立ち上がろうとするのをやめない。
「もう・・・・・・もうよいのじゃ」
そんな宙翔の耳にか弱くなった精霊の声が聞こえた。
「信仰心を集められぬ妾は、どのみち力を失い消えゆく定め。それがちょっと早まっただけのことよ。もう諦めておるよ。そんな妾のためにそこまでボロボロになるまで頑張る必要はない。それに人間のおぬしが精霊を助けても・・・・・・」
「そんなの関係ないだろ!」
宙翔は力の限り叫ぶと、何とか上体を起こす。
「ここで一緒に片づけをやった。一緒にいなり寿司を食べた。同じ時間を共有したんだ! そこに人間だとか精霊だとか関係ない。たったそれだけのことでって思うかもしれない。それでも俺にとって精霊さんは大切な存在になったんだ。だからそんな悲しいこと言うなって・・・・・・」
宙翔にとって人間だとか精霊だとか、一緒に過ごした時間の長さというのはさして重要なことではない。
同じ時間を共に過ごし、同じご飯を食べて一緒に笑いあう。
そんな何気ない、ともすれば他愛ないとも思えることが宙翔にとっては大事なことなのだ。
なぜならそんな日々を一緒に過ごしたいと思っていた肉親を七年前に失ってしまったのだから。
だからこそ今いるそんな存在を大切にしたいのだ。
この七年を共に過ごしたメリダやリンカ、サクラギの人たち。そこには出会って二日のシャルロットや精霊も含まれる。
そしてもう二度と自分が大切だと思う人を目の前で失いたくない。その思いが宙翔をここまで突き動かしていた。
宙翔はふらつきながらなんとか立ち上がると、精霊を不安にさせないようにその頬に優しい笑みを浮かべる。
「絶対助けるから待ってて・・・・・・」
「おぬし・・・・・・」
そんな宙翔に精霊の琥珀色の瞳が揺らめく。
「本当に変わった奴よ。じゃが・・・・・・」
精霊も宙翔の方をまっすぐ見つめ、笑みを返した。
「もう少し足搔くのも悪くないかの」
宙翔の内心は今の精霊には知るよしもないが、そんな宙翔の姿を見て何も感じない精霊ではなかった。
デトスは精霊の言葉に抵抗の意を感じ取り振り向くと、デトスの予感は的中。精霊は縛られた右手を目一杯に開くと、残された霊力を振り絞り先ほどより大きい火球を作り出す。
「何!?」
放出された火球は装置を直撃し破壊する。それを支えていた部下たちも吹き飛ばされる。
精霊の思いもしない抵抗にデトスは目を奪われていたが、近づいてくる足音に我に返る。
視線を足音の方に向けると、先ほどまでふらふらだったはずの宙翔がいつの間にか自分の横を通り過ぎたところだった。
「しまった!」
デトスの後悔は時すでに遅く、精霊の近くまできた宙翔は地面を蹴り高く飛び上がると、鎖を断ち斬るべく剣を大きく振りかぶる。
そして剣型の疑似霊具がその特性を発揮し、刀身部分に周囲の微精霊が集まりだした。通常C級精霊使いが使うと刀身が淡く光るのだが、精霊の加護を持つ宙翔の場合刀身が見えなくなるほど眩い光を放っていた。
「はぁぁぁぁ!」
微精霊によって強化された斬撃は、デトスの五本の鎖を一刀両断する。
デトスは霊具を破壊されたダメージを受け片膝をつく。その隙に鎖の拘束から解放され、空中で放り出された精霊を宙翔が受け止めると、シャルロットの方に走り出す。
「シャルこっち!」
シャルロットに合流すると宙翔たちはそのまま木立の方へと走り去っていった。




