第1章 プロローグ 届かない手
少年、空閑宙翔は居間で夕ご飯を食べていた。
窓の外はもう暗くなっており、天井から吊るされている明かりがささやかながら部屋を優しく照らしていた。
部屋の中央には小さなちゃぶ台があり、宙翔の目の前には彼の父が、その隣には母がいる。家族三人、笑顔で食卓を囲むさまは、一般的な幸せな家庭と言えるだろう。
「母さん、おかわり!」
宙翔が母に茶碗を差し出そうとした時、ふと何か違和感に気がついた。なにか焦げ臭いにおいが宙翔の鼻をかすめたのだ。
そして瞬きをした瞬間、そこは火の海になっていた。
焦げ付くようなにおいと喉を焼くような熱風。家の外からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。先ほどまで窓の外に広がっていた闇夜には、揺らめく赤色がちらついていた。
その光景はさながら地獄と言えるだろう。
突然の出来事に宙翔の頭の中は真っ白になった。
(いったい何が起きた?)
(父さんたちはどこだ?)
宙翔はあわてて周囲を見渡し両親を探す。あまりの変化に気づかなかったが、宙翔はどうやら今自宅の居間に立っているようだった。そして数メートル離れた先で、父が母を庇うように抱き寄せているのを見つけ宙翔は安堵した。
(父さんたちのところに急がないと)
宙翔が急いで両親のところに駆け寄ろうとしたとき、不思議と次に何が起きるのか直感できた。
(父さん、母さん、そこにいたら危ない! 早く逃げて!)
そう叫ぼうにも喉から声が出てくれなかった。次の瞬間、宙翔の耳が天井がきしむ音を捉えた。宙翔が見上げると火は天井まで到達し、すぐにでも焼け落ちそうになっている。
(父さん、母さん早くこっちに!)
宙翔は必死に右手を伸ばした。手を伸ばしたところで届く距離ではないことぐらい宙翔も理解している。それでも懸命に手を伸ばす。早くこっちに来てくれ、そう祈りながら。
しかしその時はやってきた。天井の梁が耐え切れなくなり、燃えた天井が宙翔の両親の方へ崩れ落ちてくる。気がつけば宙翔は駆け出していた。それでも燃える瓦礫はどんどん迫って・・・・・・
「とうさぁぁああああん!かあさぁぁあああああん!!」
燃え盛る家の中で両親を助けようと手を伸ばし続ける宙翔の絶叫がこだました。