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精霊使いと賢者の遺産  作者: 夜空琉星
第1章 略奪の鎖と紅蓮の刃
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第1章 9話 スニーキング

 「まだそんなに遠くには行っていないはず」

 

 ナイトオブスピリッツ所属のC級精霊使いの話を聞き終わった直後、サクラ亭を飛び出した宙翔は町はずれの森の中を一人で走っていた。


 傭兵集団《蛇の鱗》の団員がサクラ亭を去った後に駆けつけたC級精霊使いに、現在古都国にいる精霊使いでは対処できないうえ、王都から応援が駆けつけるのにも時間がかかると聞いた宙翔は居てもたってもいられなかった。


 サクラ亭を飛び出したのがシャルロットが連れ去られたすぐ後だったため、町を出るころには後ろ姿を捉えることができたが、森に入ったところで見失ってしまった。


 それからシャルロットがこの森のどこかにいると信じ、薄暗い森の中を一人走り続ける宙翔の心の中には後悔が渦巻いていた。

 自分が悩んで手をこまねいていなければ、もっとうまく立ち回ることができていれば、メリダが殴られることもシャルロットが自分から捕まりに行くようなこともなかったのではないか。


 (必ず助けるって言ったのに。俺はまた目の前で失ってしまうのか・・・・・・)


 そんな思いが頭の中をぐるぐるとしていた。

 鬱蒼とした森の中を焦燥感にかられながら走り続けると、数十メートル先にかがり火が見えた。

 そっちに向かって走り、数メートル手前で減速して明かりの方の様子を窺う。

 

 「ここか」

 

 森が開けたその場所には八つのテントが雑然と配置されていた。そして宙翔から見える範囲で二か所、野営地の外周上に二人一組になって黒服に蛇のマークをつけた男たちが見張りをしていた。


 ここが《蛇の鱗》の野営地で間違いないようだ。野営地にどれくらいの人数がいて、どれくらいの数が見張りをしているかわからないが、少なくとも今見えている二か所とプラスアルファ見張り役がいると考えた方がいいだろう。


 そしてこの八つのテントのどこかに連れ去られたシャルロットがいるはずだ。しかしどのテントの中にいるのか皆目見当もつかない。

 

 「しらみつぶしに行くしかないか」

 

 そうと決まればどうやって野営地に入るか考えなくてはならない。手始めに一番近い見張り役にどう気づかれずに侵入するかだが、宙翔があたりを見渡すと足元に小石が落ちているのを見つけた。

 宙翔はそれを拾い上げると、左側に広がる茂みに向かって投げた。

 

 「なんだ?」

 

 「お前、ちょっと様子見て来いよ」

 

 小石を投げた先、物音がした方に見張り役の注意が移った瞬間、宙翔は迅速かつ物音がしないように走り一番近くのテントの物陰に身を隠す。

 

 「何もないぜ。きっと鳥かなんかがいたんじゃないか?」

 

 「そうか」

 

 宙翔は自分の侵入が気づかれていないことにそっと胸をなでおろした。

 そしていま身を隠しているテントの入り口を見つけ、中に誰もいないことを確認するとそっと忍び込む。


 入ったテントの中は特に明かりがなく、木箱がたくさん積んであった。木箱の中にシャルロットが押し込められているかもと思い次々中を確認するが、瓶に入った酒や干し肉などが入っているだけだった。どうやらこのテントは食糧庫として使われているようだった。


 残りの箱の中も一通り確認してみたが、結局このテントにシャルロットはいなかった。

 宙翔は入り口から外をのぞき、周りに人の気配がないことを確認すると、姿勢を低くして身を隠しながら最寄りのテントまで移動して中を覗こうとした時だった。

 

 「おい、そろそろ見張りの交代の時間だ! 行くぞ!」

 

 「!?」


 背後で声が聞こえたので宙翔は今いるテントの中に入り身を隠す。

 今ここで見つかればシャルロットを助け出すどころか、宙翔がこの世から永久退場してしまいかねない。

 

 「へいへい、わかってるよ」

 

 先ほどとは別の男の声が聞こえると、足音がだんだん宙翔の方へと近づいてくる。

 テント内で身を隠す宙翔の呼吸は浅くなり、心臓は早鐘を打つように激しく動悸する。背中もじっとりと冷や汗が滲んでいた。

 足音が最も近づいたとき宙翔の緊張も最高潮に達したが、結局足音はそのまま遠ざかっていった。

 完全に足音が聞こえなくなったところで、宙翔は深く息を吐いた。実際には数十秒の出来事だったが、宙翔にはその何十倍にも長く感じられた。

 

 「危なかった~」

 

 二、三度深呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻したところで、改めてテントの中を見渡した。

 

 「ここは・・・・・・」

 

 テントの中には疑似霊具が並べられていた。先日社で襲ってきた《蛇の鱗》の団員の一人、ザックが持っていたものと同じ銃型の疑似霊具がおよそ三十丁。そして剣型の疑似霊具も約三十本あった。

 

 「疑似霊具がこんなに」

 

 銃型の疑似霊具を手に取ってみる。ひんやりとしていてずっしりとした重みが、否応なくこれが人を傷つける武器であることを実感させる。

 

 「使う状況がないことを祈るしかないけど、そういう訳にはいかないかもな」

 

 宙翔は銃型の疑似霊具をズボンの後ろ側に突っ込み、剣型の疑似霊具をベルトの左側に吊った。

 宙翔の気持ちとしては、たとえ傭兵集団だろうと相手を傷つけたくない。だが相手から攻撃されたとき、自衛の手段がないのはあまりにも危険すぎることも宙翔は重々承知していた。


 シャルロットを助け出し無事にサクラ亭に帰るために疑似霊具を使う。決して相手を傷つけるために使うんじゃない。そう自分に何度も言い聞かせる。


 装備し終わると、宙翔は一応テント内にシャルロットがいないか見て回る。武器庫として使っているテントにシャルロットが捕らえられているわけがないのだが、一応念のためだ。一通り見てみたが、やはりシャルロットはいなかった。


 宙翔は武器庫のテントを出て次のテントに向かう。

 テントをのぞくと中に人影を見つけて宙翔は息を呑んだ。中が薄暗いため団員なのかシャルロットなのか判断できなかった。

 目を凝らしてみると、二人組が背中合わせで縛られているのに気がついた。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 宙翔は慌てて二人に駆け寄った。縛られていたのは男と女の二人組で、背中合わせで縛られ口を布で塞がれて声が出せないようになっていた。殴られたのだろうか、二人とも顔にあざができていた。


 そして何より驚いたのが、女性が着ている服がシャルロットと同じ修道服だったのだ。そして男性は黒色の法衣に身を包んでいた。この服装は以前シャルロットから聞いたとある人物たちの特徴と同じだった。

 

 「もしかしてジャネル司教とシスター・リエナさんですか?」

 

 二人の口を塞ぐ布を解きながら問う宙翔に男の方がコクリと頷いた。どうやら二人はジャネル司教とシスター・リエナで間違いないようだった。

 

 「あなたは?」

 

 「俺は空閑宙翔、シャルの友達です。縄を切るのでじっとしててください」

 

 左腰に吊ってある疑似霊具を引き抜くと、二人に刃が当たらないように気をつけながら慎重に縄を切っていく。

 

 「ありがとうございます。シスター・シャルロットは無事なのですか?」

 

 縄が切られ縛られていた部分をさすりながら問うシスター・リエナに宙翔は頭を下げた。

 

 「すみません。今朝ここの連中に連れ去られてしまって・・・・・・」

 

 「なんと!? それはすぐに助けにいかにと。うっ!」

 

 勢い良く立ち上がるジャネル司教だが、痛みに顔をゆがめすぐに片膝をついてしまう。拷問でも受けたのだろうか、顔以外にもあざや切り傷がたくさんできていた。

 

 「その怪我じゃ無茶です」

 

 「ですが・・・・・・」

 

 心配そうにひとみを揺らすジャネル司教の肩に手を乗せ、宙翔は真っ直ぐにジャネル司教を見つめる。

 

 「シャルは俺が必ず助け出します。二人はすぐに病院に行って手当てを受けて下さい」

 

 ジャネル司教は数秒悩んだのち首を縦に振った。

 

 「こっちです」

 

 宙翔はテントの入り口から外を覗き、人の気配がないことを確認すると二人と共にテントの外に出た。

 何度か野営地内を歩く団員を見かけたが、何とかやり過ごしながら野営地を抜け出し森の中まで入ることができた。

 

 「この森をあっちの方に抜けると大きい道があります。その道を進むと町があります。町に入ったらメインストリートを真っ直ぐ行ったところの白い建物が病院です」

 

 「すみません、ありがとうございます」

 

 ジャネル司教が頭下げたとき、シスター・リエナが瞳を濡らして宙翔の袖口を掴む。

 

 「どうかあの子を、シスター・シャルロットを・・・・・・」

 

 声を震わせ絞り出すように言うシスター・リエナに宙翔は力強く頷いた。

 

 「はい、必ずお二人のもとに連れて行きます」

 

 「ありがとうございます」

 

 シスター・リエナは何度も頭を下げ、二人は町のある方角へと歩いて行った。

 二人が見えなくなったところで宙翔は野営地の方へと向き直る。

 

 「とりあえず二人が無事でよかった。シャルも無事でいてくれよ」

 

 そして宙翔は野営地の方へと戻っていった。


***


 野営地に戻ってシャルロットの捜索を再開した宙翔だったが、結局テントの半分くらいは中に団員がいて、中をのぞく程度のことしかできなかった。


 宙翔は団員の様子を見て思ったことがあった。見張り役がいて周囲を一応警戒しているようなのだが、どうも団員たちの空気が緩いのだ。

 シャルロットを捕らえたことで彼らの仕事が終わり、今は待機の状態なのだろうかと宙翔は推測していた。

 ガチガチに警戒されていてはこうして野営地内を動き回ることができないので、宙翔にとってこれは絶好の機会だった。


 そうこうしているうちに宙翔は、野営地内の一番奥にある他のものより明らかにサイズが大きいテントの近くに山積みにされた、木箱の陰に隠れていた。

 このテントだけやたら豪華なので、どうやらそれなりに特別な場所のようだ。それを裏付けるかのようにテントの入り口には二人の団員が見張り役として立っていた。


 入口から入ることは不可能なようなので、入り口の見張り役に気づかれないようにテントの側面が見える位置まで移動する。


 再びテントの様子を見ると、見張りがいるのはテントの入り口のみで側面及び背面には誰もいなかった。

 宙翔はテントの裏側まで静かに移動すると、剣型の疑似霊具でテントに小さい裂け目を作り中の様子を窺う。


 中は他のテントより内部が明るく、見える範囲だけでも高価そうな物品の数々が見えた。

 そしてテントの中央付近に見覚えがある絹を思わせる艶のある金色の髪の美少女、シャルロットの姿を見つけた。


 宙翔は疑似霊具で自分が入れるくらいの大きさまでテントを切り裂くと、入り口の見張りに気づかれよないようにシャルロットのもとまで急いで駆けつける。

 

 「シャル、大丈夫? 怪我はいない?」

 

 見たところ身動きができないように縄で縛られているようだが、特に外傷もなく口も塞がれてはいないようだ。

 

 「宙翔さん!」

 

 突然の宙翔の登場に驚くシャルロットに、宙翔は自分の口に人差し指を当てて声を押さえるように促す。

 シャルロットはあわてて入り口の方を見るが、どうやら見張り役には気づかれていないようだった。

 

 「私は大丈夫ですけど、どうしてここに?」

 

 「どうしてって、君を助けに来たんだ」

 

 疑似霊具で縄を切りながら言う宙翔にシャルロットはうれしそうな表情を見せたが、すぐにその表情を曇らせた。

 

 「私これ以上宙翔さんやメリダさんたちに迷惑や負担にならないようにってあの人たちについていったのに、これじゃあ・・・・・・」

 

 目を伏せて声を震わせるシャルロットに、宙翔は彼女の正面に回るとその濡れた瞳をまっすぐ見つめる。

 

 「別に俺たちはシャルのこと迷惑だなんて思ってないよ。困ったときはお互い様、助け合っていかないと」

 

 優しく声をかける宙翔にシャルロットは少し表情が柔らかくなる。

 

 「でも次からはもうちょっと危険を考えて行動してね」

 

 「それはお互い様です」

 

 「気をつけます」

 

 そこまで言うと二人はクスクス笑いあう。

 

 「よし、それじゃあこんなところから早く出よう」

 

 「はい」

 

 宙翔が手を差し伸べると、シャルロットはその手を取り立ち上がる。

 幸いにもここは野営地の一番奥で、裏側はすぐ森だったため比較的簡単に脱出することができた。

 野営地からじゅうぶんに距離を取ったところで二人は息をついた。

 

 「そうだ。シャルが探してた司教さんたち、あの野営地に捕まってたみたい。さっき見つけて病院に行くように言っておいたから安心していいよ」

 

 「そうですか。二人に大事がなくてよかったです」

 

 ほっとするシャルロットだが、何か思い出したのかハッとした顔をする。

 

 「宙翔さん大変です! 精霊様があの男の人たちのボスに狙われています」

 

 「なんだって!? ならすぐに行かないと」

 

 「待ってください」

 

 走り出そうとする宙翔の袖口をシャルロットがギュッと掴む。

 

 「あの人たちはなんだか、ただ者じゃないと思うんです。この町にも精霊使いの方がおられるんですよね。その人たちに助けを求めた方が・・・・・・」

 

 心配そうに言うシャルロットに宙翔は苦虫をつぶしたような表情をする。

 

 「実はさっきの連中は《蛇の鱗》って言う傭兵集団らしいんだ。そしてボスのデトスは精霊使いなんだ。古都国支所にいる精霊使いだけじゃ戦力が足りなくて、王都からの応援を頼んでるらしいんだけど、到着に数日はかかるらしい」

 

 「それじゃあ手遅れになってしまいます」

 

 「そうなる前に俺が行くよ。隙を作って精霊さんを逃がすことくらいはできると思うからさ」

 

 「私も一緒に行きます」

 

 シャルロットは宙翔に一歩詰め寄ると、宙翔の瞳をまっすぐ見つめる。

 

 「でも・・・・・・」

 

 宙翔としてはシャルロットをこれ以上危険な目に合わせ、怖い思いをさせたくなかった。

 しかしシャルロットは昨日の朝と同じ、いやそれ以上に力強い決意のある眼差しを宙翔に向ける。

 

 「あの人達への依頼は私を無傷で依頼主に届きることらしいので、私に危害を加えることは無いはずです。だからデトスっていう人の注意を引くと事ができます。だから・・・・・・」

 

 たった二、三日の付き合いだが、こうなればシャルロットが引き下がらないことは宙翔も承知していた。

 

 「わかった。一緒に精霊さんを助けよう」

 

 「はい!」

 

 シャルロットが力強く頷くと、二人は社に向かって走り出した。

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