だから俺は出版社を襲撃することにした
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唐突だが阿久根進は今まで1度たりとも小説大賞一次選考を突破できていない。
その小説大賞はいつも大海文庫大賞だ。その筋のレーベルでは右に並ぶ者がいないと言われるほどの大きな企画だった。
「どうしてだ? どうしてここまで俺は評価されないんだ!?」
進はネットに張り出された一次選考合格者一覧を見ながら、吠える。
どの作品のタイトルも平凡で、とても自分の作品との違いが見られない。それでも自分の小説は一次選考を突破できずにいたのだ。
「今度こそ自信があったのに……これは何かの陰謀だ! 俺のアイディアが気に食わない奴らの企みだ!」
進はあまりの悔しさに被害妄想を爆発させる。自分の実力は十分だ。悪いのは見る目のない編集部だ、と決めつけていた。
だから進は出版社を襲撃することにした。
まず初めに出版社に対して犯行予告だ。その次は凶器の用意。次いで出版社へ侵入だ。
馬鹿馬鹿しいとか、計画がずさんだとか、そんなものはどうでもいい。この苛立ちを埋められるなら進は何だってするつもりだった。
「その方法だと掲示板に書いただけで捕まるっすね」
だがパソコンに向かって文章を書いていた進を呼び止める声が、後ろから聞こえてきたのだ。
進は誰もいないはずの部屋で声がしたのに驚き、か弱い乙女のような悲鳴を上げた。
「うるさいっすね。人が親切にしてあげたのに」
「だ、誰だ。お前は!?」
進の後ろにいたのは人間ではない。
体長は30センチメートルほどだろうか。ぱっと見はどこかのマスコットだ。
全身のシルエットは青く、大きな2つの耳が特徴的だ。もちもちとした頬に、丸々とした大きな眼、肥満体のように突き出た下っ腹がそのマスコットの外見だ。
そんな愛くるしい姿の生き物が、今は宙に浮いて進を見ていた。
「ね、ネズミの化け物!?」
「初対面の相手に化け物とはひどい挨拶っすね。こうして過ちを正しているというのに……」
そのマスコットは呆れたようにため息をつき、進の机の上に降り立った。
「今どきは警察がネットを監視しているらしいっすよ。こんな文章を載せたら1日もせずに警察に訪問されるっす。もっと頭を使うべきっすよ」
「し、知るか。俺は猛烈に怒っているんだ。それに他に方法なんてあるもんか!」
「普通の選択肢はあまりないっすね。でも自分が手を貸すと言ったらどうするっす?」
マスコットはにやりと笑い、進に提案した。
「な、何をしてくれるんだ?」
「微力ながらこのスビェールカジマココ。進殿の出版社襲撃に手を貸してやるっす」
「すびぇ……何だって?」
「スビェールカジマココ。自分の名前っす。呼びにくいならココとでも呼ぶっす」
マスコット体型のココはそう言うと小さな胸を大きく張って自分の名前を誇った。
「そ、そうか。それで、ココ。俺の出版社襲撃をどうサポートしてくれるんだ?」
「簡単な話っす。進殿に特殊な能力を与えるっす」
「まじか!? 視ただけで相手を死に至らしめたり、念じるだけですべてを破壊できるような力が――」
「怖いっすね。そんなぶっそうな力なワケないじゃないっすか」
ココは怯えながらも、ちちんぷいぷいとばかりに念じる。すると、進の右手の手の平に謎の紋章が浮かび上がった。
「いっ! 何だコレは」
「契約の紋章っす。こちらで勝手に結びましたっす。そんな細かいことはいいので、さっそく能力を使ってみるっす」
「お、おう。俺はどんな能力に目覚めたんだ?」
進が食らいつくように話を聞いていると、ココは応えた。
「能力は『モザイク』っす。この能力は目に見える範囲を特定のパターンに塗ることができる能力っす」
「ん? つまりどういうことだ?」
「まずはやってみるっす。そこの本棚に集中してみるっす」
ココは進の傍らにある小さな本棚を指した。
「集中して、どうするんだ?」
「塗れ、とでも引っ付け、とでも念じるっす」
「よし、塗れ!」
進が念じると、本棚に変化があった。
突然空間から色がにじみ出たかと思うと、モザイク調のカラーが進の思った範囲をべっとりと塗り染めた。
それはまるで空間そのものが色によって阻害されたような、不思議な光景だった。
「な、何だコレは?」
「これがモザイクの能力っす。指定した空間を特定のパターンのカラーで塗り、相手の視界を奪うっす」
「……それだけか?」
進は少し拍子抜けした。
初めは神をも恐れぬ超常能力が得られると思っていたのだ。その落差は言いようのない残念感を進に与えた。
「他にも機能があるっすよ。モザイクに塗られたものは色が付着するっす。つまりペイントされるっす」
「ん!? ってことは……」
進はモザイクパターンにためらわず手を突っ込む。そしてその場所にあるはずの本を取り出したのだ。
「げっ! 本が……、変なパターンで塗られちまってる!!!」
「そうっす。便利な機能でしょうっす」
「この馬鹿! 人の大事な秘蔵本を汚しやがって!」
進は反射的に机の上のココを殴る。
しかし捕らえたと思った拳はココを通り抜け、固い机の角を殴ってしまった。
「っ!!!」
「いい忘れたっすが、自分は進殿にしか見えない映像っす。本体はガダルカナルクライガンマ星にあるっすから」
「ほ、星? お前宇宙人なのか?」
「おっと、喋りすぎたっすね」
ココはしまったとマスコットらしからぬ表情に顔をしかめた。
「今のはオフレコで頼むっす。ともかくその能力を使って出版社を襲撃するっす!!!」
「け、けどな。この能力でいったいどう立ち向かえばいいんだよ」
「その点は大丈夫っす。自分の作戦通り動けば完璧っす」
こうして進は謎の宇宙人に丸め込まれ、本格的な出版社襲撃計画をココに提案された。
「一世一代の大仕事をするというのに、進殿は臆病っすね」
「馬鹿野郎。直ぐに捕まるくらいなら別の手段を取れと言ったのはお前だろ。こうすれば身元がばれずに済むんだよ」
進は出版社『大海文庫』本社に向かうために道を急いでいた。
そんな進を、周囲の歩行者は怪訝な顔でみてくる。それもそうだ。
今の進は白昼堂々、ピエロマスクにフードというまるっきり不審者の格好をしているからだ。
「その格好は別の意味ですぐに捕まりそうっすよ」
「うるせえな!」
それでも進は無事に大海文庫本社のビルに到着する。しかし問題はそこからの侵入方法だ。
何せ、ビルに入ろうとした進を2人の警備員が呼び止めたからだ。
「ちょっと君、そんな恰好でどこにいくつもりだ」
「あー、いえ。ちょっとビルに用事がありまして」
何故か進は警備員に敬語を使い、腰を低くして対応していた。
「最近は物騒でね。色々と事件もあるし、脅迫事件だってある。ちょっと事務所まで来てもらうよ」
「いえいえ。そんなお手数かけるワケにはいきませんよ」
「いいから!」
進は警備員に両脇を囲まれて腕を掴まれる。このままでは事務所からの警察ルートへ直行だ。
「く、くらえ!」
「なっ!?」
進はココからもらったモザイクという能力を使う。すると、2人の警備員の顔が特定のパターンで塗られてしまった。
「な、なんだ目の前が急に!」
「一体何をされたんだ!」
警備員は急な視界の喪失により目標を見失い、うろうろと徘徊し始めた。
これは今がチャンスだ。
「強引な突破方法っすね」
「うるせえ! おれはこんな荒事なれていないんだよ!」
進は戸惑いつつも、エレベーターに乗る。そして大海文庫編集部のある階のボタンを押してその階に向かった。
「いよいよっすね。覚悟は良いですか?」
「そんなのピエロのマスクを被った時からできてるよ」
進はエレベーターで再度マスクの具合を確認すると、意を決してエレベーターから出る。
そしてついに、大海文庫編集部の前に現れたのだ。
「おお、ここが夢にまで見ていた大海文庫編集部……」
進は自分がプロ作家になったような気がして、身体を強張らせた。
「何っすか? ここまで来て怖気づいたっすか?」
「ば、馬鹿言え。単なら武者震いだよ」
進は大海文庫編集部の中に、前々から考えていた前口上を口にしながら襲撃を開始した。
「俺はワナビー。虐げられてきた全ての予選落ち作者の無念のために来た。憎き大海文庫をこれから断罪してやる!」
だが編集部の反応は薄い。それ以前に、中は別の意味で騒然としていた。
「な、なんだ?」
進は編集部の様子を、デスクやコピー機の前で忙しくしている人間が多い場所と考えていた。
けれども、今は違う。
編集部の人たちはどうしたものか、皆1か所に集められて床に座っているではないか。
「だ、誰だお前は! こっちは銃があるんだぞ!」
よく見ると、そこには1人だけ立っている人間がいる。そいつは手に拳銃を持ち、蒼白な顔をしていた。
「まさか……」
そのまさかである。大海文庫編集部は進が来る前からすでに、別の人間によって制圧されているのだ。
しかもおそらく、その目的は進と同じだ。
「俺は、俺の作品を馬鹿にした編集部をこらしめているんだ。部外者はさっさと立ち去れ!」
その人物、仮に田中さんとする。田中さんは怯えたように進ㇸ銃口を向けていた。
「お、落ち着け。俺の目的は同じだ。つまりお前と俺は同士なんだ」
「同士、だと」
田中さんは気を良くしたのか、銃口を下げて進を迎え入れてくれた。
「そうか、そうか。お前もか。それは心強いな」
「こちらもだ。こうしてアマチュア作家の仲間と出会えたのは僥倖だ。さあ、こっちに来い」
田中さんはそうして進を迎え入れ、固まって座っている編集部に銃口を向きなおした。
「それにしても血も涙もない奴らめ。お前たちは希望と未来溢れる者たちを誘い込み、罵詈荘厳で貶しやがる。少しは俺たちの気持ちを考えたことがあるか?」
「そうだそうだ」
「やれエンタメ性がないだ。やれ人間ドラマが薄っぺらいだ。登場キャラに魅力を感じないだ。どいつもこいつも悪口を書き連ねやがって! 見る目もないくせによくいいやがる!」
「そうだそうだ」
いつの間にか進は、田中さんの横で音頭を取る役に回っていた。
とはいえど、田中さんも同じ意志と覚悟の元に編集部に来ているのだ。反対する意見はない。
「毎回毎回、俺を最終選考で落としやがって! 俺の作品の何が悪いんだ! 言ってみろ!」
「そうだそう……何だって?」
進は田中さんの発言に目を丸くしてその顔を睨む。
なんと田中さんは最終選考漏れのアマチュア作者だったのだ。
「どうした同士よ」
「田中さんは、最終選考まで行ったことがあるんですか?」
進はまたしても敬語で田中さんに語り掛ける。
「そうだが、田中さんって誰だ? 俺はこれまで3度最終選考で落とされた。しかも同じ大海文庫大賞のレーベルでな」
「そ、そんな。俺なんて15回も一次選考落ちなのに……」
進の発言に、田中さんはにやりと笑う。
「フッ。勝ったな」
「――!?」
その時の進の行動は速かった。
進は目の止まらぬ速さでモザイクの能力を発動させ、田中さんの顔を覆う。
それには田中さんも面食らい、動揺していた。
「田中さんの裏切り者!」
進は相手が銃を持っているのも忘れて、鋭いアッパーをくらわせる。
その拳は顎にクリーンヒットし、田中さんは上を向いたまま床に倒れ伏したのだった。
「な、なんだ?」
「よ、よく分からんが今がチャンスだ!」
田中さんが倒れるのを確認した編集者たちは、昏倒した田中さんに飛び掛かる。
田中さんはすぐに拳銃を奪われ、拘束される。あまりの逆襲の速さに、殴った当人の進もワケが分からずにいた。
「た、助かりました。自分はここの編集長です。この度は犯人を油断させて倒していただき、ありがとうございました」
「へ? あ、はい」
進は展開の速さについて行けず、ただ返事をするしかなかった。
「先日から脅迫文を送られてきていたのですが、まさか本当に襲撃して来るなんて……。まったく馬鹿げた話ですよ」
「そ、そうですね」
進は編集長に言われるがままを聞いていた。
「どうやら大海文庫大賞の投稿者らしいのですが、馬鹿な奴ですよ。受賞者なんて初めからこちらで決めているワケですから、受賞なんてできるはずもないのに毎回投稿してきて」
「な、何?」
進はネットの界隈で一部の大賞では最初から受賞者が決まっているという噂を聞いていたが、編集長の口から事実を聞けるとは思わなかった。
更に、編集長は驚愕の事実を告げる。
「まあ、最終選考に残るなら後もう少しだったのでしょうがね。所詮その程度ですよ」
「そ、その程度?」
「うちのレーベルは3次選考まであるのですがね。変な連中ばかり投稿して来るんですよ。よく下読み連中も話していますよ。例えば15回も送ってくるのに対して面白くもない作品を書く、変なペンネームの奴だとか」
「へ、変なペンネームとは?」
「たしか、『アークネス・ゴー』だったかな。キャラはどこかで見たような奴。物語は平凡。人間ドラマは御都合主義。今時のWeb小説家の方がまだ面白い作品を書きますよ。まったく、変な連中ばかり集まりますね。大賞応募者は」
「……」
「どうしましたか? 何か気に障ることでも――」
「やはりお前たちは――」
「へっ?」
アークネス・ゴーこと阿久根進は我慢の限界だった。
「アマチュア作家たちの敵だああああ!!!」
「グ、グワー」
進は先ほどのアッパーよりも華麗な拳を天に突き出したのであった。
きっと全てのワナビ(書籍作家になりたいアマチュア作家)は選考落ちすると、出版社を襲撃したくなるはず(自己完結)。
この度は短編を見てくださりありがとうございました。
本当はもっとリアル寄りに書こうかと思いましたが、流石に怖くなって止めました。
そもそも出版社襲撃ネタをリアルと絡めて書く無謀と恥知らずまではありませんでした。
ただこのネタを思いついたのも、「出版社を脅迫するくらいならそのエネルギーをネタにすればいいのに……」という言葉から思いつきました。
実際、自分が大賞受賞したり書籍化するには、ただ作品を書くしかないですよね。
もしこの小説で気を悪くされた方がいたら申し訳ありません。それでも出版社を襲撃するなんてばかばかしいのだ、と書かずにはいられませんでした。
脅迫や襲撃は犯罪です。現実で行うのはやめましょう。